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25 あかいはなさいた

1 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時34分00秒
あかいはなさいた
2 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時39分37秒
お墓参りに行くんだっけ?

ぽかりと空に浮かび上がった疑問に、あたしは足を止めた。
桜並木の坂の途中、見下ろす街からやわらかい風が吹きあがった。コンクリートで
作られた人工の川と、低い屋根を持つ家が建ち並ぶ、ちょっとレトロな通りが眼下
に見える。坂を上りきると、その高台は確か墓地だった。

誰のお墓だったっけ。

そう考えて、自分に呆れる。
どこに行こうとしてるかを忘れちゃうなんて。
体をこわして、長い間寝ついていたせいだろうか、いつも以上にぼんやりしているのは。
3 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時40分16秒
平日の昼間だから、道行く人はほとんどいない。いても、あたしにはたいして注意
を払わない。

いったいどれくらい休んでいたんだろうか。

考えだすと、怖くなる。
人気商売だもの、もう忘れ去られてても不思議じゃない。
そう考えて、なぜだか今度は、気が楽になった。矛盾してる。
緩やかな傾斜を、上に向かう。並木の枝が切りとる空は青い。目をうつ日射しは眩
しいけれど、夏よりやさしい春のもの。並木の桜はまだ咲いてない。咲いてない桜
の下を、ほてほてと歩く。病み上がりのせいか、足どりがおぼつかない。

そうそう、市井ちゃんのお墓だ。

あたしはやっと思いついて、一人うなずいた。
お墓参りをするアテなんて、おとうさん以外ではそれしか思いつかない。
4 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時40分57秒
半年前に死んじゃった市井ちゃん。
5 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時41分56秒
モーニング娘。をやめて、キュービッククロスをやめて、市井ちゃんはもう新しい
場所を探すことに疲れたのかもしれない。

最後に会った彼女は、とてもやさしい顔をしていた。
芸能界をやめるということを告げ、ソロになって仕事があまりうまくかないあたし
に、前みたいにアドバイスや忠告なんていうつまらないことはしないで、笑いなが
ら握りこぶしにした両手をさしだした。
わけがわからないままに片一方を指さすと、何かを弾きだすみたいに指を開く。
そこには何もなくて、あたしが怪訝な顔をすると、ますます笑って去っていった。
もう一方の手のなかを隠したまま。
6 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時42分52秒
その晩だった。
バイクの事故だった。
東京の真ん真ん中で、トラックと正面衝突した原付は、夜空と街に破片を降りそそ
ぎ、市井ちゃんの破片も、空を飛び街を染めた。

あたしは思った。

市井ちゃんは、なんてものをあたしに残してくれたんだろうと。

一度いなくなってからも、戻ってからも、ずっと彼女の存在はあたしにとって、遠
かった。それはきっと、彼女も同じ。
生きていながら消えてゆくお互いを、気にもとめず、知りもせず、消えてゆくまま
にまかせていた。最後の日。顔をあわせたのはどれくらいぶりだったろうか。
なのに彼女は、よりによって、あたしと会った日に死んだ。
あたしは、市井ちゃんと、最後に言葉を交わした人間になった。
7 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時43分45秒
人が死ぬと、こころに紅い花が咲く。
目には見えない紅い花。目に見えなくても、その手触りも、形も、香りすら、そこ
にあるもののように感じられた。
生きていればよりいっそう遠くなり薄くなるはずだった面影は日ごと鮮明になり、
あたしは生きてたときよりずっと、市井ちゃんを近くに感じるようになった。
お葬式のとき、インタビューのとき、誰も見ていない一人の部屋でも。あたしは彼
女のことを思って泣いた。泣きながら、消えてしまうはずだった彼女があたしの胸
に咲かせた花を、ひっそり愛でた。

そんなことは、誰にもいえない。
だからこころのなかにだけ、ひみつの花は今も咲いてる。
8 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時44分19秒
「ごっちーん」
大きく高く、あたしを呼ぶ声に、坂の上をふりあおぐ。
逆光でよく見えない人影は、坂道をリズミカルに駆け下りてくる。
眩しくて、手をかざす。
「おっはよー」
小さくジャンプして、ぱん、とかざした手に平手を打ちつけるのは……やぐっつぁん。
金色の髪が跳ねて、きらきら光る。
「待ちかねたぜっ」
「おお。ひさしぶり」
あたしは目をまるくした。寝つく前、最後の仕事はモーニング娘。のメンバーとい
っしょだった。そのとき以来だ。「なんでこんなとこにいんの?」
こんな昼日中に、サングラスもしないで、帽子もかぶらないで。
やぐっつぁんは、にやにや笑った。
9 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時45分00秒
「ごっちんってば、昼間にふらふら歩きまわってんじゃないよ」
あんまりにも自分を棚に上げた言いぐさだ。
「やぐっつぁんもお墓参り?」
「ちっがーうよ」
やぐっつぁんはあたしの手をとる。「お祭りなんだよ」
「お祭り?」
「へへへへへ。行こう、ごっつぁん」
何を言ってるんだろう。
どうやってあたしがここにいるのがわかったのかとか、今日は休みなんだろうかと
か、さまざまな疑問が胸に沸いたけど、おとなしくついてゆく。
坂道を今度は下へ下へ。あたしはやぐっつぁんと並んで歩いてゆく。
坂の上から幽かに漂っていたお線香の香りが、だんだん遠くなる。
10 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時45分58秒
あたしの疑問はほったらかしで、やぐっつぁんは早足で歩いている。歩幅が小さい
から、彼女の早足はあたしの普通のペースと変わらない。

「ひさしぶりだね、ごっちん」
「うん。なんかぐあい悪くてさ、ずっと起きられなかった」
「みんな心配してたんだから」
「……ありがと」

心配ついでに、こんなところまでふらふらやってきたあたしを探しに来てくれたん
だろうか。
あたしは嬉しくなって足を速める。
やぐっつぁんも張り合うように小走りになり、しまいには、二人はほとんど走るよ
うにして、笑いながら肩をぶつけ合う。
11 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時46分55秒
そうやって猛スピードで駆けると、あっという間に景色が変わっていた。

「ここって」

あたしは口を開けた。あの墓地からほんの十数分。
目の前にそびえるのは、横浜アリーナだった。
「行くよ」
やぐっつぁんはなんでもなさそうにいって、行き慣れた裏口に向かう。
あたしはあわてて後を追いながら、
「ライブ会場じゃん。お祭り? 何の?」
と問いかける。「ね、まさかライブするとかいわないよね」
もちろん、冗談だ。
あたりは閑散としていて、自分たちがいつも訪れる場所とは別世界みたい。
今日はライブはお休みらしい。
12 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時47分42秒
「ね、やぐっつぁん」
あたしの問いかけにはあくまで答えないで、やぐっっぁんは裏口のドアに手をかける。
「あれ、何でぇ?」
あたしはすっとんきょうな声をだした。
「余裕でしょ」
「え? え? えええーっ。なんで入れんの? おかしいよっ」
「ちゃんと準備は整えてんだよ。ごっちん、うるさい。見つかるよ」
あたしはあわてて周りを見渡す。誰もいない。暗い廊下をずんずん進む小さな背中
を、夢中になってついてゆく。ステージ袖につづく道を見つけて、やぐっつぁんは
走りだした。置いていかれたらたまんないから、あたしもつづく。
13 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時48分51秒
「イッイェーイ!」

大音量のおたけびが、あたしの鼓膜を襲った。何人分かの、喉も張り裂けんばかり
の叫び声。インディアンのときの声みたい。
思わず目を閉じて、その目を開いたとき。
暗いところから急に出て、ちかちかする視界のなか、あたしはびっくりする光景を
見た。白い、なんにもないステージの上。

なっち、カオリ、圭ちゃん、梨華ちゃん、辻、加護、紺野、高橋、小川、お豆。
飛び跳ねて、顔くしゃくしゃにして叫んでる、モーニング娘。のメンバーたち。
まばたきのうちに、そのなかに混じってるやぐっつぁん。

「ごっちん、いらっしゃーい!!」
「カイキ祝いだーっ!」
みんな、見たことないような、とんでもないテンション。
14 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時50分08秒
「ライブ、スターット!!」

カオリが叫ぶと、みんないっせいに体を揺らしだす、どこからか聞こえてくる音楽。
みんな歌い出す、ばらばらに、いっせいに。
ばらばらだけと、統一感のあるダンス。いくつも重なってノイズみたいで、でもわ
くわくするみんなの歌声。
わけがわからないままに、あたしはめちゃくちゃ楽しそうなみんなのテンションに
つられて、笑顔になってしまう。
そのうちあたしの体にも音楽が流れだして、それに合わせてあたしも踊る。あたし
も歌う。それはラブマシーンのようだったり、I WISHのようだったり、みん
なの体のなかに流れるヒットナンバーたち。

ひとしきり踊りまくって、歌いまくって、あたしたちは顔を見合わせ、笑う。
15 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時51分34秒
「ね、よっすぃーは。仕事?」
メンバーが一人足りないことに気づいて、あたしはカオリに問いかける。
カオリは工藤静香さんのモノマネみたいに頭を激しく振りながら「死んだよ」と言う。

「え」

言葉を失ったあたしに、みんなはぴたりと動きを止める。
「知らなかったっけ」
「ごっちん、ずっと寝こんでたもん」
「誰も教えてくれなかったんだ……」
口々のつぶやき。
あたしはよっすぃーが死んだなんて話、まったく消化できない。
「嘘でしょ」とみんなを見渡す。
16 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時52分59秒
「あたしが殺したんだ」

加護ちゃんが、嬉しそうに言った。「よっすぃー、誰とでも仲良くしすぎなんだもん」

「ちがうよ、あたしだよ」
今度は梨華ちゃん。「意地悪ばっかりいうから、こらしめてやったの」

「あたしでしょー」
圭ちゃん。「あんまりおばさん扱いするから、頭きてさ」

「うそうそ。あたしなんだよー。お菓子勝手に食べるから」

みんなは口々に「殺した」「殺した」とさえずる。
あたしは後じさりした。
「ごっちん」
加護ちゃんが心配そうに近づいてくる。
「嘘だ……」
あたしはステージを飛びだした。
17 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時53分39秒
なんなんだろう、もう。わけわかんない。よっすぃーが死んでるはずないじゃん。

めちゃくちゃに走りながら考える。

どうなの? 死んでるの? 誰が殺したの?
あたしは誰のお墓参りに来た?
そうだ、お墓。あれを確かめればわかる。
よっすぃーのお墓なんて、ないってことが。
18 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時54分25秒
あたしは坂道を上る。今度は最上段まで。急に開けた視界、緑の森につつまれて、
灰色の墓石が並んでいる。
墓石の隙間から見える、派手な髪の色。お墓の前に並んでしゃがみこんでいる二人
連れに、あたしはほっと息をつく。

死んでないじゃん。みんなの嘘つき。

珍しい組み合わせの、よっすぃーと裕ちゃん。
「よっすぃー」
遠くから呼びかけた声は、耳に入らなかったらしい。
あたしは二人に駆けよった。声をかけようと息を吸いこむ。
「……元気だしぃや」
「中澤さんこそ」
二人の声の低さに、出しかけた言葉が引っこんだ。
二人は暗い視線を交わしあう。
「人のことはいわれへんか……。居眠り運転やなんてな……。最悪や」
「あたしが運転した訳じゃないですよ」
よっすぃーは裕ちゃんをにらみつける。完全に八つ当たり口調なのに、裕ちゃんは
悲しそうによっすぃーの頭を抱き寄せる。
19 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時55分34秒
「……あんただけ、残ってまうなんてな。仕事休んでてラッキーやなんて、思われ
へんやろ」
もう、よっすぃーの声は聞こえてこなかった。泣きじゃくる息しか。
二人がしているのは、たぶん、あたしが寝ていた間の話。
あたしはお墓に目をやった。真新しいたくさんの墓石が、きれいに並んでいる。
その前に供えられた、色の薄いお花の群れ。
あたしは、さっきいっしょに歌って踊った、みんなのことを思いだしていた。
あんなイジワル言ったのは、うらやましかったから、なのかもしれない。
「……あたしも、死んだら絶対ここに埋めてもらう。みんなといっしょに。
ア、アリーナ、見えるここで……」
涙混じりによっすぃーがつぶやくと、
「あほやなぁ。あんたもあたしも当分先や」
裕ちゃんの声も湿り気を帯びてくる。「……紗耶香んときで、だいぶヤラれたって
思ってんけどな。……ほんま、新鮮に痛いな、こういうん。こんないっぺんに、
嘘みたいや」
20 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時57分21秒
「ごっちんだけは……ごっちんだけは……戻ってきてって思ってた、の、に……」

一番端のひときわ新しいお墓。「あのこ、長いこと眠っとったからな。ごっちんの
ことやから、何でもなかったみたいに目ぇ覚ますんちゃうかって……私も、思ってたわ」

二人の声をそれ以上聞いているのが辛くて、あたしは墓地をあとにした。

そして思いだした。
境界線をふらふらしすぎて、どっちがどっちかわからなくなったことを。
21 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時58分04秒
それであたしはどこに行こう。

ぽかりと空に浮かび上がった自問に、あたしは足を止めた。
桜並木の坂の途中、見下ろす街からやわらかい風が吹きあがった。コンクリートで
作られた人工の川と、低い屋根を持つ家が建ち並ぶ、ちょっとレトロな通りが眼下
に見える。日は陰り、夜が近づいている。

みんなのところに戻ろうか。それとも誰かに会いに行こうか。
22 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)21時59分09秒
そうだ、市井ちゃんに会える。

そっと、胸のなかに隠し持っていた、紅い花を出してみる。
この間までは目に見えなかったのに、久しぶりに取りだすそれは、想像通りの華や
かな色と香りを持っていた。いつの間に、実体になったんだろう。
そうか、花が形を持ったんじゃない。あたしが形を失ったんだ。
あたしは嬉しくなった。

手のひらの上で、ぽう、と花はランプのようにかがやく。

あたしはわくわくしながら、夕暮れの坂道を下っていった。
23 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月13日(木)22時00分20秒
24 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月14日(金)06時44分11秒
25 名前:25 あかいはなさいた 投稿日:2003年03月14日(金)06時44分45秒

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