14 崩日

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/27(火) 10:27
14 崩日
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/27(火) 10:29



小春日和とはこんな日のことを言うのだろう、と少女は思った。
河川敷、堤の芝生の上に腰掛け、暖かな日差しに照らされながら空を見ている。
いつもは穏やかで、時に泣き、ある時は激しくうねる、文字通りの天気屋は今日は澄み
切った青を見せてくれていた。空には雲ひとつなく、磨かれたような澄んだ青空が少女
の眼前に広がっている。

その空を写し取ったような色の川が、滔々と流れている。
川面に視線を移すと、いくつもの波が川の流れを指し示すかのように、浮かんでは現れ
、そしてまた消えてゆく。それ以外にはまったく変わらないように見える。けれど、今
見ている川の水と1秒前の川の水、そして1秒後の川の水がまったく違うものであるこ
とを、少女は知っていた。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/27(火) 10:31
風が吹く。
少女の髪が、さらさらと流れる。
日差しに暖められてはいるものの、間違いなく冬の風だ。ふかふかの毛布に、刃を忍ば
せている。
それでも、今はその仮初の暖かさに身を任せていたい。
そうさせる魔力が、この場所にはあった。
遠くの方で、野球少年が金属バットの快音を鳴らしているのが聞こえた。

少女が座っている堤は、橋と橋のちょうど真ん中に位置していた。
遠くの方に、白いアーチの橋が見える。ここから歩いて、10分くらい
の距離だろうか。

橋から遠くにある場所に、用のある人間なんて、そうはいない。もちろ
ん、バーベキューの季節ではもうない。そこにいるのは、少女ただ一人。
もちろん少女に会いに来る人間ならここに来るかもしれない。ただ、幸
か不幸か少女にはそれほど知名度はなかった。今の仕事に就いてまだ1
年、ただ逆に言えばもう1年、とも言えなくもない。幸いなのは、今自
らが享受しているこの時を邪魔するものがいないということ、不幸なの
は彼女を見ても誰も驚いたり振り向いたりする人間がいないことだった。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/27(火) 10:32
今自分がいる世界は、まるでこの場所のように少女には思えた。
対岸に渡りたい人間はこんなとこには来ない。大して珍しいものもない。人々から忘れ
去られたような場所。最初にこの世界を垣間見た時は、こんな場所だとは思わなかった。
田舎の養成所からふとしたことで彼女たちと仕事をすることになり、そしてその輝きに
魅せられた。その頃だろうか、漠然と彼女たちと同じ場所に立ちたいと思ったのは。

けれど、自分が彼女たちと同じ場所に立って程なくして、あの時一番輝いていた人はい
なくなった。
別の先輩がテレビの中で流した涙は、同じ立場になってから1年経ってもなお戦力にす
らなっていないという現実を思い知らされた。そんなことを忘れて同い年の仲間とはし
ゃぐのは楽しい、けれどそれは待ち受けている現実からの逃避行為のようにも思えた。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/27(火) 10:32
冬の日は落ちるのが早い。
少し目を離していただけなのに、空の淵がもう黄色くなっていた。
やがて燃えるような赤になり、熱した鉄が少しずつ色を失うように夜がやってくる。
1日が終わる。今日一日という日が、崩れ落ちる。
夕陽は世界の死だ。太陽が沈む際に鮮血を撒き散らしてその残影を残す断末魔だ。
けれど、その悲惨な印象に反しオレンジ色が美しい。
世界が、黄金に染められたようだった。
遠くに見える高層ビルが、落ちかける太陽を反射している。
自分がいる世界は今まさに、そういう状況なのだろうか。
だとしたら、最後の美しさを放ち太陽は沈み、夜が来て世界は終わる。永遠の眠りにつ
く。
自分は、どこにいけばいいのだろうか。彼女の自問は、永遠に連鎖していくかに思えた。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/27(火) 10:33
「鞘師ー、こんなとこにいたの?寒くなるし、戻るよ」

遠くから、声がした。
彼女の先輩だった。突然いなくなったから、心配して探していたのかもしれない。

確かに、いつの間にか寒くなっていた。
頬に手をやると、手か頬か分からないくらいに冷たくなっている。
向こうの方で緩やかに流れている水が、赤くなった空とともに夕陽を映し出している。
あの水の中では、太陽は沈むことなくいつまでも輝き続けているのかもしれない。
そう思ったところで、少女はあることに気づく。
今この場所が夜になっている時、別の場所では朝が来ているのではないだろうか。当たり
前のことなのかもしれないけど、それは間違いようのない事実だった。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/27(火) 10:34
不死鳥は一日の終わりに炎を身を焼き、そして翌日また生まれ変わるという。
もちろん、自分たちが不死鳥だなどとおこがましいことを言うつもりはさらさらない。
けれど、何かの終わりが何かの始まりだということだけは理解できた。
一日が終わる。崩壊する。けれど、新しい一日が生まれる。始まる。

堤から立ち上がることは、簡単だった。
立ち上がることは簡単だ。立ち続けることは難しいけれども、それでも。
自分はいつまで両の足で立っていることができるだろうか。いつまでかはまったくわからな
かったけれど、立っていられる限りは、力の限り立ち尽くしたいと少女は願った。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/27(火) 10:34
先輩が、少女の手を取る。
手に吸い付くように、じんわりと暖かい。
少女は、その太陽のような暖かさに、少しだけ涙が出そうになった。

「今日だけは、りほりほって呼んでもいいですよ」

先輩に聞こえないように、少女は呟く。
沈みゆくオレンジ色が、二人の後姿を照らす。
二つの影は細く長く、どこまでも伸びていた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/27(火) 10:35
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/27(火) 10:35
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/27(火) 10:35
あした

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