18 初恋ライダー
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:02
- 18 初恋ライダー
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:04
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待ち合わせの時間。遅れてやって来る恋人を待つ私。
携帯電話で何度も時間を確かめ、慌てているあの人を想像しながら溜め息を吐いてみせる。大好きなあなたを待ち遠しく思う。でも、こうして待っている間も嫌いじゃないんだよね。だって頭の中はあなたで一杯。朝ごはん何食べたのかな。寝坊したってメールが来たから、ちゃんと朝食食べてないのかも。
前髪を何度も撫で付けて今日の自分がヘンじゃないか周囲からの視線が気になった。
今日は渋谷で待ち合わせ。
人が多いけど真っ先に見つけられる。視線を遠くに向けて人並みにあなたを探していると、予想外の方向から「ごめん」って優しい声がする。大好きなあなたの声。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:05
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妄想の世界では完璧だったのに。寸分の狂いなく朝の目覚めから帰宅してメールを打つまでのこれ以上無いシナリオが出来上がっていた。でも現実は甘くなかった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:07
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今の花音。髪はぼさぼさ、冬なのに汗かいちゃってメイクは崩れかかっている。力の限の全速力で走ってきたから呼吸は乱れ息が苦しい。
「ご、めんなさい」
実はデートの予行演習。と、いうことになっている本日。待ち遠しい恋人なんかではなく見事に寝坊したのは自分だった。
大好きで、一番の憧れ。花音の神的存在。
熊井さん。同じ高校に通う一つ年上の先輩だ。
花音の中で何より大きい存在の熊井さんとまさかデート(の予行演習)ができるなんて信じられない。奇跡だ。夢みたい。夢ならいいのに。絶対夢だ。夢であって欲しい。でも、願いは叶わない。
髪はぼさぼさ、崩れかかったメイクかわいいと言えない状態で更に遅刻するという醜態を熊井さんに曝すなら、今すぐ目覚めて出来るなら生まれ変わって一からやり直したかった。でも、これが現実だ。
「大丈夫? 」
記念すべきデート、と花音は思っているこの良き日に。初めて掛けられた言葉が「大丈夫」。ひどい。最悪だ。
大丈夫じゃない。全然大丈夫なんかじゃない。こんな予定じゃなかった。熊井さんと一緒にお出掛けできることが嬉し過ぎて高まり過ぎて、昨日は全然眠れなくてまさか自分の身にありがちなパターンが起るなんてその時になるまで分からなかった。
頑張って寝ようとすればするほど、目が冴えて興奮しちゃって外が明るくなり始めるまで結局一睡もできないまま新聞屋さんが福田家のポストへ配達に来る頃、花音は眠りに落ちた。
そして案の定寝坊をした。有り得ない。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:07
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「ごめんなさい。私昨日、眠れなくて、眠れたと思ったら寝坊しちゃって。熊井さん待たせちゃった」
「全然、気にしなくていいよ」
みっともなく、咳き込んだ花音の背中を熊井さんが優しくさすってくれた。コートの上からだったけど大きくて温かい、に違いない熊井さんの手が花音に触れている。
息が切れていた所為もあるけど。その瞬間は言葉にできないほど苦しくなった。叫んで走り出したくなる、この胸の高まり。耳の辺りがどんどん熱くなっていく。汗が止まらない。やだやだ、やだ!でも、すごい嬉しい。
「私は待つ時間好きだから全然いいんだけど。でも、初めてのデートだったら遅刻しない方が印象いいかもね」
熊井さんが真面目な顔で花音に釘を刺した。
そうなのだ。熊井さんは真面目で素直で美人で恰好良くて優しくてめちゃめちゃかわいい先輩だ。
神的存在の熊井さんに花音は嘘をついた。今日はデートの予行演習ということで熊井さんを付き合ってもらっている。
デート本番は明日24日のクリスマスイブ。なんてことは真っ赤な嘘だった。
熊井さんが花音にとっていつから神的存在になったのかなんてもう覚えていない。
「今日の花音ちゃんかわいい」
神が手の届く範囲内で微笑んでいる。
失神しそうだった。崩れかけたメイクで白目剥いて気絶したらまるでホラー映画のワンシーンだ。花音の考えた妄想のシナリオは、映画を見て、お茶して、プリ撮って、電車で移動してイルミネーションを観に行く。映画はホラー系を見る予定だけど。ここで実演するサービスは過剰だと花音でも分かる。
「キャラメル色のコート、ブーツとも合ってるし。いい感じ」
「熊井さんも、か、か、かわいいです」
褒めたのに、褒めていない。でも、熊井さんは嬉しそうに照れていた。その仕草がかわい過ぎる。かわい過ぎて目が痛い。せっかく側にいるのに熊井さんをなかなか見ることができなかった。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:08
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熊井さんが弓道部を引退してからの方が彼女と話す機会が増えた。でも、二人きりではあまり話したことはなかった。
友達で弓道部に所属している憂佳と、憂佳と親しい須藤さん。その友達が熊井さんだった。須藤さんと熊井さんは3年生でめっちゃ仲良しだ。背の高い二人が並ぶと迫力満点の美人が揃う。それを間近で見ているだけでも幸せ絶頂だった。この高校に入学してよかった、憂佳と友達になれてよかった。生まれてきて良かった。パパ、ママありがとう。花音、クリスマスは両親に感謝をして過ごすことにします。
12月前から街がイルミネーションで輝き、少しずつ気持ちがそわそわしてくる。イベント大好きな自分が「クリスマス」を話題にしないワケがなかった。
熊井さんは誰とクリスマスを過ごすのだろう。クリスマスプレゼントは何が欲しいのかな。どんなものをプレゼントしたら喜んでくれるかな。そもそも、花音が熊井さんへプレゼントしたら変かな。熊井さんにあげて須藤さんにあげなかったらちょっと気まずいかも。妄想は止まらなかった、
デートして下さいって。正直に言えばよかった。
どうして、あの時口からでまかせがすらすら出てきたのか自分で自分が信じられない。
"クリスマスデートの本番を失敗しない為に、一緒にお出掛けして欲しいです"
でも、花音の下手な嘘を鵜呑みにしてしまう、熊井さんも信じられない。
鈍感っていうか、純粋っていうか。優しいっていうか、騙され易いっていうか。そういう熊井さんも大好きなのだけど、やっぱり花音の気持ちに気付いて欲しかった。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:09
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花音が考えた妄想デートのシナリオでは二人はホラー映画を見ることになっていたからそれを実行させて頂いた。映画館で隣に熊井さんが座っている不思議。熊井さんから良い匂いがした。まるで天国か極楽にいるような気分になる。無意識にくんくん匂いを嗅がないように細心の注意を払った。
肩が触れそうな、肘掛に手を置いたら直ぐに手を握れそうな至近距離に心臓が爆発しそうで映画どころじゃなかった。集中できるわけが、ない。
しかも、寝不足の所為で眠気が襲ってくる非常事態。S・O・S!緊急事態発生、緊急事態発生。死ぬほど眠い。でも、眠気を堪えようとすると半目になって著しく不細工な顔になる。怖がっている演技をして、熊井さんとは逆の方へ顔を背けてまどろみに身を任せてしまった。
「怖かったね、今日はちび電消して眠れないな」
休日の渋谷は人だらけ。そこら中に人がたくさん。その中でもあたま一つ背の高い隣の人は背中を丸め真顔でそう言った。
「怖くて全然スクリーン見てられませんでした」
デートの定番、映画鑑賞を二人でする。
しかし、花音はまったく映画の内容を覚えていない。映画の話題が続かなくて、二人の空気がギクシャクする。それでなくても緊張しているのに。このままじゃ熊井さんに嫌われちゃうかも。
「花音ちゃんがチケット取っておいてくれたからすぐ座れたし。準備いいね」
「iPhoneで座席予約もできるしわざわざパソコン立ち上げなくてもいいから便利ですし」
お茶をするお店をiPhoneで調べていると、上から熊井さんが覗き込んできた。
顔が。ち、近いですっ。
「花音ちゃん、意外に恰好良いiPhoneケース使ってるんだ」
iPhoneはすげなく手から滑り落ち、歩道に落下したかと思うと傾斜があった所為か、ケースの素材が悪かったのかサ坂道を滑っていった。
究極に恥ずかしかった。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:09
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熊井さんが、目の前にいるだけで舞い上がってしまうのはいつものこと。自分が意外にヘタレだったと自覚する。ナマコは素手で掴めるし。無茶振りのヘン顔だって一切躊躇わない。定期テストだって気合で乗り切れるって信じていた。
それなのに例えば全校集会で遠くに熊井さんを見つけただけで心臓がどきどきする。
相手が絶対気付かないって分かっていても、気付かれたらどうしようとか気付いて欲しいなとか二つの思いが花音の中でぐるぐる回って頭の中は熊井さんで一杯だ。熊井さんの方をガン見したいのに、できない。なんでだろう。自分のことが自分じゃないみたいに体が思うように動かなくなる。
これが恋の力ってヤツですか? 熊井さん。花音、女の子だけど女の子の熊井さんに恋してるみたいです。こんな気持ち初めてでどうしたらいいのか花音には全然分かんないんです。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:10
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- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:11
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「クリスマスイブだと、今日より混雑するかもだね」
熊井さんは喋り過ぎたり、沈黙がしんどかったりする人じゃなかった。
初めて二人きりで長い時間を過ごして気がついた。熊井さんのテンポはちょっとゆっくり目で。そして熊井さんのテンポはやっぱり心地よい。
お茶をしようと入ったカフェはクリスマス連休のお蔭さまで込み合っていて、座席に着くまで店内で少し待った。永遠にこうしていたいくらいだ。待ち時間なんてあっと言う間。っていうか、時間が経つのが早過ぎる。リアクションは新鮮な方が良いから、という熊井さんの提案で今日は、イルミネーションは見行かない予定だった。だから、このあとすぐにお別れの時間がやってくる。
学校で会う時なんて、会ってすぐ別れることが多いのに。あと何分一緒にいられるんだろうと考えたら今日は無性に寂しくてあからさまにテンションが下がった。
「どんな人? 」
花音が黙ってしまうと、熊井さんがチョコムースと抹茶のアイスをフォークでつつきながらそう尋ねた。
待ち時間の間に注文を済ませていたので席に着くとに花音が頼んだハニージンジャーティーと、熊井さんが頼んだデザートがすぐに運ばれてきた。アイスの色が今日、熊井さんが身に付けていた濃い目のグリーンのマフラーと似ていると思った。
「どんな? 」
質問の意味が分からず、聞き返してからはっとした。
「花音ちゃんの好きな人がどんな人か聞いてもいい? 」
ずきっと胸が痛んだ。真っ直ぐな瞳で熊井さんがこちらを見ている。
右胸の奥、氷の塊が当てられたみたいに体温が奪われていった。外と違い、お店の中はエアコンが効いていて暖かい。寒いはずなんてないのに。本当に胸が痛くて痛みを堪える為に握りこぶしをテーブルの下で作って堪え、熊井さんの目はごまかせそうもないから正直に答えた。
「背が高くて」
背格好が似ているという理由で熊井さんにデートの予行演習を頼んだっていう架空の花音の好きな人。
花音の妄想はいつだって完璧だ。けれど、今、明日デートする相手を想像してみてもぼやけたままで姿がはっきりしない。どこの高校へ通い、何の部活をして、それとも受験生で勉強に忙しい合間のデート?
何が好きで、花音のことをどう思っているのか、明日告白したら思いは成就したり、それ以上の進展があったりするのかどうか。全然まとまらなかった。
「あんまり聞かない方がよかったかな」
歯切れの悪い花音の答えに、熊井さんは眉を八の字にして笑った。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:11
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花音が嘘をついたばっかりに相手を困らせている。
大袈裟に首を振って違うと伝えた。
「すごいかわいい人なんです」
「背の高い男の子なのに? 」
熊井さんが目を丸くして驚いた。
「み、見た目は恰好良いんですけど性格がかわいくて」
目の前で抹茶アイスを頬張っている一番の憧れで大好きな人は、にこにこした様子で花音の話を聞いている。
脈ナシって分かってるし。熊井さんが焼きもち妬くとか全然期待してなかった、っていったら嘘になる。花音に好きな人がいたって、クリスマスイブにデートしていたって、熊井さんにとっては関係の無い話。だって、花音は学校のただの後輩だから。
「真面目で、優しいんです」
美味しかったお菓子をわざわざ届けに来てくれたり。弓道部じゃない花音が袴を着たいって言ったら着付けも教えてくれて更に一緒に写真撮ってくれたり。何よりこうして、花音に付き合ってくれるくらい優しい熊井さん。
「私の下らない話も、すごい聞いてくれる」
ちょっとしたメールにもすぐ返信してくれる律儀な性格。花音のママの言葉の言い間違いの話を気に入ってくれて、時々花音よりママの近況とか聞かれたりして。ママに焼きもちを妬く羽目になっている。
「かなり鈍感でちょっと苛々する時もあるけど」
デートの予行演習なんてあるわけないじゃん。ただ、熊井さんと一緒にお出掛けしたかった。熊井さんが、どんな風に笑ったり、はしゃいだり、びっくりしたり、困ったり、怒ったり、泣いたりするんだろうって知りたかった。少しでも長い時間側にいたかっただけ。
「笑ってもらえると嬉しくて。一緒にいるだけで心が温かくなったみたいな」
言葉を口にしていて首から上がどんどん火照っていくのが分かった。
でも、右胸の奥はずきずき痛いままで苦しい。
見つめる瞳は変わらず真っ直ぐだった。こんなに好きなのに。
気付いて熊井さん。お願い。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:11
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お会計を済ませて、お店を出ると雲が出てきた所為か外は少しだけ暗くなり気温も低くなった気がした。
暖かかった場所から急に寒い場所へ移動し、全身にぶるっと震えが走った。
「花音ちゃん」
呼ばれた方へ振り向くと「はい」、と言って熊井さんが自分の腕を少し持ち上げた。
「デートでしょ? 」
どうやら奇跡が舞い降りたようだ。
熊井さんから腕を組んで歩こうと誘われている。
福田花音、一生この感動を覚えていると誓います。
「上手に歩ける? 」
街は人で溢れている。一人で歩くことも容易でないのに二人並んで歩行することはかなり難しい、ということを初めて知った。
「ありがとうございます」
お礼を口にすると、熊井さんは得意げに笑ってみせた。
熊井さんの腕にしがみついて人波に流されないように必死だった。この腕を離したくない。
熊井さんに本当のこと言わなきゃ。クリスマスデートなんて嘘だって。
本当は、本当は。本当は熊井さんが大好きなんだって、伝えなきゃ。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:12
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嫌われたくなかった。
騙していたと熊井さんにばれて、信用を失うことが怖かった。
でも、嘘をついている花音が熊井さんからこれ以上優しくされるのはもっとつらい。全部嘘になってしまう。好きって気持ちまで信じてもらえなくなる方が嫌だった。嘘を吐いた花音は嫌われてもいいから、好きの気持ちが伝わって欲しいって思った。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:12
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人ごみから離れるように高架下を抜けて少し歩くと、靴屋さんと並んで雑貨屋さんがあった。熊井さんが雑貨屋さんへ入っていいかと尋ねる。笑って入りましょうと答えるのが精一杯だった。雑貨屋さんに入ってすぐ、ヴィンテージ物と分かる古着が並んでいた。革製品のリメイク一点物など、ショウケースには自分でいつも行く雑貨屋さんとは違う品物が並んでいた。
白、オレンジ、赤、黄緑、ポップな配色でデザインされているミニチュアの家具。海外製の洗剤。和紙と竹でできたランプシェード。商品に統一感はあまり感じられないけど、板張りの床に打ちっぱなしコンクリートの内装で店内の調和は保たれていた。お互い自由にお店の中を見て回った。気になったものは手にとってみて、また棚に戻すことをしばらく繰り返していた。
ふと視線を上げると陳列棚から少しだけ熊井さんの頭が見えて思わず笑ってしまった。すぐに探せる。どこにいても目で追ってしまう。
「今日の花音ちゃん。学校にいる時より大人しいね」
多分、ジャズだろう、と思うBGMより少し大きめのボリュームで熊井さんが言った。
「え、変ですか? 」
驚いて変な質問で聞き返してしまった。
「いや、明日のことで緊張してるのかなって思ったから」
明日。クリスマスイブ。花音は初デートする、ということになっているけど。それは自分で吐いた嘘だった。
「大人しい花音ちゃんもかわいいなって思うけど」
熊井さんが、長い人差し指でぷにっと花音のほっぺを押した。
「私はいつもの元気な花音ちゃんが好きだよ」
言葉で返事をするより先に泣きたい気持ちが急に込み上げてきた。
ここで泣いたりしたら、熊井さんがめっちゃ困るって分かってるのに。感情を抑えることができなかった。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:12
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「違うんです。嘘なんです」
熊井さん、ごめんなさい。
突然泣き出した花音に熊井さんはやっぱりひどく慌てた様子だった。
「ほっぺ、痛かった? ごめん。ごめんね」
「ごめんなさいを言わなきゃなんないのは花音なんです」
「え、どうしたの。どうしたの」
「ごめんなさい。熊井さん」
困った顔をしている熊井さんと目が合った。
今日、会った時からひどい顔ばかり熊井さんに見せている。散々だ。嘘なんて、吐くものじゃない。
「花音は熊井さんに嘘を吐きました」
「いつも元気な花音ちゃんって嘘だったの? 」
「あっちの花音は本当なんですけど」
「あっち? 」
言いながら、熊井さんが後ろを振り向いた。どうして、泣いている花音より熊井さんの方が慌てているんだろう。
「花音ちゃんって二人いるの? 」
こちらに向き直った熊井さんが真顔で言った。
「ぶっ」
泣いているはずだったのに。噴出してしまった。
「熊井さん、落ち着いてください」
熊井さんが慌てたのは泣いた花音の所為なんだけど。でも、そんなに取り乱すことないのに。
「だって、花音ちゃん。泣いてるし」
「ごめんなさい」
今度は笑いが止まらなかった。
「え? 嘘泣き? 」
「違います。嘘は明日のデートです」
笑ったり、泣いたり、嬉しかったり、苦しかったり。花音ばっかりが恋してる。ずるいなぁ、熊井さん。
「本当は、花音。こうして熊井さんとお出掛けしたかっただけなんです」
「は? 」
「熊井さんと、デートがしたかったんです」
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:13
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* * *
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 17:15
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あの後、熊井さんは「なーんだ」と言ってちょっと責めるような視線でこちらを見たけど。怒ったりはしなかった。
花音が熊井さんを好きなんだっていうことが伝わっているかどうかは分からない。
嘘は必要ないから普通に誘って、と言ってもらえたのはかなりの進歩だと思う。
でも、普通に誘うなんてヘタレの花音が簡単にできるワケがなかった。
大好きで、一番の憧れで花音の神的存在の熊井さんと普通にデート。
独り言で呟いただけで涙が出ちゃうくらい高まっちゃうもん。
この好きって思いを伝えるには経験と鍛錬が必要だ。
嫌われてはいないってことは分かった。でも熊井さんはさらっと「花音ちゃんが好きだよ」なんて言えちゃうくらい簡単な好き。それでもこちらは胸が潰れてしまうくらい衝撃だった。
ガラスのハートを鍛えながら少しずつ熊井さんにも花音を好きになってもらえるように。よっしゃー!!福田花音、年末年始も妄想のトレーニングに余念はありません。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/30(金) 19:11
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おわり
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