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39 Secret.4U
- 1 名前:名無しさん 投稿日:2003年03月16日(日)18時42分13秒
- Secret.4U
- 2 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時43分28秒
- お母さんは気づいただろうか。
私が密かに握った、この手紙の意味に。
- 3 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時45分04秒
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- 4 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時45分49秒
- 最低限のものだけ詰めた荷物がやけに重い。
肩にずっしりとのしかかるその全てに顔をしかめながら、廊下を進んだ。
昔からよく遊びに来ていたこの場所。
木造の柱には成長の記録が何本も刻まれていて、
それを見つけるたびに頭の中で小さい頃の思い出が再生されていく。
「どこに行くの?」
少し甲高い声に振り返ってみると、
生まれてから今まで何度かお世話になった従姉妹のお姉ちゃんが、
お得意の八の字眉毛でこっちを見ていた。
- 5 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時46分33秒
- 「ちょっと遠くに」
恩はあるけど、今までの経緯を全て説明するのがメンドくさいから、
お姉ちゃんの呼びかけには曖昧な答えを返し玄関へ向かう。
「…まこっちゃん…」
「んー?」
何個も並んだ靴の中で、唯一少し汚れた白いシューズを履く。
ついでに解けかけていたその紐をしっかりと結びなおした。
こんな夜に押しかけても色々貸してくれた彼女に文句を言うつもりはないが、
なんというか、服のサイズがどう見ても大きすぎる。
動きやすい服装を貸して欲しいとは言ったけれど、
こんなぶかぶかしたのを貸せとは言っていないつもりだ。
ジャンプしながら肩からずれた袖を直すけれど、上手くいかなかった。
「…まこっちゃんのおばさん、心配するんじゃない?」
「かもね」
「それでも行くの?」
「行く…よっ」
言葉に力を込めて思い切り首の襟を引っ張った。
拳が隠れるぐらい伸びていた袖はどうにか短くなり、
代わりに襟がびろーんと口を伸ばした。
- 6 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時47分13秒
- (…まあいっかぁ)
あたしのじゃないし。
ちょっとセンスの悪い洋服だけど、ないよりかはましだ。
とにかくお礼を言おうと振り返ってみると、
元々そのTシャツの持ち主だった彼女は、何故か顔をしかめていた。
「…自転車借りるね」
見なかったことにしよう。
玄関のドアを開けながら靴箱の上に置いてあったピンク色の鍵を手に取り、
それをぷらぷらと振って見せると、彼女は顔を縦に振ってくれた。
「いつか絶対返しに来てね」
「わかってる」
そう頷きながら、腕時計に視線を落として結構時間を食ったことに気づいた。
走り飛び出た玄関の外は真っ暗で、庭に止めてある銀色の自転車は光って見える。
自転車に乗り込んで荷物を前の籠に放り投げた。
- 7 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時47分45秒
- 「今までありがとう!」
多分玄関を出て門の前まで見送りに着てくれてるだろうお姉ちゃんに、
背中越しに大声でお礼を言った後、思い切りペダルに力を入れた。
オレンジ色のレンガを過ぎて、灰色の地面へ。
カチカチとついたり消えたりする街灯の下を駆け抜ける。
寒くて手足が凍える冬に、誰もいない夜中の道は結構堪えた。
自転車を漕いで切れる呼吸が冷たい空気を肺に送り込む。
身体に溜まっていた熱が外へ何度も吐き出され、
その度に中がどんどん寒くなっていって、だけど、漕ぐ足は止まらない。
止めてはいけない。何があろうともあたしは漕ぎ続けなければいけない。
その使命感は精神的な力となって足を動かす。
何か魔法さえ使えれば、こんな地道な作業もいらないんだろうな。
小さい頃よく遊んでた公園の前へと差し掛かる。
ジャングルジムが覗く入り口の前を通り過ぎて、
すぐにフェンス内の緑色の木が公園の中の光景をさえぎり始める。
上から覗いた背高ノッポのブランコが、風のせいか、
不自然に揺れているのが辛うじて見えた。
- 8 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時48分21秒
- この垣根の向こうで昔はよく遊んでいたっけ。
公園がなかったらあたしとあさ美ちゃんは出会わなかった、と思う。
最初出会ったとき、彼女がボールを蹴って隣の家の窓を割った頃の記憶が蘇り、
思わず笑みがこぼれた。
(…あさ美ちゃん)
小さく口にした言葉は音にならず、胸の中に残った。
この街から去ってしまう彼女。
あたしだけを残して行ってしまう彼女。
もしうちのお父さんが朝刊を読む日課をいつもどおり実行していたら、
お母さんが回覧板を渡しに行くとき、郵便受けを覗いていれば。
そんな後悔の念ばかりがあたしの頭の中を駆け巡る。
何故引っ越すことを今日の今日まで隠していたんだろう。
手紙一つで、一体何を感じ取れというんだ。
その最後の紙切れの存在すら、休日だからといって朝から爆睡していたあたしは、
ついさっきまで気づかなかったのに。
(…あたしだけ置いていかないでよ、あさ美ちゃん)
鞄の中で眠るいまだ目を通していない小さな希望。
それを目にしたとき全てに裏切られるのが怖い。
- 9 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時48分55秒
- ハンドルを切り、ガードレールとガードレールの間を抜けて狭い道へ入った。
汚い道路の脇には水色のポリバケツが転がり、散乱したゴミにカラスが群がる。
明らかな部外者を見て見ぬ振りする鳥たちをあたしも無視した。
毎日通ってた彼女の家はこの先の坂の上にある。
学校へ行くとき迎えに行ってたあたしは、誰よりもその場所を知ってて、
この道があたしの家から彼女の家までの近道だということを知っていた。
(あの坂のおかげで水泳でいいタイム出たんだっけ)
毎日自転車で上るとき、知らないうちに体力がついたのだ。
いつの間にか薄暗かった道から抜け出し、その坂の麓までやって来た。
見るからに長い。これを今から自転車で駆け上るのか。
「…もちろん」
自問自答したその言葉がこの空間に大きく響く。
グリップをぎゅっと握って、このままの勢いで坂を駆け上がり始めた。
荷物と自転車がある分いつもよりキツイのはわかっていたけれど、
ここまで苦しくなるとは思っていなかった。
まだ3分の1も終わっちゃいないのに、あたしの息はもうあがっていた。
- 10 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時49分31秒
- 酸素が足りなくてボーっとなっていく。
意識はまだあったけれど、頭は半分何も考えられなくて、
だけど残りの半分はフル回転していた。
あさ美ちゃんを連れ出してどうしよう。
勢いだけで荷物をまとめて家を飛び出してきたけれど、
一体これからどうすればいいのか、あたしは特に考えちゃいなかった。
二人だけで生きていくことは可能だろうか。
いっそのことうちに住まわせることも考えたけれど、
それじゃあきっと、すぐに見つかってしまう。
貯金はある。体力もある。
二人でならどこか遠くへ逃げて生きていくことも、出来るかもしれない。
(いや、出来なきゃいけないんだ)
淡い理想像を現実に反映させろ。
心の中で強くそう言い聞かせて、あたしは足を必死に動かす。
歯を食いしばって息を荒げながらタイヤを転がした。
壊れるかもしれないぐらい強くペダルを踏んだ。
一生懸命、上を目指した。
- 11 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時50分49秒
- ―――だけどその場所には誰もいない家が寂しく佇んでて。
遠くから見える曇りガラスの向こうは外と同じ真っ暗な闇しか感じられない。
いつも大きな車が止めてあった車庫の中身は空っぽで、
あさ美ちゃん愛用の自転車は、どこにもなかった。
これが彼女の望んだ世界なのか。
あたしの世界にはあさ美ちゃんしかいないのに、
大きく膨らんでいた風船が破れてしまったら、落ちて萎んでいくしか道はないのに。
脇に止めた自転車に荷物を放り込む。
別に盗られて困るものでもないから、少しの間ぐらい放置しても大丈夫だろう。
リュックのポケットに入れていた小さな紙切れだけを手に握って、
あたしは彼女の家の玄関へと走り出す。
- 12 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時51分30秒
- 扉は開かなかった。
ドアノブだけがガチャガチャと虚しい音を立てて、
中に誰もいないことを物語ってる。
未練だらけで何もかもが納得の行かない大人の世界。
どうして2人一緒にいることが出来ないのか。
これが本当に、彼女の望んだ世界なのか。
「あさ美ちゃん…」
今もそのドアを開けて彼女が出てきそうな気がした。
いつもみたいに寝ぼけた顔で、よれよれな制服を着こんで、
自転車に乗り込むあさ美ちゃんの姿が頭の中で繰り返される。
- 13 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時52分18秒
- こんなあっさりした終わり方でいいはずがない。
あたしはまだ何もしてない。何も出来ていない。
始まる前に終わってしまったら、それはただの物語にすらなれない。
(何であたしはここにいるんだろう?)
ずっと彼女も同じことを考えているんのだと思い込んでいた。
引っ越しなんて嫌だから、あたしに助けを求めてるんだと思ってた。
小さな希望はそういうコトで、つまり、あさ美ちゃんからのそんな手紙だと思って。
一方的な思いだけで突き動かされていたあたしはその場に座り込んで、
小さく息を吐いた。頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
勝手な思い込みだけで行動してたあたしは本当のバカか。
自分への怒りのあまり、手の中で何かが、くしゃっと音を立ててつぶれた。
あの手紙を、思わず握り締めていたらしい。
ぐしゃぐしゃになった、今じゃただの絶望の塊を手で必死に伸ばして、
恐る恐るそれを開いてみる。
- 14 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時53分01秒
つまびらかに全てを話せる時間は全然無いですが、、
まこっちゃんに言っていなかったことを、今書こうと思います。
でも多分もう遅いでしょう。今更全てをまこっちゃ
んが知ったとしても、間に合わないと思います。
えんぽうに引っ越すことになりました。父の仕事のつご
うじょう、仕方がないことですが、残念でなりません。
これで私がもう少し大人だったらここに残れたかもしれないのに。
のんきな私をいつも引っ張ってくれたまこっちゃん、ありがとう。
でも頭は私の方がよかったよね。これだけは絶対譲れません。
いつもまこっちゃんは赤点ばかりで…って、
もうこんな話してる暇ないんだった。ごめんね。
おかしい手紙になっちゃったけど、さようなら。
- 15 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時53分43秒
- 「…なんだよ」
走り書きされたと思われるノートの切れ端の手紙は、
ところどころ肝心なところが変に抜けていて読みにくい。
平仮名や漢字が入り混じってるし、改行もおかしい。
意味も全然通じない。
うちのお母さんはこれを読んで、辛うじて彼女が引っ越してしまうことを悟った。
あたしはこれを読んで、それ以上のことを悟った。
これは彼女の字だ。彼女が書いたんだ。
多分朝か夕方かわからないけれど、うちの前を無理やり通って、
その時に急いで書いたんだろう。
父親の転勤なら、子供は黙ってついていくしかない。
白い紙面に水が零れ落ちて、色を変えていく。
子供の世界から抜け出せないあたし。
親の元から逃げ出してでも、あさ美ちゃんと一緒に居たかった。
大人の世界へと向かってしまった彼女。
親の言う通りどこかへ去ってしまって、あたしを置いていった。
- 16 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時54分24秒
- 「…最初からそう言ってよ、あさ美ちゃんのバカ」
そうだと思い込んでいた。
あたしはまた大きな希望となった手紙をポケットに突っ込む。
そして自転車のストッパーを外して素早く乗り込んだ。
ペダルに体重をかけて腰をサドルから上げ、
一生懸命ハンドルを操作し、今来た道を引き戻す。
でこぼこ道をガタガタと下る自転車。
真っ白い息が暗い闇に消えていくたびに、
上着のポケットに入った少ない所持金がちゃらちゃらと鳴る。
(ホントにわかりにくいなぁ、もう)
そんな怒りも吹っ飛ぶほど、今まで登ってきた坂を下る爽快感。
これからどうしようか。
あたしは頭が悪いから今は何も思いつかないけど、どうにかなるだろう。
真っ暗な闇の中に浮かび上がる街のネオンがとても綺麗で、
これからあたしが迎える物語の始まりにしちゃ、いい門出だと思った。
- 17 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時54分54秒
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- 18 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時55分28秒
- 彼女は気づいてくれただろうか。
私が密かに書いた、あの手紙の意味に。
- 19 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時56分11秒
- e
- 20 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時56分47秒
- n
- 21 名前:39 Secret.4U 投稿日:2003年03月16日(日)18時57分26秒
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