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34 代償

1 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時32分27秒
34 代償
2 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時33分30秒
「よくやったね、後藤。後は任せて帰りな」

私の名前は後藤真希。それ以外のことは知らない。
いや、その名前がホントに自分の名前なのかも知らない。
2年前に、この保田という人に拾われてからの自分しか知らない。

「はい、わかりました、保田さん」

私には記憶が無い。
3 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時34分19秒
「特殊能力部隊、隊員No.8後藤真希、入ります」

返事は無い。でも、いつもの事。

「……」

無言で扉を開けると、そこは無駄に広い空間がある。
今は5人しかいない私たちが全員そろっても、余りある程に。
私たちにあてがわれてるこの部屋は、元は会議室か何かだったらしい。

「ん、おかえり、後藤」

飯田圭織。隊員No.3で現隊長。いつも同じ所に座ってて、直接現場に手を出す事は少ない。
安倍さんと二人、創設当時からいるって保田さんに聞いたことがある。
他の人たちはみんな出払ってるみたいだった。

「じゃ、私帰ります」

簡単に今日の報告をすると、それだけ告げて帰る。
いつもの事だ。
4 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時34分41秒
人と話をするのは苦手だった。何故かは知らない。
だから、2年経った今でも、仕事上の付き合いぐらいしかない。
それも、同じ職場のあの人たちしか知り合いはいない。
他には、名前を知ってる人間さえ、いない。知ってすぐに、殺してしまうから。
私は特に変わってるかもしれないけど、あそこの隊員たちはみんな何かしらの事情があるんだと思う。
でなきゃ、こんなところにいるとは思えないし。
だって、私たちの仕事の場は完全に裏。暗殺がメインだもの。

私に仕事の事を教えてくれたのは矢口さんだった。
何でも、この部隊は日本国の有する暗殺組織らしい。細かいところは知らないけど。
だから、部隊なんて名前がついてるけど、人数はとても少ない。
別に私はそんなことどうでもいいんだ。時間潰しさえできれば。
だから私は一生懸命仕事する。人が嫌がる事ほど、たくさん残ってるから。
私には感情というものがあまり無いんじゃないかと思う。記憶といっしょになくしてしまったのか。
だから、人を殺しても別になんてことはない。それに……
それに、仕事中は、仕事の事だけを考えていればいいから。

仕事をこなし、家に帰ってお風呂と睡眠。
私の毎日はこれだけで構成される。他の事はいらない。
仕事をたくさんすれば疲れるし、だから睡眠時間はたくさんいる。
そうしていれば、何とか時間を潰す事ができる。
私の、まだまだ残っているだろう人生の、時間潰し。
5 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時35分22秒
次の日、私が今日のターゲットを聞くために飯田さんのところに顔を出すと、
みんなが会議用の机の端のほうに座ってた。珍しい。というか初めての事だ。
安倍さん、飯田さん、矢口さんに保田さん。
なんだか全員深刻そうな顔をつくっていた。

「どうしたんですか? 全員がそろうなんて初めてじゃないですか」

矢口さんが口を開きかけては…… やめる。口をもごもご動かして、とても何か言いたそうだ。
安倍さんもいつもみたいにへらへらしてなかった。
保田さんに到っては、怖い。とてつもなく怖い顔だと思う。

そんな風に表情を観察していると、飯田さんと目が合った。

「突然だけど……」

「はい?」

「今から、とても大事な話があるの。よく聞いて」
6 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時35分54秒
飯田さん曰く、私たちはみんな特殊能力だか、超能力だかしらないけど、
それを持ってるんだと。それを長々と説明してくれた。
……でも、少なくとも私は持ってない。
そもそも記憶を無くしてから、ほとんど世間の事や常識とやらを知ろうとしなかった私でさえ、
信じられないのだ。そんなもの、胡散臭すぎる。

「だから、後藤にはいつも圭ちゃんと組んで仕事してもらってるんだよ」

「私は戦闘力無いけど、証拠隠滅とか得意だからね」

で、それが一体なんだというのだろう。
こんな、全員が雁首そろえて私に話す事なのだろうか。

「でも、じゃあなんで私がここに入れられたんですか?
 そんな力ないのに」

「あるんだよ、後藤にも。ただ、使い方がわからないだけ。
 ……まぁ思い出されても困るんだけど」

飯田さんがそう言うのを、私はただ聞いていた。
別になんとも思わなかった。使えないのなら無いのと同じだ。
ただ、ぼそっと喋った声が何て言ったのか分からなくて、少しだけ気になった。
7 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時36分16秒
「それで、今私にその事を話したのは何でですか?」

「あたしたち、みんな実験台にされるんだってさ。もう戻ってこれないかもしれないから」

そういう安倍さんの声には諦めの色が色濃く滲み出ていた。
反抗しようとは思わないのだろうか、嫌なら抵抗すればいい。
ただそれだけの事じゃないのか。

「無駄だよ、抵抗したらたぶん殺される。あたしたちの仕事はもう
 あんた一人で事足りるくらいまで減ったんだからね」

私がその質問を口にすると、保田さんが答えてくれた。

「え? 私は連れてかれないんですか」

「まぁね。一人は残しとかなきゃいけないし、お偉いさん方は後藤が
 一番扱いやすいと思ったんじゃないの?」

そこまで話したところで、がちゃり、と扉の開く音がした。

「時間だ。行くぞ」

その声は人間性というか、熱がまったくない、まるで機会が作り出したみたいな声だった。
私は男にみんなが連れて行かれるのを見ても、感傷の類は湧き上がってこなかった。
そんな自分自身にも特に何も思うものはない。

「知り合い、誰もいなくなっちゃったな……」
8 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時36分51秒

1年経って、2年経っても私の仕事の量は変わらなかった。
そんなずっと同じ量ずつターゲットがいるわけも無いから、割と順番待ちしてるんだろうな。
相変わらずの毎日、みんながいる、いないは関係無い。
そんな日々の中で、初めての休みが今日。今日狙えそうなターゲットがいないのだそうだ。

「って言われても……」

私の記憶にある4年間、1日たりとも仕事をしなかった日は無い。
今更休日なんて言われても何もする事なんかないよ。趣味も無いし。
趣味は仕事、を地で行ってる感じだよ。
最近仕事に愉しみを覚えるようになった。その事を怖いと思う感情もある。
……街にでも行ってみよ。

私は、初めて出てきた街の中をぶらぶらと歩いていた。曇り空。嫌いじゃない。
きょろきょろしたりはしてないから、割と溶け込んでたんじゃないかと思う。
なんか男が寄ってきたけど、仕事の時みたいな眼で睨んでみたらあっさり引いていった。
根性ないなぁ。
9 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時37分20秒
「痛っ」

「あ、ごめんなさい……」

ぼーっとしてたから誰かにぶつかっちゃったみたいだ。

「いや、こちらこそ……って、後藤!?」

「へ? だ、誰?」

私に知り合いなんて、いないはず……

「えぇ? 市井のこと忘れたのか?」

「いや、知りませんけど」

市井なんて人に知り合いは…… い、な……

「おい! どうした、頭が痛いのか?」
10 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時38分01秒
あ、何か言ってるの? 
何も聞こえない。
頭が痛い。とても痛い。頭を掻き毟るほどの痛み。
なんだろう、この人に見覚えが、ある?
頭が痛い。
誰? 市井、ちゃん? いちーちゃん? 誰だ、それは。
頭が痛い。
子供が見える。私? それと、この人、なの?
アタマガイタイ……

「い、たい、頭、痛いよ……」

思わず声に出してしまった。けど、相変わらず周りの音は聞こえない。
いちーちゃん。携帯? 救急車でも呼ぶのか……
でも無理、耐えられそうもない、よ。
消えて、痛いの、消えて、全部消えて!
視界が、霞んでいく……
11 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時39分41秒
どれくらい経ったのだろうか。
白い。白い部屋。

「ここは……?」

病院? 私、さっきまで……
いちーちゃん。記憶がある。なくした記憶も戻ってきたんだ。
けど、これなら、戻らない方が良かった。
嫌だよ。いちーちゃんのいない世界で生きてくなんて……
何でも叶うって言っても――

「そうか、やってみなきゃ、わかんないね」

やってみればいい。いなくなった人を呼び戻すなんてできるのか分からないけど。
失敗してどうなろうが、今の状況よりは全然いい。
私の記憶を代償に、いちーちゃんを――
12 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時40分00秒
13 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時40分17秒
14 名前:34 代償 投稿日:2003年11月09日(日)23時40分34秒

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