インデックス / 過去ログ倉庫
WhiTe LiE
- 1 名前:WhiTe LiE 投稿日:2003年11月04日(火)17時46分46秒
-
- 2 名前:WhiTe LiE 投稿日:2003年11月04日(火)17時49分29秒
- 「ちょっとぉ、どういうことよぉ!」
梨華ちゃんはただでさえ高い声を、半分裏返しながらあたしにつめよる。
「そうだそうだ!ちゃんと説明しろ!」
加護も足りない身長をカバーするようにピンと背筋を張り、あたしをおいつめる。
対するあたしはというと、まぁまぁ、とあいまいな笑みと冷や汗を顔に浮かべ、後ずさる。
だけどなんといってもここは楽屋で、つまりはそんなに広くない。途中かかとがテーブルに
当たって、その上に置いてあったスナック菓子がザーと音をたてて床に落ちたけど、二
人はそんなことは目にもとめない。
あたしの名前は吉澤ひとみ。モーニング娘。というアイドルグループで歌ったり踊ったり
している。そして、あたしが距離をたもつように手のひらを向けているこの二人もそう。
…といっても誤解しないで欲しいのは、普段から仲が悪いとか、あたしがいじめられてる
ってわけじゃない。そもそもどうしてこういう状況になったかというと…。
あたしはコツンと背中に壁を感じた。あははと愛想笑いのようなものを向けてみるけど、
にじり寄ってくる二人には効果がない。パニクった頭を必死で冷静に戻そうとするけど、
その加速はどんどんと増す。あたしもあたし自身に同じ質問をぶつけてみる。
「どうしてこんなことになったんだよぉぉぉーーー!?」
◇
- 3 名前:名無しさん 投稿日:2003年11月04日(火)17時51分04秒
- コツコツと廊下に足音が反響する。あたしはこの雰囲気が嫌いじゃない。この建物に、自
分一人しかいないんじゃないかと錯覚するような静寂。…まぁ、スタッフさんがちらほら
いたりするから、その度に現実に戻されるんだけど。それでも、いろいろな偶然が重なら
ないと、こんな状況にいるなんてことは起こりえない。
その一。まず、早朝のスタジオの仕事である。
その二。あたしがなんかの拍子で、早起きをしてしまった。
その三…はないから、二つか。意外と少なっ!でも、その二の条件が難しいし、いっか。
早起きしても、時間ぎりぎりまで行かないときもあるし、うん、やっぱりなかなか難しい
よ、これ。
そうあたしが三十秒前の自分に言い訳をしながら、“モーニング娘。様”という紙がはられ
た楽屋のドアを開けたときだった。あたしは見てはいけないものを目にしてしまった。
- 4 名前:名無しさん 投稿日:2003年11月04日(火)17時52分28秒
- あたしは何事もなかったかのようにドアを閉め、廊下に戻る。オッケー、一度整理しよう。
廊下に自分の足音が響く感じが好きだ。今は早朝。でも、時々スタッフさんが。で、楽屋
のドアを開ける。そこには梨華ちゃんがうなだれていた。わかりやすく落ち込んでいる様
子で。いやな予感。どうする?とりあえずトイレへ。
心のうちにトンズラを決意した、あたしの逃走経路をふさぐようにドアが開く。
「ちょっとぉ、どこにいくのよ?」
「えっ、ああ、中央線が止まってないか心配になってさ。ちょっと様子見てくる」
クルッときびすを返し、二、三歩踏み出したあたしの逃走経路を、再び梨華ちゃんはふさ
ぐ。今度は物理的な意味ではなく、心理的に。
「そうよね。私の悩みなんか、誰も聞きたくないわよね…」
グッと息がつまるのを感じた。ははは、こりゃどうしようもないよね。あたしは拒否する
自分の首をむりやり梨華ちゃんの方に向けると、これまたなかなか持ち上がってくれない
口の端を、重量あげのようにして笑顔をつくる。
「梨華ちゃん悩んでたんだ?あたしでよければ話聞かせてよ?」
- 5 名前:名無しさん 投稿日:2003年11月04日(火)17時55分43秒
- 半ば強制的に聞かされた話を総合してみると、梨華ちゃんの悩みは最近の企画にあった。
確かにそう言われてみれば、梨華ちゃんが気にしそうな内容の番組が続いた。“うたばん”
での紺野の発言しかり、“ハロモニ”での高橋の発言しかり。
でも、それは…と思うんだけど、テーブルをはさんだ梨華ちゃんの目は、真剣そのものだ。
目をそらさないように、かつ、しっかりと視界の端のほうで確認した梨華ちゃんの手の位
置。テーブルの端をしっかりと握りしめているのにもそれが感じられる。
「でさぁ、私は思うんだよね。なんていうかさ、愛が感じられないの!私ってダメな先輩
なのかなぁ…」
「そんなことないって。あれは、ああ言わないとしょうがないでしょ?そういうコーナー
だったんだからさぁ」
「そうじゃない」梨華ちゃんは涙目。はは。「私、嫌われてるんだ…」
「違う、違うって」
「そうじゃん!」
「五期の子たちだって梨華ちゃんのこと、嫌いなわけじゃないんだよ?でもあの場面でそ
んなことを言っても仕方がないじゃん。だから、面白くしようと思って…」
「面白くしようとするのはわかる。だけど、愛が感じられないの!それがあれば私だって
さぁ、こんなこと言わないよ?」
「う…ーん、そうなんだろうけどさ…」
話が堂々巡りしてる。愛が感じられないなんて、あいまいなことを言われても。あたしは
そんなふうには思わなかったし。…あたしは思わなかった!?
- 6 名前:名無しさん 投稿日:2003年11月04日(火)17時57分11秒
- とその時、ピンときた。どうして梨華ちゃんがこんなに悩んでいるのか、その根本的な原
因。あたしには余裕があるから、五期メンの真意がわかる。梨華ちゃんには余裕がないか
ら、それがわからない。じゃあ、どうして梨華ちゃんには余裕がないのか。そう、その答
えは梨華ちゃん自身が口にしていた、あれだ。
―――愛を感じない。
それはなにも、五期にだけ向けた言葉じゃなかったんだ。梨華ちゃん自身もおそらく、そ
れに気づいていない。自分がみんなに好かれているという自信がなくなっているときに、
運わるく五期メンがトランプのジョーカーを引いてしまった。そういうことだと思う。
だとしたら、梨華ちゃんが今、一番望んでる言葉はこれのはず。
「…でも、さ」
なんだか照れくさくて少し小声になる。
「うん」梨華ちゃんもそれを察知したのか、言葉から棘が消える。
「あたしは、さ。梨華ちゃんのこと、好きだよ」
「………」
反応がない。もしかして、はずした?そりゃそうだよね。文脈からいっておかしいもん。
途中の大事なもの、ポンと飛ばしちゃったもんね。
「えーと、違う。そういう意味じゃ…」
絶句した。顔を上げたあたしが見たものは、泣き出しそうなほどしあわせそうな顔をした
梨華ちゃん。
…なんだ、あたしの考察は間違ってなかったじゃん。梨華ちゃんの嬉しそうな顔を見て、
あたしも気分がよくなった。
「私も…」梨華ちゃんは続ける。「私もひとみちゃんのことが、……好き」
- 7 名前:名無しさん 投稿日:2003年11月04日(火)17時58分29秒
- 正直な話、この時初めてあれっ、って思った。でも深くは考えないのがあたしのいいとこ
ろだと思う。そうすれば、ほら、不安の影はすぐどっかに行くし。
「…ねえ、梨華ちゃん?」
「なに?ひとみちゃん」
「どうしてさぁ…」
「うん?」
「こんなにひっついてるの?あたしたち」
「ふふ。ひとみちゃんイジワルなんだからぁ」
……おかしい。やっぱりおかしいよ、これ。語尾にハートマークがついてたよね?でも、
さっきまでの梨華ちゃんなら、「どうしてこんなにひっついてるの?」って言葉に愛を感
じられなかっただろうし、それはやっぱり心に余裕が持てるようになったからだろうし……。
あたしは、あたしのまわりの人が暗い顔をしているのが嫌いだ。だから、一度誰かの相談
に乗ると、その人に元気が戻るまではおりられない。そんなあたしにピッタリな言葉を、
中学生の時、英語の辞書の中にみつけた。ホワイト・ライ。直訳すれば、白い嘘。つまり
は、悪意のない嘘ってわけ。スペルで言えば、wh…y?とか、とにかくそんな感じ。人を元
気にするための嘘なら、ついてもいいんじゃないかとあたしは思う。ほら、この通り、梨
華ちゃんも元気になったんだし!
あたしは再び、深く考えるのをやめる。
- 8 名前:名無しさん 投稿日:2003年11月04日(火)17時59分36秒
- 「あ、あのさぁ、ちょっとトイレに行ってくるからさぁ…」
「えっー、ひとみちゃんのえっちぃ。二人っきりになれるから?」
「い、いや、そうじゃなくてさ。ちょっと悪いけど」
そう言うと、あたしはなにか得体の知れないものからの避難を始めた。トイレへと廊下を
急いでいる途中、飯田さんとすれ違った。おっ、よっすぃー早いね。あ、飯田さん、おは
ようございます。そんな挨拶を交わしながら、なんとなくホッとした。みんなが来る時間
になったんだ。
トイレに入ると、鏡の自分を見た。混乱が表情にでてる。おちつけ、おちつけと慣れした
しんだ自分の顔につぶやきながら、整理する。そう、なにを隠そう、混乱したら頭を整理
するのはあたしのくせなのだ。深く考えはしないけど、状況がどうなってるかはわかって
おかないと。
廊下に自分の足音が響く感じが好きだ。今は早朝。で、ドアを………。
「わああぁぁあ!!」あたしは思わず声をあげた。
加護がいつの間にかあたしの後ろに立っていた。自分の驚いた顔越しに、暗い顔をして突
っ立ている加護を見た。
- 9 名前:名無しさん 投稿日:2003年11月04日(火)18時01分23秒
- 「加護!」ふりかえる。「いるんなら声かけてよ。びっくりするじゃん」
「ああ、よっすぃー。おはよう」
あれっ、これまた嫌な予感。やけに沈んだ声の加護は、ハァーとひとつ、大きなため息を
つく。その目からは、今にも涙がこぼれそうな具合。
「どうした、加護?」
「よっすぃー」
涙声でそう言うと、加護は急に抱きついてきた。
「おっ、おおい?」予測不能の事態にふらついた足元を立てなおす。「泣いてちゃわからな
いよ。どうした?」
そう言っても、加護は泣きじゃくりながら、顔を左右に振るだけ。あたしはどうすることも
できずに、よしよしと頭をなでてやる。
「あたしには…言えないこと?」
加護はピクッと一瞬、泣くのをやめ、また泣き出す。
五分間くらいそんな状態でいると、ようやく感情の波がおさまってきたのか、加護は照れ
くさそうに笑うと、背を向けて鼻をかんだ。マンガみたいに、チーンという音をたてて。
もう大丈夫?と声をかけると、コクンとうなずく。
「あの、ね」
「うん」
「よっすぃー、さっき、あたしには言えない?って言ってくれたけどね」
「うん」
「もしかしたら、よっすぃーにしか言えないかもしれない」
少しうれしくなる。誰にも言えないほどのこと。だからこそ加護は、トイレに来たのかな。
一人でこっそりと泣くために。だとしたら、そんな悲しいことはないよね。
- 10 名前:名無しさん 投稿日:2003年11月04日(火)18時02分35秒
- 「どんなこと?」
「うん、あのHEY×3に出たときさぁ」
「ああ、スペシャル?」
「そう。ふとったって言われたでしょ?それがくやしくて実はダイエットしてたんだよね」
「ああ、そうなんだ」少し話が見えてきた。
「だけどさぁ」悲しみがぶり返してきたのか、言葉の響きが水分を含む。「全然減らないん
だよね。こんなに我慢してるのに、どうして?って思ったら悲しくなってきちゃってさ」
理性という砂の壁を、再び波がさらう。今度もやさしく加護を抱きしめる。その小さな背中
をポンポンとたたきながら、思った。結局悩んでる人っていうのは、みんな同じなのかもし
れないなぁ。おおげさに聞こえても、世界に一人ぼっちな気がして安心できるものを探して
る。そんな気がする。そして素直な好意の言葉が、その孤独感をぬぐいさってやる唯一の方
法なんだと、あたしは思う。
あたしはさっき、なんだか照れて言えなかった言葉を口にしようと思った。
「どうして、あたしだけには相談できるの?」
「あの、ね。だっ、て他のみんな、や、やせてるんだもん」
- 11 名前:名無しさん 投稿日:2003年11月04日(火)18時04分32秒
- あたしはさっき、なんだか照れて言えなかった言葉を口にしようと思った。
「どうして、あたしだけには相談できるの?」
「あの、ね。だっ、て他のみんな、や、やせてるんだもん」
ドガーンとめまいがした。加護、あんたしゃくり上げながらとんでもないこと言ったよ?
こっちは“うれしかったよ”っていう言葉の下準備をはじめてたっていうのに!…これで
悪意がないんだからしょうがない。あたしはトホホと形容される気分のまま、無邪気にふ
るえる体をさする。トホホ…。
そんなこっちの事情はつゆ知らず、加護は続ける。「だ、だからさ、誰にも言、わないでや
せてやろうと、思ったんだけど」
「大丈夫だよ。加護はそのままでもじゅうぶんかわいいから」
「ほ、ほんとにそう、思う?」
「うん。思う思う。あいぼんになりたいもん」
「じゃあ、加護のこと、好き?」
「うん、好き…」
あ、やばい。ほんの数分前の経験からそう思ったときには遅かった。加護はあたしにしが
みつく力をギュッと増し、パッと離れると、「うれしい!じゃあ、先に楽屋に行ってるね!」
と楽屋の方向へと走り出て行った。
あぜんとした。いや、自分で望んだことなんだけどね。でも、あんなに一気に元気になる
もんかなぁ〜?なんだか、まだ仕事がはじまってもいないのに、疲れがドッと押し寄せて
きた。まぁ、いいかな。これもホワイト・ライだ。……そうかな?
あたしは首をひねりながら、楽屋へと戻った。
◇
- 12 名前:名無しさん 投稿日:2003年11月04日(火)18時06分23秒
- 二人に壁際にまでおいつめられたあたしは、視線を楽屋中に走らす。愛すべき他のメンバ
ーたちは、それまでこっちに注目していたにもかかわらず、途端にそれぞれの作業へと目
線を戻す。くそ、覚えてろよ。
「なに無視してんのよぉ!」
梨華ちゃんはただでさえ高い声を、半分裏返しながらあたしにつめよる。
「好きって、どっちのことが好きなんだよ!」
加護も足りない身長をカバーするようにピンと背筋を張り、あたしをおいつめる。
あたしは、あたしのまわりの人が暗い顔をしているのが嫌いなように、怒っているのもも
ちろん嫌だ。そんなあたしにピッタリな言葉を、中学生の時、英語の辞書の中にみつけた。
ホワイト・ライ。直訳すれば、白い嘘。つまりは、悪意のない嘘ってわけ。スペルで言え
ば、wh…y?とか、とにかくそんな感じ。人を元気にするための嘘なら、ついてもいいんじ
ゃないかとあたしは思う。
じゃあ、この場合はというと………。
あたしは緊張でかわいたのどを鳴らし、小さく息をつくと、言った。
「ふ、二人とも、好き」
- 13 名前:名無しさん 投稿日:2003年11月04日(火)18時06分38秒
-
- 14 名前:名無しさん 投稿日:2003年11月04日(火)18時06分46秒
-
- 15 名前:名無しさん 投稿日:2003年11月04日(火)18時06分52秒
-
Converted by dat2html.pl 1.0