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四 花の下にて春死なむ

1 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)01時56分57秒
花の下にて春死なむ
2 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)01時57分41秒
それは薄桃の雪化粧に似ており、
終わり行く春の精一杯のめかし衣装は薫風に小さく身体を震わせていた。
道路を流れる自動車のエンジン音が、砂利を一歩踏みしめるたびに少しずつ遠ざかってゆく。
小高くなだらかな丘のような地形の頂点に、その木はあった。
子供たちやその親たちの姿は見えない。
決して大きくはない公園の中のちっぽけな一角は、
その瞬間だけは間違いなく、私と彼女だけのものになっていた。

「懐かしいね」
彼女がふっと漏らした呟きは、風に乗って私の耳へと流れてきた。
ああ、と頷くと、一陣の風が強く吹き抜ける。
「十五年ぶりか。
 この木は変わらないけど、私は変わっちゃったな」
その言葉ほど彼女に悲壮感は感じられず、
背景に陽を置いて、薄桃の木漏れ日をもたらすその花々を、
年月を重ねながら未だ変わらない穏やかな瞳で見つめていた。
3 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)01時58分11秒
「登るか?」
私の問いに、彼女は僅かに首を動かした。
「ダメだよ、ジンクスが生きてたらどうするのさ」
「ジンクス?」
「…春を殺す木の袂には呪いが掛かっている。
 結婚を間近に控えた人間が近づくと、その人間の春を殺してしまう…」
訥々と話す彼女の横顔を見ながら、そう云えばそんなジンクスがあったことを思い出す。

「…子供っぽいって思ってるでしょ?
 そんなジンクスを信じてるなんて」
いや、と首を振り答える。
「どれだけ子供っぽくたって、どれだけバカらしくったって、
 ほんの僅かの不安要素すら介入させたくないほどの春なんだろ?」
「…あなたに云われると、そう云う風に感じてくるから不思議だね」
「こちとら、盛大に嘘を付くのが仕事だからね」
「そう云う嘘なら、大歓迎だ。
 最近の嘘には切れがないぞ」
彼女はそう云うと、年甲斐もなくぺろりと舌を出して、悪戯っぽい仕草を見せた。
私も彼女を小突く真似をして、二人の間に微笑が伝わる。
まるで、十五年前と変わらない世界が出来上がる。
4 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)01時59分07秒
そもそも誰が云い出したものかもわからないが、
この名もない公園の名もない丘の名もない桜の木は、
私の通っていた大学では「春殺し」の通り名で呼ばれていた。
理由は単純で、大学付近にある桜の木の中で最も北にあるからに過ぎない。
その木に花が付く頃には一帯の桜はほとんどが散っており、
その桜さえもが散ってしまうと、季節は夏へと移り変わる。
春を殺す桜、春殺しの命名はそうして成された。
5 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)01時59分31秒
結婚を控えた人間云々も出所こそ不明なものの、
大学内では周知のジンクス、それどころか都市伝説のような異様さも兼ね備えながら流通していた。
歓楽街やら特別なデートスポットなどを持たなかった当時のこの地域では、
緑の芝生の中で艶やかに咲き乱れる一本の桜の袂は何より幻想的な雰囲気を醸し出すのに適していたらしく、
恋人と称される仲の男女がこぞってそこを訪れたらしい。
その数があまりに多かったから、きっとそのようなジンクスが生まれたのだろうと思う。
大学生同士の恋愛がそのまま結婚に結びつく確率など、
こう云ってはなんだけれどそれほど高いわけでもない。
桜にしてみれば迷惑な話だろうけれど、
当人達はそうやって心の均整を保っているのだ。
誰が悪いでもない、悪いのは桜だ。
そう思うのが何より簡単で、何より気楽であるのは疑いようもない。
6 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時00分06秒
そうなのだ。
何より簡単に何より気楽に、桜のせいにすることができる。
未だに自分の中で滞っている、古い時代の春の写真を思い出しながら思う。
春は終わった、もう終わったのだ。
「…俺は少し、登ってくるかな」
「え?」
驚いたような彼女の声を背中で聞きながら、
私は小高い丘を形成している芝生の一角に足をかけた。
二日ばかり前に降った雨水を吸った芝生がしゃくっと音を立てる。
一歩一歩を踏みしめるたび、過去へと戻っていくような錯覚に囚われる。
春殺しの鮮やかな桃色が近づくに連れ、
私の中で燻っていた古ぼけたセピア色の写真が輝きを取り戻していく。

写真は春を切り取っている。
春殺しの袂で微笑む一人の人間を写し出している。
淡い桃色の花は五分ほどが散って、剥れた焦げ茶の幹が所々顔を覗かせている。

私は春殺しの袂に辿り着き、上を見上げた。
満開に近い桜の花々は、反物のように柔らかくなびいている。
私は無言で、目を閉じた。
7 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時00分32秒


春殺しにとんと縁のない、凪いだ海のように穏やかな大学生活を送っていた私が、
ひょんなことから女性と二人でそこに行くことになったのは、
大学三年に上がったばかりの頃の友人の一言がきっかけだった。

「明日、お前、スケープゴートになれ」
普段から突拍子もないことを云う奴ではあったが、
この時はいつにも増して文脈に繋がりがなく、意味がわからなかった。
「何云ってんだ?」
「スケープゴートだよ、身代わりの羊だ」
「そりゃわかるけど…いきなり身代わりって云われても」
「代理彼氏をやれ」
私が云い終わらないうちに発せられた友人の科白に、私は耳を疑った。
「代理彼氏?」
「ああ」
「なんだよそれ」
「読んで字の如くだ、代理の彼氏だよ」
「誰の代理だよ?
 つーか、俺が…」
「わかってるよ、お前が女性恐怖症なことくらい。
 ただな、今回のことはお前にしか頼めない。
 なんせ向こうがお前をご指名だからな」
別に女性恐怖症と云うことはないのだが、そんなことはどうでもいい。
どうやら勝手に話が進んでいるようだ。
とにかく話を聞きたいと、友人を連れて構内の喫茶店に入った。
8 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時02分15秒
お冷で口を湿らせながらお互いコーヒーを頼むと、友人はおもむろに切り出した。
「言葉足らずで悪かったな、一から説明しなおす。
 まず、俺の所にある話が舞い込んできたんだ。
 変な男に目をつけられたから助けてほしいって、最近よくある奴だな」
「ああ、ストーカーとか云う奴だな」
ここ五年あたりで急増している変質者の類である。
気に入った女性の後をつけ、郵便物を荒らしたり、悪戯電話をかけたり、
果てには暴行や殺人にまで及ぶと云うのだから気が知れない。
「しかし、そう云うのは警察にいけば一発なんじゃないか、今は?」
「バカだなお前は、だから女性の気持ちがわからんと云われるんだよ」
バカとは失礼なと云おうとしたら、丁度私達の言葉を遮るようにコーヒーが運ばれてきた。
口をつけながら上目遣いで友人を見ると、彼はカップに口をつけず話を続けた。
「警察沙汰になんかしたくないに決まってるだろ?
 自分の方に非がないとは云え、警察と係わり合いになったなんてのは決してプラス材料じゃない」
「なるほど、しかしそれと俺とどんな関係があるんだよ?」
「だから、その対象の女の子に特定の相手がいるとなれば、その男も諦めるだろ」
9 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時02分48秒
「なに?それこそそんなバカなじゃないか。
 そんな程度で諦めるような奴ならストーカーになんかならんぞ」
私が反論すると、友人はコーヒーに口をつけながら首を振った。

「はっきり云えば俺だってそう思う。
 しかし、これは向こうさんのご要望だ。
 気休め程度にはなるんじゃないか?」
「向こうは気休めになるかも知れんが、俺はどうなんだよ?
 襲われでもしたら責任取ってくれるのか?」
「教われないように手は打つ。
 場所は春殺しの公園だ、
 そこには俺の連れだとかを何人か配置しとくから、何かあったらすぐ助けに入れる。
 それに、向こうさんのご要望なんだよ」
「なんなんだよ、そのさっきから云ってるご要望ってのは?」
「写真を見せたんだ、手の空いてそうな奴のな。
 そうしたら、お前が選ばれた」
私は信じられない思いで、コップの底に残っていたコーヒーを飲み干した。
ムチャクチャな流れだ。
「事後承諾で悪いと思ってる、でも、人助けだと思って了解してくれよ。
 お前を女性と引き合わせるのは心苦しいというか、本当に悪いと思ってるんだ、頼むよ」
10 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時03分17秒
友人が頭を下げるのを見てしまうと、私としては何も云えない。
中学に入った頃からの付き合いで、お互いをよく知り尽くしている私たちだ。
彼がこういう相談を引っ張ってくるのも、決して面白半分だからではない事もわかっている。
彼は心底その女性のことを心配しているのだろう。
「俺が出ていければいいんだけど…」
友人は言葉を濁す。
彼の現在の恋人は高校以来の付き合いで、よく出来た人ではあるのだが、
なにぶん嫉妬心が異常と云っていいほどに大きい。
なにしろ私と二人で呑みに行く時にすら、電話口でその事を証明せねばならないほどなのだ。
そんな彼が演技とは云え女性と二人で歩いていたなどと知れたら、
どんな恐ろしいことが待っているのか想像もつかない。
高校時代から一貫して、結婚式には是非呼んで栄養補給をさせてくれよと軽口を叩きまくって来た手前、
二人の離別に手を貸すようなことはし辛い。
11 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時03分44秒
「…わかったよ、何とかやってみる」
結局そうとしか云いようがない。
彼は顔を上げ、すまない、恩に着ると手を握ってきた。
「今度奢ってやるよ」
「そりゃありがたい」
「それじゃあ午後三時にあの公園で、悪いけど頼む。
 写真見せたから向こうさんはお前の顔を知ってるし、
 お前が物静かなタイプだって事は伝えてあるから心配するな」
少しピントのずれた助言を残して、彼は伝票を手に取り店を出て行った。
12 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時04分05秒
翌日、指定された時間の十五分前に公園に行ってみると、
公園内にはちらほらと人影が散見された。
あれが友人の連れなのだろうな、と視線を飛ばしながら、
待ち合わせ場所である丘の入り口へと向かっていると、
指定の場所に、真っ白な日傘をさした女性の姿が見止められた。
まさかと思い腕時計を確認しても、まだ時間まで十分以上ある。
それでも確かめないわけにも行かず、私は小走りで女性の側に駆け寄った。
足音に気付いたのか振り返った女性は、私を見ると微笑を作り小さく会釈を寄越してきた。

「初めまして、安倍なつみと云います。
 今日は、よろしくお願いします」
格好のつく比喩でも浮かべばよかったのだろうけれど、
情けないことにその時私の脳裡に浮かんだ言葉は「かわいい」と云う頭の悪い言葉のみだった。
清楚な白のブラウス、同い年とはとても思えないような幼い顔立ち、
百五十前後の身長から、日傘を折りたたむ仕草まで、
その一挙手一投足全てが、「かわいい」以外には表現のない代物だったことを鮮明に覚えている。
「あ、どうも…」
まるっきり恐縮しきりの私を見て、彼女はおかしそうに笑った。
顔に火がついたのがわかった。
13 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時04分35秒
「ところで」

一分ほど、その場に無言でいた頃だろうか。
顔の火照りが静まった頃、彼女が訊ねてきた。
「一体、どんな風に呼び出されたんです?」
「は?」
「今日、どうしてここに来るように云われました?」
十五センチほど下から覗き込むようにされて、私はまた頬に熱を感じる。
しかしそんな様子はおくびにも出さず、彼女の意味のわからない言葉に質問を返した。
「どうしてって…あなたがストーカーに狙われているからだと…」
私の言葉に彼女は目を丸くし、それからおもむろに、
「…それ、信じました?」
そう訊いてきた。
「は?いや、信じるも何も…」
「…そこまで来ると、少しあくどすぎますね」
彼女は嘆息し、絞ったばかりの日傘をまたするすると解き、頭上で開いた。
「入られませんか?
 今日は少し日差しが強いですから」
「は、それじゃあ失礼します。
 あ、私が持ちますよ」
彼女から傘を受け取り、彼女の方に日が当たらないよう注意しながら翳す。
14 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時05分21秒
「あの、一体どう云うことです?あくどいとは…」
私が訊くと、彼女は困ったような表情を浮かべ、それから申し訳なさそうに云った。
「…ストーカー云々は、作り話です」
「は?」
「お怒りになられるでしょうけれど、云わないわけにもいきませんしね。
 今回のことは、何と云うのでしょう、見合いみたいなものなのです」
「見合い、ですか…?」
訳もわからず呟くと彼女は頷き、
「回りくどく云ってもしょうがありませんから率直に云いますね。
 今回のことを仕組んだのは私の親です。
 何と云うのでしょうか、大時代的な話で恥ずかしい限りなのですが…」
そこまで云っていただければ、こちらにもある程度の事情は見えてくる。
云いにくそうにしている彼女の後をとり、私は続けた。
「…婿探しと云う奴ですか」
「ええ、まぁ両親はそこまでストレートには云いませんでしたが、要はそう云うことなのです。
 お友達を使って話を伝達したのではないかと…」
15 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時06分23秒
なるほどな、と私は内心で苦笑する。
あの野郎、一枚噛んでやがったな、と悲痛な表情で頭を下げる友人の顔が浮かんだ。
問い詰めたらきっと云うだろう、
こうでもしないとお前が女性と付き合うきっかけなんか出来ないだろう、と。
心配したのは女の方じゃなくてお前の方だ、と。

「女性が苦手と云うお話を聞きまして、親の意見とも一致しましたので、
 申し訳ないとは思ったのですが、選ばせていただきました。
 今更ですが、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
彼女が深々と頭を下げる。
まじまじと見てみると、その仕草は気品に溢れ、
親がこんな強引な手段で見合いをさせる程度には良家なのだろうと云うことがわかった。
16 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時07分36秒
失礼かとは思いつつも、言葉尻をとらえ訊いてみた。
「と云うと、親には内緒の意中の方がおられるようですね?」
「ええ…」
そう云ってはにかんだ姿はやはり十代中頃と云っても通用しそうだ。
そして事情さえわかってしまえば、私は比較的気楽に振舞えるようになる。
私は女性恐怖症と云う訳ではない、深い関係になるのが恐ろしいだけで、
時折一緒に杯を交わすような飲み友達などは常時募集中なくらいだ。
「親の意見と云うのは?」
「両親も私も、あなたの作品のファンですから。
 ですから、好きな作家に逢えると、そう云う下心があったことは否定しません」
「なんと、私が作家であることを知っていたのですか」
「ええ、もちろんです。
 『青く澄み歪んだ春』には感動しました」
口調ははきはきとしたものなのに、どこか悪戯っぽい含みがこめられていて、
私たちは思わず顔を見合わせ小さく笑いあった。
17 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時07分56秒
彼女の腕時計が、小さなアラーム音を立てた。
彼女はそれを覗き込み、それから私の顔の方を見つめて、
「三時ですね。
 親からは桜の方へ行って話でもしてこいと云われていますけど、どうされます?」
「私は構いませんが、あなたは想い人がいるのでしょう?
 桜に近寄るのはまずいんじゃないですか?」
云ってから、そう云えばそんなジンクスはうちの大学だけでの話ではないかと云う思いが頭をよぎった。
しかし、彼女は構わないと云う風に首を振り、
「結婚なんて考えていませんから」
行きましょうか、そう云って日傘から飛び出し、小走りで丘を駆け出した。
私は慌てて後を追い、段々と春殺しへと近づいていく。
花びらは所々散り落ちているのに、そこからは言葉に出来ない雰囲気を感じた。
袂に辿り着くと、彼女が小型の使い捨てカメラを掲げて待っていた。
「申し訳ないついでに、写真をお願いできますか?
 親に渡さないと、信用してもらえないんです」
構わないと答え、彼女からカメラを受け取り、レンズを覗き込む。
立ち位置に指示を出し、ぴたりのところを見つけると、シャッターを切った。
ジッ、とフィルムの回る音がして、微笑んだ彼女と桜の木が瞼に焼きついた。
18 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時08分27秒


「ねぇ」

丘の下から私を呼ぶ声が聞こえて、我に帰った。
見ると、彼女が必死になって私を呼んでいた。
「時間か?」
「うん、もうそろそろ…」
「わかった、悪かったな」
首を振っている彼女を見ながら、丘を下りに掛かる。
と、私の首筋に何かが触れる感触があった。
探ってみると、今舞ったばかりと思しき淡い色の桜の花びらが付着している。
私はそれを手に取りしばし見つめた後、ふっと笑みを浮かべながら、
丘の下で待つ彼女に向かって呼びかけていた。

「車、先乗っててくれ。
 鍵は開いてるから」
「どうかしたの?」
心配そうな声に、私は首を振る。
「すぐに行くから、先に乗っててくれ」
不思議そうにしながらも彼女は私の言葉に従い、
公園の入り口に止めてある車の方に体を向ける。
私も向き直り、九分咲き以上を誇る春殺しと対峙した。
19 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時09分03秒
「青く澄み歪んだ春か…」
初めて彼女と顔をあわせた日、彼女が誉めてくれた私の著作のタイトルだ。
処女作でありながら、未だに私の最高傑作だと推していただく声も多い。
青春小説、と付けられたキャッチが示すとおり、
若い二人の恋愛を描いた話だったと記憶している。
恋愛とは云っても、結末はバッドエンドに近い。
二人は結ばれることはなく、女は男を振り、別の男と共に海外へと飛ぶ。

「少し年を食いすぎたが、何となく似てると思わないか?」
誰にとは云わない。
ただし彼女は、今から海の向こうへと飛び立っていく。
愛しい人の元へ行くためだ。
春殺しにそう語りかけても返事は返ってこない。
20 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時09分26秒
「お前さんを眺めてたら次の小説のタイトルが浮かんだよ。
 薄桃に死に行く春、ってのはどうだ?
 もちろん、お前さんにもご登場願うぜ、ジンクスと一緒にな」
春殺しは黙って、花びらを風に揺らしている。
物騒な愛称すら名誉であると云わんばかりに。
「こう云う話だよ。
 二十年ぶりに、主人公である男の下に昔馴染みの女から電話がかかってくる。
 逢いたいって電話だ。
 バカらしくも一縷の期待を抱きながら逢いに行くと告げられるんだ。
 海外で永住する、生涯を共にしたい相手がいるんだ、とね。
 大学を出てから某国へ留学していた女は、そこで国籍を取っていた。
 しばらくぶりに日本に帰って来たのは、主人公の男に逢うためだ。
 …なに、どっかで聞いた話だろ?
 ここから変わってくるから安心してくれ」
自嘲気味な笑みを浮かべた私は、桜に近寄り、幹を数度撫でた。
ごつごつとした肌触りが、じわりと私の中に流れ込んでくる。
21 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時09分47秒
「続きだ、いよいよお前さんの登場となる。
 その男と女は、昔お前さんの側で出会い、お前さんの袂でくだらない話をした。
 それを覚えていた女が、そこで話をしたいと云いだすんだ。
 男の胸中は察して余りあるな。
 ああ、云っとくけど、そいつらは付き合ってたわけじゃない。
 それどころか、女にはずっと想い人がいたんだ。
 そのくせに、バカな男はその女のことが忘れられず独り身を通していた。
 女はどうしようもないバカなロマンチストでありながらリアリストでもあったが、
 男はただの、救いようもないほどバカなロマンチストだったんだよ。
 そしてお前さんの袂で思い出話に花が咲き、女が打ち明ける。
 実は、向かう先にいるのはずっと想っていた相手だとね。
 なんだよ、俺のジンクスが切れて終わりかよとか思うなよ?
 そうじゃない、お前さんのジンクスは作中では完璧さ。
 そいつらは結婚しないんだ、いや、最終的にはわからないがね。
 お前さんのジンクスの通り、結婚しないまま話自体は終わるが、彼女らには結婚する権利は残される。
22 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時10分23秒
 …もうわかっただろ?そうだよ、女の相手は、女だ。
 若かりし頃、女がお前さんのジンクスを気にせずに男と連れ立って袂に向かった理由はそこにある。
 未だに、日本国内じゃあ同性同士の結婚は認められてないからな、
 お前さんも綺麗に裏をかかれたって訳だ。
 どうだ、作家らしい大ペテンだろ」
23 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時10分52秒
喋っているうち、いつしか私は拳で幹を殴りつけていた。
細かく揺れる春殺しに続けて言葉を浴びせる。
涙が流れ出して、言葉がくぐもっていた。
「わかるか?お前さんは見事なまでに春殺しだ。
 ラストシーンでは突風が吹き、満開に近かったお前さんの花びらははらはら舞う。
 その袂に男は立ちつくし、時間だと云って離れていく女の背中を見送るんだ。
 …その男にとってはな、その女こそが春だったんだ。
 彼女との間に楽しかった特別な思い出なんかありゃしない。
 それどころかまともに言葉を交わしたのだって初めの出会いの一件くらいだ。
 ああ、バカな男だろ、それなのにその女のことを想っていた。
 そこに電話だ、期待するだろうがよ?
 …そして見事にお前さんのジンクスが発動だ。
 春殺しの花の下で、春が死んでいくんだよ。
 あーあ、全く、非難ごうごうの大アンフェアペテンだ」

言葉の切れ目を見計らったかのように、突風が吹いた。
枝の揺り動く音がし、私の下に幾枚かの花びらが散り落ちてきた。
死んでいく春の花びらだった。
24 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時11分08秒
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25 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時11分25秒
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26 名前:四 花の下にて春死なむ 投稿日:2003年07月18日(金)02時11分35秒
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27 名前:∬´◇`∬<ダメダモン… 投稿日:∬´◇`∬<ダメダモン…
∬´◇`∬<ダメダモン…

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