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48 ハッピーエンド

1 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時00分39秒
「ハッピーエンド」
2 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時02分01秒
今でも鮮明にに覚えている、白塗りの部屋で飯田さんは言った。
「いい? これは心の奥に締まっておくだけでいいの。絶対に言っちゃダメ」
「ヘイ!」
私は大きく返事をした。それを聞いて、飯田さんは満足そうに笑った。
「じゃあ、おまじないを教えてあげる」
私は真剣な表情でその言葉を待った。口よりも先に、飯田さんの手が動いた。
飯田さんは人差し指を口元に当て「内緒よ」といってから一呼吸置いた。そし
て声を出さず、唇を動かした。
「               」
3 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時04分58秒
今から十数年前、世界が揺れた。
初めは小さな古代遺跡の発掘だった。今までに類を見ないその遺跡は、すぐに
学会の注目の的となった。
驚くことにその文明は、現代をはるかに凌駕していた。
各国の識者を持ってしても、ほとんどが用途のわからないものであったが、1
つだけはっきりと解読できたものがあった。
ロボット。
人間と何ら変わらない知能と機能を持った、その太古のロボットは、ただ構成
する物質だけが違った。そして核となるもの。
人間の心臓に当たる部分には、それぞれにキーとなる言葉が埋め込まれていた。
4 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時09分10秒
「あいぼん、もう少しだから」
砂煙の舞う坂道で私は言った。あいぼんは今の主人だった。もう先が長くない
のは私にもわかった。
あいぼんは「大丈夫」と言って、震える足で地面を踏みしめた。「大丈夫だか
ら」
彼女は3人目の主人だった。
5 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時11分45秒
「辻は泣き虫だね」
飯田さんはいつも優しかった。私が泣き出すとすぐ、仕方なさそうに笑って頭
を撫でた。
「だって」と私は言った。泣きたくて泣いているわけじゃなかった。ロボット
だって悲しいときは自然と涙が出るのだ。
「カオがいなくなったらどうするの?」
それは嫌だった。また涙が出た。
「ごめんごめん」と謝る飯田さんに構わず、私は泣いた。
「辻は仕方ないなぁ」
飯田さんはいつものように笑った。そして「おまじないを教えてあげる」と言
った。
別れが迫っていることなど知らなかった。
6 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時13分55秒
数年前から、季節は季節としての意味を持たなくなった。
8月に雪が散って、12月に桜が舞った。海は年中暖かかったし、昼間の空に
月が見えた。
あるいは、人類は急ぎすぎたのかもしれない。自然はこれまでにない速度で、
その形を変えた。
7 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時14分47秒
最初にキーワードを聞いたのは2年前のことだった。私はその頃、飯田さんを
探して旅をしている最中だった。
友達になったロボットは梨華ちゃんと言って、主人はよっすぃーと言った。
よっすぃーは流行りの病気にやられていた。赤い粉じんの舞う夏だった。
「よっすぃー、よっすぃー」
自然が変化すると同時に、新たな病気が流行りだした。医者が対応できないで
いる間に、多くの人間が死んだ。
梨華ちゃんは旅を始めて、最初に出来た友人だった。焼け付くような黒い肌は
ロボットにしては珍しかった。

「よっすぃー、よっすぃー」
壊れたラジオのように梨華ちゃんは繰り返した。よっすぃーはもう死ぬ。それ
は私にもわかった。
私は目を閉じた。そして、飯田さんが口にしたおまじないを思い出した。
「辻のキーワード」飯田さんはそう言った。
私は泣き崩れる梨華ちゃんを見た。その涙がよっすぃーを濡らした。
頭の中がぐるぐると回る。キーワードが何度も口から出そうになった。その度
に、「絶対に言っちゃダメ」という飯田さんの言葉が思い出された。
私は俯いて唇を噛んだ。
8 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時16分06秒
不意に音が止んだ気がした。
「よっすぃー、サヨナラ」
「梨華ちゃん?」
笑っていた。私の背筋に悪寒が走った。まずい。
梨華ちゃんは呻き声を上げるよっすぃーに口付けて「理解して」と言った。部
屋が白い光で染まった。
次の瞬間、目の前にはよっすぃーしかいなかった。
「しないよ」安らかな寝息を立てるよっすぃーの枕もとで、私は泣いた。
9 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時16分45秒
「のの、もうすぐ飯田さんに会わせてあげるから」
あいぼんの息はもう切れ切れだった。
30分に100メートル進み、1時間休んだ。その坂道で、3つの昼と夜を迎えた。
リュックの中にはカンパンが2袋だけしか残っていなかった。
「無理しないで」と私は言った。水筒の水はもう残り少なかった。
「うちのことは気にしないで」
「そんなの無理だよ」
「ごめんなさい」
あいぼんは3人目の主人だった。でも私は、1人目の主人である飯田さんを探し
ていた。
10 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時17分24秒
ロボットは人間の主人を持つことが決まりとされていた。遠く埋められた記憶、
と言ってもいいかもしれない。
誰に言われるでもなく、私たちは主人を持った。私は飯田さんを探し、3年の
月日が経った。
11 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時18分41秒
「おまじないを言えば、1つだけ奇跡が叶うの。でも、絶対に言っちゃダメ」
飯田さんは真剣な表情で言った。長い髪が小さな風に揺れた。
私は「どうして」と訊いた。
飯田さんの目は相変わらず真剣だった。私はどうしていいかわからず「てへて
へ」と笑った。
「どうしてもダメなの。辻はカオの言うこと守れるよね?」
「へい」
「よし、いい返事」飯田さんは私の大好きな笑顔で言った。「いざとなれば奇
跡を起こせるんだから、頑張れるよね」
その答えは梨華ちゃんと出会ってわかった。よっすぃーが助かった後、梨華ち
ゃんはもうどこにもいなかった。
12 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時20分05秒
2度目にキーワードを聞いたのは、ちょうど1年前の夏だった。その頃私は2人
目の主人と一緒にいた。
飯田さんがいなくなって初めて出来た主人はとても優しかった。笑顔が良く似
合って、髪の毛はいつも夏の匂いがした。
「なっちねぇ」
彼女は自分のことをなっちと呼んだ。私が「安倍さん」と言うとなっちは笑っ
て「なっちね」と言った。
飯田さんが「カオね」といつも言っていたのを思い出して、少しだけ笑って、
泣いた。

そのなっちも、出会って初めて迎えた夏に倒れた。とかすことも出来ずボサボ
サなままの髪は、枯れた葉っぱの香りがした。
例の病気だった。その頃には、既に世界の半分近くの人間が亡くなっていた。
なっちの体は赤い発疹に覆われていた。典型的な症状。
ロボットの私にはうつらなかった。同じ痛みを味わうことすら出来なかった。
「なっちぃ」
「あは、は」
なっちの笑顔は天使のように見えた。それは今も一緒だった。
心の中で何度もおまじないを唱えた。何度も何度も唱えた。時計の針がやけに
うるさかった。時間なんてもう必要ないのに。
13 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時20分49秒
飯田さんの顔が浮かんだ。梨華ちゃんの顔も浮かんだ。
飯田さんの顔は良く見えなかったけど、梨華ちゃんは少し怒っていた。
どうすればいい?
答えよりも先に、私はなっちの顔を見た。
「なした?」なっちの言葉は少し訛っていた。
私は慎重におまじないを心の中で繰り返した。そして、初めて口に出して言っ
た。
14 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時21分29秒
カンパンが残り三枚になった。あいぼんの体に発疹が見え始めた。
私の目にそれが映ると、少しだけめまいがした。もう、立っていることだって
出来ないはずなのに。
私が肩を貸すと、あいぼんは「ごめん」と言った。
私も心の中で「すまん」と言った。
しばらく歩いて、急に足がもつれた。視界が暗転して、口の中は土の味がした。
「痛い」
「うん、痛い」
私はごろんと回って、空を見上げた。赤い月がバラバラになって浮かんでいた。
隣りにはあいぼんが寝転んでいる。私は声を上げて笑った。あいぼんの笑い声
も聞こえた。
風が目に染みて、少しだけ涙が出た。ほこりが舞っている。
15 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時22分27秒
おまじないは効かなかった。
なっちは日に日に弱っていって、そして動かなくなった。私は何度も何度もそ
の言葉を叫んだ。
なっちが死んだと気付いたのは、それからしばらく後のことだった。
私は梨華ちゃんがしたのと同じように、冷たくなったなっちに口付けた。よう
やくあの日の梨華ちゃんの行動が理解できた気がした。
私は再び飯田さんを探す旅に出た。
そして、その途中であいぼんと出会った。3人目の主人は、私にとって初めて出
来た人間の親友だった。
彼女は飯田さんの居場所を知っていた。
16 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時23分09秒
飯田さんとの別れは突然訪れた。
男だったか、女だったか。ともかく部屋に知らない人間が大勢現われた。
私はバカだったから、彼らの言っている言葉の意味がよくわからなかった。
飯田さんは悲しそうに笑うと、頷いた。
「辻、ごめんね。お別れだ」
「やです」
「ごめん、お別れなの」
「やです」
ぼろぼろと大粒の涙が零れた。飯田さんは再び彼らの方を向くと、黙って歩き
出した。一度も振り返らなかった。
17 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時23分45秒
一晩そこで休んだ後、私たちは再び飯田さんの元へと向かい、歩き出した。昨
日と同じように、肩を貸して歩く。
「ごめんね」とあいぼんが言った。
「気にしないで」と言いながら、私は3回何もない所でつまづいた。やけに調子
が悪かった。
長袖のシャツは汗ばんでいて気持ち悪かった。あいぼんは半そでで、覗いた腕
には赤い発疹が無数にあった。
夕方の6時を過ぎて太陽が昇ってきた。時計が壊れているのか、世界が壊れて
いるのか、もうよくわからなかった。どっちでもいい。

しばらくして、世界に変化が訪れた。赤と茶だけだったはずの景色に、色が戻
った。青かった。
汗ばんだ肌に、風が冷たく染みた。空を見上げると赤い月がこちらを見ていた。
「ここだよ」
目の前には神殿があった。月の光を反射し、青白く輝いていた。
「すごぉい」と私が言うと、あいぼんは明るく笑った。病気のことなんて嘘だ
ったみたいに。
18 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時25分04秒
神殿は広く、厳かだった。足音が遠く響く。
かつかつと鳴らして遊んでいると、あいぼんも真似をした。2人の足音が混ざ
るようにして大きなうねりになった。
かつかつかつ。
私はその音に耳を澄ませて、1つの事実に気付いた。足音が多い。
私が振り返るとそこには見覚えのある顔。
「飯田さん」「辻?」飯田さんは、大きく目を見開いたままの表情で、更新で
もしたかのように動きを止めた。
視界がかすんだ。喉がカラカラになって私の足は自然に動き出していた。
飯田さんの胸の中にたどりついたとき、後ろで大きな音がした。
あいぼんが倒れていた。
19 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時25分35秒
ある頃から、世界で妙な噂が流れ始めた。
「1人の救世主が世界を救うらしい」
私は笑った。救世主なんているもんか。それは、この3年間の間に嫌と言うほ
ど身にしみて感じてきたことだ。
気付けば、私が旅に出た頃から既に、その噂はあった。
そして、既に地球の人口は、一時期の10分の1にまで減っていた。
20 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時26分14秒
あいぼんの熱はいっこうに引かなかった。意識も戻らなかった。
私は飯田さんの前だということも忘れ、必死にキーワードを叫んだ。声がかす
れた。涙で視界が揺れた。気付けば、私は床に倒れていた。
「あ、あ」
何で? 上手く喋れない。体に力が入らない。
「辻!」
今まで黙って私の行為を見守ってきた飯田さんが、私の元に駆け寄った。長袖
のティーシャツを脱がされ、下着だけにされた。
私は目を疑った。自分の体に無数に広がる、赤い発疹。
ロボットにはうつらないはずだ。ロボットには――
21 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時28分47秒
「辻、あの言葉は絶対に言っちゃダメって言ったでしょ」
飯田さんは悲しそうに笑って言った。「でもね、キーワードはロボットにしか
ないの」
「え?」
小さな声が神殿に大きく響いた。飯田さんは長い髪を揺らし、瞳を閉じた。
「ごめんね、辻。今まで辛い思いをさせたね」
飯田さんが何を言っているのかわからなかった。
「でも、もう一度だけ、辻に会いたかった」
隣りからあいぼんの荒い息が聞こえた。私も次第に意識が朦朧としてくる。飯
田さんは動けない私に、優しいキスを落とした。
「サヨウナラ、私のたった1人の主人」
飯田さんの声が聞こえない。飯田さんの顔が見えない。それでも、たった一言
だけ、私は最後に耳にした気がする。
「がんばっていきまっしょい」
世界が揺れた。
22 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時29分56秒
「のの、のの」
肩を揺すられ、私は夢から覚めた。お気に入りの服にべっとりとよだれがつい
ている。
「夢、見てた」
「ふーん。出番だよ?」あいぼんはさして気にせずに言った。
私は目をこすりながら、楽屋を出た。楽屋では梨華ちゃんとよっすぃーが、ケ
ンカなのかじゃれているのか、ともかく一緒にいた。
「はーい集まってー」
なっちの呼びかけに、みんながぞろぞろと集まってきた。1、2、3……11?
「がんばって、いきま――」
「え?」
「どした、辻」
私はよくわからないまま安倍さんに声をかけた。温かな香りがする。
「飯田さんは?」
「え、誰それ」
「え?」
声が震えた。嫌な予感がした。
「ねぇ、あいぼん。飯田さんは?」
「だれ? それ」
嘘じゃない。あいぼんが嘘をついてないのは、私にはわかった。
23 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時30分54秒
「ちょっと、辻!」
私は呼びかける声を無視して、屋上に駆け上がった。太陽は赤かった。昼間に
月は出ていなかった。
私は財布からごっちんが卒業したときに撮った写真を取り出した。1人足りない
写真で私は、泣き笑いを見せていた。
「飯田さん」私は声に出して言った。
私は最後の飯田さんの言葉を覚えている。私がずっと心に秘めていたおまじない。
私は生きている。あいぼんも生きている。
よっすぃーが笑って梨華ちゃんも笑った。
なっちは相変わらず夏の匂いがした。

でも、奇跡は起きなかった。
24 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時31分33秒
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25 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時32分11秒
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26 名前:48 ハッピーエンド 投稿日:2003年03月17日(月)00時33分11秒
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