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19 こわれもの

1 名前:19 こわれもの 投稿日:2003年11月06日(木)16時08分02秒
19 こわれもの
2 名前:19 こわれもの 投稿日:2003年11月06日(木)16時09分20秒
甘い香りがはじけていた。

おそらく苺か桃の味、彼女が口を開くたびに散って舞い、少女の喉をかわかせる。

並んで歩いている彼女の横顔は、なんの感情もふくんでいないのに、少女には
どこか楽しそうに見えた。
ちょっと声をかけたら、すぐに、ほろほろと笑みくずれてくれそう。
少女が嬉しいものだから、ほんとう以上にそんな風に映る。

ひさしぶりに、ふたりの少女が、肩を並べて歩く廊下。

同じテレビ番組に出演するのに、ふたりが違う楽屋なのが、少女には不満だった。
メールで呼びだし、廊下に出てきた彼女を文字どおり捕まえて、連れだって収録
現場へ向かう。

ふたりは仲が良すぎると最近メンバーにあてこすられがちだと、彼女は不本意
そうに外へ出てきた。
並んでの現場入りにも渋い顔をつくる。が、本当はこれっぽっちも嫌がってい
ないことを、少女はよくよく知っている。強引にしないとついてこないけれど、
強引にすれば断ることがないことを、少女はちゃんと知っているのだ。
3 名前:19 こわれもの 投稿日:2003年11月06日(木)16時10分18秒
「なに口に入れてんの?」

彼女の片腕にぶら下がるようにして、少女はかすかに動くその口もとを見上げる。
前を見たまま、彼女は笑った。少女の予想通りの、待ちかまえていたような微笑み。

「いい鼻してんね」

ちょっと唾液の絡まった声も、口の中に何かが入っていることを示している。

「ね、なに」
「飴」
「ちょうだい」
「だめ」
「ケチ」
「最後の一個だったんだよ」

べろん、と口を開けて、中を指し示す。
ビー玉みたいな大きめの飴が、薄桃色の舌の上にのっている。
4 名前:19 こわれもの 投稿日:2003年11月06日(木)16時10分44秒
「お腹減った」

少女は大きくため息をついた。

「飴ちゃん食べたい」
「ないもん。しょうがないじゃん」
「食べたい」
「あげよっか?」

もう一度、べろん。
悪い冗談に、少女はすこし鼻白む。

「いらないよ。食べかけなんか」

口うつしで飴を受けとる自分の姿を、想像してしまった。
5 名前:19 こわれもの 投稿日:2003年11月06日(木)16時12分31秒
彼女の口内で転がり減った飴は、ほのかなぬくみを残しているだろう。
想像が生みだした甘い感触を舌の根もとのあたりに感じて、少女は身をすくめる。
すぐに意識を世界に散らす。

顔を前に向けて知らんぷりをすると、最近見た映画の話を彼女がはじめる。

開く口もとから甘い香りが、また、あたりに舞う。

少女は思いだす。
匂いというのは粒子が空気に混じっているから感じるものだと、テレビで言って
いた。つまり、カレーの匂いがする空気にはカレーの粒子が、金木犀の香りが
する大気には金木犀の粒子が、無数に細かく舞っているということになる。

この飴の香りを私が感じているということは、飴の粒子は、たとえわずかなもの
だとしても、すでに私の鼻にも口にも侵入しているということだ。唇をふれた
りしなくとも、彼女の粒は私のなかへ、忍び入っている。

少女は喉が渇いた。
6 名前:19 こわれもの 投稿日:2003年11月06日(木)16時14分21秒
伏せたままのまなざしを不審に思ったのか、

「そんなにお腹減ってんの?」

頭を寄せて、彼女が少女の瞳をのぞきこんだ。唇から甘い息。

少女は首を振った。尖らせていた唇を引っこめる。

「べつに」

空腹とはちがう。請求できないものは口には出さない。
けれどふてくされたように響く自分の声に、少女はすこし慌てる。

彼女は足を止めた。

少女がちらりとその顔をうかがうと、彼女は頭を左右に揺らした。
7 名前:19 こわれもの 投稿日:2003年11月06日(木)16時15分49秒
「あげよっか」
「ないし」

彼女の肩が揺れる。

「くちあけて」
「ないじゃん」

少女の首筋が熱くなる。

「あけて」

少女は歯科医の診察台に載せられたごとく、口を大きく開いた。
8 名前:19 こわれもの 投稿日:2003年11月06日(木)16時17分25秒
ぱっくりあいた口に、飴を吹きいれる――そんな失礼なことはしないひとだと
は知っているし、ふれる以上のキスを友人によこすほど、すれてもいないし悪
ふざけの過ぎるひとでもない。
だから、順当なのは吐きだした飴を口に放りこまれるといったところ。それに
したって、ないと思う。だったら。

「でっかいくち」

笑いをふくんだ声とともに、近づく甘い香り。
彼女の唇が、少女が開いた口を閉じたら、挟みこんでしまうほど間近に迫る。

彼女はくしゃくしゃと笑い、軽く息を吸った。

瞬間。

手を暖めるみたいに深く、強く、口に息を吹きこまれた。喉の奥が震える。
口いっぱいに甘い香りが広がって、喉に落ち鼻に抜け、ぼわんと溶けた。
喉が鳴りそうなほど思いきり飲みこんだ息は、どうやら苺だった。

「おすそわけ」

少女は口を動かして、裏側いっぱいに張りついた甘みを飲みくだした。

すぐにくるりときびすを返す背中に、しがみつく。
9 名前:19 こわれもの 投稿日:2003年11月06日(木)16時18分04秒
「ケチ」
「あとで誰かにもらってあげるよ」
「ムカつく」

少女の低い声に、彼女の高笑い。

少女は勢いをつけて、彼女の背中にしがみつく。よろけたその体勢が整ったと
ころで、本格的におぶさってみる。潔く、彼女は少女の腿を持ちあげた。

「重い」
「軽い」

少女は彼女のうなじに鼻先を押しつけた。
10 名前:19 こわれもの 投稿日:2003年11月06日(木)16時21分26秒
使用上の注意、取り扱い注意。

目に見えて促されること以外にも、世の中のさまざまには、無言の掟がある。
暗黙の誓いがある。

壊れものは、恋愛だけの特権ではない。

彼女はもうすこし、気をつけて少女を取り扱うべきだ。実をいうと気をつける
べきなのは、彼女でなくて少女の方なのだけれど。少女にそれができるくらいなら。

「知らないからね」

彼女よ、耳にささやく少女の息を、すこしは甘く感じられるなら。
無神経なことは控えた方がいい。

友情と呼ばれるやさしくあたたかい甘みが、壊れるだけならまだしも、見たこと
もないものに化けてしまう日を恐れるなら。
11 名前:19 こわれもの 投稿日:2003年11月06日(木)16時21分35秒
12 名前:19 こわれもの 投稿日:2003年11月06日(木)16時21分44秒
13 名前:19 こわれもの 投稿日:2003年11月06日(木)16時33分15秒

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