01 向かい風に胸を張れ
- 1 名前:01 向かい風に胸を張れ 投稿日:2011/08/24(水) 21:16
- 01 向かい風に胸を張れ
- 2 名前:01向かい風に胸を張れ 投稿日:2011/08/24(水) 21:29
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――わたしは友だちを裏切り
重い罪を背負って荒野を歩いて
行かねばなりません――
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 22:49
- きっと何者にもなれないと思った。
厳しいレッスンを積んでも超えられない壁って、ある。なにが悪いのかわからない。あたしは必死だったし、学校以外の時間全部をレッスンに使っていたのかっていえばそんなことは無い。だいたいは移動時間で、そうでないときは待機時間で、きちんとレッスンを受けれることのほうが稀だ。でもレッスンは厳しかったし辛い。へとへとになるまで絞られた。声は枯れたし、ダンスシューズは何足も破けた。でも足りない。まだ足りない。何が足りないのか分からない。ただ、このままだとどこにもたどり着けない気がした。
「やめたいんです」
そう言ったの始めてじゃなかった。かのんにも言った。ゆうかにも言った。マネージャーさんにも言った。誰にでも言った。すごく面白い冗談みたいに言った。でも、あやちょだけには言わなかった。知ったら絶対許さないと思った、から。
「スマイレージになりたい娘はいくらでもおんねんで?」
つんく♂さんは静かにそう言った。怒ってなかった。けど冗談でもなかった。あたしは自分のクビをステージの上で知った。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 23:26
- つんく♂さんは、あたしたちのステージの上で、スクリーンの中で、まるですごく素敵なことであるかのようにそれを発表した。スマイレージ新メンバー募集。――スマイレージになりたい娘はいくらでもおんねんで?――頭がガンガンした。あたしの代わりだ。いなくなるあたしの代わり。あたし、きっとクビになる。立ちすくんで何もいえなかった。きっとそれは死刑宣告だった。
「ぜったいイヤッ」
言ったのはあやちょだった。あたしはぽかんとして、少し後ろから、あやちょのまっすぐに伸びた背中を見た。あやちょはいつもすごく姿勢がいい。
あやちょは絶対そんなこと言わないと思ってた。
「マネージャーさんは知ってるんですか」
「知ってたら、絶対許さない」
混乱したような誰かの、たぶんかのんの声がした。その信頼は胸に痛い。――スマイレージになりたい娘はいくらでもおんねんで――じゃあ、スマイレージじゃなくなっちゃうあたしは? きっと誰も守ってくれない。裏切ったのがあたしだから。
つんく♂さんは、あたしがやめることは口にしなかった。
そのことに、すごくほっとして、でもどうしたらいいのか分からなかった。居心地が悪い。感じたのはそれだけだった。
「これ以上年下が増えるのは絶対イヤッ。あたし面倒見切れない! リーダーやめるッ!」
「え、あやちょはリーダーやめたらだめだよっ?!」
マイクがオンになってるのにあやちょはそこまで言ってしまって、かのんが慌ててた。あたしは何も言えなかった。ゆうかは、どうでもよさそうにおっとりとなりゆきを見守っていた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/04(日) 23:57
- あやちょは絶対許さない。4人のスマイレージを壊したあたしを許さない。
「4人がいいんです。この4人じゃなきゃイヤなんです」
必死で訴えるあやちょのぴんと伸びた背中を見て泣きたい気分になる。あたしは4人じゃだめだった。ここじゃないと思った。どこか別の場所に行きたいと思った。ここじゃなきゃどこでも良かった。でも、言えなかった。これ以上年下が増えるのは絶対イヤ。あやちょの本音だった。あたしがあやちょに面倒をかけてるのは事実で、楽屋でもステージでも生スマでも喋りだしたら止まらないあたしとかのんを呆れたように見てるのがあやちょだった。やっぱりイヤだったんだ。知ってた。でも4人じゃなきゃ嫌だって。この4人じゃなきゃ駄目だって。そのなかにあたしも入ってるのかな。入っていていいのかな。どうしていいかわかんない。もう泣いてしまいたい。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/05(月) 00:36
- 新メンバーのオーディションの様子がマネージャーさんやスタッフさんを通して知る。事情を知ってるスタッフさんは、今ならまだ、やめるのをやめれるよって声を掛けてくれる。でもそんなわけにもいかないと思う。新メンバーが募集されてて、4人じゃなくなるスマイレージはもう以前のスマイレージのままじゃない。そこにあたしの居場所はきっとないんだと思った。
「だいじょうぶだよ。あたしたちはあたしたちだし、4人は変わらないから」
あたしが落ち込んでるのを、新メンバー加入のせいだって誤解したかのんが声を掛けてくれる。かのんはあたしと同じだ。みそっかすだ。スマイレージの中心はやっぱゆうかで、人気だって一番ある。次はソロでの活動も多くてリーダーのあやちょ。この二人がメインであたしとかのんはみそっかす。シンデレラの生まれかわりだなんで素で言っちゃって、キャラ作りの一種のジョークなのかと思ったら、いろんな人にツッコまれて本気で凹んでて、それでもシンデレラを手放さない純粋でおバカなかのん。少しは疑えばいいのにって思う。どうしてこのタイミングでハロの中でも割と大事めにされてるあたしたちに加入があるのか、とか。それを疑わないかのんだから、そんなふうに素直にあたしを励ませるんだろうけど。
あやちょは色んなことに手一杯みたいだった。激しく反発してしまったことで、色んな人から優しく柔らかく、でも諭されていた。
あたしたちはまるで壊れものだった。フラジールのシールを貼られた木製の木箱。だれもが爆弾みたいに扱っていた。特に素直に自分の気持ちを吐き出してしまったあやちょを。あたしは黙りこくっていた。ただ事情を知ってるスタッフさんだけが時折気を使ってくれて、あたしが辞めるんだと思い出させてくれた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/05(月) 01:14
- やめたくないなんて思わない。
あたしたちはレコード大賞で新人賞を取ったけど、℃uteやベリーズ工房と同じ、知ってる人は知ってるけど誰もが知ってるようなアイドルじゃない。CDの売り上げはやっと2万枚で、AKB48の1/50だ。モーニング娘。みたいに誰もが名前を知ってるアイドルにはもはやなれない。そんなグループでさえ、あたしはトップじゃない。限界はもう見えていた。何年経っても好転することなんてきっとない。やめたかった。ずっとやめたかった。あたしが、この程度だなんて思いたくなかった。スマイレージは、この程度でしかない“アイドル”だった。
「ちょっとだけ楽しみかも。ちょっとだけね」
もしかしたら何者かになれるのかもしれない、ゆうかが言う。楽しみ、とか全然思えない。かのんも、最初は後ろめたそうに、それからだんだんはっきりと、新メンバーが楽しみになってきたようだった。頑なに拒んでいるみたいだったあやちょも、ようやく受け入れようと努力しはじめたみたいだった。年齢が近いだろうしってことで顔合わせだけはされたモーニング娘。の9期メンバーが、問題児だって聞かされていたほどでもなくて、いい子たちだったから。ちょっと空気は変わっていた。
あたしだけが取り残されたままだった。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/05(月) 01:16
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◇
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/05(月) 01:31
- 「あたし、辞めるんだ。27日が最後」
新メンバーのお披露目も済んで初の生スマが終わって、解散間際に紗希が言った。
「え」
「うそ」
「やだっ」
「しぃっ。聞こえちゃうでしょ。新メンに」
三人の声が揃った。憂佳と私と花音。紗希は人差し指を立てて静かにするように求めた。
「なんとなくそういう気はしてた…」
憂佳が溜息のように言う。
「うそ。やだ。やめないで。なんで? ね、なんで?」
紗希にすがりつくように花音がせまる。服をぎゅっと握って子供みたいに駄々をこねる。紗希は困ったような表情で私を見た。そんな表情で見られても困る、と思った。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/05(月) 01:45
- 紗希は歯切れ悪く5月ぐらいからずっと考えていて相談していたのだと語った。
「え、じゃ…」
「うん。新メンが入るの、あたしのせいなんだ。あたしが辞めるから、補充って」
「そんな、5人じゃ全然足んないよ! サキチィがいいよ。サキチィじゃなきゃやだ」
「うん…」
「やめないでおねがい。あやちょもゆうかも何か言って! サキチィを止めてよぉっ!」
そんな涙でぐちゃぐちゃな顔で見られても困る、と思った。濡れた花音の頬を、横からハンカチで拭う。花音が先陣切って騒ぐから、私はすっかりタイミングを逃していた。紗希はどこまでも歯切れ悪く、もう決まったことだから、と繰り返した。おはガールも譜久ちゃんに引き継いだから、って。紗希が必死で言い訳してる間に憂佳と目配せした。憂佳が花音の肩を抱いて宥める。私は紗希の肩を抱いて楽屋から出た。そのままスタジオの外へ向かう。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/05(月) 01:50
- 「ごめん…」
ぽつん、と紗希が言った。
「なんで謝るの?」
「あやちょが一番、怒ると思ったから」
紗希が静かに言った。そんなふうに喋れることもできんだな、と思った。いつも早口で叫ぶみたいに落ち着きがない喋り方をしてるのに。
「なんで?」
「だって……あやちょが一番、スマイレージを大切にしてる」
「紗希だって」
「あたしが壊しちゃった。4人のスマイレージを。こんなふうになるって思ってなくて…」
紗希の語尾がかすかに震える。泣いてるみたいだった。苦手だなって思う。私は自分が感情的なくせに、他人の感情をぶつけられるのは苦手だ。
「こんなふうにって?」
「あたし、やめたいって言っただけだった、のに、つんく♂さんが…」
「ああ…」
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/05(月) 02:06
- 「あたしたち、4人で誰もいない場所へ来たよね?」
そういうと紗希はきょとんとした目であたしを見た。そういえば紗希はずっと黙っていた。あたしたちが新メンバー加入に反発してる横で、そっと黙り込んでずっと泣きそうな顔をしていた。しゅごキャラエッグから一番最後にチェンジするみたいにして入ってきた紗希は、新メンバーに自分の位置を脅かされるみたいで怯えてるのだろうと思っていた。思い込んでいた。どこに目を付けてたんだろ、私。
「モーニング娘。さんみたいに誰かがいた場所じゃなくて、誰もいないところ」
℃uteさんもベリーズ工房さんもそうだったけどそこには触れない。
「Ustreamの定期配信だって、他は誰もやってなかった。新人賞だって取れたし」
「うん…?」
「私、紗希とそこへ来れて良かったと思ってる。そのことは無くならないから。思い出は変わらないから。だから、覚えていて。これから来る子たちは皆、紗希の後を追ってくるんだよ。わかる?」
「……」
私の言いたいこと、ちゃんと伝わってるのかな。
紗希は泣きそうな表情をしてる。
でも泣いてない。
「紗希がいて良かった」
気付かなかった私が馬鹿だった。本当は花音のように泣き喚きたい。泣いてみっともなく引き止めてしまいたかった。でも、紗希に必要なのはそれじゃない。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/05(月) 02:07
- ○
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/05(月) 02:07
- ○
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/05(月) 02:08
- ○
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/05(月) 02:08
- ○
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/05(月) 02:10
- 向かい風に胸を張れ。
行く先が茨の道でも何も見えなくても、ただ――
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/05(月) 02:10
- 了
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