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20泣きたくなったら教えてね
- 1 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月23日(水)22時55分29秒
- 20
泣 な え
き く っ し て ?
た た 教 ね
ら
- 2 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月23日(水)22時56分26秒
- 14日午前11時半ごろ、H県K市のI川で二人の若い女性の遺体が見付かった。H県警の調べによると、二人は地元のK高校に通うAさん(17)とBさん(15)。二人は12日夕頃よりM埠頭の花火大会に行くと言って外出したまま帰宅せず、家族から捜索願いが出されていた。県警は、二人が手をつないで川に飛び降りるのを見たという複数の目撃証言から心中の可能性が高いとみて原因を調べている。
[M新聞2002年7月14日付夕刊]
- 3 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月23日(水)22時57分07秒
- 下駄箱で拾ったパスケースから出て来たのは2枚のプリクラ、氏名年齢は言うに及ばずご丁寧に電話番号まで記載されたバスの定期券、うすく黄色く変色した新聞記事の切り抜き、だった。
去年の夏、僕は初めて死体を見た。花火大会の翌日、地元の青年団のボランティアで後片付けの手伝いをしていたときだ。川べりにまで散乱していたゴミを薪をひっくり返すときに使うような金バサミで拾っていると、真新しいサンダルが引っかかった。女ものだった。そう、この記事の死体を見付けたのは僕だったのだ。水死体はこの世で一番醜いのだと人は言う。だけど僕が見た死体は信じられないほど損傷がなかった。ツインピークスのローラが世界一美しい死体だというなら、僕が見たのは日本で一番ぐらい美しい死体だったに違いない。透明な水に沈んだ二人は眠っているように穏やかだった。
定期券の名前は松浦亜弥。男だろうか、女だろうか。
これは運命に違いない。僕は定期券の持ち主に電話をかけてみることにした。
- 4 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月23日(水)23時09分27秒
- ――……――……――……
「はい?」
「松浦さんのお宅ですか?」
「そうですけど」
「亜弥さんはいらっしゃいますか?」
「失礼ですけど、どちら様ですか?」
「――いなかったらいいです。また掛けなおします」
――……――……――……
- 5 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月23日(水)23時10分38秒
- ――……――……――……
「はい?」
「松浦さんのお宅ですか?」
「そうですけど」
「亜弥さんはいらっしゃいますか?」
「失礼ですけど、どちら様ですか?」
「――いなかったらいいです。また掛けなおします」
――……――……――……
- 6 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月23日(水)23時11分18秒
- ――……――……――……
「はい?」
「松浦さんのお宅ですか?」
「そうですけど」
「亜弥さんはいらっしゃいますか?」
「失礼ですけど、どちら様ですか?」
「――いなかったらいいです。また掛けなおします」
――……――……――……
- 7 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月23日(水)23時13分43秒
- ――……――……――……
「はい?」
「松浦さんのお宅ですか?」
「そうですけど」
「亜弥さんはいらっしゃいますか?」
「失礼ですけど、どちら様ですか?」
「――いなかったらいいです。また掛けなおします」
「ちょっと、ねぇ」
「はい?」
「この間から何回も。何の用ですか?」
「亜弥さんの定期を拾ったんです」
「はい?」
「近所ならお届けしますが。いつが都合いいですか?」
「……」
――……――……――……
- 8 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月23日(水)23時25分11秒
- 松浦亜弥が指定したのは、R駅だった。快速が止まり、複数の路線をまたぐバスターミナルがある、中規模程度の駅だ。
彼女は自分の住所を教えることもしなければ、二人っきりになるような場所を指定することも避けた。
僕らはR駅にひとつしかないキオスクの前で待ち合わせ、少なくない人々が行き交う中で定期券と隣のショッピングモールで買ったばかりらしいお菓子とを交換した。これで貸し借り無しというわけだ。僕は彼女の賢さを気に入った。
会見はジャスト30秒で終了。僕らはさようならさえ言わずに別れた。
- 9 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月23日(水)23時36分10秒
- ――……――……――……
「はい?」
「松浦さんのお宅ですか?」
「いつもの人?」
「それが僕のことなら、きっとそうです」
「返してよ」
「ええ、その件で。部屋を掃除していたら見覚えのない新聞記事の切り抜きが出て来まして。僕は新聞をスクラップする趣味はないし、この前パスケースの持ち主を調べるために中身を出したときに新聞記事の切り抜きがあったことを思い出して」
「返してくれる?」
「ええ、勿論。場所はこの前のところでいいですか?」
――……――……――……
- 10 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月23日(水)23時51分45秒
- 今度は僕らは、駅の高架下にあるドトールに移動した。
この店はいつも込み合っている。奥のテーブル席に座った彼女の元へ、コーヒーを二つ運ぶ。
「好みが判らなかったから適当に頼んだけど」
そう言って僕はコーヒーをブラックのまま飲んだ。松浦亜弥は飲み物には手をつけようとはしなかったので、僕は少なからずガッカリした。砂糖を入れるのかミルクを入れるのか両方入れるのか、それとも入れないのか。僕はそんなどうでもいいことに興味があった。
「早く返してください」
「残酷なことに興味があるんですか?」
せっかちなことを言う彼女に、僕はわざとゆっくり鞄を開きながら、そう訊いた。
「いいえ、違いますね。あなたは残酷なことには興味がない」
彼女が口を開く前に僕が答えた。
- 11 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月23日(水)23時57分56秒
- 「では、あなたは何が面白くてこの記事に興味を持ったのか」
ブルーのクリアホルダを鞄から取り出した。
「たぶんこの記事そのものに興味があるのでしょう?」
頁をゆっくりとめくる。この記事を綺麗に保存するためだけに購入したクリアホルダには、彼女の新聞記事以外の何も入っていなかった。
「僕もこの事件に興味があるんです」
松浦亜弥は興味を惹かれたように僕を見た。
「僕は死体の第一発見者です。貴方がどうしてこの記事に興味を持ったのかお話してくれれば、僕の話をお聞かせしますよ。どうです、悪くない話だと思いませんか?」
- 12 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月24日(木)00時08分09秒
- 松浦亜弥は値踏みするように僕の顔を見た。
そして笑った。
「興味なんてありません」
そして真顔になって言った。
「それは記念です」
「記念?」
「死体は綺麗だったでしょう? どうしてだと思いますか」
松浦亜弥はそう言って、僕を見上げた。
「水に浸かると屍蝋化して美しい死体が出来ると訊いたことがありますが」
「屍蝋なんて」
松浦亜弥はくすくすと笑った。
「落ちていったときに、すでに死んでいたとしたら? 水は飲みませんよね」
「しかし――二人は心中と。そう記事に」
「心中と判断された根拠をご存知ですか?」
「手を繋いで落ちていったからだと、この記事にもそうありますね」
「薬ですよ」
「薬?」
「落ちる前に二人で同時に致死性の薬を飲んでいたんです」
そう言って松浦亜弥はまた、くすくすと笑った。
- 13 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月24日(木)00時18分24秒
- 「私には知りたいことはもう、何もありません」
「記事を」
「もう要りません――ねぇ、あなたは泣きたくなることってありませんか?」
「いえ、あまり――」
「じゃあ、泣きたいときは教えてください。きっと」
「きっと?」
「いえ、何でもありません」
松浦亜弥は結局、コーヒーに手をつけることなく席を立った。
- 14 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月24日(木)00時23分37秒
- 僕は松浦亜弥の後ろ姿を見送りながら、彼女が水に浮かぶ姿を想像していた。
薬か。考慮の余地はあるかもしれない。
- 15 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月24日(木)00時26分24秒
- 14日未明、H県K市のI川で若い男性の遺体が見付かった。H県警の調べによると、地元のM高校に通うAさん(15)。Aさんは特に悩んでいる様子もなく遺書なども無いことから、H県警は事件や事故の可能性も視野にいれて捜査にあたっている。
[M新聞2003年7月14日付夕刊]
- 16 名前:名無しさん 投稿日:2003年07月24日(木)00時27分06秒
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- 17 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月24日(木)00時27分53秒
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- 18 名前:20泣きたくなったら教えてね 投稿日:2003年07月24日(木)00時28分31秒
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