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38 パンドラ
- 1 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時35分40秒
- パンドラ
- 2 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時36分22秒
- 土曜日の被害者
その瞬間、私は後ろを振り返ろうとして体をひねり、バランスをくずした。
私が座っていたソファ、目の前にあったテーブル、左右の壁、天井。
視界が一回転する。
打ちつけられるように、床の上で尻もちをついた。
その鈍痛でまばたきを一度。視界が半分、赤く染まる。
――赤く染まる?
私は混乱する。
まったく事態がのみこめない。右側半分の世界が突然、セロファンを貼ったように赤色に染まり、にじんで歪んだのだ。
体勢を立て直そうとのばした手がぶるぶるとふるえる。
それを目にしてようやく、私は頭にへばりつくようにしてある痛みに気がついた。
- 3 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時36分55秒
- 痛みというより、もはや熱に近い。
ドクドクと異様なリズムをきざみながら燃え上がる炎。それに右の側頭部のあたりを焼かれているような感覚だった。
どうして今まで気がつかなかったのだろう。
その部分に触れようと持ち上げた手を途中で止めた。
手のひらに液体が落ちる感触があった。
指先をこすりあわせる。粘質のあたたかな液体。これは――、
「えっ、なにこれ、……血?」
かすれるような声しか出せない。
手の中でどんどん広がっていく赤い液体を思わず振り払った。床に点々と跡がつく。
肩にかかる髪をなでつけてみると、べったりと同じ感触の液体で濡れていた。
私は頭から血を流しているのだ。
でも、どうして? なぜ?
- 4 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時37分27秒
- 顔をあげる。
すがるように、私は顔をあげる。
すがるべき相手がそこにいることを私は知っていたのだろうか。
私が座っていたソファからはちょうど真後ろにあたる。開かれたドア。廊下の明かりの中に人の姿を見た。
女のひと。
私は彼女を知っている。
彼女の手には長く黒い、棒状のものが握られている。
彼女が私を――あれで殴りつけた?
私は彼女を知っている。
けれど、彼女からそうされる理由を私は知らない。
- 5 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時38分01秒
- 私は立ち上がろうとする。理由を問いただすために、立ち上がらなければ。
しかしヒザに置いた手がずるんと血ですべり、私はまたバランスをくずした。今度はさらにひどい。腹筋にまったく力が入らなかった。
ゴッと嫌な音が聞こえた。
どうやら私はあお向けに倒れ、床で後頭部を打ちつけたらしい。天井の明かりがまぶしかった。
意識がうすれていくのがわかる。視界が白く、光りにつつまれて。私は気を失う。
いや、もしかしたら――このまま死ぬのかもしれない。
- 6 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時38分31秒
- 土曜日の加害者
そのことを知って、私はすぐに行動を起こした。いや、「知った」という表現は少しおかしいかもしれない。
「気がついた」あるいは「思い出した」とも言えるのか。ともかくその秘密をひもとき小箱の中身をぶちまけた瞬間、私は決意したのだ。
彼女を殺すと。
それが正しいのか誤っているのか、私にはわからない。
ただ、そうすることで満たされるであろうカラの壺が、私の中に転がっていたから。その渇きをうるおしたいから。
私は彼女を殺すと決めたのだ。
一室に彼女を呼び出した。
このところずっと吉澤ひとみと一緒にいる場面ばかりを目にしていたため、ひとりで呼び出すことは容易ではないと思っていたのだが、案外彼女はひとりでやって来た。
柱の陰から彼女の姿をじっと見つめる。
ドアが閉じた。今あの部屋の中は彼女ひとりだ。
- 7 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時39分11秒
- 壁掛けの時計で時刻を確認する。
午後10時30分。約束したとおりの時刻だった。
廊下にひと気はない。くすんだ蛍光灯に照らされた空間。夜の静寂に、私の歩く音だけが響く。
目的の部屋の前にたどり着くと、ドアノブに手をかけゆっくりとそれを回した。
テーブルをはさんでソファが一対、手前と奥にある。彼女はこちらに背を向けて、その手前のソファに座っていた。
当然だ。私がそうなるよう、奥のソファ側のテーブルの上に飲みかけのティーカップを置いておいたのだ。
彼女が振り返ろうとする――その瞬間、私は手に持っていたそれを力の限り振り下ろした。
ゴッという手ごたえと、短い悲鳴。彼女がバランスをくずしてテーブルとソファの間に倒れ込む。
勢い込みすぎてか、私もふらふらとおぼつかない足取りのままドアのあたりまで後退した。
自分のする呼吸音が異様に大きく聞こえる。
手の中のものをもう一度しっかり握りなおすと、首すじの汗をぬぐった。
- 8 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時39分43秒
- 彼女が顔を上げる。
こちらへ、すがるような表情で顔を上げる。
「美貴ちゃん、どうして……」
彼女のかすれた声。
しかし立ち上がろうとした彼女の体はぐらりとゆれ、そのままソファの向こうに消えた。
いそいでソファを回りこむ。そこに彼女はあお向けで倒れていた。
うつろな視線が覗き込んだ私を突きぬけ、天井へと向けられている。
もうまばたきすらしない。
私はゆっくりと両手を持ち上げ、彼女の頭部へとさらに一撃を加える。
自分の呼吸音がやけに耳につく。
それを振り払うように、私は殴る。殴る、殴る――。
- 9 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時40分22秒
- 夢中になって私はその単純な行動を繰り返した。5分? 10分? わからない。
そしてそれにも飽きると、血だらけになったそれを床の上に放り投げ、向かいのソファに体をうずめた。
少しのどが渇いた。
飲もうとして手に取ったティーカップの、残ったミルクティーの表面に血が浮かんでいた。これじゃあもう飲めない。
それをあきらめると、私は彼女がそうしたように、ぼんやりと天井を見上げた。
これで私の中の渇きはうるおされるのだろうか。
彼女――石川梨華を、私は殺した。これであのカラの壺は満たされるのだろうか。
私にはまだ、わからない。
- 10 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時41分02秒
- 金曜日
ずっと、なにか違和感のようなものが私の中にあった。
それがなんなのか私にはわからないし、あまり気にかけるつもりもない。
ただ、その魚の小骨がノドに刺さったような感触は、日常、ふと意識が途切れたとき私をせきたてた。まるではやく自分の存在に気づけ、意識しろと言わんばかりに。
梨華ちゃんに声をかけられたときもそうだった。
私は廊下の窓から外を、ぼんやり見るともなく見つめていた。頭の中の半分はその小骨の違和感でうめられ、残りの半分は「空がきれいだなー」とか、そんなどうでもいいようなことを考えていた。
「あ、美貴ちゃん、いま大丈夫なの?」
声をかけられ振り向くと、梨華ちゃんとヨッスィーがならんで立っていた。
こちらへ歩いてくる。
「え? ああ、うん。べつに大丈夫だけど」
不意打ちを食らったように、私は少し口ごもる。二人が近くまでやって来る間も、どうしてか、言葉が出なかった。
- 11 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時41分37秒
- 「でもなに、二人そろって。めずらしいじゃん、この組み合わせってさ」
「めずらしい、って美貴ちゃん、あの――」
言いしぶる梨華ちゃんをさえぎるようにヨッスィーが、
「ほら、あれだよあれ。ジンチューミマイっていうの? どうしてるかなーって思ってね」
と、ふざけて言う。梨華ちゃんはその背中に隠れるように小さくなっていた。
「うーん、なんだろうね。ふつうだよ、あんまりかわんない」
「ふつう……、ふつうね。うん、そりゃよかった。ふつうが一番だよ、ふつうが」
私とヨッスィーの仲は悪くない。「良い」と言ってもたぶんさし支えないだろう。
ヨッスィーと亜弥ちゃんがメル友で、そのつながりで私も仲良くなった。
- 12 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時42分07秒
- しかしその隣りの梨華ちゃんとは――、
正月のコンサートのときも、春先に映画を撮ったときも、新番組で顔を合わせたときも、どこか私は彼女にあわせることができず、あまり会話をすることができないでいた。
むこうもたぶんそういう努力はしていなかったように思う。
だから私たちは今もこんなふうに、ヨッスィーごしに話しをしている。
もうこの秋からはおとめ組として一緒に活動していかなければならないというのに、なんとかしなければ。
その後、ヨッスィーとひと言ふた言かわして、私たちは別れた。
廊下の向こうに消えていく二人の後ろ姿を見送ると、私はまた、窓枠のサッシに両肘をのせてぼんやりと外へ目をやった。
これからのことを少し考えてみる。
モー娘。に合流して、秋にはおとめ組とさくら組に分割だ。映画の公開もある。
たぶんそこからだと思う。私が芸能界で生きていけるかどうか、そこからにかかっているのだ。
「モー娘。入り」は、ソロのアイドルとしての私にとって間違いなくマイナスイメージだ。ソロとしては致命傷かもしれない。
けれど、今ふてくされたってはじまらないんだ。モー娘。のいちメンバーに埋没してたまるか。
- 13 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時42分44秒
- 私にはこれからが、未来がある。
これからもっと貪欲に、吸収できるものはすべて吸収して大きくなればいいんだ。
そう、私にはこれからがある。未来がある。
私がみょうに真面目に意志を固めていたそのとき、また声がかかった。振り返る。
梨華ちゃんだった。今度はひとりだ。
「あの……、美貴ちゃんあのね」
「なに?」
彼女はそこからしばらくもったいぶってから言った。
「今日、ヨッスィーから聞いたの。昨日の夜、みんな美貴ちゃんに話したって。だから……」
そしてすがるように顔を上げる。
「私、あの……、ごめんなさい! ほんとうに、ごめんなさい!」
あっけにとられている私をよそに、彼女は下げた頭を上げようとしない。
私は困って、
「梨華ちゃん、あのさ。あの、言ってることがよくわかんないんだけど?」
「――えっ」
- 14 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時43分19秒
- よほど私のリアクションがおかしかったのか、いきおいよく顔を上げた彼女はそのまま固まってしまった。
私もそれにどう対処していいのかわからない。
「いや、最近ね、なんかもの忘れがひどくてさ。なんか私あやまらせるようなことしたっけ?」
苦しまぎれにそう言った。
緊張のせいかへんに汗ばむ。頭をポリポリとかいた。
「え? あの、でもヨッスィーは全部話したって……」
「そうなの? で、なにを?」
そのとき廊下の果てから梨華ちゃんを呼ぶ声が聞こえた。叫び声に近い。間違いなくヨッスィーだ。
廊下の曲がり角からヒョイと顔を出すと、こちらへ猛然と走ってくる。
「なにやってんだよ梨華ちゃん!」
「えっと、あの……」
ヨッスィーは梨華ちゃんの二の腕をむんずとつかみ引き寄せると、何ごとかを耳打ちした。
ただ、それは私にもまる聞こえで、先ほどの私との応答をそのまま梨華ちゃんはヨッスィーに伝えていた。
- 15 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時44分08秒
- 「え、まじで? おぼえてないの?」
「あのなんか、私がやらかしたんだよね? ごめんおぼえてない」
「それは、あの……」と、私のこたえにヨッスィーがめずらしく口ごもった。
「なんかたいへんなことなの?」
「そりゃまあ、たいへん、だよ。すごく。でもまあ忘れちゃってるんだったら、今いそいで思い出す必要もないし、ね? 梨華ちゃん?」
きゅうに話しをふられた梨華ちゃんが、しどろもどろになってそれにうなづく。
結局それから二人はまた、お茶を濁すようにあたりさわりのないことを言って帰っていった。
私はまたその背中をぼんやりと見送る。
去りぎわに「いつでも連絡してね」と梨華ちゃんが言っていたのがみょうに記憶に残っていた。
彼女がひどく悲しそうな顔をしていたせいかもしれない。
- 16 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時44分43秒
- ふと、私は壁掛けの時計を見た。
ずいぶん長い時間、二人と話しをしていたような気がする。
午後3時。
私はそのまま視線を下げた。日めくりのカレンダーがある。今日は――金曜日だ。
そのとき、何かが私の中でうごめいた。
カレンダーの日付。しばらくそこから目が離せない。そしてゆっくりと、私は自分の足元へと目をやった。
刺さっていた小骨、違和感が、スッと消えていくのがわかる。
私は松葉杖をついていた。
- 17 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時45分21秒
- 木曜日
壊れた蛍光灯のように、私の意識は明滅を繰り返す。
点いては消え、消えてはまた点く。その繰り返し。
意識がつながった瞬間、私は今自分がどこにいるのか、どういう状態なのかを把握しようと考えをめぐらせる。
しかし意識は途切れ、ふたたびつながったとき、私はそれを完全に忘れてしまっている。
それを何十回、何百回と繰り返し、私はようやくおぼろげに自分という存在が有ることを認識できた。
しかしあるいはそれも、断続的につながっては途切れる、その一瞬の出来事だったのかもしれない。
私は目を閉じている。
まぶたの裏が赤い。昼なのか、それとも人工的な明かりのせいなのか。それを確かめたくて私は目を開く。
まぶたが重い。
眉間のあたりににぶい痛みがはしった。
- 18 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時45分53秒
- 天井が見える。白い天井。視界のはしにある蛍光灯の明かり。
痛みはたぶんあれのせいだ。
それから逃れようと、私は体を動かした。
首を持ち上げ上体を起こす。体中がキシキシ痛んだ。
そのときスライドさせようとした手が、何かに引っかかった。ゆっくりとそちらを見る。誰かが私の手を握りしめていた。うつむいて、もしかしたら眠っているのかもしれない。
女のひと。
私は彼女を知っている。
「梨華ちゃん?」
彼女の名を呼ぶ。けれど私の声は、まるで何日も言葉を発していなかったかのように、かすれていた。
彼女がハッとして顔を上げた。視線が合う。
今にも泣き出しそうな顔をしていた。
- 19 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時46分30秒
- 「梨華ちゃん、どうかしたの?」
どうしてそんな顔をしているのか、それが知りたかった。
「あ、あ、あ……」と、私を見つめたまま言葉を失う彼女。
そして思い出したように立ち上がると、あわてて部屋を出て行ってしまった。
私はそれをぼんやりと見送る。梨華ちゃんの姿がドアの向こうに消えてようやく、ここがどこかの部屋であり、自分がベッドに寝かされていたのだと気がついた。
あらためて部屋を見わたす。
白の壁紙、カーテンが閉じられた窓。それほど大きくない部屋だ。テーブルとそれをはさむように置かれたソファ、そして私が寝ているベッド、それ以外とくになにもない。
身近なところに目をやると、ベッドのわきに飾られた花と、点滴の機材が見えた。私の左腕まで透明なチューブがのびている。
そう、ここは――病室、なんだろう。
- 20 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時47分04秒
- それからしばらくもしないうちに、梨華ちゃんが出ていったドアからヨッスィーが駆けこんできた。
私は、梨華ちゃんと二人きりだと間が持たないな、と思っていたから、ヨッスィーが来てくれて少し安心した。
「よかった、気がついたんだ!」
ベッドの隣りにあった椅子、梨華ちゃんもこれに座っていたんだろうけど、それに座るとヨッスィーは満面の笑みでそう言った。
「梨華ちゃん、今お医者さん呼びにいってるからさ。もうちょっとで来ると思うよ」
「そう……」
「でもよかった、先週の土曜日からだから――5日間か、すげぇ、5日間もずっと気を失ってたんだよ?」
そう言われても私にはわからない。なんと言っていいのかわからない。
「それで……、あのさ。これアタシが言うようなことじゃないかもしれないけど、梨華ちゃんのこと、許してあげてくんないかな?」
「なんのこと?」
「だから、その……。先週の土曜日の夜のことだよ」
――先週の、土曜日の、夜?
- 21 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時47分37秒
- 私の中で何かがうごめく。何かがゆれ、バランスをくずしはじめる。
みょうに暑い。
体から汗がふき出してくる。頭をかいた。その手には包帯の感触が――、
「……え、おぼえてないの?」
包帯の感触はずっと下まで、私の顔の右半分をおおい隠している。
ゆっくりとそこに触れた。
「美貴ちゃんと梨華ちゃんが、あれなんだったかな……、とにかくなんかが理由でケンカしちゃってさ――」
- 22 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時48分20秒
- ――そうだ。あの日、私は梨華ちゃんとケンカをしたのだ。
原因はたぶん、ひどく些細なことだったと思う。事務所にある、ここと似たような部屋だった。
ヨッスィーも近くにいたけど、気にしていないふうだった。ケンカでもすれば私たちが仲良くなるとでも思っていたのかもしれい。
けれど、それはすでにそんなレベルのものではなくなっていたのだ。
私は本気で梨華ちゃんのほほを殴りつけ、梨華ちゃんは容赦なく私の体に爪をたてかきむしった。とっくみあいのケンカだ。
お互い自分の体が商品であることは十分に承知していたはずなのに。
いや、それを考えた上で、私は梨華ちゃんを傷つけていたのかもしれない。
梨華ちゃんさえいなくなれば、「モー娘。入り」をしたとき間違いなく私がトップ、センターにもなれるはずだ。梨華ちゃんなんかいなくなればいい。そう思って。
- 23 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時48分54秒
- 思い切り梨華ちゃんを蹴り飛ばした。テーブルに体を打ちつける彼女。いい加減ヨッスィーも止めに入ろうと立ち上がった。そのときだ。
テーブルの上にあった紅茶の入った陶器のポット。私たちがつい先ほどまで笑いながら飲んでいたものだ。そのえを梨華ちゃんがつかんだ。
そして高々と持ち上げる。
蹴ったひょうしに寝ころんだ姿勢だった私は、それから逃れることができなかった。
打ち下ろされる。
私の顔めがけて。
――痛い。
――熱いよ。
- 24 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時49分29秒
- 「――それからすぐに事務所のひと呼んで来て。たいへんだったんだよ、ソファから起きあがったら美貴ちゃん、すぐに倒れて。血だらけで」
「そう……」
「で、すぐに病院に運ばれてさ」
ヨッスィーの声が遠くから聞こえる。
私はまたベッドに横たわっていた。起きてなどいられなかった。
記憶をたどるごとにヨッスィーの声は遠くなり、私の片方しかない視界は暗くなっていく。
そしてすべてが黒く塗りつぶされたとき、意識はまた――途切れる。
そのとき、カラン、と音をたて、その壺は倒れた。
中身をぶちまけながら。
- 25 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時50分05秒
- オ
- 26 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時50分39秒
- ワ
- 27 名前:38 パンドラ 投稿日:2003年03月16日(日)17時51分10秒
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