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29 歌ロボット

1 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時44分17秒

29 歌ロボット

2 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時45分04秒

山頂の大岩は高さが四、五メートル。
のぼると自分ひとり、空に浮いた気分になる。
毎日することもなかったから、岩の上で日の出、日の入りを見るのが日課だった。
星もそこで見たし、日光浴もそこでした。
つまり、たいがい、その岩はあたしの指定席だったのだ。

女の子とは、その岩の上で出会った。

あたしはともかく、女の子がそこへ立つ光景は非現実的で、夕陽が強く射すと切り絵に見えた。
「あんた誰」
切り絵がいかに美しくても、あたしは面白くなかった。
あたしにも縄張り意識はある。山に棲むけものたちと、それは変わらない。

3 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時45分39秒

女の子は短く切った髪をなびかせ、はるか下界を眺めていた。
「ちょっと。聞いてんの」
無視を決め込むつもりかと思えば、ぐるんと百八十度、ひといきに振り返る。
体ごとこちらを向いて、遠慮なくあたしの目に焦点を定めた。
「ニンゲンハッケン、ニンゲンハッケン、ガーピー」
ガーピーまでを高い声で言い、女の子は焦点を動かさなかった。
「はあ?」

「ハジメマシテ、ワタシ、ロボット、デス。ロボットノ、アヤ1ゴウ、デス。アナタノオナマエ、ナンテーノ」
女の子はやたら平板な発音で、自己紹介らしいことをした。
「ロボットぉ?」
丸い目玉がころころ動いて、頬はちょっと栗鼠みたいだし、口は小さくて、ひょうきんな顔をしている。
あまりロボットらしくはない。

4 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時46分21秒

「サイシンシキ、ヒトガタロボット、デス」
デスのところで、右手の指をそろえて額にくっつける。得意そうだ。
「それ、なんか別の動きだよね、ロボットじゃなくて。てか、最新式にしちゃ、音声ショボいし」
指摘すると、女の子の頬はみるみる、ふくらんだ。
ますます栗鼠に似るのではないかと思ったが、不思議と猿に似ている。

「モード切り替えれば、ニンゲン風にもしゃべれるもん。最新式、バカにすんなぁ」
「へえ……。そんで、最新式のアヤちゃんはここで何してんの」
「あ、信じてない」
人差し指を人の鼻先に突きつけて重大発見のように言うので、相手をするのが少し面倒になった。
「いいから。最新式ロボットが、こんな山で何してんのよ」
話す間にも太陽は高度を下げていく。とっとと街に返したかった。

5 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時47分00秒

「教えてもいいけど、その前にあたしの質問は?」
「なに」
「アナタノオナマエ、ナンテーノ」
名乗るのは初めてだった。
そもそも人と口をきくのも、数年来のことだったのだ。
「名前……ミキ、だよ」
「ミ…キ…メモリーニ、キオク。メモリーニ、キオク。ガーピー」
「モード、また切り替わってるし」

あたしは呆れたのに、アヤは弾けるように笑った。
栗鼠にも猿にも似ず、もちろんロボットのようでもなかった。
愛らしいと言えないでもない、女の子の顔をしていた。


6 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時47分41秒

□ □ □

それからアヤは毎日、岩へやってきた。
日が落ちはじめる前に来て、日が沈みきるまでに帰る。
あたしの最初の質問に答えなかったのも道理で、特に何をしに来るのでもないようだった。
なにごとか思いさだめるように、眼下に広がる田畑や街を、いつも見ていた。

「ねえ、最新式の機能、見せてあげようか」
アヤはロボットごっこを、初めて会ったときから続けていて、ときどき、ガーピーと口で言った。
「なに、空でも飛べんの」
「空はちょっと、飛べないけどさ……」
意地悪を言うと、頬がふくらむ。
ロボットは負けず嫌いで、気分を害すると猿顔になる仕組みのようだった。

7 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時48分36秒

「わーかったって。見せて、最新機能」
「へへ。それじゃ、キーワードをどうぞ」
「へ? キーワード?」
聞き返すと、他に誰がいるでもないのに、アヤは注意深くささやいた。
「『歌って』って言って」
歌か。あたしは拍子抜けしたけれど、アヤはますます真剣な顔になる。
苦笑いで、あたしはキーワードを入力した。
「歌ってよ、アヤちゃん」
「オッケー」
短い発声を数回繰り返し、やがてアヤはなめらかに声を響かせた。

あっ、と思った。

声は駆け抜けるように山々を渡った。
けものたちが遠い仲間へ届ける声に、どこか似ていた。
ロボットのようではなかったが、ニンゲンとも、たしかに違って見えた。
あたしは、「あ」の形に口をあけたまま、アヤの声が上下するのを、畏れて聴いた。


8 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時49分49秒

「終わりっ」
歌い終わると照れくさそうになり、アヤは女の子にかえった。
「やるじゃん、最新式」
文句のつけようがなかったので、額を指でつつく。
「痛いなぁ」と口を尖らせて、それでもアヤは胸を張った。
「アヤんちはねぇ、酒場さんで」
酒場に「さん」をつけるようなアヤなのに、とあたしはまた感心した。
「歌ったり、お酒をついだりするのが、あたしの仕事なんだ。歌ロボットってとこですな」
アヤは何を話すにも得意げだったが、このときばかりはあたしも、得意げなのが納得だ、と思った。
「歌ロボットか……悪くないね」
「あれれ。絶対、つっこまれると思ったのに」
いつもなら、そうした。
アヤの歌はつまり、誰かの何かを少し変える程度には、十分な力を持っていた。

9 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時50分29秒

「ところでさぁ、アヤ1ゴウは、燃料補給どうしてんの」
からかい半分に尋ねると、歌ロボットは偉ぶって腰に手をあてた。
「なんと! アヤは太陽電池式なのです。さすが最新式。よっ、エコロジー」
「あ、そ。じゃー、これはいらないね」
持ってきた林檎をポケットにしまいかけると、ロボットはまた猿になる。
「あ、違う、食べ物も消化できちゃうの。えっとね、ハイブリッド。ハイブリッド式です。これぞ最先端」
「バーカ」
高く高く投げ上げたら、太陽が照らして林檎は、星のかけらに見えた。
落ちてきた赤い隕石を、アヤは危なげなくキャッチした。
「歌ったら喉かわいちゃった」
ニンゲンくさいロボットなのだ。

10 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時51分11秒

□ □ □

その日、アヤは夜遅くにやってきた。
アヤは日没からの歌ロボットの仕事をそれは愛していて、だから出会って一カ月、こんなことは初めてだった。
山小屋からその小さな背中を見つけるなり、あたしは走った。
なんとなく、呼ばれてるんじゃないかと思った。

近づいてみると、小さく歌うのが聴こえる。
長調だとわかるのに、小声にすると寂しい歌のようで、胸が騒いだ。
「こら、歌ロボット」
呼ぶと背中がちょっと揺れ、歌はやんだ。
「何してんのさ、仕事さぼって」
「お。客が来たぞ」
アヤは答えずに明るそうな声を出し、あたしに何も言わせずに、今度はたっぷりの声量で歌いはじめた。

11 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時51分47秒

陽気な歌を三つ続けて、最後の音が消えると、アヤは急に黙った。
あたしは手をたたいて歌をたたえたけれど、横顔は笑わない。
廃業なんだ、と言った。
「大切なことの返事を、できずにいて。そしたら、お父さんが代わりに返事しちゃってた。あたしのことが、あたしが決める前に、決まっちゃった。歌ロボット、もう廃業だ」
小降りのときの雨だれのように訥々と言い、また黙った。
「酒場に、いられなくなるってこと?」
アヤくらいの女の子が生家を出ることに、どんな意味があるのか、あたしにもわかった。

アヤは答えずに、みきたん、と呼んだ。
いつからか、あたしの名前はアヤの好きに変形していて、あたしはそれが嫌いじゃない。
「みきたん、木こりって、本当の話?」
アヤには、自分の職業は木こりだと話してある。
「木材卸しに来てるの、街で見たことない」
いつもは抑揚に富む声が、今は平たく岩をなぞった。
今度は、あたしが答えなかった。
街へは、生まれてこのかた、降りたことがない。

12 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時52分26秒

アヤは答えが返らないことを、あらかじめ知っているようだった。
未回答の質問を置いたまま、また問う。
「シコメって、知ってる?」
山にはときどき、街のニンゲンがやってくる。
昼には木や肉をとる者がいて、夜には何かを捨てる者がある。
育てられない犬猫を置いていく者。
重そうな紙の束を、そっと埋めていく者。
夜の客は誰もみな、夜をうつして瞳がくらい。
アヤも同じだ。

「お客さんが言ってた。あの山にはシコメが住んでるって。醜いせいで街じゅうに笑われたから、山へ逃げ込んで出てこなくなった、って」
こめかみを痛みが、左から右へぬけた。
アヤの口からは聞きたくないと、自分がそう思っていたことに初めて気がつく。
「違う、よね? みきたん、醜くないもん」
アヤは不安そうで、あたしは静電気のように小さくはぜる何かを感じていた。

13 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時53分18秒

「……そうだったら、どうなの」
「え」
こわばる顔。これまで見たことのない表情だった。
きっとあたしが、見せたことのない顔で言うからだ。
「あたしがみんなに嫌われてるんだとしたら、どうすんの。アヤもそれにならうの」
「そんなこと、あるわけない。みきたん、あのね」
「あたしが誰だったら満足なの、アヤ。山の守り神? 孤独じゃなく孤高なら、かっこいいから赦せるの?」
「みきたん、あたしは」
「帰りなよ」
ききたくなかった。
「街へ帰んな。ここはもう寒いから、早く帰りな」
頭が痛かった。一息にしゃべりすぎたせいだ。慣れないから。それだけだ。

座り込んだ岩肌は、いつまでも冷えている。
アヤはとうに見えなくなったのに、あたしは立ち上がれなかった。
山小屋へ帰るべき時間が近づいている。
あらゆる義務を失ったあたしにとって、それが唯一、既定の作業だった。

ひとけもないので、自分の三倍の高さを飛び降りる。
かがんだ着地体勢から腰をのばし、気のせいだと自分に言いきかせた。
アヤのことで揺れるわけがない、あたしが。
それは、ありえないことなのだ。


14 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時53分59秒

□ □ □

次の日も、その次も、次の次も、どんどん次も、あたしは岩に座った。
岩からは、アヤの暮らす街が、おもちゃのように小さかった。
朝がた、陽に包まれて、おもちゃの街は白く、その上を豆粒の鳥が駆けぬけた。
夕暮れ、街のあちこちで細い煙がのぼり、四角に切られた灯がならぶ。
音も匂いもここへ届かないのに、小さな四角を見ると、うれしくなり、かなしくなった。
あたしはやがて、理解した。
アヤのことで、あたしは揺れている。
おかしくっても、それは本当のことだ、と思った。

十三回目の夜。
腰をあげようとしたとき、アヤが、岩の下へやってきた。
あたしたちは、岩の上と下で、黙って視線を交わした。
アヤはもの言わぬまま、岩の凹凸に手をかけ足をかけた。
がにまたになったり、ずり落ちたりしながら、黙々とのぼった。

隣へ座るなり、月を指さして言う。
「今度の満月の、昼に式をあげて夜に宴があるの」
「そっか」
ぼんやりしてしまってから、「おめでとう」と付け加えた。
アヤは「ありがとう」と応えたけれど、つまらなそうだった。

15 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時54分45秒

「望まれるのが一番だって、お父さんは言ってる」
「うん」
「それもそうかもしれないよね」
「うん」
「でも、ちょっとだけ怖くて」
「うん」
「ロボットごっこなんかしてた、申し込まれてからずっと」
どうして怖いとガーピー言うのか、わからなかったが、これにも、うん、と応えた。

「準備もあるし、これから忙しくなる」
「うん」
「嫁いだら、抜けだしたりはできないと思う」
「うん」
「だから、今夜でもう、ここには来られないんだ」
少し遅れたけれど、あたしはやっぱり、うん、と応えた。

十日余の月を雲がおおい、アヤも口をつぐんだ。
だから、あたしが言う。
「こないだ、ごめん」
「あたしだよ」と、アヤは首をふる。
「勝手なこと言っちゃった」
悔いがにじんでいた。
それで、アヤがあたしを気にかけるという、それだけのことが、とても快いことに、あたしは気づいた。
「嫌がらせなんて、そんなの、みきたんがされたんだと思ったら、すごくいやで。あ、『いや』って言っても」
「うん、わかってる」
十四日前だって、アヤはきっと、やさしい気持ちでいてくれた。
あたしが先に怖がって怒り、遠ざけただけだ。

16 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時55分36秒

「違うって、確かめたくて。みきたんがどう思うかって考えなかった」
「もういいよ」
もう十分に満足だったのに、アヤは「遅くなったけど、今さらなんだけど」と続けた。
「みきたんが誰でもさぁ…。ねぇ? だってそうじゃん。みきたんもそう思うでしょ?」
あたしはまた、うん、と応えた。

シコメと呼ばれた人に、どうにかして、伝えたくなった。
あなたが探したものを、あたしは見つけたのかもしれません。
だからもう、あたしは山小屋に帰らないでいいですか。

「ねえ、アヤ1ゴウはさ、メモリーに空きがあるかな」
アヤは一瞬だけ面食らったけれど、意図を確かめることもせずに「あるよ」と微笑んだ。
「じゃぁさ……ちょっと歌うから、この美声、録音して帰ってよ」
ロボットごっこ風に茶化さないと、言えなかった。
あたしの歌をどうか覚えていてと、言えなかった。

17 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時56分16秒

―――街のどこかに さみしがりやがひとり

返事もきかずに歌い出したけれど、アヤは身動きひとつせず、聴いていた。
あたしは、シコメと呼ばれた人の歌声を、聴いていた。
耳の奥に聴いて、それをなぞるようにして歌った。
だから歌は、あたし一人で歌うより、よく響いた。

―――今にも泣きそうに ギターを弾いている

初めて目を開けたとき、シコメと呼ばれた人は、とても優しい笑顔だった。
それが現代の美的感覚に照らして醜いものであることを、そのとき、あたしは知らなかった。どうでもよかった。
やがて、そのどうでもいいことのために、シコメと呼ばれた人は山にいて、山にいる限り寂しいので、そのために、あたしが生まれたんだと知った。

18 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時56分57秒

―――愛をなくして 何かを求めて

唯一無二だから、特にサイシンシキとは言われなかった。
ヒトガタロボットとは、言われた。
シコメと呼ばれた人は、自分のことは「博士」とでも呼べ、と言った。
「画像認識に少し時間がかかるな」とか、「放熱器の調子がいまいちだね」とか、博士は、あたしの面倒をよく見てくれて、あたしは彼女が好きだった。
醜いのだとしても、愛していた。

好きです、と彼女に告げたとき、彼女は泣きじゃくった。
違うよ、それは私が言わせてるんだ、ごめんね、ごめんね。
意味のわからないことを繰り返して、涙を流した。
違わないよ。
そう言いたかったけれど、博士は常に正しかったから、あたしは黙っていた。

19 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時57分42秒

―――さまよう 似たもの同士なのね

黙っていなければよかったと何度か、思ったことがある。
博士が死んだ後で。アヤに出会った後で。
博士が知りえないアヤに、あたしが惹かれるなら、それはプログラミングの外のことにちがいなかった。
だから、博士はあのときやっぱり間違えたのだと、あたしはそう信じることができる。

―――ここへおいでよ 夜は冷たく長い

博士が口ずさむのは、決まってこの歌だった。
なにを思うか知れなかったけれど、歌うときはいつも、あたしをその目に映してくれた。
あたしの内蔵メモリーは毎日少しずつ自動更新され、それでも博士の歌が消えることはない。
きっと最後まで、そうだろう。

隣でアヤが、いつものようじゃなく、小さく口をひらく。
最後のフレーズで、声が重なった。

―――黙って夜明けまで ギターを弾こうよ


20 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時58分26秒


音の余韻が消えていき、あたしたちは顔を見合わせて少し笑った。
照れくさくてとても、いい気持ちだった。
示し合わせることもなく、自然とふたりで月を見上げた。
三、四日もすれば、丸くなる月だ。

「満月が、来なければいいと思う?」
沈黙が訪れ、きくんじゃなかったと思ったとき、アヤは例によって腰に手をあてた。
「アヤはねぇ、ロボットなんだ。だから怖くないんだよ。結婚モードに入っても、ちゃんと正しく動くんだ。最新式だからね、完璧なんだよ」
まくしたてたので、頬がかすかに染まる。
問いへの答えとして、少しずれたようで、しかしこれが正解なんだろうと思った。

「あたしもね、ロボットなんだ、本当は」
目をぱちぱちさせた後、まじで、とアヤは笑った。
「だからね、アヤが結婚しても、寂しくないんだよ。ちゃんと祝福モードに入るし、いつも通りに暮らせるんだ。完璧なんだよ」
最後をアヤの真似にしたら、アヤもあたしの真似で「そっか」と応えた。

21 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)03時59分15秒

嘘をついた。

病を得て死が近くなったころ、博士は教えてくれた。
「起動に関わる回路が傷んでる。二十三時間を駆動しきる前に、必ず充電しないとならないよ。次に停止したら、もう再起動はきかないだろう。だけど過充電もいけないよ。じゅ、電池寿命が縮まるからね」
言い直してくれたけど、電池寿命は、あたしの寿命に同じだと、あたしも知っていた。
どうでもいいことだった。

博士。あなたがいなくなるのに、どうして、あたしがまだ、動き続けなければならないのですか。
あなたのためのあたしだったのに、あなたのいないところで、何をすればいいのですか。
尋ねても博士は答えず、あたしの使い方をあたしに教えるだけだった。
「何があろうと、二十二時間を経過したら充電器に入りなさい。遅くても早くてもいけない。守れるね? 大丈夫。誰も邪魔はしないのだから」
そのとき、博士はちょっと目を伏せた。
邪魔されないのはいいことだろうにと、その頃のあたしは、思っていた。

22 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)04時00分17秒

昨夜の充電からはもうすぐ、二十三時間になる。
今からではもう、山小屋まで歩くことは、できないだろう。
「もう一度、歌おうか。終わりまで、二人で」
まだ歌える、と思った。
後悔はなかった。

邪魔されるのを待っていたと、今ならわかる。
自分をわずらわせる誰かを、博士はずっと待っていた。
だから、あたしはアヤを、きっとはじめから、待っていたんだ。

アヤは月の顔へ歌いながら、見もしないあたしの手を、迷わず一度で握った。
あたしは、泣くなと叱るより、歌いながらその手を握りかえした。
歌い終えて、もしもまだ動くなら、博士のことを、アヤに話そうと思った。
話の終わりには「しあわせに」と言い、「ありがとう」と言い、「さようなら」ときっと言わない。
心に決めた。



23 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)04時00分58秒

e

24 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)04時01分24秒

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25 名前:29 歌ロボット 投稿日:2003年11月09日(日)04時01分50秒

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