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41 草原の人

1 名前:41 草原の人 投稿日:2003年03月16日(日)21時45分38秒
41 草原の人
2 名前:41 草原の人 投稿日:2003年03月16日(日)21時46分44秒

草原にいた。見渡す限り緑が広がっていた。たとえば木立ちや、建物といった、遮るものもそこには
見あたらなかった。草は無限に広がり、それぞれが風もないのに一方に向けてそよいでいた。果ても
なく広がる草原のなか、遥か向こうに地平線を認めながら、私はぼんやりとここはどこだろうと思った。
「あなた」
後ろで声がして、振りかえった。ピンク色の服を着た女が、いつのまにやら私の真後ろに立っていた。
気配は全く感じなかった。女は続けた。
「今、ここはどこだろう、って思ったでしょ」

私は女を見返した。私はこの顔を知らない。女はにやりと笑ってまた口を開いた。
「あなた今、あたしの顔を知らない、と思ったでしょ」
女は得意げな顔をしていた。
3 名前:41 草原の人 投稿日:2003年03月16日(日)21時49分09秒

どうやらこの女は人の心が読めるらしい。そう思った。女は口に出さずに頷いた。とすると
正解なのだろう。女は満足そうに笑って、言った。
「あなたの名前はマツウラアヤ」
正解だ。
「将来の夢はアイドルだ」
「あなたは、自分のことが大好きだ」
返事のかわりに私はひたすら頷いた。女はその度に笑った。

女はズバズバと、私の心の中を当てて行った。
最近食べたもの、いちばん嬉しかったこと、悲しかったこと、好きなものきらいなもの、そして…
全ては正確で、おどろくほど細かく詳しかった。私ですら忘れてたような思い出さえも、女は
口にした。私はあまりにも当てられるせいで戸惑いを感じた。
その時、この女は一体何の為にこんなことをしてるのだろうか、ということが頭をよぎった。
途端に女の顔が曇った。
4 名前:41 草原の人 投稿日:2003年03月16日(日)21時50分23秒

「私は、あなたの心を全部、読まなくちゃいけないの」
そうなんだ、大変ですね、と私は思った。
「そうなの、大変なの」
だけどもうほとんど終わったじゃないか、と私は思った。
「違うの、あと一つだけ、わからないことがあるの」
女は眉を8の字にしてそう続けた。私は興味深く思った。あれだけ正確にすらすらと、心を読むことが
できるのに、それでもわからないことがあるなんて。
逆に言えばそれが、私のかくしている最大の秘密ということなのかもしれなかった。そう考えると私は
わくわくしてきた。果たしてそれは一体なんなのだろう?
女は言った。
「あなたは、どうして歌手になりたいの?」

私は自分でも、どうしてだろうと思った。女はますます困った顔をした。
5 名前:41 草原の人 投稿日:2003年03月16日(日)21時53分35秒

一瞬のうちに、様々な理由が思い浮かんだ。表向きのきれいなものから、きたないものまで。女は
おそらくそれを全て読んだのだろうが、どれもこれも返事としては満足いかないものだったらしい。
女はもう、泣きそうな顔になっていた。
「このままじゃ、編集長に怒られちゃう」
女がそう言うから私まで困った。きっとひどいことをされるんだろう。そう思った時私はいいことを
思いついた。嘘を思いこめばいいのだ。
「嘘だなんて…駄目だよ」
そう言う女にかまわず、私は神経を集中した。やがて私の心の中は一色になった。
私は歌が大好きだから。
その言葉を胸に刻み込んだ。
6 名前:41 草原の人 投稿日:2003年03月16日(日)21時55分26秒

「あなたは、歌が大好きだから…歌手になったのね」
女はうめく様にそう言った。私はびっくりした。その時やっと私は、自分が歌手になったことを
思い出した。私の目を見つめながら女は、悲しげに笑った。その顔を見ていると、私はとても
きたない嘘をついたような気分になった。
女はそれに気付いたらしく、さらに悲しげな顔になった。本当に悲しいのだろう、と思ったその時
何故か私も心が読めるようになった気がした。
「私は…」
ピンク色が、一面の緑色に絵の具のように溶けていくのを、ぼんやりと眺めていたら頭が痛くなってきた。
「私は、頭が痛い」
女を真似るように呟いた。それから思った。私が私の心を読めるのは、当たり前じゃないか、と。
するとその時、ぶれていた目の焦点が突然かっちりと合ったような気分になって、
次の瞬間私はもうベッドの上にいた。
7 名前:41 草原の人 投稿日:2003年03月16日(日)21時56分29秒

「なんだ、夢か」
窓の外には灰色の空が広がっていて今日は雨になるんだろう。一日びっちり積め込まれたはずの
仕事に、ちょっとだけ憂鬱を感じながら私は体を起こした。
「今日も一日、がんばるぞー…っと」
ゆっくりと立ちあがって鏡の前にきた時、初めて私は自分が泣いていることに気が付いた。

「…あれれ?」
鏡の中の顔を見つめながら、いくら不思議そうな声を出しても、もうその心を読むことはできなかった。

8 名前:41 草原の人 投稿日:2003年03月16日(日)21時57分05秒
9 名前:41 草原の人 投稿日:2003年03月16日(日)21時57分56秒
10 名前:41 草原の人 投稿日:2003年03月16日(日)21時59分33秒

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