13 旅立ちの夏
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/24(火) 13:45
- 13 旅立ちの夏
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/24(火) 13:47
- どこまでも飛んでいけそうな青い空。
私、柴田あゆみの新しい旅立ちにはうってつけの天気だった。
時折吹く風がひどく、熱かった。
田舎町の鄙びた駅には、風やら太陽の光やらを遮る屋根など存在しないのだ。
もちろん、待合室なんて小洒落たものすらなく。
私はおもちゃみたいなホームで、小さな影を作りながら電車が来るのを待っていた。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/24(火) 13:48
- 10年前、就職のため私はとなり町からこの辺鄙な場所へとやって来た。
そして程なくして、4人だけの小さな部署が与えられる。
確かに大きな仕事はさせてもらえなかったけど、私にとってのこの10年は本当に
―替えがたい経験だった。
みんみん。
みんみん。
みんみん。
セミの声が、青空に吸い込まれる。
本当にいい天気。いい天気過ぎて時間が溶けてしまいそうだ。
色あせた時刻表を見ると、あと1時間は電車が来ない。
10年暮らしてきたとは言え、さすがにその利便性のなさには辟易してしまう。
暑さを紛らわそうと、空に浮かぶ雲に眼をやった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/24(火) 13:49
- と。
――その時。
「やあやあやあ、柴田君。」
縁なし眼鏡が遠くから、やって来る。
「…村っち」
私たちの部署の元主任、現ヒラ、そして唯一部署に残った、おかしな人。
「見送りとか、よかったのに。」
「いやねぇ、古本屋に用事があったから、ついでに」
古本屋。田舎町の駅前にある、不釣合いな建物。蓄牛株投資に夢中な義剛さんが店主の、
古本屋。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/24(火) 13:50
- ホームに一つだけあるベンチに、二人で座る。村っちが教えてくれるまで、存在すら知ら
なかった。それほどまでにベンチは褪色し周囲のぱっとしない風景に溶け込んでいた。
「暑いにぇー。」
「…うん。」
「昨日さんま食べようと思ってスーパー行ったら、一尾198円だって。」
「・・・うん。」
「高いにぇー。」
10年。10年だ。
馬鹿な社長のせいで4人全員がばらばらになって、なぜか村っちが一人残ることになって。
私は遠く離れた町の会社に就職することはできたけれど前途多難で。
4人の中の誰がラッキーで誰がアンラッキーなのかわからないような状況で―
私たちが共に過ごして来た10年について何かを語ったりするのはとても―難しいことだった。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/24(火) 13:51
- 言葉の代わりに、空を見上げる。
先程までみんみんと鳴いていたセミは鳴くのに飽きたのか、ハンドル操作あやまったかのように飛んでいった。
そして私と同じように空を見上げていた村っちは―――
「柴田君、これ、餞別。」
さっきから気にはなっていたのだ。村っちが持っていた、色紙。
受け取ってみると、そこには下手くそな忍者らしき絵が描かれていた。本当に下手くそだ。
「にんにんだ。柴田君。」
「わけわかんないから。」
そう言いつつも、私は予感していた。彼女は10年前も、そして10年後も今のまま、ず
っと変わらないだろうと。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/24(火) 13:51
- 私がこの町を離れることは、果たして正しいのだろうか。
これからのことを考えると、今更ながらに押しつぶされそうだった。
「にんにん、忍々だよ」
世の中、いいたいことを言うことよりも、耐え忍ぶことが多いのかもしれない。
ぷあぁぁん。
遠くのほうから、電車のやって来る音が聞こえてきた。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/24(火) 13:53
- まもなく、電車がまいります。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/24(火) 13:53
- 白線の内側まで
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/24(火) 13:54
- 下がってお待ち下さい。
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