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27 リップ・シンク
- 1 名前:27 リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時00分05秒
- 27 リップ・シンク
- 2 名前:27 リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時00分50秒
軽妙な音楽とともに、開幕。
- 3 名前:27 リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時02分52秒
- 舞台、ひどく殺風景な部屋。壁にはカレンダーの他には何も掛かっておらず、家具も中央に椅子つきの机が一つあるのみ。上手側に一つだけ出入り口のドア、下手は壁になっている。窓はない。
白衣を着た紺野が、疲れきった様子で一人、机に突っ伏している。机の上には、錠剤の入ったちいさなビンが、一つだけ置かれている。
音楽が弱まる。舞台上手から石川が現れ、ドアのチャイムを鳴らす。
紺野 「(疲れた声で)はい、今出ます。」
のろのろと立ちあがる紺野。その目は真っ赤に腫れている。対して石川は晴れやかな顔で、ドアの外にて両手を組み合わせている。
石川 「ついに念願の夢が叶うんだわ。うれしい。」
音楽が止む。紺野、欠伸をしながらドアを開く。
- 4 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時03分53秒
- 紺野 「あ、石川さん。おはようございます。」
石川 「や、おはよう。紺野。(馴れ馴れしく肩を抱きながら)ごめんね、朝早くから。」
紺野 「(眠そうに目を擦りながら)いや、いいんですけど別に。」
石川 「そう。よかった。」
石川、満面の笑みを浮かべたまま、紺野をじっと見つめる。紺野、眩しそうに目を細める。
紺野 「石川さん、上機嫌ですね。」
石川 「(待ってましたとばかりに)そう?でも、今日はほら、ネ?あたしの夢が叶う日だから。」
紺野 「ああ、そうなんですか。」
石川 「そうなんですか・・・?そうなんですかって、言った?今?(急に不安そうな顔になって)ちょっと、どういうことなのよ。」
紺野 「何がですか。」
石川 「アレは出来てるんでしょうね?ほら、作ってくれって頼んだやつ。あの。クスリ。今日完成するって話だったじゃない。」
紺野 「(合点したように手を叩いて)・・・ああ。」
- 5 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時04分29秒
- 紺野、くるっと振り向いて、机からビンを取り上げる。
紺野 「(客席に向かい、わざとらしく声を張り上げ)出来てますよ、『歌がうまくなるクスリ』。」
石川 「(慌てて)ちょ、ちょっと。」
石川、ひとさし指を口に当て、きょろきょろと辺りを見回す。
石川 「誰かに聞かれたらどうするの。バカっ。」
紺野 「・・・ああすいません。」
石川 「まったく・・・。(急に笑顔になって)ところで、その、それって。」
紺野 「ああ、このビンですか。」
石川 「それが、その、例の、アレなの?」
紺野 「はい。これが、(また声を張り上げ)『歌がうまくなるクスリ』ですよ。」
石川 「(慌てて)ひっ。」
- 6 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時04分56秒
- 石川、再び指を口に当て、さきほどとおなじような仕草をとる。
紺野 「ていうか、ここには誰も居ませんし。気にし過ぎですよ。」
石川 「(堪えるような顔で)・・・まあいいわ。で、これはもう完璧なんでしょうね?」
紺野 「当たり前じゃないですか。(呆れたように)わたしの発明はいつも完璧です。」
石川 「ほんとう?(疑わしそうに)でもさ、例えば・・・三十分で効果が切れたり。」
紺野 「1錠飲めば一日はもちますね。」
石川 「変な副作用があったり。」
紺野 「実験に実験を重ねてますから。とても考えられませんね。」
石川 「む。」
紺野 「ただし、用法、用量はきちんと守ってくださいね。」
- 7 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時05分29秒
- 紺野、机の引出しから、一枚のレポート用紙を取り出す。
紺野 「(差し出しながら)注意書きをまとめておきましたので。熟読して、厳守してください。」
石川 「なになに。(読みながら)服用は一日1錠まで、お酒と一緒には飲まないこと、保存は湿気を避けること、それから・・・まだあるの。結構いっぱいあるのね。」
紺野 「(真剣な顔で)いいですか、全部きちんと読んで、きちんと守ってくださいね。じゃないとどうなっても責任は持ちませんから。」
石川 「わ、わかったわよ。(不意に晴れやかな顔になって)でも、ついにこれで長年の夢が。」
紺野 「(おざなりに)おめでとうございます。歌姫。」
石川 「ま、紺野ったら。もう。歌姫だなんて。この。(バシバシ紺野を叩きながら)でも、紺野には感謝しなくちゃね。ありがと。早速今日のライブで使わせてもらいます。」
紺野 「えっ。それは。あの、ちょっと。」
石川 「そうそう、しつこいようだけど、ゼッタイ、誰にも言っちゃダメだからね!じゃ、チャオ〜♪(ビンを手に、踊りながら部屋を出ていく)ラララララ〜♪」
紺野 「(頭をかきながら)って、参ったな・・・。」
- 8 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時06分12秒
- 紺野、顔をしかめながら、石川の背中を見送る。
石川の、調子外れの歌声とともに、幕。
- 9 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時06分36秒
重厚な音楽とともに、開幕。
- 10 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時07分12秒
- 舞台、先ほどと同じ部屋。日めくりカレンダーが、数日の経過を示している。
白衣を着た紺野が、机に突っ伏して寝ている。机の上には何もない。
音楽が弱まる。上手から後藤が現れ、ドアのチャイムを鳴らす。
紺野 「(顔を上げて)はい、今出ます。」
紺野、のろのろと立ちあがる。頭を振りながらドアに近づき、開ける。
後藤 「(手を挙げて)朝早くから悪いね、紺野。久しぶり。」
紺野 「ご、後藤さん。」
音楽が止む。後藤、きょろきょろしながら部屋に足を踏み入れる。
- 11 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時07分43秒
- 紺野 「(慌てたように)いま、お茶入れますから。」
後藤 「いいよ別に。(紺野をさえぎって)今日来たのはね、梨華ちゃんのことでさ。」
紺野 「・・・あ。はい。」
後藤 「話、聞かせてくんないかな。何があったのか。」
後藤、机にどかりと腰を下ろして、立て膝に腕を乗せ、紺野のほうを振り返る。椅子に座った紺野と、机を挟んで向かい合うような態勢になる。
後藤 「あたしもほんとはこんな探偵みたいなマネ、したくないんだけどさ。あんたが強情だって言うし。あたしの言うことなら聞くだろって、みんなに頼まれて仕方なくさ・・・。」
紺野 「いいんです。わたしが悪いんですから。」
後藤 「(沈んだ声で)・・・何があったの。梨華ちゃんに。あたしにだったら話せるでしょ。つーか、話して。」
紺野、下を向く。しばらく悩むような素振りを見せた後、ゆっくりを顔を上げ、口を開く。
- 12 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時08分09秒
- 紺野 「歌が上手くなる薬を、作ったんですよ。石川さんのリクエストで。」
後藤 「(紺野の白衣を眺めながら)なるほど。で、完成したの。」
紺野 「(嬉しそうに)はい。素晴らしいものが出来ました。」
後藤 「で、それと、梨華ちゃんがノイローゼになったのと、どういう関係があるの。」
紺野 「わかりませんか?」
後藤 「わかりませんね。」
紺野 「そうですか。(腕組みをして)あれは素晴らしい薬でした。1錠飲むだけで素晴らしい美声に。声量、音程ともに申し分なく、なおかつ、聞き手の耳を快楽に導く、超音波が含まれる歌声になるんですよ。」
後藤 「へぇ、すごいじゃん。」
紺野 「すごい薬なんですよ。まさに完璧で。(残念そうに)ただ、石川さんは注意を守らなかったんです。」
後藤 「注意?」
紺野 「はい。注意です。まあ色々あるんですけど、一番大事なのがあって。石川さん、よりによってそれを守ってくれなかったんです。・・・なんだか、わかりますか?」
- 13 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時08分32秒
- 後藤 「・・・わかりませんね。」
紺野 「(腕組みを解いて)そうですよね・・・。ええと、『ライブの時に飲んじゃいけない。』ってやつなんです。」
後藤 「(首をかしげて)なんでライブの時に飲んじゃいけないの。せっかくの歌がうまくなる薬なのに。つーか、それじゃいつ飲むのさ。」
紺野、答えずに、ただ悲しげに首を振る。
後藤 「で、ライブの時に飲むとどうなんの。」
紺野 「(悲しげに)わかりませんか。」
- 14 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時09分13秒
- 後藤 「わかんないね。・・・何、三十分で効果が切れるとか?」
紺野 「いえ、1錠飲めば一日はもちます。」
後藤 「な、じゃ、副作用とか」
紺野 「ないです。」
後藤 「んん・・・?」
紺野 「じゃあ、あの日のライブのことをお話します。」
紺野、椅子からおもむろに立ちあがり、そこらを歩き回りながら、喋り出す。
紺野 「あの日、つまり石川さんに薬を渡した日は、ツアーのちょうど最終日で、お客さんの入りも上々で。わたし前の晩に徹夜してたせいで、眠すぎてすっかり油断しちゃってて、気づいたらもう本番が始まってたってカンジでした。」
後藤 「うん。・・・それで。」
紺野 「石川さん、最初のMCで言ったんです。(声真似で)どうもー、チャーミー歌姫でーす!これからは歌姫って呼んで下さいね。うふふ。って。お客さんも大歓声でそれを迎え、そしてザ☆ピースがはじまりました。私、これはまずいと思ったんですけど、もう止められなくて。」
- 15 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時09分41秒
- 話しながら興奮していく様子の紺野。後藤は真剣な顔でじっと聞いている。
紺野 「前奏が終わり、Aメロが過ぎて、ついに石川さんのパートになりました。石川さん、マイクに向かって、大きく息を吸いこんだかと思うと、例の、素晴らしい美声で、ついに歌い出したんです・・・。」
後藤 「(急かすように)や、それで、どうなったの。」
紺野 「(悲しげに笑いながら)ほとんどCDどおりの歌がホールに流れました。音程もほぼぴったり。もちろん、お客さんは誰も反応しませんでした。」
後藤 「なん・・・あ、そうか・・・。」
紺野 「(無理やりに笑いながら)よっぽど素晴らしい歌声だったんでしょうか、ね。」
幕がゆっくりと降りていく。
紺野 「途中から、石川さん、歌いながら泣いてました。」
- 16 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時10分16秒
- 後藤、無言でため息をつく。
悲しげな音楽とともに、幕。
- 17 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時10分29秒
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- 18 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時10分44秒
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- 19 名前:27.リップ・シンク 投稿日:2003年11月08日(土)07時10分55秒
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