17 あの川を渡ろう

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/27(金) 23:34
17 あの川を渡ろう
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/28(土) 00:22
夢なら早く醒めて欲しい。
亀井絵里は強くそう願った。けれどそう簡単にことは運ばない。

目の前の川が三途の川、と呼ばれるものであることは彼女自身、理解していた。
けれどもそんな実感はまるでない。
隣にいる道重さゆみのせいなのかもしれない。
彼女とならこの川を渡れそうな気がした。

道重さゆみは、この目の前の川を渡る時にお気に入りの靴が汚れないか。
靴の中に変な虫が入り込んで来ないか。泥まみれにならないか。
そんなことばかり気にしていた。
隣を見るといつものへらへらした絵里。
彼女とならこの川を渡れそうな気がした。

田中れいなは、とりあえず川を渡れば何とかあると思っていた。
川を渡る。ただそれだけのこと。
そこには計算も深慮も周りへの配慮も何もなかった。
あたしが渡ればさゆも絵里もついて来る。
確信を裏付けるべき根拠は何一つない。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/28(土) 00:22
三人は三者三様の思いを抱いて川に足をつけた。
その瞬間、温度の低い思いに思考を絡め取られる。
とにかく視界が悪い。向こう岸すら見えないのだ。

やっぱり引き返したい。道重の意図を汲み取ったのか、
「さゆ、やっぱ戻ろうか?」
亀井は道重の手を取り進路を戻そうとした。
「れいなはまだまだ平気やもんね!」
お前には聞いてねえよ。
道重は空気の読めない田中を心のなかで罵った。

田中の空回りはともかく、引き返したところで振り出しに戻るだけ。
三途の川の先は天国か地獄か、それすらわからない。
それでもさゆみは答えを知りたかった。
「絵里。進もうよ」
「さゆがそう言うなら……」
「ねえ、れいなは? れいなは?」
鬱陶しい。
道重は右の拳に全体重を乗せて、田中れいなの鼻をグーで殴った。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/28(土) 00:23
田中の鼻から流れる血が、どこからか漏れ来る光に照らされて川面に流れる。
白線流しのようにひらひらと水面にたなびいていた。
足元を流れる流水は瞬く間に彼女たちの体を冷やした。
魂さえも凍らせるような寒さだと道重は思った。
亀井も、田中も、それぞれに顔をしかめ、唇をかみ締めていた。
それでも、前に進まざるを得ない。
三人は無言のまま、流れの真ん中へと歩いていった。

それからしばらく歩いた後、
「あれ、向こうから何かが流れてくる」と田中が言った。
鼻血は既に乾きかさぶたを作っていた。
二人が川上に目を向けると、果たしてそれはこちらに向かって流れてくる。
丸太のように流れてきたのはジュンジュンとリンリンだった。
額にキョンシーのように御札が貼られている。すでに、事切れていた。
「そんな、ジュンジュン、リンリン」
「絵里たちもこうなるのかなあ」
亀井の一言は三人を現実に引き戻すには十分だった。

「大丈夫、れいなたちは大丈夫だから」
また田中の空元気。
いいから根拠を示してみろよ。
道重はそう言いたかった。でもさっき殴ったばかりなのでやめておいた。
「だってれいなは無事に帰る方法知ってるもん!」
「本当?」
「うっそーん!」

道重は再び右の拳に全体重を乗せて、田中れいなの鼻をグーで殴った。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/28(土) 00:23
ジュンジュンとリンリンを開放して川下へ流すと、三人はまた川向こうへと歩き始めた。
後ろから田中のすすり泣く声が聞こえて鬱陶しかったが、道重は黙って歩いた。
集中、集中しないと。
亀井は足元を流れる水の音だけに意識を集中させた。
そうでもしないと、川の流れに流されそうだったから。
田中は殴られたのが悲しかったのではなく、二人の冷たい仕打ちに泣いていた。
けれどそれが亀井と道重の心に届くことはなかった。
田中は無事に帰ったら三人で焼肉を食べようと思った。

「あっ」
そんな中、田中がまた声をあげた。
彼女の話によるとはるか向こうに光が見えるらしかった。
道重は田中がまた「うっそーん!」と言った時のために拳を固めていたがようやら本当
らしい。そもそも田中なんかを三発も殴りたくはない。
一行を照らすであろう光は亀井と道重には見えない。意識朦朧とした田中が幻を見たの
ではないか、そう道重は訝みさえした。けれども田中の歩む速度はまったく衰えない。

そのうち、道重は光のことなどどうでもよくなってしまった。
ただ今握っている亀井の手さえ離さなければそれでいいと考えた。
手のひらに伝わるぬくもりだけが、道重にとっての真実だった。
手を握る。鼓動が伝わる。血液が巡る。温かみを生む。
単純だけれどわかりやすいサイクルだった。
これが数え切れないくらいに積み重なれば、川を渡りきれる。時間を積み重ねても、
決して永遠にはならない。それは今となっては好都合だった。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/28(土) 00:24
それまで雲を歩くような感触だったのが、急に質感を帯びてくる。
まさか。
それは事実だった。水に濡れている範囲は徐々に狭まり、ついには足首くらいの位置に
まで追いやられていた。
岸に、ついた?
理屈ではなかった。弾け飛ぶように道重は体を前に踊りださせる。そこに水の存在は
なかった。ついに三途の川を渡りきったのだ。
「やった! やったよ絵里……」
振り向いた道重の視界に入ったのは、なぜか顔を赤らめていた田中だった。

亀井は、道重と田中のはるか後方で、川の流れに流されていた。
川の流れに終わりはないなんて、誰も言ってない。
けれど、流れに身を任せる亀井の表情はウォータースライダーに乗っているかのように
楽しげだった。

「ウォータースライダーじゃないですよ、ボブスレーですよ?」

どっちでもいい。道重にはそうとしか思えなかった。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/28(土) 00:25
いや
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/28(土) 00:25
無理
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/28(土) 00:25
ほんと無理だから

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