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4 サン・ジョルディの罠

1 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時45分56秒

   サン・ジョルディの罠
2 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時46分28秒


私、最近気になる人がいるんです。
その人の名前は、吉澤ひとみちゃん。
あ、って言っても、ストーカーみたいに名前を調べたりとか、そんなことは
してない。
前に、ウチのお店でガッツ石松さんの本を注文してくれたことがあって、
その時に、『女の子なのに変な本買うなー』って記憶に残ってただけ。
けど、それからちょっとして、ウチのお店によく顔出してくれるようになって、
なんか気になる存在になっちゃってる。
でも私が一目惚れしちゃったなんてことじゃないよ。こう見えても意外に
奥手だから。
でもひとみちゃんのほうが、なんか私のこと気になっちゃってるみたいで。


3 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時46分59秒


     ◇


私はある女子高の近くにある、大きくも小さくもない本屋でアルバイトを
している。
場所柄、受験の参考書とか、夏休みの課題図書なんかを買いにきてくれたり
する子たちが一杯いて、それなりに繁盛はしてるのかも。
なんか万引きのニュースとかも最近よく聞くけど、店長の人徳と迫力の
お陰で、そんなこともなく平和な毎日。

今日も私は、いつものようにお店のお掃除。
のってくるとつい「お掃除るんるん♪」なんて歌っちゃったりするんだけど、
なんか店長から禁止令が出されてるから気をつけないと。
なんであんなに怒るかはよく分かんないんだけどな。

4 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時47分31秒
ちょっとした足場にのって上段の本棚にハタキをかけてると、あの子がお店に入って
来た。いつも同じような時間に来るけど、部活が終わった後に寄ってくれてるのかな。

あ、また私の方にちらちら視線送ってきてる。
ばれないように気をつかってるっぽいけど、私そういうの敏感なの。
そっか、だからいつも、キャッシャーにいる時じゃなくて掃除してるときに
来るのかな。こっちから話しかけられちゃうのがまだ怖かったりするのかも。
んー……、なんかカワイイ。

5 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時48分04秒
ひとみちゃんは、いつもみたいに小説コーナーの方へ行く。
そして、一冊の本を取って開いて、すぐに棚に戻しちゃう。
買わないし立ち読みもしないんだよね。ま、立ち読みは店長から厳禁命令が
出されてて、新参が知らずにやっちゃってひどい目にあったりしてるから、
それはそれで賢明な判断なんだけど。
で、そのまま足早に帰っちゃう。やっぱり話しかけるチャンス狙ってて、
でも緊張しちゃってダメなんだね。かわいいなあ。

6 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時48分36秒
私はひとみちゃんが出てったあとに、小説コーナーに行っていつもの本を
手に取ってみた。
東野圭吾さんの「秘密」かあ。読んだことないけど。
映画も話題になったよね。見たことないけど。

パラパラとめくって流し読み。これってロマンチックなお話なんだよね。
あ、そっか、ひょっとしてこの本を読んで、っていうひとみちゃんからの
メッセージ?
いいなー、なんかこういう出会いって、キレイ。
イマドキっぽくはないかもしれないけど、なんかいいよね。
ああ、こんど来るのはいつかな。その時は、私の方からやさしく声をかけて……

7 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時49分06秒

ぱん。
痛。
「石川、あんたが立ち読みしてどーすんのよ」
あ、店長。お疲れさまです。
「仕事中になにやってんの」
えーっ、あのー、商品のチェックを……。
「その本買うの? じゃ、給料からひいとくけど」
いやいやいや、そんなんじゃないです。
実はですね……


8 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時49分39秒


     ◇


「あー、それは万引きだね」
煙草を吹かしながら、保田さんはあっさりと決めつける。
私は頬を膨らませると、
「違いますよお」
「私はこの仕事長いんだから、怪しいヤツってピーンと勘で分かるんだよね。
でもたちの悪いタイプじゃないね。ひどいのになると私が見てる真ん前で
ボストンバックに片っ端から……」
「そんなヒトいるんですか?」
私は目を丸くして訊いた。
「いたねー。あいつ、まだ入院してるのかな」
保田さんはそう言って遠い眼。

私はブルッと身を震わせると、慌ててフォローした。
「と、とにかくひとみちゃんはそんなんじゃないです」
「なんで名前知ってるのよ」
「それはその、……」かくかくしかじか。

9 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時50分09秒
「ていうかそれちょっとキショイよ……」
保田さんはあきれ顔だ。
私はちょっとムッとしてしまう。
「なんでガッツさんの本を買うのがキショイんですか」
「いや違うって。そんなのずっと覚えてじろじろ見てるあんたがキショイって
言ってるの」
保田さんはそう言うと私の八の字眉をつついた。

「逆ですよお。ひとみちゃんが私のこと気になってるんです」
「そういう妄想が出発点なんだよねー」
って、評論家みたいな言い方やめて下さいよ。
保田さんは勝手に納得したみたいに頷くと、
「まあでも、そういう挙動不審な子はね、一応気をつけておいてね」
「まかせてください」
私はニコっと笑うと言った。

10 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時50分42秒


     ◇


それからちょっとたった後の夜。
サークルの先輩の追い出し会なんてのに付き合わされて、苦手なお酒を
いっぱい飲んでしまった。
あー気分悪い。吐きそう。……
近くのゲーセンの音と光が、ますます気分を悪くさせる。
しょうがない、公序良俗には反するけど、ちょっとそこの路地裏に失礼して。

ふらふらと薄暗い路地へ入っていくと、先客がいた。
ん。赤の他人とはいえみっともない姿を見られたくない。
私は慌てて身を隠した。
あれ?
ていうかあの人影って、よく見かけるヒトなんだけど。

11 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時51分02秒
私はそーっと物陰から顔を出した。
二人連れの高校生。予備校の帰りかなにかなんだろう。
で、そのうちの一人。
暗くてあんまりよく見えないけど、間違いない。あれはひとみちゃんだ。
よかったー、本格的にぶちまけちゃう前に気付けて。……

一緒にいるのは、友達なのかなあ。
似たような背格好で、私なんか絶対マネできないみたいな、今っぽいファッションが
決まってる。
顔も、よく見えないけど。
……カワイイ。
なんかくやしいなー。

12 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時51分27秒
また店長からキショイなんて言われそうだったけど、私は二人を物陰から
観察し続けた。
ひとみちゃんは壁にもたれ掛かってなにか喋っている。
ちょっと機嫌悪いみたい。
耳をそばだててみる。あーもうゲーセンの音うるさいなー。なに話してるのか
聞こえないじゃない。

友達の方はなんか楽しそうだ。笑い声もかすかに聞こえてくる。
と、ひとみちゃんがポケットからなにかを出した。
あれは……、えっ? サイフ?
ひとみちゃんはお札を二枚くらい引っ張り出すと、押しつけるみたいにして
友達に渡してた。
友達は満足げにそれをポケットにつっこむと、ひとみちゃんの肩を抱いて
路地から出ていってしまった。
あー、見ちゃいけないもの見ちゃったかなあ……。
ホントは、お姉さんとして注意しないといけないところなんだけど。
やっぱイマドキの高校生って怖いもんなあ。

あれ? 私なんでこんなとこに来てるんだっけ。
思い出したとき、満を持して胃が大逆流してきた。
さて、どうしましょう……。


13 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時51分58秒


     ◇


次の日、ガンガンするアタマでバイト先へ出勤していった。
保田さんは、テーブルに足を投げ出して、「いい女になるための十箇条」なんて
胡散臭い本を熱心に読んでる。赤鉛筆まで持って。
いい女って言うより、競輪場のオジサンって感じなんですが。

「おはよー」
保田さんは振り向きもせずに言う。
「あのー、店長、ちょっと相談があるんですけど」
「昇給? 無理無理。それより今日藤本っていう新しいバイトが……」
「違いますよお。ちょっと訊きたいことがあって」
「なによ」
邪魔くさそうな口調で言うけど、それでもちゃんと座り直して、聞く体勢に
なってくれた。
こういうところが、店長の好きなところ。

14 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時52分23秒
私が昨夜の出来事を話すと、保田さんは難しい顔で考え込んだ。
「まあ、人それぞれ事情があるとは思うけど」
「ひとみちゃん、いじめられてるんでしょうか……?」
「さあー、あんたが酔って見かけたっていう話だけじゃ分かんないよね」
「酔ってたって言っても、アタマはしゃんとしてましたよお」
「どうだか」
保田さんはそう言うと苦笑した。

「ひとみちゃん、きっとあの子にいじめられてて、それでウチのお店で
万引きしろって命令されてるんですよ。でもひとみちゃんはいい子だから
しようとしても出来なくて、私に向かってSOSのメッセージを送って
来てるんです。私、どうしたら」

15 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時52分52秒
「ちょっと待ちなさい」
私が必死になって話すのを、保田さんが止めた。
「あんたね、一人で突っ走りすぎ」
「でもお」
「よく考えなさい。いい? これらの事実の裏には、重大な秘密が隠されている」
深刻な表情で呟くと、私の肩に手を置いて顔を覗き込んできた。
あのー、それどこからキャラパクってます?

「秘密って……」
「あんたは、その吉澤って子のことしか見てないわけよ。それだと、全体で
なにがどうなっているのか、見逃してしまうわけだな」
「は、はあ」
「ま、いいや。はい仕事仕事」
保田さんはパッと深刻な表情を消すと、私を立たせてお尻を叩いてきた。
店長、いいかげん訴えますよ。


16 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時53分23秒


     ◇


キャッシャーに立ったまま、私は保田さんが言ったことを考えていた。
ひとみちゃんだけ見ててもダメってことか。
まあ、私が空気を読めないっていうのは物心ついた頃からしょっちゅう
言われてきたんだけど……。
ひとみちゃんの周りでなにが起こってるのか、ちゃんと見てから判断しないと
いけないのかもしれない。でもそんなこと言われてもなあ。

空気が抜けるような音がして、自動ドアが開いた。
私はなんとはなしにそちらへ顔を向けた。
あっ、と声を出しそうになり、慌てて口を押さえた。
が、お客さんはそんな私にはお構いなしに、どんどん店内の奥へと入っていく。

17 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時53分55秒
私の記憶が確かなら。
あの子は昨夜ひとみちゃんと一緒にいて、お金を受け取ってた子だ。
暗がりでよく見えなかった顔も、今は嫌になるくらいはっきりと分かる。
鼻筋がしゅっと通ってて、美人なんだけど可愛くもあり。
スタイルもいいし。
あんな顔して、ひとみちゃんをいびってお金を取ったり万引きさせようと
してるのね。

私のめらめらとした視線なんて気づきもせずに、彼女は小説のコーナーへ
足を踏み入れた。
そうだ。決めつけちゃいけない。観察観察。

18 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時54分15秒
彼女は迷った様子もなく、一冊の本を手に取ると開いた。
と、すぐに閉じて本棚へ戻してしまう。
ひとみちゃんがやってるのと、全く同じ行為だ。じゃああの本も同じなのかな。
彼女はやることをそれで終えてしまったように、また入ってきたときと
同じように、すたすたと早足でお店を出ていってしまった。

なにやってんだろ。
やっぱりあの本に秘密があるんだ。だって本のタイトルも確か「秘密」……。

彼女を目で追っていく。と、お店の向いの道にひとみちゃんが立ってるのが
ちらっと見えた。
ガードレールに腰掛けて、ベーグルを齧ったりしている。
なんかお店の中の様子を窺ってるみたい。
じゃあやっぱり……。

19 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時54分38秒
私がいろいろと考えていると、後ろからまたアタマを叩かれた。
「いたあい」
「お客さん並んでるでしょ。なにボサーっとしてるの」
保田さんの声に、私は慌ててレジに向かおうとした。
が、見かけたことのない女の子がてきぱきと対応を始めている。

「誰?」
「ほら、もういいから、あんたは掃除」
「え、でも」
「仕事しないとクビにするよ」
保田さんはコワイ顔で言うと、私にハタキを押しつけてきた。

口を尖らせて、レジの方を一瞥した。
こっちの子もなんかカワイイし。
保田さん、やっぱりそうだったんですね。

足場を引っ張り出してきて上段の本棚にハタキをかけていると、お馴染みの
音がして自動ドアが開いた。
反射的に私は顔を向けてしまう。ひとみちゃんが私の方へ視線を向けて
来ていた。
自動的に、二人の視線は正面衝突。
20 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時55分06秒
「あっ……」
思わず声を挙げてしまった。
ひとみちゃんはビックリしたように目を見開いていたけど、パチパチと
なんどか目を瞬かせたと思ったら、ダッシュで店を逃げていってしまった。

「ち、ちょっと……」
私はつい後を追いそうになってしまうけど、勤務中になにもしてない子を
追い掛けて駆けだしていったりしたら、店長になにを言われるか分かった
もんじゃない。

溜息をつくと、ハタキを持ち直して、また足場へ上った。
その時、ふとアタマに閃くものがあった。
なんだかよく分からないけど、これが保田さんの言っていた「全体」って
やつなのかも……。

21 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時55分31秒

私は小説コーナーへ行くと、ざっと本棚を見回した。
目標はすぐに発見することが出来た。東野圭吾著「秘密」。

それほど厚くないハードカヴァーの単行本を手に取ると、パラパラとめくる。
と、一枚の折り畳まれた紙がパラッと落ちた。
高校生なら普通に使っている、素っ気ないルーズリーフの切れ端。

私はそれを拾い上げると、開いた。
秘密のメッセージが一言。

『今日のパンツの色:白に2000円』

22 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時55分56秒
「……」

ひとみちゃん、よかったね。
今日はあなたの勝ちだよ。ピンクだから。
だから、今度来たときに一発殴らせてね。


                         -fin-

23 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時56分23秒
T
24 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時56分47秒
H
25 名前:4 サン・ジョルディの罠 投稿日:2003年03月10日(月)00時57分09秒
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