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紫陽花

1 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時16分51秒
紫陽花
2 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時19分24秒
紫陽花の葉が、雨の滴に打たれて微妙に揺れている。

くすんだ色をした空から降り注ぐ雨のせいで、だだっ広い校庭のあちこちに水たまりを
作っていた。日曜日だったから校舎は物音一つしない。ただ、雨の単調なBGMだけが辺りに響き渡っている。
そのせいなのか、何処か空虚な不気味さすら感じられる。

その時、焦げ茶色のローファーがぐしゃぐしゃになった地面を踏む。それと同時に地面は
ぐにゃりとした生ぬるい音を立てた。紺色のスカートにさらさらの黒髪の少女は、透明のビニール傘を差して、何かをする分けでも無くその場にたたずんでいる。

それとほぼ同時に、誰もいないはずの体育館から扉の開く音が聞こえた。
中からセーラー服の少女が、傘も差さずに飛び出して来た。
少女はそのまま裏門の方へ走って行った。

その様子をビニール傘の少女が、水気を帯びたあじさいの影から無表情に見つめていた。
雨粒の傘を弾く音が次第に強くなっていたが、少女がその場を立ち去る気配は無かった。





3 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時20分39秒
「ねぇ、鈴木先生殺されたんでしょ?」
「知ってる。犯人ってやっぱり・・・道重さんだったり?」
「ありえる!だってあれはもう鈴木のセクハラの餌食だったよね!」
「あははっでもあの変態教師いなくなって清々するじゃん!」


白い菊の花束に囲まれた遺影。その遺影にはやや疲れた顔をした40代の男が写っている。
葬式にはテニス部の部員達も参列していたが、誰一人泣く者はいなかった。

石川梨華はさっさと用事を済ませると、こそこそと人の噂に華を咲かせている
少女達を横目に、喪服姿の大人達をかき分けて会場を後にした。
会場を出てすぐのコンビニの前に、見慣れた姿を発見すると、石川の無機質な表情が笑顔に変わる。

「よっすぃ〜!」
そう呼ばれた少女、吉澤ひとみは石川を見るなり涼しげな笑みを浮かべた。
石川は吉澤の元まで小走りすると、自然と吉澤を見上げるような形で見つめた。
そんな石川の視線に少し照れたように頭をぽりぽりとかきながら。

「・・・終わったの?」
「・・・うん、まぁ」
「そっか、一緒に帰る?」
「うん」
4 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時22分33秒
梅雨の時期だと言うのに空は何処までも青く澄み切っていた。
昨日まで降っていた雨が嘘のようだった。ばしゃりと、昨日の雨で残っていた水たまりをタイヤが弾く。
すると、乾いていたアスファルトにくっきりと跡がついてしまった。青々と茂る緑の並木通りを二人乗り
の自転車が走る。石川はスカートの裾を押さえながら、吉澤の背中に頭をくっつけて、気持ちよさそうに
さらりと髪を風になびかせていた。

「ねぇ、梨華ちゃん」
「ん?」

葉っぱの間から指す木漏れ日に一瞬目を閉じる。

「なんでもない」

石川はクスリと笑うと。
「なぁにそれ」




6月の涼しげな風が二人の頬を撫でた。
5 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時26分58秒
次の日。

「真琴」

学校へ行く準備も整い、玄関で靴を履こうとしていた時――――。
小川真琴の背後から、母親の曇った声が聞こえる。小川はそんな母の方へ振り返りもせず
「ん?」とだけ返事をする。

リビングからいかにも気の弱そうな女性が出て来た。気の強そうな小川の顔とは全く違って、
下がり気味の眉にやや痩せこけた頬が余計そう思わせる。

「真琴、お父さんと昨日話したんだけど、学校しばらく休んでもいいわよ」
「なんで?」
「だって・・・ホラ、鈴木先生の事もあったし・・・・」
「いってきます」
まだ言い終わらないウチに、小川はさっさと靴を履き家を出た。
後ろで母親が何か言っていたけど、そんな事に気にも留めなかった。


太陽のプリズムが放射線上に辺り一面に降り注いでいる。
規則的に立ち並ぶ家々。静かな住宅街の朝はいつも同じような風景だった。
ゴミ袋を片手に持ったやや太めのおばさんが、無愛想な顔をして他のゴミ袋をあさっている。
黄色い帽子をかぶって楽しそうにはしゃぐ小学生。お腹の大きな女性が、さらに背中に赤ん坊を
背負って、右手で男の子の手を引いている。


6 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時29分15秒

「まこっちゃん」
後ろから聞き慣れた声が聞こえたので、小川はすぐに振り返った。

「・・・おはよ」
「おはよ」

立っていたのは、くりくりした瞳が特徴的な高橋愛だった。
高橋は何処か曇った表情をしている小川とは対照的に、朝から自慢のさわやかスマイルを
放っている。そんな高橋を、小川はいつもうらやましかった。

すると、小川は高橋を見るなりあることに気づいた。高橋の片手に握られている物。

「ねぇ、なんで傘なんて持ってんの」
「え?まこっちゃん知らないの?今日夕立来るってさ」
「ゆうだちぃ〜?」
小川はややオーバーに顔をしかめてみる。そしてゆっくりと視線を空へ
移してみると、とても雨が降るようには思えないくらい晴れ渡っていた。そんな小川の様子に。
「天気予報とかみなよ」
やや冷ややかに言う。すると小川も。
「そんな退屈なもん見ないよ」


二人は顔を見合わせて苦笑する。何処までも続きそうな坂道を、二人は
他愛の無い会話をしながら昇って行った。

7 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時31分16秒
「聞いてよまこっちゃん!」

HR前の教室はいつものように賑やかだった。
グループ同士で話し込んだりしている者、小難しい表情で授業の予習をしている者や、机に頭を伏せている者と
教室にいる生徒達はさまざまだった。そんな中、一際うるさくてお調子者。
新垣里沙が、教室に入ってきた小川を見るなり、いきなり飛びついて来た。

「痛いわね。何よ朝っぱらから」
小川にとってはいつもの事なので特に怒ったりはしなかった。
「超たいへんなのぉ〜。今日の里沙の運勢最悪なんだって!」
と言ってやや太めの眉をひそめる。多分新垣が言いたいのは、朝のニュース番組でやって
いる占いコーナーの事を言っているに違いないと、小川と高橋は思った。

「それでね!」
まだ続けようとする新垣を小川は、はいはいちょっと待ってね、と呆れ気味に押しのけて、自分の机に鞄を置く。
そんな小川の姿に、高橋がクスクスと笑い出す。笑ってる場合じゃないってと、小川は肘で高橋の腹をつつく。
高橋が鞄を置くのを合図に、新垣はまたもや二人に飛びつく。この娘が動物園に飼われて
いても、多分自分は驚かないだろうな、と高橋はつくづく思った。
8 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時33分00秒
「でね!?恋愛運が相手の気持ちを考えないで、自分一人で盛り上がりがちだから気をつけようでぇ、健康運がはしゃぎ過ぎて
周りに注意してないとケガの危険性ありでぇ、金銭運はわがままし過ぎてるとお小遣い減らされるかも!だって!?
当たってる分けないけどなんかイヤじゃない!?」

新垣は興奮しているのか少し頬が赤くなっていた。声が大きすぎてクラスのほとんどの人にも聞こえてしまって
いるようで、何人かがこちらを見て何やらひそひそと話している。
小川と高橋はそんな新垣を唖然とした感じで見つめている。
なぜなら―――――――――。

「「まんまいつもの里沙じゃん!」」
二人の声がぴったりとハモる。新垣は言っている意味が分からないようで目をぱちくり
させている。
「なにそれ?」
そして小首を傾げながら二人を交互に見る。
「だから、そのまんまだって」
小川がぽんと新垣の右肩を叩く。すると高橋も新垣の左肩を軽く叩いて。
「かなり気をつけた方がいいよ」
「ど、どういう事よ!」
納得のいかないようで、新垣は顔をさらに真っ赤にする。
9 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時35分20秒
しかし、小川はそんな新垣をあっさりとシカトしてしまい。

「そういえばあさ美は?」
辺りを見回してみるが、あさ美と呼ばれた娘の座る、窓際の一番前から3番目の席には、
まだ誰も座ってはいない。ただ、パステルイエローのカーテンがふわふわと波を作っているだけだった。
高橋も小川と同じ方向を見て。

「そうだね。あさ美に限って遅刻なんて無いよねぇ」
「休みだったらこっちに連絡くれるのに・・・あ、後でメールしてみよっか」
「そだね」

すると、高橋は黒板の真上に掛かっている時計に視線を移す。後5分で予鈴が鳴るのを確認すると、再び小川に視線を戻す。

「1限目の数学って変更になったんでしょ?」
「え?ああそうみたいね。確か美術でしょ?」
「そっか・・・そろそろ用意しないと間に合わなくない?」
「そだね、じゃあ行きますか・・・・・ってゆーか里沙。腕痛いんだけど」

小川はさっきから腕をつかんで放さない新垣をぎろりと睨む。すると、太めの眉をやや下げ気味にして頬を膨らます。。
「だってぇ〜、里沙の事二人してシカトするんだもん!」
小川は浅いため息をついて、新垣の頭を優しく叩くと、ホラ行くよと言って軽く腕を引いた。
10 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時38分12秒



図書室は何とも言えない静けさが漂っていた。もうすぐ授業が始まると言うのに、

この場を訪れるのは紺野あさ美くらいだった。真っ白な壁紙がほどこされ、規則的に並べられた本達。
室内の隅に申し訳なさそうに立っている観葉植物が、半分開いた窓から零れる風に、レースのカーテンと一緒に揺れていた。
紺野の片手には、すす切れた焦げ茶色の本をしっかり抱えていた。表紙には金色の英語
の文字が印刷されている。とてもこの年頃の少女が読むような本では無かったし、一見真面目そうな
紺野だが、実を言うとあまり読書が好きな方ではなかった。正直、手に持っている本も半分も読めなかった。

片手に持っていた本を両手に抱え、ぎゅっと抱きしめる。紺野はそのままゆっくり歩き始めた。コツコツと言う
足音だけが図書室に虚しく響き渡る。そしてそのまま室内の真ん中にある、受付のソファに腰掛けた。
座った瞬間深いため息をつく。そして読みかけていた本をもう一度まじまじと見つめる。

本を開いてみると、小さな文字で難しい事が沢山書かれている。紺野はあきらめたような
顔つきになり、ページをぱらぱらと開いてまた閉じた。
11 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時40分53秒
「その本好きなの?」


聞き慣れたその声に、伏せていた顔を上げる。
いつの間にか窓辺に誰かが、少し寄りかかるような姿勢でこちらを見ていた。

「石川先輩―――――」
石川は澄んだ切れ長の目を嬉しそうに細める。紺野は席を立つと、石川の元へゆっくり歩み寄った。
1メートルほど近づくと足を止める。

「久しぶりじゃん。全然部活にも顔出さないんだから」
そう言って柔らかく笑う。
「す、すいません・・・」
対照的に口をぱくぱくさせている紺野。
「そんな顔しないでよ、みんな事情ってものはあるしね。でももったいないよ紺野さん。
結構うまいんだから」

「は、はぁ・・・そんな事、ないです。石川先輩には叶う人いないし。あ、この前の大会
2位だったんですよね?おめでとうございます」

「え?ああ。でもあんまり納得いってないんだけどね」
そう言って今度は困ったように眉を下げる。

12 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時45分21秒
澄んだ瞳は、しっかり紺野を映していた。

観葉植物の葉っぱが、風にかさかさと音を立てて揺れている。レースのカーテンがふわりと波を作っている。
石川の栗色に染めた髪は、窓からさす日差しにキラリと光って、紺野は一瞬まぶしそうに目を細めた。

「さっきも言ったけど・・・紺野って本とか好きなの?」
「え?あ、はい・・・良く、読みますね」

「ふぅん、でも紺野らしいかも。さっきもその本一生懸命読んでたしね」
「はぁ・・・」
そう言うと、自然と本を抱える両腕に力が入る。手に汗をかいていたのかぬるりとした。

「ここって落ち着くよねぇ、よくここに来るんだ。よっすぃ〜と」
「吉澤先輩?」
「そ。バレー部の」

「知ってますよ。結構有名ですから」
「ふふっよっすぃ〜は期待の星って言われちゃってるしね。うらやましいよ」
「え?石川先輩も有名じゃないですか」
「何言ってるのよ。わたしなんか」

そう言った石川だが満更でもない様子だ。

「私、石川先輩に憧れてたんですよ?」
「ちょっと過去形で言わないでよ」
13 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時47分20秒
「今もですって。でも追いつけるわけないですよ、もう諦めてます」
「そんなことないよ。わたしはよっすぃ〜に比べたらまだまだだもん」

そう言ってにっこりと笑った。紺野は恥ずかしそうに頬をかく。


その時、天井のスピーカーからチャイムが鳴る。
突然の音に、紺野は一瞬びくりと肩を震わせると、自然と天井へ視線を上げる。

「あ、時間だね。楽しかったよ・・・ああ、気が向いたら部活にも顔だしてね」
「あ、はい」
石川は軽く手を振ると紺野に背を向ける。紺野もそれに答えるように軽く頭を下げた。
しかし。


「い、石川先輩!」

行こうとした石川の背中に声を掛ける。石川がキョトンとした顔でまた振り返った。
「石川先輩・・・いつも図書室来てますよね?」
「う、うん」
「先輩も・・・本好きなんですかぁ?」

すると石川は一瞬考えるような顔つきになり。


「そんな好きじゃないよ」
と、にっこりと笑う。

「え?」




石川が図書室を去ると、紺野は寂しそうに鼻を鳴らして、その場に座り込む。

「・・・なぁ〜んだ」
14 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時49分59秒



グラウンドから生徒達の歓声が飛び交っている。と、思えば音楽室からは楽器の音色
なども聞こえたりしていた。

真っ青な空が何処までも高く広がっている午後――――。
4つの背中が、屋上のフェンスを背もたれ代わりに腰掛けて並んでいた。


「うわぁ・・・吹奏楽って昼休みも練習してんの?」
小川が眉をひそめる。その横の高橋が、吹奏楽の奏でるメロディーを知っているのか、一緒に鼻歌で演奏している。

「ねぇ里沙ちゃん。そのパンおいしいの?」
紺野が里沙の頬張っている、何やら緑色のパンを神妙な顔で見ている。

「え?おいしいに決まってんじゃん。七草蒸しパンだよ」
「うげ・・・」
紺野がますます顔色を悪くする。

「なんか風が気持ちいいねぇ」
高橋は髪の毛を風になびかせながら、両手を広げて大きく伸びをする。そんな高橋をよそに、小川の顔は沈みきっていた。
それに気づいた紺野が、目をまん丸くして小川の顔をのぞき込んだ。


「どうしたの?さっきから暗いよ?」
「・・・うん」
15 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時52分05秒
「まっこちゃん居残りさせられるんだってぇ〜。バカだねぇー!」
と、新垣が横から口を挟む。すると小川は新垣のホッペを容赦無くつねる。

「いててててっ!!」
その様子に紺野と高橋はお腹を抱えて笑った。

「でもなんでまた居残り?」
高橋はまだ笑い切れてないようで、少し顔を赤らめている。
「この前の英語のプリント出して無かったじゃん?ごまかして出さないでいようって思ってたらバレちった」
そう言って舌をぺろりと出す。

罰が当たったんだよ、とぶつぶつ言いながら、新垣はソースカツサンドの包みを開ける。

「ってかあんたまだ食うの?」
小川が呆れたようにため息まじりで言う。
「だってぇ〜。里沙はもう成長期なお年頃だしぃ」
そう言って、あんぐりとソースカツサンドを豪快に頬張る。高橋がうらやましいなぁと呟いて新垣の頭を優しく撫でた。


「あたしは残るけど・・・て事は、みんな先帰っちゃうの?」
小川がみんなを交互に見ながら言う。すると高橋が申し訳なさそうに眉を下げて。
16 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)00時58分02秒
「あ、ゴメン。今日バレーの日なんだ」
「里沙はぁ〜テレビ見なくちゃいけないから〜ごめんね」
「そっか・・・・あさ美は?」
「私は大丈夫だよ。いつまでも待っててあげる」
「あははっサンキュー」

小川が嬉しそうに目を細める。すると今度は高橋が思いだしたように紺野を見る。


「そういえばあさ美って今日珍しく遅刻したよね」
「ああ、ちょっとね・・・」
「え?ちょっとねって教えてよ」

小川がニヤリと笑みをつくりながら、今度はあさ美の顔をのぞき込む。

「・・・図書室で、石川先輩に逢っちゃった」
「え?石川先輩に?何か言われた?」

全員目をまん丸くしてにして紺野に注目する。
「ううん。普通にしゃべっただけ」
「良かったじゃん。憧れの先輩でしょ」

高橋が肘で紺野の腕をつつく。
「うん・・・ちょっとしゃべれたし」
「でも〜なんで憧れの先輩いるのに部活は行かないの」
新垣がパンを口に入れたまましゃべる。高橋が手で隠すくらいしなよ。と、つっこむ。


「う〜ん・・・やってく内に自信無くしたりとかさ。私にもいろいろあるんだって」
そう言ってふにゃりと笑みを作る。
17 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)01時00分07秒
「そっか・・・でも石川先輩も可哀想だよ?たまには部活行きなよ・・・あ。里沙、ソースついてる」
高橋が自分の頬を指さして教える。新垣は舌でぺろりと口元をなめた。

「そうそう。中等部の道重さんだっけ?あの娘学校来てないんでしょ?お気に入り二人が
部活来なくなるなんて石川先輩も切ないって」

小川が残り少ないコーヒー牛乳のストローを加えたまま口を動かす。


「私は気に入られてなんてないよ」
そうぽつりと言って紺野は、まだ食べている事に夢中の新垣の頭に軽く手を置く。

「みんないろいろあるんだなぁ・・・」

小川はしみじみと言った感じで、その場に寝転がる。
空には飛行機雲が漂っていた。





18 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)01時03分28秒


教室の窓から見える空は、さっきまでの青空は見る影も無く、今は分厚い雲におおわれて窓ガラスを濡らしている。
小川は心の中で舌打ちした。

「最悪だよ・・・」
「最悪なのはあなたでしょ」
頭上から、怒りに震えた声が聞こえた。小川は一瞬肩をびくりと震わせる。
立っていたのは、不機嫌そうな顔をした英語の保田だった。黒のスーツにインテリ系な
メガネを掛けた、いかにも教育者と言った感じだ。

「まったく。あなたは居残りしてる身なのよ?それでプリントは出来たの?」
「あ、はい・・・一応」

そう言って渋々とプリントを手渡す。しかし、保田がそのプリントを目にした瞬間。
もともと大きな目をもっと見開いて。

「ちょっと!4問も空欄があるじゃない!」
「すいません・・・分かりませんでした」
「まったく・・・成績がどうなっても知らないわよ」
「はぁ。もう帰っていいですか」
「・・・しかたないわね。雨も降ってきてるし・・・気をつけて帰りなさい」
まだぶつぶつと言っている保田を後目に、手早く鞄を肩に掛けると教室を出た。


もう他の生徒達は下校してしまったようで、廊下はしんと静まりかえっていた。
19 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)01時05分36秒
朝から昼まではカラッとしていたのに、辺りは湿り気を帯びていて、何処かなま暖かい奇妙な感覚に駆られる。
小川の足取りは自然と速まっていく。


紺野は玄関の扉の前でぼんやりとたたずんでいた。 小川はそんな彼女の後ろ姿を発見すると、小走りに近づく。

「ごめん」
「あ、まこっちゃん。意外と早いじゃん」
振り返った紺野は瞳をまん丸くして小川を見つめる。
「意外とは何よ意外とは」

濁った空から大粒の雨が降り、グラウンドはもうぐしゃぐしゃだった。
その時、小川は自分が傘を持っていない事を思い出した。

「あー!あたし傘持って来てないやぁ・・・最悪」
小川が思いっきり顔をしかめる。その顔に紺野は思わず吹き出してしまう。
「ち、ちょっと人の顔見て笑わないでよ!あさ美こそ傘持って無いでしょ!」


「持ってるよ」
紺野の意外な言葉に小川はひそめていた眉を上げて、一気に希望の眼差しを紺野に向ける。
「マジで!?」
「嘘なんかつかないよ」


そう言って紺野は後ろ手に持っていた傘を、じゃ〜んと言う効果音までつけて、小川の目の前に差し出す。


20 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)01時06分20秒


......
............
..................
21 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)01時09分40秒
薄暗い教室にはもう二人しかいなかった。


壁を背もたれ代わりに、床に寄り添うように腰掛けている。
吉澤は何処か遠い物を見るかのような目つきで、どしゃぶりの空を見つめていた。
そして、自分の肩にもたれている石川の頭をぎゅっと抱きしめる。



「・・・・ねぇよっすぃ〜」

石川のか細い声が吉澤の耳を掠める。



「どした?」
視線を窓から自分の胸に顔を埋める石川に移す。そして優しく頭を撫でる。

「雨、すごいね」
「うん」


風が強いのか、窓が微かに揺れた。遠くからでも校庭の木々が激しくざわついているのが分かる。


震える石川の腕をよしよしとさする。まるで何もかも察しているかのように。



「眠っていい?」

「いいんじゃん」



「・・・そっか」






石川は少しだけ嬉しそうに口元を緩めると、もうその瞳は何も映そうとはしなかった。
22 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)01時11分26秒
ビニール傘を開く音が響く。それと同時に雨粒が傘の上を弾くような音も聞こえて来る。


「あさ美ナイスじゃん!」
小川の顔がたちまちほころぶ。

「天気予報とか見てるの?」
と、紺野はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
その言葉に、あさ美も愛と同じ事を言っているなぁと思いながら。

「そんな退屈なもんみないよ」
と、朝と同じ言葉で返した。

そして二人で顔を見合わせて苦笑する。



「こういうのって相合い傘って言うんだよね」

小川が満足そうに笑った。
静かな雨音が余計辺りに静寂をもたらしていた。
校庭はもうぐしゃぐしゃで、あちこちに出来た水たまりにいくつもの波紋が広がっている。
足を踏み入れただけで、ぐしゃりと生ぬるい音がした。


紺野の視界には、正門のすぐ横の花壇に、紫の紫陽花がいくつも咲いているのが映る。
葉っぱに雨粒が落ちるたび、微かに揺れる。
23 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)01時13分36秒
綺麗だな―――――。






紺野は思い出していた。



紺野は課題のプリントを忘れて学校へ取りに行った。


くすんだ色をした空から降り注ぐ雨のせいで、だだっ広い校庭のあちこちに水たまりを
作っていた。日曜日だったから校舎は物音一つしない。ただ、雨の単調なBGMだけが辺りに響き渡っている。
そのせいなのか、何処か空虚な不気味さすら感じられる。

そう、その日も今日みたいに夕立が降っていた。途中、濡れた紫陽花があまりにも綺麗で
しばらくその場にたたずんでいた時。
体育館の方から物音がした。ふいに、そちらの方へ視線を送ると。
走り去る、栗色の髪をした少女の後ろ姿。



気になって体育館へ行ってみると、出入り口のすぐそこで、頭から血を流して倒れている
鈴木を見つけた。           







大丈夫ですか―――――?

紺野は鈴木の元へ歩み寄った。
24 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)01時14分55秒




それから道重が朝練の為に体育館を訪れて、体育倉庫で、マットにくるまって死んでいる
鈴木を発見したのは、次の日の朝だった。
25 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)01時16分11秒
「あさ美?聞いてる?」


キョトンとした顔で、上の空の紺野の顔をのぞき込む。

傘を弾く雨粒の音がより一層激しくなる。







「なんでもない」
26 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)01時17分28秒
E
27 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)01時18分12秒
28 名前:26 紫陽花 投稿日:2003年03月14日(金)01時18分45秒
D

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