02 手芸部の憂鬱
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/02(金) 23:51
- 02 手芸部の憂鬱
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/03(土) 02:43
- 手芸部の活動拠点である家庭科室の片隅で、譜久村聖はため息をついた。
はたから見るとひどくアンニュイなその姿からは、中学生三年生という年齢には似つかわしくない色気が立ち上っている。
「なに暗い顔してんの?」
物思いにふける聖をひょいとのぞき込み、声をかけるのは生田衣梨奈。
衣食住に困らないように、と名付けられた彼女は、その衣を満たすために手芸部に所属──しているわけではなく、胃を満たすために家庭科室にいた。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/03(土) 22:26
- 調理部からおすそわけされたクッキーをつまみながら、聖とアイドルトークをする。
それは衣梨奈の週に一度の楽しみだった。
女性アイドルを愛好する友人、それも同性というのはなかなかおらず、互いに唯一の存在も言ってもいいほどだった。
聖もそう思ってくれているのではないか。
衣梨奈はそう感じていたが、どうやら現実は違ったらしい。
聖の隣に腰掛け、クッキーをほおばる。
テーブルの上に広げられたアイドルのムック本を、どこかぼんやりと聖は見ていた。
「このゆうかりんかわいいよね」
?ぼそりと言い、聖がひとつの写真を指す。
「あ、それもかわいいけど、次のページの」
「違うの!」
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 17:40
- 衣梨奈の言葉をさえぎり、聖が立ち上がった。
普段は聞くことのない聖の大声に、衣梨奈をはじめ、同じ部屋の対角線上で活動していた調理部の面々も呆気にとられる。
集団の視線に気づいたのか、聖は恥ずかしそうに咳払いをし、座り直した。
「どうしたと? 最近の聖、変だよ」
「だって私……もう、耐えられない」
「もしかして、まだあの人のこと」
「そう。変だよね。でも、会いたい」
調理部の男子生徒がしゃもじを取り落とし、スプーンを取り落とし、箸を取り落とした。週に一度の調理部と手芸部の活動が重なる日を心待ちにしていた彼らに、聖の言葉は少なからずショックを与えたようだった。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 17:41
- 「……もう一度でだけでいいから、お話がしたい」
切なげにそう漏らす聖。
その思い詰めた瞳の色に、衣梨奈の気持ちも揺れる。
「……もう忘れなよ。あんなロ」「違うもん!」
ここで涙目になられると弱い。
「ごめん」
思わず謝罪の言葉が口から出た。
「ううん。……私こそごめん、今日はもう、帰るね」
視線を伏せ、荷物をまとめて、そそくさと聖は帰ってしまった。
その姿が見えなくなると、謝ったもののやはり納得のいかないところもあって、徐々に腹が立ってきた。
あんな子ども好きのどこがいいんだ、聖には隠してたけどかなりの浮気者だぞ、と
ぶちぶちとつぶやきながら、衣梨奈はクッキーの残りをたいらげる。
それを聞いた周囲が騒然としているのにも気づかず、衣梨奈は携帯電話で、ある番号を呼び出した。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 17:41
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- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 17:41
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「で?」
いきなり呼び出されたかと思ったらその足で見慣れぬ土地まで連れてこられて
鞘師里保はやや不機嫌だった。
前を歩く衣梨奈の背中に話しかけたつもりだったが、聞こえているのかいないのか、反応はない。
「もう教えてあげたら?」
鈴木香音が間延びした声で言う。
香音は衣梨奈の意図を知っているらしい。しかし里保にはまだ知らされていなかった。
くるりと振り返った衣梨奈が、がしっと里保の肩をつかむ。
「聖のためやけん! ねえ里保、協力してくれるよね?」
「だからなにを?」
「言わない」
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 17:42
- 聖とも衣梨奈とも香音とも、幼稚園からの付き合いだ。
事態は飲み込めないが、聖のためと言われると邪険にするわけにもいかない。
イエスと返事をしたわけでもないのに、すいすいと歩みを進める衣梨奈について歩き、大学の門を抜ける。
勝手に入ってもいいのか、と思うのもつかのま、今度は顔だけで衣梨奈が振り返る。
「道重先生どこにいると思う?」
げ、と声には出さなかったが表情に出ていたようで、衣梨奈と香音に両側から腕をつかまれる。
「……離してよ」
「ダメ。里保、逃げるかもしれんし」
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 17:42
- そう思うなら連れてくるな、と思いつつ、引きずられるように歩く。
なぜ道重先生を訪ねる必要があるのか。
それがどうして聖のためなのか
里保の疑問には、香音がこたえてくれた。
今年の春に、4人の通う中学校に教育実習生としてやってきた道重さゆみ。
授業を持ったり、一緒に給食を食べたり、ということを里保のクラスでしていたが、
放課後には部活の顧問めいたことも経験し、手芸部も担当したらしい。
そこで、さゆみと聖は出会った。
聖曰く、運命を感じなければ嘘だ。
という出会いだったらしい。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 17:43
- 「あんなに、アイドルの話が合う人には会ったことがないって、聖ちゃんが言ってた」
ここで香音の話は締めくくられた。
「道重先生ともっかいアイドルの話がしたいんだってさー」
そう衣梨奈が補足し、里保にもようやく状況が把握できてきた。しかし。
「それで、なんで私を連れてこなきゃいけないの」
「もう、わかってるく・せ・に」
わざとらしく言葉を切って言う衣梨奈。
それを無視しつつ、里保も、わからないわけではない。
これ見よがしにため息をついてみせても衣梨奈はどこ吹く風だ。
実習中のことを思い出せば、さゆみに追いかけられたり、かわいいね、と
言葉をかけられたりは日常茶飯事だった。
そこから考えるとすると。
里保は、聖の願いを叶えるための餌だ。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 17:44
- 勢い込んでさゆみの通う大学に乗り込んだものの、衣梨奈はさゆみの
連絡先を知っているわけでもないらしい。
「いちおー生徒と先生だから、個人的に連絡先を教えるのはだめだってさ」
変なとこ真面目だな、と里保は思った。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 23:40
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- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 23:45
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「……今日も最後まで見られなかった」
目覚まし時計(2個目)を止めて、しばらくうだうだした後、聖は身体を起こした。
枕の下からハローチャンネルvol.5を引っ張り出し、本棚に戻す。
今夜のお供はどれにしよう。
思案し始めたところで、「起きなさい」とドアをノックされる。
「起きてるよお」
そう母親に言い返し、聖はあわてて制服を手に取った。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 23:45
- 終
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 23:46
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- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 23:47
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