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30 木登りと赤いスカート
- 1 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)08時45分05秒
「木登りと赤いスカート」
- 2 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)08時50分50秒
- 最近、天気が崩れがちだったので雨の卒業式になるのかと心配していたのだけど
雲一つない、いい天気だった。
「梨華ちゃん、卒業おめでとー」
よっすぃーとごっちんは花束を差し出しながら笑顔で祝福してくれる。
年下だけど幼馴染だからいつでも会えると思っているらしく、二人はいつも通りだった。
「ねー、カラオケでも行って、ぱーっとお祝いしない?」
「いいねぇ」
二人がワイワイと騒いでいる様子を見ながら
あたしは両手を合わせて申し訳なさそうに口を開いた。
「…ゴメン。今日はダメなんだ」
「卒業生同士でどっか行くの?」
「違うの。親がいないからお留守番しなくちゃいけないんだ」
「えー、そんなの鍵かけときゃいいじゃん」
「…えーと、他にも色々やる事があるの」
二人は訝しげな顔を見合わせて首を傾げている。
これ以上、言い訳が思いつかなかったのであたしはそそくさとその場から離れた。
その罰が下ったのか、砂埃が突然起きた。
周りで悲鳴が上がる。
あたしも全身砂だらけになってしまった。
砂が目に入って涙で視界がぼやける。
でも校門の近くで赤い何かが見えた。
もう一度、目を擦って見直すと、それは消えていた。
- 3 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)08時53分13秒
- ◇ ◇ ◇
ゴツンゴツンと鈍い音と共に身体中に痛みが走る。
制服のリボンを使って目隠しをした状態であたしは家の中を歩いていた。
住み慣れた場所なのにあちらこちらで身体をぶつけてしまう。
自分の部屋についた頃には全身にビッショリ汗をかき、クタクタになってしまった。
明日になったら身体中に青痣が出来てるんだろうな…。
リボンを外しながら部屋の窓を開けて、ため息をつく。
急に意味もなく、焦りが出てきた。
足場が不安定になったような心細さを感じてしまって嫌な汗がダラダラと流れる。
目に入った汗が沁みて擦っているとその靄がかかった視界の中にある目の前に
にょっきり伸びている木がグラリと揺れた。
真っ赤なものが見える。
「目隠しプレイでも流行ってんの?梨華ちゃん」
木の上に変な人がいた。
コアラみたいに木にしがみついてあたしに向かって微笑んでいる。
幻影でも見ているような気分になって、あたしは目を何度も擦ってみた。
でも目の前にあるものは変わらない。
赤く見えているのはスカートの色だったらしい。
「……だ、誰?」
あたしは呆気に取られていた。
- 4 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)08時57分29秒
- ◇ ◇ ◇
「幼馴染のこの矢口を覚えてないなんて…。
正直、ガッカリ。ガッカリしまくりー」
部屋に入るなり、自分の自己紹介をしながらブツブツ文句を言っている人間を無視して
あたしは机に置いてあった眼鏡をかけて唸っていた。
幼馴染と言うけれど……全く覚えてない。
「梨華ちゃんって眼鏡してんだ。
コンタクトの方がよくない?それ、あんまし似合ってないよ」
よっすぃやごっちんにもかけ始めた頃に笑われたのを思い出して
あたしは顔を強張らせて眼鏡を外した。
矢口さんはそれでも気にせず、愚痴を続ける。
「っていうかさー、玄関の鍵開けておいてくれないと困るよ。
ずっと外から声かけてたのにシカトだし。
誰もいないのに窓が開いてるから心配になって無駄な木登りしちゃったじゃん」
服についた汚れを気にしている矢口さんを眺めながら、あたしは呆れていた。
普通はそこまでしないと思う。
「小学生の頃に引越ししちゃったけどよく遊んでたのにさ。
あ、わかったぞ。二十歳になって美しく成長した矢口に驚いてるんだな。
でも小さい頃から可愛かったっつーの」
わからないはずだよ。
小学生の頃の記憶なんて曖昧なんだから…。
- 5 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)08時58分38秒
- 「それにしてもこんな部屋だったっけー。時が経つと記憶が曖昧になっちゃうね」
矢口さんは口を開けてあたしの部屋の中をキョロキョロと見回している。
あたしもつられて同じように見てみた。
色々な物が所狭しと部屋を占領していた。
勉強机、ベッド、本棚、コンポ、CDラック、ノートパソコンなどなど。
壁に飾ってあるコルクボードには写真がベタベタと貼られている。
数年分の思い出が詰まっているそれらを見て少しは感慨深くなるかと思いきや、そうでもなかった。
何もかもがどうでもよかった。
のちにこれらは全て不要になるから。
仲のいい友達全員とは今日でお別れ。
今後、あたしが会うのはよっすぃーやごっちんくらいだと思う。
でもあの二人とはしばらくは会わない決心をしていた。
ただ罪悪感だけが心に残った。
あたしは大学には行かない。
専門学校や短大に行くわけでもないし、就職するわけでもない。
もちろん、永久就職するわけでもなかった。
あたしは心の中でよっすぃーとごっちんに謝罪した。
二人共、隠しててごめんなさい…。
- 6 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時00分40秒
- 「それにしても白状だよねー。ちょっとくらい覚えてないわけ?」
「小学生の頃の記憶なんて殆ど残ってないし」
「梨華ちゃんってさー、アルツハイマーとか健忘症とかにかかってるんじゃない?」
…酷い言われよう。
あたしが覚えてなかった事にそこまでムカついてるのね。
「それに見栄っ張りだよね」
「何それ?」
「小さい頃にさ、梨華ちゃんってば迷子になっちゃって
よっすぃーとごっつぁんが探しに行ったら散歩してただけだもん、って強がり言ってたじゃん。
大体、泣き虫のくせにそれを隠そうとするし」
矢口さんはニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。
不愉快だったけれど、それは事実だった。
「……どうしてそれを」
「ふふん。誰かさんと違って矢口はちゃんと覚えているのだ」
「……矢口さんこそ、二十歳っていうのは嘘なんじゃないですか?
どこからどう見ても年下にしか見えませんよ」
「なんだとー!このアゴがそんな事を言うのか!そうなのか!」
矢口さんはあたしの顎を掴んで乱暴に振り回す。
悲鳴をあげてあたしは矢口さんの小さい身体を突き飛ばした。
ハァハァとお互いに肩で息をする。
…憎たらしい。
- 7 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時03分10秒
- 「…大体、矢口さんは今頃何をしに来たんですか?」
「何しにって邪険にしないでくれるかな?折角、遊びに来たっていうのに」
「どうして今頃……」
十年くらい会っていない相手の所へノコノコやって来る神経が信じられない。
あたしが全く覚えていないと思わなかったのかな…。
「そういや、両親は?」
「今、旅行中です」
「娘の卒業式に?しかも平日に?それっておかしくない?」
「…いないものはいないんです!」
声を荒げてあたしが呟くと矢口さんはピタリと口を閉じて頬を膨らませた。
気まずい沈黙が出来る。
しばらくして矢口さんは何かが視界に入ったらしく、立ち上がって手に取った。
見られたくない物が視界に入る。
「…それ、返して下さい」
手を伸ばしたはずなのに、矢口さんは避けてもいないのに、あたしの手は空を切った。
距離感が掴めてなかった、と思った時には既に遅かった。
矢口さんは無言で手にしていた白杖を元に戻し、訝しげな顔をしてあたしの目を覗き込む。
「……もしかして、目がちゃんと見えてないの?」
- 8 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時07分06秒
- あたしの目はもうすぐ見えなくなってしまう。
自分の目に異変が起きたのは三ヶ月くらい前だった。
日が経つにつれ、徐々に視界がぼやけ始め、様子がおかしくなったあたしを見て親が慌て始めた。
そして病院に行ったらわけのわからない説明をされた。
とりあえず、覚えているのはあたしの視力はのちに失明に近い状態になるという事と
遺伝的なもので一生治らないという事だけ。
意外な事にあたしは余りショックを受けなかった。
その時はまだ他人事に思えていたからかもしれない。
でも最近になって焦りが出てきた。
症状が急激に悪化してきたから。
今まで普通に使っていたもの全てが無用になってしまう。
受験勉強する必要もなくなった。
眼鏡をかけて誤魔化す日々ももう終わり。
高校三年生でよかった、と初めて思った。
毎日顔を合わせていたメンバーと会う機会が減るから。
なるべくなら誰にも知られたくない。
同情なんてして欲しくない。
だから、過度の心配をする両親には無理を言って今日だけは一人にして欲しいと頼んだ。
今日だけは一人っきりの生活を、最後の生活をしたいと思った。
これからはそうもいかないだろうから。
- 9 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時09分40秒
- 結局、自分の症状を簡単に説明した。
マメに会う人じゃないだろうし。
矢口さんは腕を組んでムムッと唸っていた。
「遺伝の病気ねぇ…。初めて聞いた、そんなの」
「あたしだって初めて聞きました」
「…そのわりに普通だね、梨華ちゃん」
「これだけが取柄なんです」
矢口さんは気まずそうに頭をガリガリと掻いた。
「言い難くなっちゃったなぁ…」
「何がですか?」
「実はさー、矢口来月結婚するんだよね」
「……もしかして、それをわざわざ報告する為に来たんですか?
今は付き合いがないのに?」
「うん」
「…そんなの電話でもメールでもいいじゃないですか」
「おめでたい事だから皆に知ってもらいたいじゃんー」
「…そんなの知りませんよ」
「っていうかさー、メアド知らないし、電話かけてもシカトしてたの誰だっけ?」
どうしてうちの電話番号を知っているんだろう…。
よく考えたら昔近所にいたらしいから知っててもおかしくないか。
でもあたしは別の意味で顔色を変えた。
「……それはさっき帰って来たばっかりだからですよ」
「嘘だね。この部屋に来る時に電話のコード外れてたの見たもん。
この様子だと携帯の電源も切ってるんでしょ?」
- 10 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時11分02秒
- 矢口さんの言う通りだった。
あたしは外の世界を拒絶していた。
目が見えても、見えなくても一緒。
寂しい気持ちに今のうちに慣れておこうと思った。
「気分転換にさ、散歩に行かない?」
「え?」
「折角この街に戻って来たのに余り出歩いてないんだよね。
矢口に付き合ってよ。小さい頃とは色々変わってるだろうしさ」
「……どうして、あたしが」
「練習だと思えばいいじゃん」
「練習って何の練習ですか?」
「外に出る練習。手くらいなら貸すよ?」
「あたしはまだ見えます!」
あたしはムキになって言い返した。
なんだか馬鹿にされたような気がして気分が悪くなってしまった。
まだ完全に見えなくなったわけじゃない。
一人で学校にだって行けてたし。
でもあたしが怒っているという事に気付いていないのか
矢口さんはニコニコしながら部屋を出て行ってしまった。
何処までもマイペースな人。
これでよく嫁の貰い手があったなぁ、とあたしは心の底から思った。
自分の手を見て確認する。
まだまだ見える。
あたしの目はまだ大丈夫。
ため息をつきながら仕方なく、矢口さんの後を追った。
- 11 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時11分58秒
- ◇ ◇ ◇
矢口さんははしゃいだり、懐かしそうに目を細めたりしながら色んな場所へ行った。
あたしはその小さな背中を眺めながらノロノロと歩くだけで口を開く事もなかった。
…変な人。
家の近くの河原まで戻って矢口さんは無造作に芝生に腰を下ろした。
あたしもそれに倣って隣に座った。
「そういやさー、さっきの話だけど誰にも言ってないの?」
「言ってません」
「どーして?よっすぃーやごっつぁんには言わないの?親友なんでしょ?」
聞かれたくない質問が飛んできた。
よっすぃーとごっちんにこの事を話したらどういう反応をするだろう。
これは今までに何度も考えた事だった。
遊びに誘ってくれなくなるかもしれないし
気を遣って毎日あたしの部屋に来るようになるかもしれない。
でもあたしはどちらも嫌だった。
そんな事、望んでいない。
だから、普通に歩ける練習をしていた。
のちに白杖を使う練習もしなければいけなくなる。
今と違って殆ど見えない状態で外に出るのは怖い。
以前、試しに目を瞑って歩いてみたらとても怖かった。
それでもあたしは頑張る。
二人と今までと何も変わらない関係でいられるように。
- 12 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時12分58秒
- あたしが俯いて唇を噛んでいると矢口さんは明るい声で問い掛けてきた。
「怖いんだ?」
「……何がですか」
「本当の事を知られたら二人が自分のとこから去って行くと思って怖がってるんだ?
親友が信じられないんだ?」
「……」
「ぷっ。黙ってるって事は図星じゃん。
梨華ちゃんにとってあの二人はその程度なんだ?
大事な事を相談されなかったって後で知ったら傷つくだろうなー」
「……そんなんじゃないです」
「世の中にはもっと不幸な人いるよ。梨華ちゃんは友達にも恵まれてるっていうのに」
「矢口さんに何がわかるの!?」
あたしが突然怒鳴ると矢口さんは少し驚いていた。
なんて無神経な人なんだろう。
悔し涙が滲む。
「矢口さんは結婚するんでしたよね?じゃあ、幸せって事でしょ!
そんな人にお説教なんてされたくない!説得力なんて何もないじゃない!」
叫びながらもポロポロと涙が零れた。
矢口さんは困り果てた顔をして頭をガシガシと掻いてから、ゆっくりとあたしの身体を抱き締めた。
体が小さ過ぎて収まりきらなかったけれど、あたしはされるがままの状態で泣き続けていた。
- 13 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時14分16秒
- 今はまだ見えるせいか、視力を失う事よりも二人を失う事の方が怖かった。
あの二人なら本当の事を言っても大丈夫だとわかっているのに。
告白する勇気がないだけ。
だから自分は強い人間なんだと偽っていた。
「あー、もう泣くなよー。やっぱり、梨華ちゃんって泣き虫じゃん」
「…ムカツク事言うからです!」
「…それじゃあさ、似たような経験を持ってる人なら納得するわけ?話を聞くわけ?」
「………少なくとも矢口さんよりは聞きます」
「なら、コレ見てよ」
矢口さんは赤いスカートの裾を上げた。
それを見てあたしの表情が強張る。
すっかり涙も止まってしまった。
矢口さんの両足には大きな大きな傷痕が残っていた。
「最初に言ったじゃん?小さい頃に引越ししたって。
それはさ、交通事故で足がダメになったからなんだよね」
「…………」
「結構、怪我が酷くてねー。病院を転々としたわけよ。
歩く事はもう二度と出来ないだろうって言われてたけど
絶対に歩いてやるんだーって必死になって毎日リハビリしたのさ。
遠くから友達が応援とかしてくれてたから今に見てろーってね」
矢口さんは暗い話なのに短い両手を広げて楽しそうに語っている。
- 14 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時15分56秒
- 「そしたら、マジで歩けるようになったんだ。医者もビックリ。友達もビックリ。
今では木登りだって出来るくらいに回復しましたとさ。終わり。こういう話はどう?」
「……信じられません」
「まー、どっちでもいいけどね。矢口には別に関係ないしー」
ケラケラと笑う矢口さんをあたしはぼんやりと眺めていた。
矢口さんの話を全く信じていないわけじゃない。
でも過去の事だからこんなにも明るくいられるんだ。
あたしは過去じゃなくて未来なのに。
矢口さんは治ったからいいけれどあたしは治らない。
明るくなんてしていられるわけがない。
でも足の怪我痕をこうして見せられるくらい矢口さんは吹っ切っている。
努力をしたんだ。
「うーん。なんか説教くさくなったね。あと自慢話?」
「…今の話が事実ならそうですね」
「とりあえず、その見栄っ張りな性格直した方がいいよー」
「見栄なんて張ってません!」
あたしがムキになって否定すると矢口さんはヤレヤレと肩をすくめた。
「まあ、言いたかったのは自慢話じゃなくて友達は大事って事。
心の支えさえあれば何とか頑張れるもんだよ」
「…………」
「…臭いとか言わないでよ?」
- 15 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時19分08秒
- 黙り込んだあたしの顔を見て矢口さんは口を歪めた。
自分勝手そうな矢口さんの口から友達が大事だなんて言葉が出るとは思ってもみなかった。
「そんじゃ、言う事は言ったし。帰るわ」
「……え?」
あたしが驚いているのも構わずに矢口さんは立ち上がり、スタスタと歩いて行く。
その小さな背中を眺めながらあたしが何も言えないでいると急に振り返った。
「あ、そうそう。よっすぃーとごっつぁんに伝えておいて欲しい事があるんだけど」
「何ですか?」
「見事に作戦失敗しましたって報告しといて」
「……作戦?」
何の事だろう。
あたしが首を傾げていると矢口さんはニヤニヤとまた厭らしい笑みを浮かべた。
「矢口にここに来いって言ったのはあの二人なんだよね」
「え?」
「梨華ちゃんは忘れてたみたいだけどあの二人は矢口の事を覚えてたらしくてさ」
矢口さんは「忘れてたみたい」という所であたしを恨めしそうな目で見た。
「突然、連絡が来たんだよね。
そんで、最近梨華ちゃんの様子がおかしいから励ましてあげてくれないかなって頼まれたの。
突然過ぎて事情がよくわからなかったけど、まーいいかーって思ってさ」
あたしは絶句していた。
- 16 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時22分43秒
- 「しばらく海外に行っちゃうから最後にこの街を見ておくかーって事で話に乗ったの」
「……どうして」
「暇だったから」
「そうじゃなくて、どうして二人がそんな事を矢口さんに頼むの?」
自分の事を無視されて矢口さんは少し不機嫌そうな表情になった。
もしかして、二人は気付いてたの?
そんなの嘘だ…。
あたしはまだ普通に生活出来るのにバレるわけがない。
二人だって全く態度を変えてなかったはずだし。
「何となく気付いてたんじゃない?
あと遠くにいる人間の方が冷静に話出来ると思ったんだろうね。
梨華ちゃんにとっては矢口って初対面みたいな状態だったしさ」
「……」
「でも結局励ましにならなかったから計画失敗って事で意味なかったんだけどね。
矢口に頼んだあの二人が馬鹿なんだよ。もっと喋りが上手い人を選ぶべきだったね」
「……」
「って事で、じゃーねー。梨華ちゃんに幸あれ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
あたしが引き止めようとした手を巧みにスルリとかわし
矢口さんは立ち去ってしまった。
本当に事故に遭った人の足とは思えないくらい軽快な足取りで。
一人残されたあたしはしばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。
- 17 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時28分14秒
- ◇ ◇ ◇
「梨華ちゃん。あーそぼ」
朝から元気な声。
窓を開けると玄関の前で手を振っているよっすぃーとごっちんの姿が見えた。
「結局、昨日はカラオケ行ったの?」
「……え。あ、えーと」
「梨華ちゃんがいないと面白くないから止めたよ」
部屋で二人に紅茶を出しながら尋ねると
オロオロしているよっすぃーを制して、ごっちんが慌ててフォローをした。
明らかに様子がおかしい。
あたしが黙り込んでまじまじと二人の顔を見ているので目をしばたたかせていた。
「今日の梨華ちゃん、変だね」
「うん。さっきからジロジロとこっち見てさー。何なの?気持ち悪いな…」
「あのね…ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「何?」
「なーに?」
言い難そうにしているあたしを好奇の眼差しで二人は見ている。
矢口さんの言ってた事は本当なの?
そう聞こうとしたけど窓の外の風景がチラリと視界に入って気が変わってしまった。
「…やっぱり、いいや」
二人はガクッとうな垂れ、窓の外の風景も微妙に揺れる。
それでも見えていない振りをした。
「なんだよー」
「途中で止めないでよ。気になるじゃん」
二人が文句を言っているのを見て私は微笑んだ。
- 18 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時30分29秒
- 結局、あたしには何が本当なのかはわからない。
二人があたしの事情に気付いていたかどうかなんて。
もしかしたら、矢口さんが嘘をついていたという事も考えられるけど。
もうどうでもいい、と思った。
「さっきの話とは別だけど二人に話しておきたい事があるの」
「何?」
「何々?面白い話?」
興味津々といった面持ちで二人はあたしの顔を見る。
思わず吹き出しそうになってしまった。
矢口さんに言われてすぐに改心出来るほどあたしは素直じゃない。
逆にそれは悔しいと思う。
でも、いいキッカケを貰ったと思う事にしていた。
まだドキドキするけどあたしは大きく深呼吸をして口を開いた。
「面白い話じゃないと思うけど、あたしの秘密を教えてあげる」
矢口さんが口にした『計画失敗の報告』とやらは黙っておくつもりだった。
これからも、ずっと知らない振りをしておく。
大切な幼馴染の二人の為に知らない振りをする。
絶対に外で様子を窺っている人の為じゃない。
矢口さんが言ってた通り、あたしは見栄っ張りだから。
とりあえず、結婚おめでとう、くらいは後で伝えよう。
あと、いい大人なんだから木登りは止めた方がいいっていう言葉も付け加えて。
- 19 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時31分13秒
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- 20 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時31分54秒
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- 21 名前:30 木登りと赤いスカート 投稿日:2003年03月15日(土)09時32分37秒
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