07 その瞬間のために
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:05
- 07 その瞬間のために
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:05
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某年某月某日、海の近い某所にて、
主として女性芸能人が参加するフットサル大会が開催されていた。
その中でもっとも多くの脚光を浴びていたのが、
主としてハロープロジェクトに所属するメンバーで構成されている
ガッタス・ブリリャンチス・H.P.だった。
彼女たちには熱心なファンが多く、
ゆりかもめやりんかい線に乗ってわざわざ試合を見にくる者多数いた。
テレビやコンサートでは、はるか遠くの彼女たちしか目にすることができない。
せいぜい、CDをたくさん買って、なんとかして握手会に参加することでしか、
あるいは大枚をはたいて旅行会社の思惑に乗せられることでしか、
間近に彼女たちを見ることができない。
だから、陸上競技場でサッカーをするわけではないフットサルの大会ならば、
網越しとはいえ手の届きそうなところで、
ボールを無心に蹴っているその御姿を拝することができるのだ。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:06
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この日も、そんな彼ら彼女らが大挙して押しよせていた。
多くの視線がフットサルコートに注がれ、どこかで車のタイヤが破裂した音くらいでは、
観客の視線をそらせることはできなかった。
ガッタス・ブリリャンチス、日本語で「輝ける猫たち」のメンバーについては、
とうにご存じのことだろう。
盤石の信頼をよせるキャプテン吉澤ひとみ、
貪欲にゴールを狙う藤本美貴、
負けん気としつこいマークが身上の石川利華、
チーム一のムードメイカー辻希美、
鉄壁のゴレイロ紺野あさ美、
ゴール前で敵の攻撃をがっちりと受け止める里田まい、
正確無比なキックインで相手を混乱に陥れる柴田あゆみ、
絶対的なエースストライカー是永美記。こ
こう述べるとまるでプロのサッカー選手のようだが、
彼女たちは紛うことのないハロープロジェクトのアイドルだ。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:07
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複数のテレビカメラが常に彼女たちを捉えている。
パスがつながるたびに、シュートを放つたびに、ボールをキャッチするたびに、
歓声がコートを埋め尽くす。
熱狂が風に乗り、冷えた空気を常に熱し続けている。
フットサルのボールを中心に、彼女たちは目に見えぬ翼をはばたかせ、宙を舞っていた。
かような空間と時間の中で、
けして許されることのない大罪が犯されようとは、誰が予想しえただろうか?
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:07
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それはまさに、ガッタス・ブリリャンチスの、
いや芸能人フットサルの象徴といえる吉澤ひとみが、
ゴール前で右足を振りぬき、ゴールネットを揺らした瞬間に起こった。
すぐに藤本や石川が駆けより、吉澤は満面の笑みでこれを迎えた。
ゴレイロの紺野までもがハイタッチをしにきた。
興奮は瞬時に観客席を席捲した。
ボールがゴールラインを通過すると、これを待ち構えていた観客たちは即座に立ち上がり、
日本語の体をなさない怒号とも悲鳴ともつかぬ咆哮を喉の奥から振り絞り、
両手は脳からの信号をすべて拒否したかのように秩序なく振り回された。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:07
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それはわずかな時間のことだった。
試合はすぐに再開される。
フットサルのゲーム中の時間は、審判の手の内にある。
だが、プレイヤーとそれを見守る群衆は、
この刹那に満たない時を堪能することを待ち続けていたのだ。
それは、前後半合わせて十分の試合の中で、二度三度あるかないかという体験だ。
ひょっとしたら一度も味わうことができないこともある。
だからこそ、毫もないその時に比べたら永遠とも思える間、
息をひそめ眼だけを獣のように光らせ続ける。
だからこそ、そのわずかなひとときが、悠久のごとく引き伸ばされ、
永遠に等しい瞬間たりうるのだ。
吉澤たちは歓喜の輪をすぐに崩し、自陣に戻っていった。
それに呼応するように、全ての観客たちも静かに腰を下した、はずだった。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:08
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コートと観客席を隔てる緑色の網の向こうで、一人だけ立ち尽くしている男がいた。
よれよれになりかかったオレンジ色のTシャツが上着の中に見えることから、
ガッタス・ブリリャンチスを応援していることは明らかだった。
隣にいた客が、他の観客の迷惑にならぬよう諭そうと、肩に手を置いた。
その男は空気が抜けた風船のようにへなへなと崩れ落ちた。
何らかの異変が起こったことが、周辺に伝わっていった。
ゲームはすでに再開されている。
ゲームに注視する者、倒れた男から目をそらすことできない者が入り混じり、
観客席は騒然とした雰囲気に包まれていった。
その混乱はすぐにコート内に伝わり、審判は笛を鳴らして試合を中断した。
フットサル大会の関係者が数人、その様子を見に行くことを確認してから、
審判は再開の笛を吹いた。
コート外の時間は、審判の裁量外だった。
男の体はすぐに外へ運び出され、
残された観客たちは安心してゲームの時間に己の身を没入することができた。
永遠の刹那を再び味わうことを夢見て。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:08
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大会が終わり、刹那の時は終わりを迎えた。
だが愉しみはこれで終わりではない。
反省会という名の打ち上げが、大会スポンサーの経営するレストランで行われた。
コーチやチーム関係者も参加し、
今日のチームの出来や次の大会に向けての目標を謳いあげた。
レストランで吉澤たちはコーチと別れ、別の居酒屋に入った。
この二次会に参加したのは、吉澤、石川、藤本、里田、是永の五人だった。
辻や紺野らは翌日の仕事のために、
恨めしそうな顔をしながらマネージャーに手を引っぱられながら去っていった。
是永は、遠慮して帰ろうとしたところを無理やり吉澤が招き入れた。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:09
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そこで話し合われたことは、
彼女たちのプライベートに関わる部分の比重が大きかったため、詳細は割愛する。
問題は、吉澤が試合中に起きた観客席での異変についてふれたことから始まった。
石川や藤本は、客の一人が体調不良で搬送されていったとしか
聞いていなかったのだが、吉澤は大会関係者からあらましを聞きつけていた。
なぜ吉澤にそんなことができたのか、
おそらく大会関係者も「芸能人フットサルの象徴」の懇願を
無下に拒否することはできなかったのだろう。
吉澤の話によれば、男は脇腹にナイフを深々と突き刺されていたという。
ナイフは引き抜かれていなかったため大量の出血はなかったが、
細身だが身の長いナイフの刃は確実に内臓を傷つけ、
そのショックで被害者は死に至った。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:09
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石川が問う。
何百もの人間がいる中で、誰にも気づかれずに人を刺し殺すことが
果たして可能であるのだろうかと。
吉澤は答える。
何百もの人間のいる中でこそ、人を容易に殺すことが可能なのだと。
一対一であれば、よもやもすれば相手は警戒するかもしれないし、
警察も容疑者を簡単に絞り込むことができるだろう。
これは古の書物にも箴言として記されていると。
藤本が問う。
ナイフで刺されたのであれば、即死に近い状態であったにしても、
叫び声やそれに類する言葉を発することだろう。
隣にいた誰かが犯人だとしても、別の周囲の人間に聞こえているはずだ。
それとも周りの人間すべてが共犯なのだろうかと。
吉澤は答える。
刺し殺した瞬間は、彼女がゴールをあげたときであり、
そのとき観客の怒号がそこかしこに充満していたがゆえに、
被害者の悲鳴は誰にも聞こえなかったのだろうと。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:10
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里田が問う。
それでは、被害者の横にいた客が犯人ではないか。
脇腹を刺した方向にいる者でなければ、刺すことは不可能ではないかと。
吉澤は答える。
被害者が座っていたのは客席の左端であり、刺された腹も左側である。
すなわち階段状の通路側からナイフが刺されているのであり、
誰にでも刺すことができた状態にあったと。
是永が問う。
そうであるならば、警察が十分に調査しなければ犯人逮捕は覚束ないのではないか。
それなのに大会は何事もなかったがごとく進められ、
自分たちはおろかあの観客の群れも事情聴取を受けた様子はない。
これはいったいどのような事情があるのかと。
吉澤は答える。
問題の試合の終了後、話を聞いた吉澤が「犯人」を突き止め、
大会関係者を通じ警察にその真相を話したからだと。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:10
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四人が声を揃えて驚嘆の声をあげる。
何故如何と。
吉澤は答える。
芸能人フットサル大会では、入場時に綿密な手荷物検査が行われる。
カメラの類は一時預かりとなり、携帯電話での撮影も厳しく戒められている。
いわんや、ナイフのような凶器を荷物に忍び込ませることは不可能であると。
石川は問う。
ならば、くだんのナイフはどのようにして場内に持ち込まれたのかと。
吉澤は答える。
手荷物検査は受けたが、空港の入場のごとき身体検査までは実際には受けていない。
すなわち、体にナイフをつけた状態で中に入ったのだと。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:10
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藤本が問う。
それならば誰にでもナイフを持ち込むことは可能ではないかと。
吉澤は答える。
誰でも可なり、だが実際に実行に移す時には躊躇いを覚えるだろう。
実際には手荷物検査しか行われなかったとはいえ、
身体検査が実施される可能性はなきにしもあらずなのだから。
つまり、ナイフは意図的ではなく偶然に観客席に持ち込まれたものであると。
里田が問う。
偶然は如何にと。
吉澤は答える。
被害者はナイフを腹に突き刺された状態のまま、場内に入ったのだと。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:11
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是永が問う。
そのようなことは可なりかと。
吉澤は答える。
ナイフを刺されたまま人間があちこち歩き回った事例は世界中にごまんとある。
もしかしたら被害者は刺されたことすらわからないまま、中に入ったのかもしれない。
被害者の体型については吉澤は未確認だが、
ナイフは内臓に達せず、腹部の脂肪にとどまっていたのかもしれない。
試合に夢中で、痛覚すら鈍っていたのかもしれない。
ところが、吉澤がゴールを決めたその瞬間、被害者は喜びのあまり急に立ち上がった。
そのときナイフの刃が体内を切り裂き、不運にも内臓を傷つけてしまったのだと。
四人は沈黙する。
吉澤はビールで渇いた喉を潤す。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:11
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このようにして、永遠の刹那に、
歓喜と悲劇が同時に起こったことが白日の下に晒された。
それでも人間は、苦行僧のごとく、
あるかどうかも曖昧な瞬間を夢見て彷徨い続けるのだろう。
報われるかどうかもわからないまま、永遠を疑うこともないまま、
その瞬間を渇望し続けるのだろう。
それがこれまでに幾度なく繰り返されてきた、私たちの歴史なのだ。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:12
-
N.A
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:13
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- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:13
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- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:13
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- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:13
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- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 22:13
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