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15 夏の公園
- 1 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時12分30秒
15 夏の公園
- 2 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時13分04秒
- 久しぶりに町に帰った。
ひとみはキャスケットを被っただけの格好で外出することにした。
地元という安心感がそうさせたのかもしれない。
家を出る直前、ひとみはケータイの電源を切った。
休みの間はそんなにメールもこないし、ちょっと感傷的な気分だった。
なぜかは分からないが、これも地元にいるせいかもしれない。
ひとみは上機嫌で家を出た。
7月の日差しは湿気を帯びて、肌にまとわりつく。
それでも今日はからっと晴れているからあまり汗もかかない。
しばらく気ままに歩いていたが、誰も声をかけてこない。
顔をじっと見てくる子供はいたが、近付いてこなければ騒ぎもしない。
おとなしいものだ。
これが渋谷だと子供どころかいい年した大人まで騒いだりする。
この町ではそういうわずらわしい思いはしなくていい。
こんなにくつろげるところは他にないんじゃないだろうか。
ひとみは路地を抜けて大通りに出た。
- 3 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時13分37秒
- 小学校が見えてきた。
青い空をバックに校舎が白い雲を背負っている。
突然喚声が聞こえてきたかと思うと、正門から子供たちが出てきた。
一年生ぐらいの小さい子供たちががやがやと騒ぎながら列をなしている。
さすがに危ないと思ってひとみは足早に通り過ぎた。
故郷とはいえ、小学生の集団に見つかればなかなか帰してもらえない。
ちらっと振り向くと、皆ナイロンの袋を持っている。
きっとプールの帰りなんだろう。
ひとみも小学生の頃はよくプールに通った。
プールは暑い夏を過ごすには欠かせなかったし、プールに行けば必ず友達がいた。
ひと泳ぎしてからプールサイドで友達と話すのは夏休みの日課だった。
そういう友達は、女の子だけではない。
男の子も、一人だけだが来ていた。
- 4 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時15分08秒
- 公園に足を運びながら、ひとみはタツヤのことを思い出していた。
タツヤは色白で背が低く、ひとみの方が10センチは高かった。
髪が長くて肩幅の狭い、男っぽいとは言いがたい男の子だった。
小学一年生の頃はしばらくタツヤのことを女の子だと思っていたぐらいだ。
近所の保護者からはかわいがられていた。
女の子みたいでかわいいわねえ、と言われるたびにタツヤは照れ笑いを浮かべた。
ひとみは決して男っぽいわけではなかったが、女の子らしいと言われたことはなかった。
タツヤは男の子より、女の子の輪に入って遊んでいた。
ドッジボールやサッカーより、おしゃべりに熱中する方だった。
- 5 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時15分45秒
- そんなタツヤは、男子からはかなり疎外された。
お互いに歩み寄ろうとしないのだから当然だったのだ。
なぜかは覚えていないが、タツヤとはよく遊んだ記憶がある。
近いわけではなかったが、家にも遊びに行った。
ひとみと同じようにタツヤと親しい女の子は少なくなかった。
下手な女の子に話すよりもタツヤに話す方が安心だったのかもしれない。
何より、タツヤは口が固かった。
誰かがタツヤに悪口を言っても、他人に漏らしたりすることはなかった。
男子からは遠ざけられていたが、決して悪いやつではなかった。
- 6 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時16分16秒
- 夏休み、プールに来るとたまにタツヤがいた。
タツヤが着替えるのはもちろん男子の更衣室だが、遊ぶのは女子とだった。
泳ぎの苦手なタツヤは水の中につかっても絶対に足は離さなかった。
ある時、ひとみがタツヤのかなづちを直そうとしたことがあった。
プールに肩までつかっていたタツヤに、ひとみは話しかけた。
「泳ぎの練習しないの?」
「僕はできないから」
「練習すればいいじゃん」
「練習も怖いから」
並の女の子よりよっぽど女々しい態度だった。
「とりあえず顔を水につけようよ」
「怖いよ」
「大丈夫だって。いいからいいから」
ひとみは無理矢理タツヤの腕を引っ張って、水中にひきずりこんだ。
タツヤはほとんど抵抗できずにひきずりこまれて、しばらく水を飲むはめになった。
プールサイドで青い顔をしているタツヤを見つけた先生が、ひとみをひどく怒ったのは当然である。
- 7 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時17分28秒
- タツヤは根性とかやる気とかとは全く無縁だったが、気遣いはできる男だった。
女の子が男子に泣かされれば、泣いている女の子に声をかけて励ますようなタイプだった。
一番大人っぽい行動をしているのは、いつもタツヤだった。
小学3年生の遠足で、大きな蜂の巣を見つけた女子がいた。
その子は怖さのあまりその場で泣いてしまった。
それを聞いた男子は仇討ちとばかりに棒切れを持って蜂退治に駆けつけた。
ひとみたち女子も半ば野次馬根性で追いかけた。
勇んで駆けつけたはいいが、蜂の怖さに誰も踏ん切りをつけられない。
尻込みする男の子たちをよそに、タツヤは先生を連れてきた。
先生は子供たちを避難させ、地元の人と一緒になんとか蜂の巣を片付けた。
- 8 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時17分58秒
- 帰りのバスの中で、タツヤに話しかける男子がいた。
「なんで先生に蜂の巣のこと言ったんだよ」
子供たちの中で、何か事件が起こればそれは自分たちの手で解決しなければ気が済まない。
大人の力を借りるなどはもってのほかだという暗黙のルールが子供たちにはあった。
その男子はそういう思いが強かったのだ。
「あれは俺たちが退治するつもりだったんだから」
「そんなことできるわけないでしょ」
ひとみが横から口を出すと、男の子はじろっとにらみつけてきた。
「どうなんだよ」
詰め寄る男子に、タツヤは平気な顔で答えた。
「だって、誰も退治できなかったんだからしょうがないじゃん」
それを聞いた男の子はふてくされるように窓の方を向いてしまった。
- 9 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時18分35秒
- タツヤは学年が上がるにつれて男子にいじめられるようになった。
低学年の時は単純に馬鹿にするだけだったが、次第にいじめも陰湿になった。
靴はしょっちゅうなくなり、教科書が破かれたこともある。
それでもタツヤには女子の友達がいた。
いじめられても必ず女子が加勢してくれた。
しかしそんな女子たちも、高学年になるとタツヤを遠ざけるようになった。
タツヤの女の子っぽさがおかしく見えるようになったのだ。
男子のくせに、という思いが強くなった。
そのせいで、タツヤは学校で孤立した。
男子からも女子からも嫌われたタツヤは、休み時間には一人で黙っているしかなかった。
ひとみはなんとなく気持ちが晴れなかったが、気にはかけなかった。
同じような気持ちの女子もいるはずだったが、誰も口にはしなかった。
結局、タツヤは卒業式までクラスから浮いたままだった。
ひとみはタツヤと違う中学に通うことになった。
それからずっと、タツヤとは会っていない。
- 10 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時19分07秒
- そういえば、とひとみは思い出した。
娘。に加入した当時、ひとみには突然友人や親戚が増えた。
全く連絡を取っていなかった小学生の頃や幼稚園の友達までから電話がかかってくるようになったのだ。
そういう友達は大抵「元気ぃ?」などとなれなれしく声をかける。
こっちは記憶にないのに、親友のようにつきまとわれることもあった。
芸能界に紹介しろというやつもいた。
そんな中、タツヤとは全くの音信不通だった。
小学校の同級生はほとんど声をかけてくるのに、タツヤからは電話の一本もかかってこなかった。
タツヤなりの配慮だったのかもしれない。
それとも、自分はひとみとは友達ではないと、大人な判断をしたのだろうか。
いずれにしろ、タツヤは連絡をよこさなかった。
ひとみから連絡するほど親しくはないし、その必要もなかった。
そういうわけで、長い間顔も見ていない。
公園は夏休みなのに誰もいなかった。
ひとみは誰も見ていないのを確認してからブランコに腰を下ろした。
芸能人でなくても、ブランコに乗っているのを知り合いに見られるのは恥ずかしい。
それでもベンチではなく、ブランコに座ってみたい気がした。
- 11 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時19分48秒
- 誰かが公園にやってきた。
一人じゃない。
二人だ。
二つの人影がベンチに腰を下ろした。
ベンチからはブランコは死角になっている。
小声でよく聞き取れないが、高校生ぐらいのカップルらしい。
ひとみは人影に気付いてブランコから降りた。
こんなところで見つかっては仕方がない。
キャスケットを目深に被って公園を出た。
「もう行こっか」
二人が腰を下ろしてから数分と経たないうちに、男の方がそう言い出した。
向こうも誰かブランコにいるのに気付いたのかもしれない。
ひとみが振り向くと、彼女の方が黙って立ち上がった。
そしてひとみはあっと声を上げそうになった。
彼氏の方は見覚えのある顔だった。
タツヤだ。
色黒で髪が短くて背が高いが、顔は紛れもなくタツヤだ。
向こうはひとみに気付いていない。
彼女と手をつないでゆっくりと歩いている。
- 12 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時20分24秒
- ひとみは声をかけようか迷った。
久しぶりなうえ、横には彼女がいる。
おまけに自分は芸能人なのだ。
うぬぼれるつもりはないが、顔は知っているに違いない。
結局、ひとみは早歩きで通り過ぎた。
振り返ると、タツヤは彼女と視線を交わしながら笑みを浮かべている。
真夏の昼時にデートするなんて、タツヤにしては気がきいていない。
タツヤが一瞬、彼女から視線を離した。
少しだけ目が合ったような気がしたが、思い違いだろう。
ひとみは満足な気持ちで家に帰った。
- 13 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時20分56秒
- オワリ
- 14 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時21分26秒
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- 15 名前:15 夏の公園 投稿日:2003年07月21日(月)23時22分03秒
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