04 追いかけて追いつめて
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:41
- 04 追いかけて追いつめて
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:41
- 「こちら現場。異常なし」
胸元につけたマイクに向かって小さく囁くと「了解」という声が右耳のイヤホンから聞こえた。
腕時計を見る。時刻は2時を過ぎたあたり。
吉澤はコートの襟を立て、携帯で話しながら信号待ちをしている女へと視線を戻した。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:42
-
容疑者の名前は高橋といった。
数年前に起きた、窃盗事件の罪に問われている。
犯行時は長く茶色かった高橋の髪も今では明るいショートカットになっていた。
しかし、いくら髪型を変えたところで高橋を追い続けていた吉澤の目は誤魔化されない。
携帯をポケットに戻した高橋の憎たらしいほどに可愛らしい横顔を見つめる。
「今日こそは身包み剥がして嫌というまで攻めてやる…!」
追いつめてはあと一歩というところで逃げられて。
それをひたすら繰り返していたこの数年間。
明日で時効を迎えてしまうのだ。今日、逃すわけにはいかない。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:42
- 吉澤は内に秘めた闘志がふつふつと沸いてくるのを感じた。
自然、握り拳に力が入る。
「吉澤さん、怖いです…」
隣にいた部下の田中が小さく怯えていた。
「失礼だな」
「いてっ」
田中を小突きながら、信号を渡り駅の方へと歩く高橋の後ろを見失わない程度に離れて着ける。
しばらく歩いていると高橋の姿が、そう広くはない公園へと消えていった。
「ちっ、厄介だな…」
この公園には簡単な遊具と小さなベンチがぽつぽつとあるだけで身を隠せる場所がほとんどないのだ。
隠れる場所がないと近づくことも出来ず距離を開けられてしまう。
細心の注意を払い、見失わないようにと小走りで後を追って公園の中に入る。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:43
- すると、前を歩いていた高橋が唐突に足を止めた。
突っ切ると思って足を速めていた2人は慌てて少し後方の茂みへと隠れる。
「ちょっ…」
「お前もうちょっと詰めろよ」
「無茶言わないでくださいよ。これで精一杯ですって」
小柄な田中は軽々としゃがんだが、そこそこ大きい吉澤にとっては窮屈なことこの上ない。
右肘で突付きながら文句を言うと、心底困ったような口調で田中が反論してきた。
だが、そんな言い争いをしている場合じゃないのだ、この状況は。
気を取り直しながら目線を上げると、立ち止まっていた高橋がなにやらごそごそと動き始めた。
「あいつ…何する気だ」
「電話、みたいですね」
高橋は携帯を取り出し誰かに電話をしているようだった。
同時に耳元のイヤホンから「容疑者はホテルへ向かう模様」と声が聞こえてくる。
「了解。どうやらもう行くらしいぞ」
小声でそう伝えると、田中は妙に神妙な顔で頷いた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:43
-
ホテルでの密会。
事前にリークされていた情報は間違いなく、予定通り行うらしい。
電話を切り再び歩き出した高橋を2人で追う。
先ほどより早足になった標的に合わせ足を速めたときだった。
吉澤の足がもつれ、転がっていた空き缶を蹴ってしまったのだ。
「やべっ…!」
カランという音が公園に響く。
前方を歩いていた高橋がパッと振り返り、こちらを見た。
大きく見開かれた目。
高橋の視線が吉澤の目と衝突する。
びっくりした顔が慌てて走り出した。
「…っ、待て!」
大声で叫びながらすぐさま2人も走り出す。
しかし、吉澤も田中も一瞬呆気に取られて足を踏み出すのが一歩出遅れてしまった。
その間に高橋と吉澤たちの距離がどんどん開いてしまう。
見かけによらず高橋は足が速い。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:44
- 「田中は向こうへ回るんだ!」
「よ、吉澤さんは?」
「こっちから追いつめる!」
2人で追うよりも挟み撃ちにした方が捕まえやすい。
手際の悪い部下に指示を出し、吉澤はスピードを上げた。
十数メートル先には、吉澤同様さらに加速した背中。
公園を抜け、大きな通りへ。
のんびり歩く通行人や自転車の合間を縫って高橋は逃げていく。それを吉澤は必死で追う。
平和な街中での女たちの追走劇。
過ぎ行く通行人は何事かと振り向いていく。
が、そんなことは気にしてられない。
ただひたすらに、走って走って追いかける。
大通りから商店街、そして狭い路地へ。
高橋の姿が裏道へと消える。
それを追って吉澤は勢いよく角を曲がった。
「っ!くそっ…巻かれた…!」
だがそこに、高橋の姿はもうなかった。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:45
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- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:45
- それから数十分後。
吉澤と田中。
2人はホテル街の入口にいた。
高橋を見失って落胆していた吉澤のもとに「ホテルへ入った」という連絡が入った。
別行動を取っていた田中と合流し、ここへやってきたのである。
「本当にここなんですか?」
「あぁ。どうやらもう中にいるみたいだ」
そう言って吉澤が指差した先はラブホテル。
昼間ということで派手な明かりこそまだないものの、やはりこの界隈全体がどこか異様な雰囲気である。
「ホテルで会合ってこんなとこだったんですね…」
「まあホテルには違いないからな」
顔を赤くしている田中とニヤニヤしている吉澤。
2人は対照的だった。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:46
- 「しかしまずいなぁ…まだ昼飯食べてないのに。体力持つかな」
再びその白亜の城を彷彿とさせる建物を見上げながら吉澤がぽつりと呟く。
隣にいた田中は何を言ってるんだろうという表情で背の高い吉澤を見上げた。
「うっし、突入するぞ」
振り向いた吉澤の目は真剣そのものだった。
「え、中入るんですか?」
「大丈夫だ。田中、お前はここにいて見張ってろ」
「で、でも…」
「部下の安全を守るのが上司の務めだ」
「吉澤さん…」
田中がホッとしたような情けない顔で吉澤を見つめる。
「ちょっと時間は掛かるかもしれないが」
ポンポンと頭を叩いてやると、田中の顔は複雑そうな表情に変わった。
大丈夫だという意味を込め吉澤はコクリと頷く。
その口元は少し緩んでいた。
そして吉澤の姿はその建物の中へと消えて行った。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:46
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- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:47
-
「はぁーあ」
吉澤が入っていくのを見届けた田中は溜息をついた。
恐らく今頃は、中で吉澤と高橋が揉み合っていることだろう。
…………違う意味で。
いや、ラブホテルなんだから、そっちが本来の意味だろうか。
「付き合ってられんっちゃけど」
うーんと背伸びをしながら建物を見上げた田中は誰に言うでもなく呟いた。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:47
-
なんてことはない。
デートなのだ、これが。
変人カップルの成りきりプレイ。
普通にワイワイキャッキャッとありきたりなデートをするのに飽きた吉澤と高橋が、
度々友人たちを巻き込んでこういう成りきりデートを楽しんでいるのだ。
高橋は犯人でもないし、吉澤は刑事でもなんでもない。
ただのバカだ。バカ2人だ。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:48
- こういう風に珍妙なデートを楽しむようになって早数回。
前回のデートは満員電車で痴漢から高橋を守っている振りをしながら吉澤が高橋に痴漢するというデートをしたと聞いた。
まったくもって変態的で不可解である。
巻き込まれた亀井は狭いところが好きだから楽しかったと言っていたが、同じく巻き込まれた新垣は疲れ果てていた。
その前は、吉澤がヒーローになりたいということで高橋を襲うチンピラ役を藤本に押し付け、
それをたまたま通りかかったという体の吉澤が見つけて颯爽と退治……なんてデートをしたと言っていた気がする。
そして今回は、刑事と犯人。
追走劇も全て茶番。
ただのバカップルの壮大な追いかけっこでしかない。
吉澤と連絡していた無線でのやり取りもすべて高橋だし、
吉澤にホテルの場所を教えてくれたのも逃走していた高橋なのである。
設定だけはこだわる吉澤曰く、高橋の罪名は「窃盗罪」らしい。
果たして一体、何を盗んだのか。
「それは私の心だ」
自信満々の笑みでそんな薄ら寒いことを言って、高橋はそれに感激していた。
吉澤も吉澤だが、高橋も相当のものである。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:48
- どうにも、気が狂ってるとしか思えない。
「馬鹿馬鹿しい」
どうせ2人は今頃この中で楽しんでいる最中だろう。
「この変態どもめ」
くるりと背を向け、田中はその場を後にした。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:49
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- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:49
- お
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:49
- わ
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:49
- り
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:49
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- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/18(日) 20:50
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