11 葬列

1 名前:11 葬列 投稿日:2010/08/23(月) 05:24
11 葬列
2 名前:11 葬列 投稿日:2010/08/23(月) 05:24
私は砂漠という名の虚無と虚空の支配する地を歩いていた。
踏み出した足が熱砂に飲み込まれる度に自分が生きていることを実感する。
私は生きている。そして彼女は死んでいる。
私は砂漠という名の虚無と虚空の支配する地を、棺を引いて歩いていた。
棺の中には、絵里が入っていた。いや、かつて絵里だった何かだ。
呼吸をする度饐えたような匂いが肺腑に忍び込む。焼け付く空気。
乾涸びた赤銅色に近い身体は鰹節かベーコンのようだった。
どうして私は絵里と一緒に歩いているのか。
胃を抉る様な絶望を鉋で削り無にしたいのか。
否、絶望ですら、とうの昔に枯れ果てていた。
3 名前:11 葬列 投稿日:2010/08/23(月) 05:25
絵里が死んだ。
皮膚病を理由に娘。を解雇されたことを苦にして自殺した。
マスコミはこぞって真相を暴こうとしたが、事務所の情報統制は鉄壁だった。
あくまでも心不全として、それ以上の情報は決して漏らさなかった。
反抗と言うにはあまりにも些細な気持ちからだった。
私は絵里を、棺ごと盗み出した。
4 名前:11 葬列 投稿日:2010/08/23(月) 05:25
棺に入れられた絵里は今にも喋り出すのではないかと思うくらいに、瑞々さに
溢れていた。しかし、頭上に降り注ぐ太陽が、彼女を徐々に枯らしてゆく。
薄い唇は禁断の園に咲く薔薇を乾燥させたようにカラカラに乾き色を失っていった。
彼女が最も気にかけていた肌も、まるで荒野の岩肌のように罅割れを繰り返した。
これでもう皮膚病のことを気にしなくていいねと私は絵里に問いかけた。
絵里は笑わなかった。ただ視線をけばけばしい青空に向けるのみだった。
5 名前:11 葬列 投稿日:2010/08/23(月) 05:26
棺に綱をつけ、ひたすら死の砂漠を進む。
何かのゲームでこんな場面を見たことがある。
だけど砂漠には夜は来ない。容赦なく熱線を照り付けるのみだ。
私はどうなっているだろう?
鏡など持ってきてはいないから、今の自分の姿がどうなっているか確認することは
できなかった。ただ、お世辞にも「かわいい」などと表現できる状態ではないのは
確かだろう。
6 名前:11 葬列 投稿日:2010/08/23(月) 05:26
それでもまだ、生きている。
汗が滴る。肺がひりひりする。心臓が、跳躍する。
絵里には、そんな当たり前のことすらできない。奪われた。奪われた。
この世に蔓延る幾重もの悪意が、彼女から全てを陵奪していった。
棺を曳きながら、二三度後ろを振り返る。
絵里は苦悶の表情を浮かべたまま、天を仰いでいた。
棺に入れられた時には、死体修復士によって安らぎの顔に矯正させられた筈なのに。
太陽は曲げられた真実を、もとの形に暴き出した。
7 名前:11 葬列 投稿日:2010/08/23(月) 05:26
限界は、近づいていた。
意識が薄れ掛けてきていた。
足に込める力も、棺を曳く力も、弱まりつつある。
身体が動くうちに、やるべきことをやらなければならない。
躍動が、一際跳ね上がる。歩みを止め、棺を置く。
私は緩慢な動きで棺の中の絵里だった肉塊に、近づいた。
8 名前:11 葬列 投稿日:2010/08/23(月) 05:27
棺の中の、絵里を引き起こす。
手のひらに、油分過多の粘土細工のような感触が伝わる。
私は、搾りかすのような肩を、握り潰した。
魚の干物のように脆く崩れた部分から、油に似た液体が流れ出す。
私は自転車に巻き込まれた小鳥のような金切り声をあげながら、赤銅色の肉の塊を
棺から引っ張り出して近くの岩場に投げつけた。
すっかり水分を失っていたそれは、手足を散らしながら乾いた音を立てて転がる。
そして残った部分を、転がっていた岩で、磨り潰す。
何度も。何度も。磨り潰す。
9 名前:11 葬列 投稿日:2010/08/23(月) 05:29
絵里がこの世に存在していた痕跡すら、残したくなかった。
こんな酷い、淀んだ死臭に塗れた世界なんかに。
それが彼女の、最後の願いだった。
そして私も。
すっかり力を使い果たした私は、さっきまで絵里が納まっていた棺の中に横たわる。
恐らく、1、2週間程度で私も絵里の様に朽ちた肉塊と化すだろう。
既にあの子にはメールを送っておいた。この地に辿り着き、同じことをしてくれる
ことを信じて、私は世界を永遠の闇に閉ざした。
10 名前:11 葬列 投稿日:2010/08/23(月) 05:30
11 名前:11 葬列 投稿日:2010/08/23(月) 05:30
12 名前:11 葬列 投稿日:2010/08/23(月) 05:30

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