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30 三枚続きの絵

1 名前:30 三枚続きの絵 投稿日:2003年11月09日(日)19時28分28秒
30 三枚続きの絵
2 名前:30 三枚続きの絵 投稿日:2003年11月09日(日)19時29分04秒


1.星空

値段を付けるなら、いくらくらいかなあ……なんて意味もなく考えてみる。100万$の
夜景とはさすがに言えないけど、あんまり安く値踏みしちゃうとなんか怒らせちゃい
そうな感じで、困る。

なにがそんなに面白いんだろう。亜弥はさっきからはしゃいでいるのに、わたしは
なんだか不思議な気分だ。ねぇねぇ、とってもきれいな景色の見える場所があるん
だよって、ひっぱって来られたけど。ねーえってばねーえ、ってそんなとこでも
自己アピールしてる。それにしても、こんなとこ誰から教わったの、ひょっとして
男でもいるんじゃないの、なんてからかいたくなるけど、言えない。

いつまでたっても、変に気を遣うことをやめられない自分に少し罪悪感を感じ
たりして、でも亜弥はそんなわたしの態度なんて知らないでずっと無邪気な
ままで、それが余計にわたしの申し訳ない気持ちを刺激してるようで、わたしは
空の方に目を向けながら、片手に持っていたビールの缶を口に付けて呷る。
と、後ろからかわいい声で、たーん、って恥ずかしいあだ名で呼ばれて、振り
向きざまに少しだけ開いた口にさきイカを押し込まれてわたしは驚いて咳き
込んで、少しだけ涙が出そうになる。

3 名前:30 三枚続きの絵 投稿日:2003年11月09日(日)19時29分42秒
ごめーんなんて全然反省してなさそうにいいながらわたしの背中をさする亜弥を
軽く睨む。でも娘。のメンバーみんなが怖がるわたしの眼光なんて亜弥にとっては
なんの効果も持ってない。

あ、流れ星、という声にわたしは星空へ顔を向けたけど、それはもう通り過ぎた
あとで、亜弥はキラキラした瞳を閉じて、過ぎ去った星に組んだ手を胸に当てて
祈りを捧げている。と、わたしに顔を近づけて、ねえ亜弥がなにお願いしたか
わかる?なんて訊いてくるけど、そんな誘い受けに乗る気分にもなれなくて、
わたしは困ったように薄く笑みを浮かべる。やだぁー分かってるクセに照れ
ちゃって、なんて言われるかと思ったけど亜弥は柄にもなく生真面目な表情で、
今のこの瞬間がそのまま額に入った絵みたいに残ればいいのにね、なんて呟く。
さっきの流れ星みたいに、あっという間に通り過ぎて、燃え尽きちゃう時間って、
残酷だもん、わたしは、いつもみたいにうまいツッコミの言葉も出てこないで
口をつぐんだままで、困惑したようにまた星空をあおぐ。

少し郊外の空は都会ほど汚れてはいないけど、やっぱり星空は田舎にいたころに
見たようには透き通っていない。

たんの歌ってた曲みたいに、千年たって地球が燃え尽きても、星空はやっぱり
メリーゴーランドみたいにくるくると地球の周りを回り続けてるんだよね、
亜弥はわたしの肩に手を回しながらそんなことを言う。わたしは、いやそれ
歌詞全然間違ってるから、ってようやくいつもみたいにツッコミ返せる。

4 名前:30 三枚続きの絵 投稿日:2003年11月09日(日)19時30分05秒

2.静物


「あぁー、ねえ、ビデオ映らなくなっちゃったよ」
わたしがキッチンでお米をといでいたら、亜弥の泣きそうな声がリビングから
流れてきた。やれやれ。ほっといてもいいんだけど、子供みたいにわーわー
騒ぎ続けるだけだって分かってるから、仕方なしに手を休めると振り返る。

「だからあんまり巻き戻して同じとこばっか見たら壊れるって、前にもいったじゃん」
デッキからテープを取り出しながら、呆れたように言う。ラベルの、ハートマーク
だらけの装飾された松浦亜弥の文字が満艦飾で目に痛い。テープは人肌よりも
熱くなっていて、シンクロしたみたいに膨らんだ亜弥の頬も赤く火照っている。

「そんなに自分の映像繰り替えし見て、楽しい?」
少し棘のあるわたしの言葉にも、亜弥は悪びれた様子もなく、
「一時停止とかもしてたもん」
「余計によくないっての」
わたしはデッキの下に埃を被っていたマニュアルを引っ張り出すと、少し乱暴に
テーブルの上へ放った。

亜弥は口を尖らせると、妙に甘えた声で、
「DVD買いなよー。録画出来るやつ」
「美貴には必要ないもん」
「けち。貧乏人」
かちんときてわたしは低い声で言う。
「今度それいったら絶交だから」

本気でドスを利かせると、亜弥がすぐ、やっちゃったって表情で泣きそうに
なるのがちょっとかわいいんじゃないかって最近思い始めてる、わたしも
ちょっとあれかもしれないけど。……

「怒らないでよー」
背中を向けてキッチンに戻ろうとするわたしに、ふらふらと揺らめく声が
まとわりついてくる。どんな表情で言ってるのか振り返りたい気持ちを、
ぐっと抑えていると、声はまだ続いて、
「ごめんね。今度からちゃんと注意まもって使うから」


5 名前:30 三枚続きの絵 投稿日:2003年11月09日(日)19時30分30秒


3.草原


夢の中で夢を見ている自分に気付くと、なんだか説明のしようのない、むず痒い
ような気分になる。普通はそこで目が覚めるらしいんだけど、昼間の疲れが
残ってるのか、この夢が名残惜しいのか、ベッドの中のわたしは、なかなか
目を開く気にはならないみたいだ。

青く澄み切った空に幾筋かの白い雲。見渡す限りの瑞々しい緑の草原が、地平線まで
拡がっている。作り物みたいにきれいな草原は、柔らかく湿り気があって、
ふかふかの毛皮みたいで、あの中に包まれていたらどれだけ気持ちがいいだろう
と思う。草原をさらさらとそよがせている暖かな南風が、心地よくわたしの髪も
揺らしている。……って、南ってどっちだ?

地平線は目に見えて丸い。ここは星の王子様が生まれたような、とても小さな
惑星の上で、わたしはその上でぼんやりと体育座りをしているのだった。

記憶の中にあるこの景色を、わたしはあまり好きじゃない。わたしの、解消できていない
嫌な思い出と、この景色はいつもセットになって浮かんでくる。パブロフの犬みたいだ。

ちょうど娘。に6期メンバーと一緒に入らされることが決まったころ、わたしは
こんな景色をいつも見ていた。飽きるほど。だからこの場にもやっぱり、……

背後から暖かいものに抱きすくめられて、耳元で囁きかけられる声が吐息と
共に、ワレワレハ、ウチュウジンダ、オマエタチチキュウジンヲ、ツカマエテ、
なんてふざけた声色で、わたしは、なんだそれって小声で言うと声の主にヘッド
ロックをかけたら、やっぱり亜弥はなんだかうれしそうにきゃははと笑った。

6 名前:30 三枚続きの絵 投稿日:2003年11月09日(日)19時30分56秒
この草原の人にわたしの屈託を話したら、なんて思うだろう、なんて考えたり
するけど、そう出来ないのは、わたしはまだ彼女に全然心を開いてない証拠だと、
多分彼女の方も感づいてるんじゃないかって、たまに不安になったりする。

草が育つのはね、亜弥が言う、誰の目にも見えないけど、でも気が付いたら草は
成長してて、そして枯れてる。見渡す限りの草原を前にして、亜弥は妙に深そう
な事を言う。時間だって今この瞬間って目に見えないうちに通り過ぎるから、
注意して、ちゃんと大事に使ってって、そういう意味?

ここは亜弥の星なの? わたしが訊くのに、背中から張り付いたままの亜弥は
笑いながら、違うよ、ここはたんの星で、亜弥の星のまわりをずっと周り続ける
んだよ、メリーゴーランドみたいに、くるくると、何千年も。

でもわたしは知ってる。美貴の星は軌道を離れた流星で、一瞬だけ夜空に
尾を光らせたあとに燃え尽きちゃうんだって。

チリになって消えるわたしの星を見てる亜弥は、はかない時間が永遠みたいに
じゃれついて、使い方も気にしないで贅沢にすごしていて、わたしはいつも
それに少しだけ嫉妬しながら、不注意な亜弥にいつかは心を開こうと、不器用に
チャンスを窺ってる。そんな絵を、ここから見下ろせたら、屈託なしに二人
して笑いあえるかもしれない。


7 名前:30 三枚続きの絵 投稿日:2003年11月09日(日)19時31分10秒
8 名前:30 三枚続きの絵 投稿日:2003年11月09日(日)19時31分21秒
9 名前:30 三枚続きの絵 投稿日:2003年11月09日(日)19時31分34秒
ソ

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