インデックス / 過去ログ倉庫
21 雨男
- 1 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時16分13秒
- 21 雨男
- 2 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時18分45秒
- ―
―――
―――――
今日も東京に雨が降りました。
もうすぐ訪れる夏の匂いが少し入り混じった暖かく柔らかな雨でした。
例年よりも梅雨が長引いているそうなのです。
雨が降って、少し晴れて、また雲が広がって、再び雨を降らします。
その度に街の景色は色を変え、アスファルトを染めていきます。
そんな光景をみていると、6年前の、私の短い高校生活の記憶をほんの少し思い出すのです。
- 3 名前:: 21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時20分28秒
- ◇
高校生活初日だってのに、朝から分厚い雲が空を覆っていた。
退屈な入学式の最中にとうとうこらえきれなくなった雨粒たちが地上に降下し、体育館の屋根にぶつかってぱらぱらと音を立てた。
それからも降下部隊の勢力は増し、今日の日程を終えて家に帰ろうかという頃には、ざあざあ降りの大軍隊になっていた。
私はしょうがなく昇降口で立ち尽くす。
盾――傘を持っていなかったのは忘れたからじゃない。
出掛けに見ていたTVの天気予報のお姉さんの顔を恨めしく思い出す。
(午後は青空が広がるって言ったじゃん…)
雲は相変わらずの精鋭部隊を地上に送り込み続けている。
きっと雲の上に部隊長がいてそいつが指示して雨を降らせてるんだ。
そう思い込んだ私は、厚い雲の上の方を――そう、きっとそこは青空で、そいつはのんびりとコーヒーなんか飲んでるんだ――睨みつけてやった。
「何してんの?」
- 4 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時21分56秒
- 突然、後から声をかけられて私の空に向かっていた意識が地上に戻ってきた。
振り向くと、私と同じように真新しい制服に身を包んだ、男の子がこちらをじっとみていた。
男子、ではなく男の子と感じたのは私よりずっと背が低かったからかもしれない。
背の高い私は彼を見下ろすような格好になる。
「何してんの?」
「…部隊長どのを睨みつけてやったの」
「…?」
男の子は顔をしかめて、不思議そうに首をかしげる仕種をした。
「なんかよく分かんないけど…まぁいいや。それよりこれ」
差し出されたのは青色の傘。
「…え?」
「貸してあげる」
「だって君が…」
「いいんだ。この雨は俺が降らせてるんだ」
強引に私の手に傘を握らせると、男の子は去り際にぽつりと言った。
「雨男なんだ、俺」
水をぱしゃぱしゃと跳ねて駆けていった小さな背中が、遠くなってより小さくなる。
私はその様子を呆気にとられて見ていた。
ふと気を取り直して、手元の傘をぱっと開いてみる。
ちょっと子供じみた青色の傘がなんだかとても可笑しかった。
◇◇◇
- 5 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時23分13秒
- ―
―――
―――――
夕方にものすごい雨が降りました。
空にある水分がいっぺんに固まって落ちてきたみたいなすごい雨です。
叩きつける激しい雨音が辺りを支配して街中がずぶ濡れになりました。
私はその様子をマンションのベランダから見ていました。
激しい雨を降らせる雨雲の向こうにぼんやりとオレンジの太陽が見えてなんだか綺麗でした。
これだけ降ると流石にもう空に雨粒は残ってないんじゃないかなと思います。
それでも梅雨はもうしばらく続くのだそうです。
- 6 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時24分25秒
- ◇
「こーの雨男」
「うるせー、遅いぞ」
駅前の小さな天使のオブジェの前で、君はぼーっと何もせずに待っていた。
私が遅れて、君が待ってる。いつものこと。
いつもの待ち合わせ場所。
そしていつもの雨。
「これで何れんちゃん?日曜日に雨降るの」
「…3連続」
「北海道のみなさんに謝りなさいよ。日曜日にばっかり雨降らせてごめんなさいって。僕の所為ですって」
「俺だってねぇ、降らせたくて降らせてるわけじゃないんだ」
そう言って君はムスっと膨れっ面を浮かべ、かざしている青い傘をくいっと持ち上げて暗く淀んだ灰色の空を睨んだ。
君の瞳の中にきらきらと雨粒が映る。
- 7 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時26分11秒
- 「まぁいいや。行こ」
私は差していた傘をたたんで、君の青いサークルの中に入り込んだ。
二人で入るには少し小さな傘で、私が濡れないようにと君は円の中心点を私寄りにおいてくれる。
そのせいで円からはみ出した君の左肩はいつも濡れていて、水分を吸収し変色した袖をみると、胸の奥から何かが込みあがってきて、それは目からこぼれおちそうになる。
「ねぇ、来週も雨降らすつもり?」
「そんなの分かんないよ。神様にでも聞いてよ」
「じゃあさ。いつ雨が降ってもいいように、傘、買おう。おっきい傘」
◇◇◇
- 8 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時27分10秒
- ―
―――
―――――
今日はお仕事で一日中建物の中にいたので雨をみていません。
けれど仕事帰りの湿った夜の風と黒っぽく変色したアスファルトが今日の雨のことを教えてくれました。
梅雨空の厚い雲と雲のほんの少しの隙間に、かすかに星の明かりがみえます。
街から放たれるたくさんの光にかき消されてしまいそうな、小さな光です。
あの星を君は今どこでみてるのでしょうか。
そこからはもっと輝いてみえるのでしょうか。
あの星は私です。
- 9 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時28分49秒
- ◇
「あのさぁ、圭織、東京に行くかも」
「え、なんで?」
君のまん丸な瞳が驚いた顔になってさらに丸くなる。
「この間落ちたオーディションのスタッフさんからもう一回東京に来てくれって言われたの」
「どういうことだよ」
「圭織だってよく分かんないよ。けどね、多分チャンスだと思うの。やっぱり歌手になりたい。歌、歌いたいんだ」
「高校はどうすんだよ」
「だからまだ分かんないだってば。…でもひょっとしたら……」
二人で買った大きな傘は少し重くて、それに背の高い私に合わせて傘を持っているから、君の右手はいつも少しだけ苦しそうに震えていた。
でも君が、今、震えているのは傘の重さのせいだけではないのかもしれない。
しばらく二人とも無言で歩きつづけた。
沈黙の世界に雨音だけが響きわたる。
ふと西の方を見やると、向こうの空は明るかった。
この雨もじきに上がってしまうのだろうか。
- 10 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時29分55秒
- 「これ」
君が唐突に右手を差し出した。
「ちょっと持ってて」
「…うん」
戸惑いながら傘を受け取る。
ずしりと重たい感触を左手に感じた。
君はほどけたスニーカーの靴紐を結びなおすと傘を受け取らずそのままサークルの外へと出て行ってしまった。
「何してんの…濡れちゃうよ?」
「いいんだ。俺は雨男なんだ。雨なんか平気なんだ」
「…何言ってるの。ばっかみたい」
「俺はなぁ、雨男なんだよ!」
- 11 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時30分47秒
- そう叫んだ途端、君はアスファルトの水を跳ねて駆け出した。
走り去る君の姿がどんどん小さくなっていって、雨の風景に溶け込んでいって、そして、消えた。
次第に雨雲が風に流されて青い空を覗かせ、太陽がひょっこりと顔を出す。
太陽は今まで雲に遮られていた光を一気に解き放つかのようにまばゆい光を放ち街を照らす。
私はその光の中、傘を差したまま呆然と立ち尽くしていた。
◇◇◇
- 12 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時32分00秒
- ―
―――
―――――
この間、君に似た人を見かけました。
タクシーからほんの一瞬だったけど、夜だったから暗くて見間違えたのかも知れないけど。
あの頃よりも背がずっとずっと大きくなってて、大人っぽくなってて、隣には女の子が並んで歩いてて。
そして私の知らない色の傘を差して。
見間違えたのかも知れないけど、やっぱり君のような気がします。
君は今でも雨男ですか。
この雨も君が降らせているのですか。
- 13 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時33分06秒
今、私はあの頃二人で使ってた大きな傘を差して、東京の街に立っています。
長い雨の季節はそろそろ終わりそうです。
東京に来て6度目の夏を迎えます。
―fin
- 14 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時33分38秒
- オ
- 15 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時34分45秒
- コ
- 16 名前:21 雨男 投稿日:2003年07月23日(水)23時35分36秒
- チャ
Converted by dat2html.pl 1.0