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32 黒雲
- 1 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時16分53秒
- 32 黒雲
- 2 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時18分01秒
- ピンポン――
そういえばあの映画もまだ見てなかったっけ。
なんかあの映画に出てた人となっちがどうとかこうとか。
窪塚くんもカッコいいし。
見たいリストの上位五つくらいには入ってたはずの映画さえ見られないのは――
やめた。くだらない。
ピンポン――
そうそう。
そういえば、ピン、ポン、パンって子供番組が昔あったそうだけど。
あれってプッチーニの「トゥーランドット」ってオペラに出てくる大臣の名前なんだって。
あたしの数少ない人に言えるトリビアリストの上位三つには入ってるはず。
さすがに物知りの紺野ちゃんも知らなかったもんね。うんうん。
ピンポン――
ピンポンと言えば――
ええっと……そうそう。
むかし、ピンポンダッシュってよくやった。
あたしも悪かったよね。
近所の団地で呼び鈴押しては慌てて階段降りて逃げたっけ。
ピンポン――ピンポン、ピンポン――
ピ、ピッペン――じゃバスケの選手じゃん、ダメじゃん、集中しなきゃ。
ええっと…ピンポン、ピンポンっと――
ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン――
ああっ!うるさいっ!
わかったよ、開けりゃいーんだろ!うるせーんだよゴルァ!
- 3 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時18分43秒
- そう言いながらガチャガチャと華々しい音を立てて、チェーンを外し開錠する。
あたしは、とうとう我慢できずにまたドアを開けてしまった。
扉の陰からは頬を膨らませたお馴染みの顔がぬぅっと覗く。
「もぉーっ!たんったら早く開けてよぉ、いじわるなんだから!」
「いやー、最近の訪問販売って悪質じゃん? ちょっとした自衛手段って感じ?」
「亜弥は押し売りじゃないもん!」と押し売り以上に悪質な訪問者はのたまう。
っつーか、いいかげん気付いてくれ。
あたしにも一人になりたいときくらいあるんだよ…
連日の押しかけ女房っぷりにさすがのあたしも参ってきた。
以前はそんなでもなかったのに。
なんだか、あたしがモーニングに入ってから、束縛するような態度が目立つようになった。
当人にその気はないのかもしれないけど。
おかげでメンバーと食事に行ったりすることもあまりない。
なんか無愛想なやつと思われてんだろーなあ、
と思いつつ家でひとりこの子が来るのを待つというのもつらい。
けっこーつらい。
ハワイのときはよかった。
早くあんたもハワイに行ってくれ…
二度と帰ってこなくていいから。
- 4 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時18分59秒
- そんなささやかな願いを知るはずもない小鬼子は入ってきたなり、
「あーお腹空いた。たん、なんかつくって」と早速、リラックスモード。
手ぶらかよ…と口の中で虚しくつぶやきつつも台所に立ってしまう。
そんなあたしの様子に彼女が頓着することはもちろんなく。
さっさとソファに座り込んだ亜弥ちゃんはテレビをつけようとして気付いたようだ。
「あ、美貴たんったら、これ……」
「気付いちゃいました?」
「気付いちゃいましたねえ」
そう言いながら物珍しそうにリモコンをいじくってはホォとかハァとか間抜けな声を出して
しきりに感心する姿を見るうちにあたしはだらしなく相好を崩していた。
なんつーか可愛い我が子を誉められた気分?
なんといっても今、一番可愛がってるモノだからね。
機械に名前でもつけかねない自分がちょっと怖いけど。
「いいっしょ、それ?」
「凄いねえ……凄いけど……」
「凄いけど?」
「っていうか、何これ?」
脱力。
あたしはガクッ、とかなんとか言っておおげさにコケた。
ズッコケた。
- 5 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時19分16秒
- 「ヒント。10万円以上しました」
「うわーっ!すっげー!ホント、それ?大事件だよ、たんが10万円も使うなんて」
人を守銭奴みいに……
そう言うこの子はどんぶり勘定のザル計算。
ほしいものを見ればパッと買うタイプだ。
「まあね。ちょっと冒険したけど。そりゃ、もー清水の舞台から飛び降りるってやつで」
「飛び降りちゃったんだ」
「飛び降りちゃいましたねえ」
実際、買うまでに悩んだこと悩んだこと。
清水の舞台がどんだけ高いか知らないけど、
あたしにとって一生一代の大決断であったことだけは間違いない。
買おうか買うまいか、三ヶ月以上考えて、考えている間にちょこっと値下がりしてラッキー!
てな具合になるまで考えて買っただけに愛着もひとしお。
「で、これなーに?」
「いまどき電化製品で10万円もするものといったら…わかるでしょ?」
「?」
それでもまだ瞳の奥ではてなマークをくるくると回している亜弥ちゃん。
これ以上考えさせても無駄だと悟ったあたしはリモコンを受け取ると
黙ったまま操作して画面を呼び出した。
- 6 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時19分35秒
- ブーン、という音ともにLEDが点灯し電源がオンになったことを示す。
画面が明るく弾けて小さな画像が画面いっぱいに並んだ。
「どれにする?」
「?」
画面にへばりついて「これはこないだのハロモニで…」などと
画像をひとつひとつ指指しては内容を確認している。
そう。これはHDDに録画した番組の一覧なのだ。
そのまま全部残して置くとディスクがいっぱいになってしまうから、
もう二度と見ない番組は一回見たら消してしまえばいい。
自分が出演している歌番組なんかは永久保存版としてDVDに出力する。
とはいえ根が貧乏症なあたしのこと。
一回見たけどひょっとしてまた見るかもしれないから、と録画したものを消去できない。
すでにHDDは9割方埋まろうとしている。
はやいとこDVDにでも落とさなければ大事な自分の出演番組を撮り逃してしまうかもしれない。
その作業に取りかかろうとした矢先の招かざる来訪者に帰る気配は一向に見られない。
まあ、いっか。
まだ来たばっかりだし。
「ねえ、食べ物まだ?」
ムカッ。やっぱり帰れ。
当然、言えるわけもなく、あたしは渋々パスタ鍋を取り出した。
- 7 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時19分50秒
- 蛇口を開けて水で充たしコンロの火にかける。
ボッ、と燃え上がる炎を確認して換気扇を回した。
茹で上がったパスタに明太子でもほぐして乗っけておけば文句はないだろう。
いや言わせない。マジで。
パスタはともかく明太子は本格派だ。
こないだれいなんちから送ってもらった本場モノだし。
「ねーえ、みきたん。これ、取り扱い説明書とかないの?」
「あん?テレビの台の下の方にない?」
あたしはリモコンをいじって何かピコピコやり出した気配を感じながらも手を休めず、
冷蔵庫から明太子を取り出して小皿に移した。
何でもやり出すと中途半端では気が済まない。損な性分だ。
「ちょっとぉ、壊さないでよ」
「はーい」
一応、形だけ注意してはみたものの、それで遠慮する相手でもない。
気の抜けた返事がそれを示している。
ほぐした明太子をバターとマヨネーズであえていると鍋がぐつぐつと音を立てる。
沸騰したお湯にパスタを鍋の縁に沿ってぐるりと孤を描くように落とすとさいばしでかき混ぜた。
弱火に落として鍋に蓋を被せタイマーをセットしたところでようやく一息つけた。
- 8 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時20分03秒
- キッチンの後ろからはテレビの音声が聞こえてくる。
「何見てんの?」
振り返って尋ねれば「テレビ」との可愛げない返事。
「だから、何の番組?」と根気よく続けるあたしも随分と人間ができてきたと思う。
いや、マジで。
そーでもなきゃつきあってらんねーよ。
「わかんなーい。なんかいじってたら始まったんだもん」
「ちょっと見してみ」
あたしは鍋の蓋がきっちり閉じているのを確認するとリビングに足を向けた。
自慢の36インチワイドの画面では昨日のゴロッキーズで
里沙ちゃんとシゲさんがジャンケン対決している場面が。
HDDに録画された一番新しい番組だ。
どうやら普通に操作できたらしい。
ほっとしたのも束の間。
さほど興味を引くとも思えない画面に再生した本人は注視している。
ん?と画面に目を向けた次の瞬間、あたしは思わず「やべっ」と小さく漏らしていた。
里沙ちゃんとシゲさんがジャンケンに興じる後ろでは
あたしが高橋愛ちゃんとにこやかに談笑している。
- 9 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時20分22秒
- たわいもない会話だったと思う。
内容もほとんど覚えていない。
だが、あたしは知っていた。
松浦亜弥というトップアイドルにして希代の歌い手が
同い年の高橋愛に対して抱く不思議な感情を。
それがライバル心なのか何なのか。
とにかく自分が一番大事。
自分以外の人間にほとんど関心を持つことのない亜弥ちゃんが
唯一、興味を示す相手が高橋愛なのだ。
その相手と親しげに話すあたし、藤本美貴という構図はとにかくまずい。
とってもまずい。
別に亜弥ちゃんとは恋人なわけでもないしただの友人だし…と思い込もうとしてもだめ。
何がどうとかうまく説明はできないけど、とにかく、
現場を押えられたという罪悪感を抱いてしまった時点であたしには疚しさいっぱい。
そして亜弥ちゃんからは疑惑のまなざし…
「楽しそう…」
「そ、そうね…ジャンケンくらいでねえ…アハハハ」
「そうでなくて…」
「……」
ごまかせるとは思ってないけどさ。
「たん、いつから愛ちゃんとそんなに仲良くなったの?」
- 10 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時20分38秒
- ただでさえ大きい目をいっぱいに広げてその顔が迫ってくる。
特に凄んでるわけでもないのにけっこーな迫力。
あたしはこの表情にどーも弱い。
弱いったら弱い。
「いや、別にホラ、ふつーに…隣にいただけだし…そんな特に仲良いってわけじゃ――」
と続けようとした途端に画面から嬌声が。
里沙ちゃんがジャンケンに負けて仏頂面をさらす後ろで二人して大口を開けて笑うの図。
ギロリ、とにらむ画面上の里沙ちゃんよりももちろん現実に目の前にいるこの人が怖いのは自明の理。
「たん!」
「いやぁ……ゴメン!」
あたしは自分でもなんだかわからないうちに手を合わせて許しを請うていた。
わかったよ。言うよ、言いますよ、言えばいいんでしょ。
正直、あたしは愛ちゃんが嫌いじゃない。
むしろ積極的に好きかも。
「たん!」
いやだからちょっと黙って聞いてってば。
そんな怖い顔しないでさ。
愛ちゃんってなんかいつも一人でいるじゃん?
なんかそーいう群れない雰囲気っていうか、あたしに通じるモノを感じるわけよ。
いや、だからそんな変な感情、っていうか、
別に亜弥ちゃんにも変な感情持ってるわけじゃないけどさ。
- 11 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時20分57秒
- えっ?私は遊びだったの、ってあんたちょっと…
いや、だからそうじゃなくって。
なんとなく立場的に通じるものが――ああっ!パスタ!パスタ!泡吹いてる!お鍋お鍋!
振り返って台所に飛び戻ったあたしがバタバタと火を止めたり鍋から噴き出した泡を拭いたり、
鍋の底にくっついてしまったパスタをゴシゴシとこすって取り除いている間に気付くと亜弥ちゃんは――
いなくなっていた。
あたしは二人分のパスタでいっぱいの鍋を両手で抱えながら
テレビ画面の片隅で歌うれいなの顔をただ見つめていた。
外ではポツポツと降り出した雨が勢いを増してきたようだった。
濡れちゃうな…
あたしは鍋をコンロに下ろしながらぼんやりと中を覗いた。
うどんのようにふやけたパスタが湯気の向こうでゆらゆらと揺れていた。
- 12 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時21分12秒
- ◇
ハロプロフットサルの朝練やら大所帯の娘。さんたちとの番組収録やら。
はては夏に加入したばかりのカントリー娘。の新曲収録がもう始まったり。
それなりに忙しく過ごす日々。
亜弥ちゃんと会う機会はほとんどなかった。
あれほど望んでいた一人の時間もいざ与えられてみると手持ち無沙汰でもてあましてしまう。
例えれば貸しきりのディズニーランドで閑散としたサンダーマウンテンの前に一人立つ状態。
2時間並ぶのにうんざりしても実はその間を友達と話したりするのが楽しかったり。
キャーキャーうるせーよ、とか思いながら実はその喧騒を楽しんでたり。
「貸しきり」にできたらなあ、と思ってもいざ、
その広大な敷地に一人残された現実は妙に物悲しかったり。
いや、実際に貸しきったら本当に楽しいのかもしれないけどさ。
まー、あくまでも例えの話であって。
- 13 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時21分26秒
- 亜弥ちゃんはコンサートやらドラマの収録やらで
あたしらとは忙しさの次元か違うらしくフットサルの朝練にも出てこない。
舞台で踊るダンスなんかとは使う筋肉が異なるせいか、
疲労の溜り方もいつもと違う感じだ。
もともと仕事の後に遊びまわるような生活ではなかったけれど、
生活がさらに淡白になった。
メンバーやスタッフの人たちが夕食に誘ってくれるのも断って家と仕事場の往復の日々か続く。
家に帰っても何か料理をつくるということもなく、
コンビニの弁当を食べながらHDDに取り溜めた番組を見るのが唯一の楽しみという、ちょー地味な生活。
そんなある日のことだ。
ちょっとした異変に気付いたのは。
最初はあれっ?と思っただけだった。
あ、亜弥ちゃんも出てるんだ、って。
録画した番組を見ていると出演していないはずの亜弥ちゃんがいきなり出てきた。
収録が別々でも編して放送するときには共演してたりするのがテレビの常。
たまたまそーいう番組があったんだ、と思っただけ。
- 14 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時21分41秒
- ところが、いつまで待っても自分の姿が出てこない。
自分が出ない番組を録画してしまうなんてあたしもボケっとしてるよ。
疲れてんのかな、と思ったんだ。そのときは。
疲労が溜まって録画する番組間違っちゃったんだ、って。
ところが、だ。
一度だけならともかく、二度三度と続くと、さすがのあたしもこりゃおかしいと思ったね。
どう考えても自分で予約してない日にさえきっちり録画されている番組たち。
見れば全て亜弥ちゃんが出演している。
まさか亜弥ちゃん恋しさのあまり、
無意識のうちに出演している番組を予約してるわけじゃ……
んなばかな。
いくら親友とはいえ、亜弥ちゃんが出ている番組を全部チェックしているわけではないし。
ふかのーだね。いや、マジで。
なんというか。
本能のなすがままに気付けば掌を額に当てていた。
別に頭がおかしくなると熱が出るってわけじゃないんだろうけど。
やばいなあ。
若年性の健忘症ってわけでもないだろうし。
- 15 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時22分04秒
- 大体、今日も忘れ物ばっかしてくるシゲさんに注意したばっかだし。
その本人が忘れっぽいんじゃ洒落に――
っていうか、あたし、注意したの忘れて二回も三回も注意してないよね?
なんだか急に不安になってきた……
というのは冗談としても、さすがに録画予約した行為自体を忘れるってのはありえない。
いや、マジありえないって。
それにしても全部、チェック…という言葉でハタと思いついた。
急いでDVDレコーダーとテレビの電源をオンにして、リモコンでメニューを呼び出す。
目指す機能は…
あった!
カーソルを動かして操作画面に移る。
「キーワード検索。入力したキーワードを含む番組をEPGの番組表から自動的に抽出し、
番組を録画します」
これこれ。
あたし自身、使う必要もなかったし、この機能を確認することもなかった。
やられた。亜弥ちゃんのやつ、しっかりやってくれた。
検索欄には何あろう、第一優先キーワード「松浦亜弥」、
第二優先キーワード「あやや」としっかり入っている。
あのやろぉ……
どうりで亜弥ちゃんの出てる番組ばかり予約してしまうわけだ。
あたしはどっと疲れてしばらく放心状態に。
- 16 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時22分19秒
- とりあえず削除しとこ。
亜弥ちゃの出番は一応、気が乗らないながらもちゃんとチェックしておいたし 。
あたしはリモコンを取り出して録画されている番組一覧を呼び出すと、
今、見たばかりの番組を消去しようとした。
ピコッ…
……
あれっ?失敗?
操作をミスったのか消去に失敗した模様。
気を取り直してもう一回。
ピコッ…
……
やっぱり消せない。
あたしは意地になってリモコンのボタンを押しまくる。
それでも番組はまるで亜弥ちゃんの怨念が宿ったかのように一向に消えてくれない。
一体全体どーなってんのよ!と怒り心頭に発してマニュアルを取りに立ち上がった。
テレビラックの下の棚から荒々しい手つきで取り扱い説明書を取り出す。
パラパラとページをめくって目指す箇所を探すと…
- 17 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時22分35秒
- あった!…
「録画番組の保護機能」
これか!
よしよし。今削除してやるから待ってろよ。
成仏するんだぞ。
あたしは半ばマジで消えるに消えることができない哀れな番組に対してひとりごちていた。
けど――
あたしはマニュアルのその部分に視線を落として目が点になった。
「使用上の注意。本機能の解除のためにパスワードを設定している場合はパスワードを入力する必要があります」
んげ…まさか…?
そのまさかだった。
保護機能を解除しようとするたびにパスワードを求められる。
ムカつくので無視して何回も「削除」のボタンを押していたら、
そのうち「キーワードがロックされました」とかいうわけのわからないメッセージが出てきて余計にムカついた。
んがーっ!
まつーら!てめー、ころす!
バシッ、とおもわず手近にあったキティちゃんのぬいぐるみをしばき倒す。
だいたいミキティだからキティちゃんね、
とかいう眩暈がしそうなセンスの持ち主がこの世に存在すること自体、許せんっちゅーか――
あたしじゃん。
キティちゃんが好きだから愛称はミキティがいいって言ったの…
- 18 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時22分51秒
- あたしは床に落ちたキティちゃんを拾って頭に着いた埃を払った。
そうか…
あんたはあたしの分身なんだ。
懐に抱いてちょうどいい大きさ。
ぬいぐるみの左右の足裏にはそれぞれ「みき」と「あや」と書かれている。
亜弥ちゃんにもらったのはまだデビュー前の誕生日だった。
当時既に紅白にも出場してアルバムの売り上げも絶好調だった亜弥ちゃん。
あたしもデビューが決まってバタバタしてる時期だった。
黙って「ハイ」とそれを手渡した亜弥ちゃんの意図はわからない。
会えない日々が続いて心細かったのは確かだ。
そんなときに渡されたキティちゃんのぬいぐるみは抱き心地がよかった。
白くてふっくらとして柔らかくて。
そんなことを思い出していたら、次第に心が静まってきた。
黙ってキティちゃんのぬいぐるみを手渡した亜弥ちゃん。
その気持ち。その暖かさ。
考えてみれば随分励まされたんだよね。
最近は鬱陶しさばかりが先行して、忘れがちだったけど。
自分の出演してる番組をあたしに見せたかった亜弥ちゃんの気持ち。
ほんの少しだけわかった気がする。
そう思うと心の迷いは晴れた。
- 19 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時23分07秒
- それにしても録画保護機能が解除できないのは困る。
HDDの容量だって無尽蔵にあるわけじゃないんだから。
亜弥ちゃんに聞いても教えてくれるとは限らない。
っていうか、ぜったい教えない。
しょーがないからあたしはメーカーのサポートセンターに電話することにした。
取り扱い説明書の一番後ろにある電話番号一覧から最寄のセンターに電話する。
何回かコール音が鳴った後、通話口に出たのは歯切れの良い男性の声。
まず製品名と製造番号をお願いします、と言われて慌てて保証書を取りに走る。
あたしが録画保護機能が解除できない旨を告げるとしばらくお待ちくださいとのこと。
一分くらい待たされただろうか。
だんだん目が釣りあがってくるのが自分でもわかる。
これ以上待たせたらころすよ、と思い始めたところでようやく担当者が戻ってきた。
「ああ、これは藤本美貴様にお届けしたシリーズ最強の――」
「ちょ、ちょっと!なんで美貴が買ったってわかるんですか?」
- 20 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時23分31秒
- あたしは驚いたのと気持ち悪いのとで思わず叫んでいた。
だってまだ名前なんか言ってないんだよ?
「ハイ、高額製品をお求めのお客様には店頭でご注文を承ってから
特別な仕様を施すのが当社のプレミアムサービスでして」
ってことはもしや…
「ハイ、藤本様のお求めと伺い、松浦さんの番組は欠かさず録画できるように――」
っーことはなにかい?
これ設定したのは亜弥ちゃんじゃなくてあんた達だってことかい……
「もちろんです。当社の誇るきめ細かいサービスにより、
『あやみき』の絆をより深めるための趣向がデフォルトで設定され――」
ピッ、という情けない音とともに携帯は閉じられた。
あたしは放心してただまっすぐに遠くを見つめる。
窓の外では黒雲がどんどん勢いを増して空に広がっていった。
薄ぼんやりとした意識の中でなんとなく、ああ降るな、と考えていた。
室内に目を移すと日本を代表するAV機器メーカのロゴがキラリと光って見えた。
まるであたしをあざ笑うかのように。
- 21 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時24分18秒
おわり
- 22 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時24分31秒
- 黒
- 23 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時24分40秒
- い
- 24 名前:32 黒雲 投稿日:2003年11月09日(日)22時24分47秒
- 雲
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