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28 ONE LIFE , ONE MAGIC

1 名前:28 ONE LIFE , ONE MAGIC 投稿日:2003年11月09日(日)01時40分09秒
28 ONE LIFE , ONE MAGIC
2 名前:28 ONE LIFE , ONE MAGIC 投稿日:2003年11月09日(日)01時40分44秒
「美貴ちゃんは大きくなったら何になりたいの?」
「しじみ!」
3 名前:28 ONE LIFE , ONE MAGIC 投稿日:2003年11月09日(日)01時41分26秒
昔、母親が教えてくれた。
人間は一生に一度だけ魔法を使うことができるんだって。
いま考えてみると、それは、どちらかというと、魔法よりも願い事って感じだったけど。
一生に一度のお願い。
幼かった私には魔法と願い事の違いなんてわからなかったから。
「魔法」という言葉の響きに、魅力に、おめめをキラキラさせていた。
魔法という言葉そのものが、魔法だったみたいに。

「一生に一回しか使えないんだから、本当の本当に大切なときに使おうね」

母親は8年前に死んで、今はもうこの世にいない。

幼かったわたしは、母親が教えてくれた魔法を使おうとした。
『ママを生き返らせてください』
一生に一度だけ使える魔法は、どうやら失敗して、わたしは魔法を失った。
4 名前:28 ONE LIFE , ONE MAGIC 投稿日:2003年11月09日(日)01時43分17秒
もちろん、今はもう、そんな魔法が存在するなんてことは信じていない。
正確には「信じていない」よりもネガティブな言葉で表現すべき考えだけど、
「信じていない」と言いたい。
その言葉の裏側を、そっと心の奥にしまっておくために。
捨ててしまわないように。
5 名前:28 ONE LIFE , ONE MAGIC 投稿日:2003年11月09日(日)01時44分24秒
どうして、8年前に死んでしまった母親のこと、魔法の話を思い出したんだろう。
友人の部屋から自宅への帰り道、酔った頭で考える。
11月の滝川はもうとっくに冬で、吐く息が白い。ついでに酒くさい。
酔って歩く冬の夜が好きだ。
熱い身体に冷たく澄んだ空気が気持ちいいから。オリオン座がとてもキレイだから。

母が亡くなって以来、8年間の父子家庭。
その8年のほとんどは、マンガとかドラマみたいに。
片親である負い目を必要以上に感じて、家の内側に対しても、外側に対しても、
悪ガキとしての時間をずいぶんと長く過ごしてしまった。
でも、片親が負い目だったからといって、父に再婚してもらいたかったわけでもなく。
逆に、父が再婚して、家に新しい「お母さん」が入ってきたら、そのときは、
もっと悪い藤本美貴ができあがっていたかもしれない。
6 名前:28 ONE LIFE , ONE MAGIC 投稿日:2003年11月09日(日)01時45分40秒
少女だったわたしは、なんとなく、漠然と、世の中とか、人生とか、神様とか、
父とか、母とか、たくさんの、いろんなものごとを、呪っていた。
いつもイライラしていて、トゲトゲしくて、不安定で、不健全で。
どこから湧き出てくるのかわからない、どこにもぶつけようのない、怒りや憎しみの感情を
抱えこんで、ときどき他人にぶつけて。自分自身にもぶつけて。どうしようもなく爆発させて。
たくさんの人たちに、たくさんの迷惑をかけた。
壊すものは多いのに、創るものは少なく。
嫌いなものばかりで、好きなものはほんの一握り。

それでも、すべてがダメだったわけじゃない。
どうでもいいようなガラクタばかり集めてきたけれど、その中には、
本当に大切なものだってあった。
あの頃の自分を肯定するつもりはない。
たくさんの、バカなことをやってきたから。
でも、完全に否定もしない。
あの頃の自分に対して、他人のふりなんてできない。
わたしは、今までのわたしを丸ごと抱えて、背負って、歩く。
7 名前:28 ONE LIFE , ONE MAGIC 投稿日:2003年11月09日(日)01時46分38秒
さんざんに酔っ払って、ふらふらふらふらしながらも、なんとか自宅への道をたどる。
数年前まで酒屋だったコンビニの灯りを目にすると、不意に味噌汁を飲みたくなった。
いや、たぶん、不意にじゃない。
お酒を飲んでる最中からずっと「あ〜、味噌汁飲みてー」と思っていたはず。
どうしようもなく危なっかしい足取りでコンビニに入り、味噌汁が置いてある棚をあさる。
あった。インスタントのしじみの味噌汁。

ああ、そうか。
味噌汁が飲みたくなって、しじみの味噌汁の味を頭に思い浮かべていたから、
母親のことを思い出したんだ。
ずっと昔々、母親に、大きくなったら何になりたいって訊かれて、「しじみ」って
答えたことがある。
母親も父親も、しじみの味噌汁が大好きだったから。

酔った頭にも、近所のコンビニの床にうずくまらない理性くらいは、残っていた。

ねえ、ママ。
わたしがしじみにならなくても、ママはわたしのこと、愛してくれてたよね。
ごめん。わかってるから、答えなくてもいいよ。
でも――
ほんのちょっとだけ、声が聞きたいかなって、思った。
8 名前:28 ONE LIFE , ONE MAGIC 投稿日:2003年11月09日(日)01時47分24秒
「未成年が酒飲んでいいと思ってるのか?」
なんとか無事に自宅へたどりついたわたしに、父のお小言。
「ん〜、ダメだと思うよ〜」
えへへへへぇ、と笑いながら答える。
父は「あきれた」という息をついて、苦笑する。
いつものやりとり。

インスタントのしじみの味噌汁をすすりながら、父に訊いた。

「ねえ、お父さん。一生に一回だけのお願いするとしたら、どういうお願いする?」
「ん?」
わたしの声に振り向いた父は、ちょっと上を見て、ちょっと考えて、
「さあ。わからん」
と、静かに笑いながら、そっけない答えを返した。
「ウソ。今、絶対なんか考えてたっしょ」
問いつめても、父は笑うだけで。
父が思い浮かべたことが、わたしが想像した通りのことだといいな、と、少しだけ思う。
できればはずれていてほしいから、少しだけ。
9 名前:28 ONE LIFE , ONE MAGIC 投稿日:2003年11月09日(日)01時48分13秒
一生に一度だけ使える魔法には、きっと、夢とか希望とかがいっぱい詰まってる。
わたしは、何も知らない幼いときに魔法を使おうとしたから、絶望した。
でもね、絶対に、間違いなく、ママはわたしを絶望させようとして魔法の話をしたんじゃない。
今はそれがわかってるから。
だから。

大切な魔法を失敗してしまった魔法使い失格の美貴は、普通の人間として、生きていきます。
魔法がなくても、夢とか希望とかは、ちゃんともてるんだって。
今はそれがわかってるから。
だから。

安心してね。美貴はだいじょうぶだよ、ママ。
10 名前:28 ONE LIFE , ONE MAGIC 投稿日:2003年11月09日(日)01時48分52秒
後日譚。ちょっといい話?

「なあ、美貴」
「ん?」
いつかのときとは逆に、父がお酒に酔って帰ってきた。

「前に、おまえ、一生に一度のお願いするとしたらどうするって訊いたことあるよな」
「ああ、うん、あるような気がするね」
「父さんな、美貴にしあわせになってほしい。大きいのじゃなくていいから、普通に、
 美貴が自分自身でしあわせだって思えるように」
わたしとはまったく視線を合わせずに。
この酔っ払い。
「じゃあ、お父さんの願い事、今、叶ってんじゃん」
恥ずかしいと思ったのは、少し時間が経ってから。



(了)
11 名前:28 ONE LIFE , ONE MAGIC 投稿日:2003年11月09日(日)01時49分07秒
12 名前:28 ONE LIFE , ONE MAGIC 投稿日:2003年11月09日(日)01時49分23秒
13 名前:28 ONE LIFE , ONE MAGIC 投稿日:2003年11月09日(日)01時49分35秒

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