10 初恋
- 1 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:10
- 10 初恋
- 2 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:11
- 「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
と舞美ちゃん宛てのメールに一文字ずつ一文字ずつ指先で打ち込む授業中。
もうたまらなくなって、いてもたってもいられなくて、どうしようもなくて。
それだけじゃ我慢できなくて、周りのことも全部忘れちゃって、いつのまにか立ち上がってた。
「もう!」って言った気がする。
言ってないと思いたいけど、たぶん間違いなく大声で。
シーンとしている教室。
クラスメイトも先生もみんなが私を見ていた。
先生と目が合って、先生がそのまま何も言わずに背を向けて板書を続けると、
クラスメイトたちも私から視線をそらしてペンを走らせた。あるいはヒソヒソと。
「どうした中島〜」
などと先生が言って、教室が笑いに包まれる。
私という人はそんな光景を生み出すキャラクターじゃない。
- 3 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:11
- 舞美ちゃんは素晴らしい。
矢島舞美。
私の2コ上の先輩で、幼なじみで、というか私が一方的につきまとっていて、ずっと憧れだった人。
舞美ちゃんは完璧だ。
私は舞美ちゃんになりたかった。
きれいで、やさしくて、勉強ができて、運動ができて、何でもできる。
できないことなんて何もないんじゃないかってくらい、完璧な人。
太陽みたいな人。
神様みたいな人。
私は月だ。
いや、月だなんておこがましい。
すっぽんだ。
それくらい違う。
- 4 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:11
- もう一人、幼なじみがいる。
その人は、彼は、やっぱり私の2コ上で、舞美ちゃんと同い年で、
私と舞美ちゃんが幼なじみであるように、彼と舞美ちゃんも幼なじみだった。
幼稚園に入る前から知っている。
ずっとずっと前から知っている、私たち。
近所で、家族ぐるみで、もう一つの大きい家族みたいに。親戚みたいに。
私は彼のことが好きだった。
ずっと好きだった。
きっとずっと昔から好きだった。
私が犬に追いかけられて泣いて逃げてるのを助けてくれたときから好きだった。
私は彼と舞美ちゃんのあとをずっとついて歩いていた。
誰にも言わなかったけれど。
両親にも、友達にも、舞美ちゃんにも、彼にも、秘密だった。
憧れだった。
すごいなーって思ってた。
私はこんななのに、舞美ちゃんも彼もすごいなって思ってた。
だから私は好きだとは言えなかった。
だから私は努力した。
小学生のいつ頃だったかは覚えていないけれど、彼のことが好きだとはっきりわかった頃から、
私は彼の隣に立てる人になろうと思った。
後ろをついて歩くんじゃなくて、一緒に並んで歩けるように。
- 5 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:12
- そして、私には自信ができた。
今の私ならだいじょうぶだと思えた。
少しは舞美ちゃんに近づいた人になれたと思えた。
壊れることを恐れるよりも、努力が報われる瞬間だけを信じた。
ステキな未来を想像してニヤニヤできた。
「俺はおまえのこと、そういうふうには思えない」
世界が終ったみたいだった。
すべてが終わった。
「妹みたいにしか思えないよ」
わかる気はする。
そうなのかもしれない。
ペットみたいだって言われないだけまだマシだ。
だけど。
私は努力した。
私はずっと好きだった。
ずっとずっと前から好きだった。
何年も何年も前から。
ずっと。
問い詰めてしまった。
彼は誠実に答えてくれた。
そういう人だから。
はぐらかさずにちゃんと答えた。
彼は舞美ちゃんのことが好きだった。
ずっと好きだった。
舞美ちゃんが今みたいに、女神様みたいに美しくなる前から。
一緒にやんちゃに遊びまわってた頃から。
ずっと好きだった。
- 6 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:12
- 私は舞美ちゃんになりたかった。
舞美ちゃんみたいになりたかった。
でも、なれなかった。
私は舞美ちゃんにはなれなかった。
彼の好きな舞美ちゃんにはなれなかった。
私の好きな舞美ちゃんにはなれなかった。
私は私でしかない。
そんな言葉をカッコよく言える人ならいい。
私は私であることが嫌いだ。
自分なんて嫌いだ。
舞美ちゃんなんて嫌いだ。
舞美ちゃんを嫌う自分なんてもっと嫌いだ。
最低だ。
消えてなくなればいいのに。
死ね死ね死ね死ね死ね。
それは自分に向けた言葉だ。
メール文に打ち込んだ呪詛を消去する。
窓の外は雪が降りそうなくらいに寒々しい。
私は消えてなくなりたい。
雪みたいに溶けて消えてしまえばいいのに。
- 7 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:14
- ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
初 恋
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- 8 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:14
- 学校からの帰り道はやっぱり寒くて、冬みたいに寒くて、というかもう冬だ。
マフラーを巻いた首をすくませて、冷えきった手をコートの脇で温めるために腕を組んで歩く。
丸まった背中も相俟って、今の私を外から見るとトボトボという擬音がついているに違いない。
どうせ、そんな感じだ。
「なっきぃ!」
突然、丸めていた背中をバンッと叩かれた。
「うぼっ!」
私は丸めていた背中をまっすぐ伸ばす。というか伸ばされた。
二つの影が私の前に回り込んでくる。
「おー」
「うぼっ、でしたなあ」
「予想外でしたなあ」
ちっちゃいのと中くらいの。
千聖と舞だ。
近所の中学生。
去年までは同じ中学の後輩。
ちっちゃい方が年上の岡井千聖で、中くらいのが年下の萩原舞。
ご近所づきあいの結果、ちょっとかまってやったら絡んでくるようになって。
だから田舎は嫌いだ。
- 9 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:14
- 「どうしたなっきぃ、元気ないぞ!」
「おっさんみたいだったぞ!」
うるさい。
中学生のくせに、小学生みたいにうるさい。
うるさいから無視する。
二人のあいだを通り抜けて、腕を組みながらスタスタ歩き続ける。
「おい、無視か!」
「魚介のくせになまいきだぞ!」
うるさい。
なまいきなのはおまえらだ。
「これはもう、なっきぃじゃないな、なまいっきぃだな!」
「何それ〜、超ウケる〜」
ウケねえよ。
「あ、でもそれだと千聖、なっきぃの名前の中に舞の名前も入ってて、なんかヤだ。な、まい、っきぃ、って」
「あー、ほんとだ。舞ちゃんすごいね、よく気づいたね」
うるせえよ。すごくねえよ。どっか行けよ。
「でしょー。あ、あと、やっぱ、なんかっていうか、すっごくヤだ」
「ですよね〜」
「あら、わかりますぅ?」
「ええ、ええ、わかりますとも」
おほほほほ。
何がそんなにおもしろいのか、私のあとをついてきて、ああだこうだとギャーギャー言って笑いまくっている。
しつこい。
さすがに私の我慢も限界で。というか私は我慢のきかない人なので。
足を止めてぐるんと振り返った。
千聖と舞も止まった。
目が合った。
ほぼ同時にダッシュした。
「わー、なっきぃがキレたー!」
「こわーい! 魚雷みたーい!」
「逃げろーぃ!」
「ひゃっほー!」
- 10 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:15
- 逃げられた……。
家の直前だったのに、年甲斐もなく町内を走り回ってしまった。
私はゼエゼエと息を切らしながら、膝に手をついてうつむく。
気がつくと、お気に入りの黒いストッキングが伝線してた。
いつ、どこで。
もう、やだ。
なんかもう全部やだ。
「エラ呼吸が肺呼吸に地上で勝てると思うなよ!」
「おとといきやがれ!」
遠くから声が聞こえる。
クソガキどもめ。
呪殺ノートを作ったら真っ先に名前を書き込んでやる。ていうか、帰ったら作成してやる。
よし、決めた。殺す。
「楽しそうだな、早貴」
走り回っていたせいでドコドコいっていた心臓が、ドキンッと跳ね上がった。
荒い呼吸を止めようとしたら、鼻がンフーンフーいって逆効果だった。
恥ずかしい。
死にたい。
私は固まって動けなくなる。
顔を上げられない。
彼の足だけが見える。
逃げたい。
消えたい。
でも動けない。
- 11 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:16
- 「早貴」
彼が私の名前を口にすると、私の胸はキュッとなる。
彼の声は私の心臓をギュッと掴む。
そのまま握って離さないで。
そんな胸の疼きが心地良かった。
せつなくて、苦しくて、泣きそうで、だけど愛しくて。
ついこの前までは。
そうだった。
今はただ、痛い。苦しい。痛い。
「たっ……楽しいわけないでしょ」
「そうか」
「あたりまえじゃん。なに言ってんの。バカじゃないの」
「ああ、ごめんごめん」
「ごめんは一回」
「はいはい」
「はいも一回」
どうして話しかけたりするの。
無視してよ。
私なんてもう存在しないと思ってよ。
- 12 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:16
- 「なんであんたこんなとこにいるのよ」
「知りたい?」
「べつに。言っただけ」
「それはね――」
「無視すんな」
「ここが俺の家の前だからです」
「へ?」
「申し訳ない」
ああ、恥ずかしい。死にたい。消えたい。叫びたい。
「それと、どうでもいいけど、そんなんで汗かいて風邪ひくなよ」
うるさい。
うるさいうるさいうるさい。
私のことなんて心配するな。
どうでもいいなら言うな。
やさしくするな。
だったら風邪ひいて死んでやる。
パブロンエース一箱飲んで死んでやる。
「うるさい、バカ!」
私は逃げた。
「おい! 年上だぞ!」
いままでみたいに、何もなかったみたいに、普通に接しないで。
もっとぎこちなくして。
目をそらして。
言葉に困って。
追うのも私。
逃げるのも私。
何なの。
何なんだよ、私は。
バカみたい。
ほんと、バカみたい。
- 13 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:16
- ・
「そういうのって結局、時間が解決してくれるのを待つしかないんだよ」
愛理が言う。
河童絵柄のマグカップに淹れたココアをすすって、「んふー」と目を細める。
カッパのカップ。すごくない? おもしろくない?
と、会った初日に意味不明な自慢なのかよくわからないことを口走って笑っていた。
いや、つまんないから。
宇宙の真理のように当然なことを告げてやると、「うっ、うっ……」と泣きマネをしながらいじけてみせた。
変なやつ。
とりあえず、べつに河童はいいけれど、なんかキャラクターっぽいのじゃなくて、
リアルな妖怪みたいな感じの絵なのが、ひく。
よくそんなので甘いもの飲めるな。ていうか、使えるな。ていうか、買うなよ。
鈴木愛理は私の遠い親戚で、私の1コ下で、現在ウチに居候している。
私の家から徒歩5分の場所にデンッと建っている、有名な私立女子中学校に通うお嬢様だ。
お父さんはプロゴルファーで、お金持ち。
愛理がその学校に通うにあたって、最初は寮に入る予定だった。
シンデレラ城とかいわれている、中高合同の女子寮。
だけど、うちのお母さんが、「お金がもったいないからウチから通いなさい、近いし」
と説得し、現状となっている。
私と愛理が顔を合わせたのは、愛理がウチに単身赴任(?)してきたときが初めてだっていうくらい遠いのに。
しかも父方だから、お母さんにとってはまるっきり他人みたいなもんなのに。
そういう母親がいるから、きっと、たぶん、私があのクソガキどもに絡まれるみたいになってしまったんだ。
寮費程度のことなんて、お金持ちには関係ないだろうに。
ひょっとしたら、お母さんは愛理をウチに住まわせる代わりに、愛理の親からお金をいただいているんじゃなかろうか。
ひょっとしたら巧妙な悪い人なんではなかろうか。
などと思ってはみたものの、ウチの生活レベルは以前と変わりない。
貯金?
- 14 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:17
- 「年下のくせに何わかったようなこと言ってくれちゃってんのよ」
「だって、そういうものなんじゃないの? そういうのって」
「そういう、多すぎ」
「ごめんねー、ちょっとかけすぎちゃったかー。って、そりゃ醤油か!」
「つまんない」
「あはー」
強くなりやがったな、こいつ。
「だいたい、時間経ったらどうなんのよ、上手くいくわけ?」
「元通りになる」
「べつに元通りになんかなりたくないんですけど」
「相手の人はいままでと変わりなくやっていきたい感じなんでしょ」
「そんなの勝手すぎ」
「でもいきなり早貴ちゃんがぶつかってきてさ、事故みたいなもんだよね、あっちにしてみれば」
「私の告白は事故かよ」
「当たり屋だよね。自分から飛び出しておいて、ケガしたからお金払えって」
「何それ、怒るよ」
「じゃあもう言わなーい」
ずずずっ、ぷはーっ!
おおげさ。わざとらしい。変な子。でも可愛い。
顔はそんなすごくどうってわけじゃないのに、すごく可愛い。愛嬌がある。女の子だ。
女は愛嬌って言葉の意味が、この子を見て初めてわかったような気がした。
舞美ちゃんとはまた違うタイプの完璧な女の子。
私の世界ランクはなかなか上昇してくれる気配がない。
- 15 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:17
- 「人は忘れるんだよ。早貴ちゃんのその痛いのも、いつか忘れるの。
怒っていたことも、悲しいことも、嬉しいことも、楽しいことも、好きなことも、
薄れて、淡くなって、忘れる。そして、思い出になる。ほら、若いと傷の治りも早いっていうし」
「納得いかない。ヤだ。トラウマってのもあるでしょうよ。簡単じゃないよ」
「きっとさ、近すぎるんだよ。物理的な距離もそうだし。だからちょっと距離置いてさ、
だんだん、ゆっくり、気持ち整えていけばいいんだよ」
「愛理は」
「ん?」
「愛理は、お父さんとかお母さんとか弟とか地元の友達とか、薄れてってるの? 忘れるの?」
ああ、意地悪だ。私、意地悪だ。嫌い。
「あー」
「や、べつにいいよ、答えなくて」
「それはやっぱり、言われてみれば、そういうとこもあるかもしれないけど、家族とは会おうと思えば、
いつでもってわけじゃないけど、会えないことはないし、電話とかもしてるし、休みのときに帰ったりするし。
それに、忘れたいことじゃないからさ。早貴ちゃんの話とは違うもーん」
「そうですね。私が悪うございました」
「でも、もしも今が続けば、忘れちゃうのかな。考えなくなるのかな。今が楽しいからさ。
最初のころは寂しいとかもあったけど、新しい生活にも、場所にも、人にも、慣れたし。
私って薄情なのかな」
「それがさっき愛理が言ってたことでしょ」
「そうかな?」
「そうなんじゃないの。っていうか、なんで私が擁護してんのよ」
「べつに忘れようと思っていないのにそうなるなら、ほら、早貴ちゃんならもっと早いって」
「でも、忘れようと思えば思うほど、忘れたいことをずっと思い続けることになっちゃうだろうし」
「あー、あるある」
「やっぱり自然に、いつのまにかに、時間に任せるしかないのかな」
だからなんで立場逆転してんだって。
「難しいね」
「それ、私のセリフ」
「んふふふふー」
- 16 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:18
- ・
「早貴!」
学校からの帰り道。またもや丸めた背中をバコーン!って叩かれた。
「いぎっ!」
何なんだ、まったく。何なの、この扱い。
私はぎろりと後ろを振り返る。
そこには、舞美ちゃんの満面の笑みがあった。
本当に満面、余すところなく笑ってる。
私は脱力する。
「なんだ、舞美ちゃんか」
「なんだって何さー」
すごい。
すごい笑顔。
キレイ。カワイイ。キラキラしてる。
なんていうか、無敵だ。
純白の太陽。私の女神様。
勝てないよ、こんな人に。
憧れてるだけだったらよかったのに。
それだけなら、こんな気持ちにならずに済んだのに。
「っていうか、痛い。舞美ちゃん力強すぎ」
「そんなことないでしょ。おおげさだなあ、早貴はー」
ああ、ダメだ。
今の私、ダメだ。
舞美ちゃんの顔を見れない。
顔を見たくないし、声も聞きたくない。
そんなのイヤなのに。
そんなふうに思うの、すごくすごくイヤなのに。
- 17 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:19
- 「早貴さー、最近少し元気なさそうだからさー、気になって」
それ以上は言わないで。お願い、離れて。私にかまわないで。
「そんなことないよ。べつにいつもどおり。寒いだけ」
「そうかなー?」
「そうだよ」
「一応、私、早貴とは付き合い長いんだよ」
「へー、知らなかった」
「もう! そんなこと言うんだったら、早貴の恥ずかしい思い出、片っ端から言っちゃうぞ」
足が止まる。
がんばれ、私。
「ん? どうした?」
がんばれ、がんばれ、がんばれ、がんばれ。
「なんでもない……。ごめん、ちょっと先、行ってて」
「でも」
「いいから。だいじょうぶだから。何でもないから。ごめん。お願い」
「…………うん。わかった」
舞美ちゃんはしぶしぶと了承してくれる。
遠ざかる足音。
私は耳をふさぎたい。
うずくまりたい。
うずくまって泣きわめきたい。
感情を全部言葉にしたい。
舞美ちゃんに全部ぶつけてしまいたい。
我慢しろ。
うつむいて、目を閉じて、呼吸を整えて。
落ち着け。
- 18 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:19
- 舞美ちゃんはやさしい。
やさしいだけじゃない。キレイなだけじゃない。勉強やスポーツができるだけじゃない。
いつでも他の人を気遣うことができて。ヒロインっていうよりヒーローみたいな人で。
だけど女の子で。とても可愛らしくて。天然で、危なっかしくて、だけどしっかりしてて。
すごい人。
私の憧れの人。
私の大好きな人。
嫌いになんてなれない。
嫌いになんてなりたくない。
完璧さを妬んでみようとしても、その手の感情はすべて自分に跳ね返ってくる。
舞美ちゃんを嫌うような人間は悪人だ。
舞美ちゃんは善良で、正しい。いつだって。
鈍感な人間じゃなければ、舞美ちゃんを嫌うことは自分の醜さに気づくことだと知っている。
舞美ちゃんを嫌いになるということは、より大きく自分を嫌いになるということだ。
醜く汚れた黒い泥沼。
ずるいよ。
- 19 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:20
- 足音。
息遣い。
「早貴」
なんで?
「やっぱ気になる」
なんで戻ってくるの?
「ほっとけない」
「ほっといてよ!」
もう、泣かずにはいられなかった。
叫ばずにはいられなかった。
私は弱い。
こんなに弱かったんだ。
こんなに情けなくて、恥ずかしくて、惨めな人間だったんだ。
教室でだって、道端でだって、すぐに周囲を見失って。
折れた心から噴き出した言葉を声にして。
大好きな人に向かって。
「なんにも知らないくせに! わからないくせに!」
「うん。だから、私は、早貴のこと、もっと知りたい」
「それがわかってないんだよ! 舞美ちゃんが私のために何でもできるとか思わないで!」
「できるかできないかは、聞いてみないとわからないよ」
「もうウザい! 嫌い! かまわないで! ほっといて! どっか行って!」
「イヤだ。絶対、イヤだ」
- 20 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:20
- 私はわめく。
私は弱い。
舞美ちゃんは強情。
舞美ちゃんはやさしい。
そんなのは私のためじゃないと言ったら、舞美ちゃんは自分のためだと言い、
そんなのは勝手すぎると言ったら、舞美ちゃんはそのとおりだと言い、
舞美ちゃんなんか嫌いだと言ったら、舞美ちゃんは私のことを好きだと言う。
何を言っても受け止めて、跳ね返してくる。
バカって言ったら、バカだもんって言う。
舞美ちゃんには勝てない。
こんなのってない。
もうイヤだ。
「あいつは私じゃなくて舞美ちゃんのことが好きなの! そんなの、誰にもどうにもできないじゃない!」
言ってしまった。
でも、止まらない。
私が満を持して彼に告白したことを。そして、フラれたことを。
彼がずっと前から舞美ちゃんを好きなことを。
もう以前のような関係を続けてなんかいけないことを。
告げ口するみたいに、わめいた。
私の痛みを、舞美ちゃんになすりつけるみたいに。
最低だ。
終わったんだ。
みんな仲良しの楽しい時間はおしまい。
壊したのは私。
一人で突っ走って、飛び出しちゃいけないところに飛び出して、大事故。
他の誰も悪くないのに。
私一人のせいで。
さすがの舞美ちゃんも黙った。
受け止めるものが大きすぎて、簡単に返すことができない。
私は言いたかったことを全部言い切って、吐き出して、逃げた。
また逃げた。
舞美ちゃんを一瞥だってしなかった。
怖かった。
イヤだった。
もう、過去なんて見たくなかった。
すべて終わったんだ。
- 21 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:21
- ・
おばけを怖がる子どもみたいに、布団の中でうずくまる。
私はたったの一週間で、十年以上もずっと大好きだった人をふたりも失ってしまった。
壊すのは簡単だ。
作ったり築いたりするのはとても時間がかかるのに、壊すことはあまりにも簡単だ。
だからみんな慎重に生きてる。怖がってる。作り上げたものを守ろうと必死になってる。
そんなことくらい私だって知ってるのに。わかってるのに。
あさはかすぎて、バカすぎて、今はもう涙も出ない。
このまま夜の暗さの中に溶けて消えてしまえればいいのに。
明日の朝には布団の中で丸まった石ころになってしまえばいいのに。
私の願いは叶わない。
私の想いは届かない。
朝が来る。
私は動けない。
私の体は動かない。
心は苦しさに塗り潰され、意識は呆然としている。
もう、いい。
何もしたくない。
何も考えたくない。
このまま、死ぬまで横たわっていればいい。
どうでもいい。
もう、何もかもどうでもいい。
- 22 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:21
- ・
「風邪だね」
温度計を見て愛理が言う。
「違う……。死に至る病だよ……」ゲホッゲホッゴホッ
「なんだって死に至るよ。風邪ひいたって、石に躓いたって」
「うー……」
「おかゆ作る?」
「なんで愛理が私の看病してんのさ……。お母さんは……」
「フラメンコのレッスン行くからよろしくって」
なんてやつ。
「私は今日休みだけど、早貴ちゃんは違うでしょ。残念だったね、皆勤賞」
「べつにいいよ……。そんなの最初からどうでもいいし……、もう何もかもどうでもいい……」
「わお、かっこいー。その気持ちのまま詩とか書いたら。太宰治みたいになるかもよ」
「誰それ? っていうか、バカにしてるでしょ……」
「してないよぉ〜」
と愛理は目をそらしてニヤつく。ぐふ、ぐふふふ、って変な笑い方する。
「治ったら復讐してやるから……」
「うん。待ってる」
- 23 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:22
- ・
目が覚めると、熱は少し下がっているようだった。
とにかく汗をかけと、愛理にぐるぐる巻きにされたのが効いたのか。あと、パブロンエース。
とりあえずハンパなくべっちゃべちゃなので、着替えくらいしようかと体を起こした。
まだ熱のせいでぼんやりとはするけれど、体を動かせるくらいには復調しているようだ。
咳もあまり出ない。
やっぱり心も体も、時間が経てばどうにかなるのかな。良くなるのかな。
机の方で何かが動いた。
愛理かな、と思って、若干痛む首をまわして視線を移した。
「なっ!?」
「おせーよ」
「なんであんたがここにいるのよ!」
「知りたい?」
「お見舞い」
「正解」
「来んなよ。つーか、よく来られるね。どういう神経してんの」
「早貴のことが心配だから」
ヤだ。
ほんと、ヤだ。
心臓が跳ね上がって、顔が熱くなって、呼吸が苦しくなる。
こんなのお見舞いされて、風邪にいいわけないじゃないか。
- 24 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:22
- 「心配なんかしないでよ」
「それは難しいな」
「ねえ、あんた自分の立場わかってる? 私の気持ちとか考えてる?」
「そこそこ」
「がっつり考えろよ。っていうか、ほんとマジありえないから」
「何が?」
「私の口から言わせる気? こいつマジ最悪。最低。クズ人間」
「まあ、その件に関しましては、俺も今日、ひとつ報告がありまして」
「どの件よ」
「舞美にフラれた」
まあ、口ぽっかーんってなるよね、この場合。
そのあとに訪れたのはショックで、「なんで?」っていう疑問。
舞美ちゃんとすごくお似合いだとか思ってたのに。
だからしょうがないとか思ってたのに。
そういうふうにあきらめようとしてたのに。
ちょっと、何してんのよ。フラれんなよ、バカ。
- 25 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:22
- 「早貴にはさ、俺を好きだった気持ちを後悔してほしくない」
「いきなり何カッコつけてんの。ウザいんですけど」
「俺が舞美に言われたこと、そのままおまえにも言ってみた」
なんだよ。
「じゃあ、今の撤回」
「なんだよ、舞美ならいいのかよ」
「あたりまえじゃん」
「まあ、だよな。しょうがねえよな。あいつカッコいいもんな。憧れるよ」
彼は自嘲気味に薄く笑う。
「でもさ、こっちが何も言ってないのにさ、あっちからフッてくるとかひどくね?」
「え? あんたが告白したんじゃないの?」
「言わねーよ。言うかよ、そんなの。呼び出されて何言われるのかと思ったらだよ」
あ、なんかやばい……。
「おまえのせいだ」
やっぱり?
「ったく」
「ごめん……」
なんで私がこいつに謝らなきゃならないんだろう。でも、しょうがないか。実際、私のせいだし。
「ま、そもそもは、俺がおまえに言っちまったからだけどな。ずっと言うつもりなんかなかったけど、
誰かに知ってもらいたかったってのはあるかもしれない」
「その相手が私ってのが最悪なんですけど」
「だよなあ。っていうか、おまえがすごい剣幕で問い詰めたからだろ」
うっ。その通りです、ごめんなさい。
はぁ……。
と二人して溜息をつく。
ちょっと静かになって、それがなんだか妙におかしくて、また今度は二人して笑う。
- 26 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:23
- 「おまえの気持ちはわかる。俺も知ってる。似た者同士だ」
「違うよ。ぜんぜん違う」
私は口を尖らせる。
「私はあんたが舞美ちゃんを好きな年数よりも、もっとずっと好きだったんだから」
ふてくされて、ぶっきらぼうに。
彼は笑う。
「なに笑ってんのよ」
「ごめん、なんか嬉しくて」
「嬉しいんなら私とつきあいなさいよ。どうせ舞美ちゃんにもフラれたんだし」
「ごめん、無理」
「無理とか言わないでよ。また傷つくでしょうが」
「しょうがねえじゃん。無理なんだもん」
妹だもんね。身内だもんね。そういう気持ちになれないんだもんね。
時間の積み重ね方が、私とあなたでは違う。
お互いに見ている場所も、角度も、気持ちも違う。
だけどね。
「じゃあ、私とデートしなさいよ」
「何の、じゃあ、だよ。何の」
「いいの! 私がしたいようにするの!」
「どこの中島早貴様だよ」
じゃあ――
新しい時間をこれから作っていけばいい。
私たち、変わったでしょ?
いままでと違うでしょ?
さっきまでとは違う。
時間は忘れるためだけにあるんじゃない。
愛する気持ちだって育てられる。
私は往生際が悪いんだ。しつこいよ。
- 27 名前:初恋 投稿日:2010/12/12(日) 21:25
- 「なあ、早貴」
胸は、ズキッてならない。
痛くない。苦しくない。ちょっとせつないけど、それはずっと前から知ってる。
いつかこの気持ちは消えるのかな。忘れるのかな。
それとも、いままでよりも、今よりも、もっと大きくなるのかな。
「着替えなくていいの?」
「誰のせいだよ!」
枕を投げつける。
「おふっ!」
「バーカ!」
ベッドから降りる。
「じゃあ、日曜日ね。っていうか、明日か」
「勝手に決めんなよ」
「イタリアンかなー、中華かなー。ああ、やっぱ全部にしよっ」
「おい、コラッ」
「早貴様の言うことは?」
「絶対じゃねえよ! 絶対に絶対じゃねえ!」
「んじゃ、シャワー浴びてくるから、覗かないでよ」
「死ね」
「死なねーよ!」
部屋を出て、ドアを閉じる。
ひとつ息を吐く。
歩き出す。
振り返らない。
前を見る。
さよなら、私の初恋。
こんにちは、また明日。
________________________________(了)
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