07 お煎餅と李

1 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:16
07 お煎餅と李
2 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:18
それはいつものように須藤茉麻が大好きなお煎餅を冷蔵庫から取り
出そうとした時だった。
袋の中のお煎餅が忽然と姿を消していた。もちろん、茉麻が食べた
のを忘れていたわけではない。誰かが、盗み食いをしたのだ。
袋の中に手を入れる。その中で手を動かす。がさごそという、ビニ
ールが擦れる音。
茉麻の指が、何かに触れる。取り出してみると、それは紙切れだっ
た。

「どうしたの、すーちゃん」

聞きなれた甲高い声。嗣永桃子は、茉麻の背中にぺったりとくっつ
いて様子を伺う。
その姿は、まるで親亀の背中の上に登っている小亀のようだった。

「茉麻のお煎餅が盗まれた」
「ええっ!!」
3 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:20
芝居がかった桃子の驚きの声。もう慣れっこだけれど、徳永千奈美
は未だに受け付けられないらしい。その気持ちも、分からなくもない。
ただ今は桃子の芝居じみた生き様についてとやかく考えを巡らせて
いる暇はない。何せお煎餅の誘拐事件である。しかも、犯人は茉麻
に対して「何らかのメッセージ」を残している。明らかに、茉麻へ
の挑戦だった。

「もも、これ……」
「もしかして、ダイイングメッセージってやつ?」
「お煎餅は死んでない。ただ、不埒なやつに食べられただけだから」

そう言いながら、茉麻は先程見つけた小さな紙片をゆっくりと開い
てゆく。折りたたまれ過ぎてしわしわになった紙には、弱々しい筆
跡でこんな文言が書かれていた。
4 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:20
<M8 D23×2>
<1a2i3u4e5o>

意味不明な数字と英字の羅列。一体これはなんだ。
おそらく何らかの意味があるものなのだろうが、茉麻には皆目さっ
ぱり見当がつかなかった。

「ふっふっふ、ここは名探偵ももの出番のようね」
「え。もも、もしかしてももはこの文字の意味わかるの?」
「ううん、全然」

茉麻はずっこけそうになった。
桃子はそんな茉麻のことなどお構いなしに、舌を出して笑っている。

「でもさ、すーちゃんと一緒ならこの謎が解けるような気がする」
「そっか。じゃあ一緒に考えよ」

こうして二人の挑戦は静かにはじまった。
5 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:21
6 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:22
意味不明な暗号。
そんなものを二人は小一時間、見つめ続けている。
ついさっきまで明るかった外の光も、今は大分薄れてきている。
謎などどうでもいい、茉麻のお煎餅さえ帰ってきてくれれば。そう
思いはしたものの、桃子の真剣な表情を見ていたらとてもではない
がそんなことは口走れなかった。

「Mはさあ、茉麻のMだと思うんだよね」
「なるほど。じゃあDは?」
「D?!えー、ディーは、ディーは……くまいちょー」
「何で?」
「えーと、でかいのD」

何が名探偵だ。茉麻は頭を抱える。ただ茉麻自身も大して解決の糸
口となる何かを掴んでいるわけではなく、大きなことは言えない。
7 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:23
「大体それじゃ数字のところが説明つかない」
「じゃあさ、数字はナシで」
「なしにしたら意味ないじゃん」

にしてもあまりにも適当、そして自由。
こんなんでお煎餅の行方がわかるというのか。そもそも、こんな下
らないことを考えている暇があったらコンビニへ行って新しいお煎
餅を買ったらいいんじゃないのか。そうだ、そうしよう。事件は解
決、一件落着。

「もも、まぁちょっと出かけてくるから」
「どこへ?」
「コンビニ」
「わかった。いってらっしゃ……」

そこで桃子の表情が変わる。どうやら茉麻が何をしにいくのか理解
したようだ。
8 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:24
「ちょちょちょ待ってよすーちゃん!!」
「何が?」
「だって、だってお煎餅を買いにいくんでしょ?!」
「そうだけど」
「ダメダメダメ、そんなことしても死んだお煎餅は帰って来ないん
だから!」

さっきから桃子はお煎餅を死んだものとして扱っているが、そもそ
もお煎餅は死んだりなんかしない。ただ食べられるだけだ。そう熊
井友里奈なら言うだろう。とにかく、茉麻にとってはお煎餅が目の
前にあればそれでいいのだから。

「すーちゃん、一期一会だよ」
「一期一会?」
「そう。あの時手に入るはずだったお煎餅は、他のお煎餅じゃ替え
ることはできないよ」
「そう言われてみれば、そうかも」

桃子の説得で、茉麻は再び推理に挑むことになった。
9 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:25
10 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:26
日はすっかり暮れ、夜になっていた。
時間の経過とは裏腹に、二人の推理は一向に進んではいなかった。
マグニチュード8の地震が発生してデンジャラスな出来事が23回
起こるとかいう話になったあたりから、茉麻の心はどうでもいいや
という思いに支配されつつあった。

「うーん、これは迷宮入りだね」
「……もう迷宮入りでいいや。帰ろっか」
「えー?!なんでよ!!」
「だって意味わかんないじゃん。お煎餅はコンビニで買えるし」
「あきらめないで考えよう?そうすればきっと――」

そんなことよりこの場所から早く離れる方法が知りたいよ、口には
出さなかったが茉麻は心からそう思った。諦め半分で、壁にかかっ
ていたカレンダーにふと目がいく。
もう8月も終わりに近づきつつある。こんなアホみたいな過ごし方
で費やすのは何だか不本意だ。そう言えば8月って英語で何て言う
んだっけ。eight month。そんな馬鹿な。まあ月はmonthなんだろう
けど。
11 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:27
そこまで考えた茉麻の頭に、電撃が走る。

「わかった!!」
「マジ?」

茉麻の大声にひっくり返った桃子が、目を丸くして問いかける。

「まず、M8は8月(month)ね。そしてDはday、つまり23日なわけ」
「おー、すごいねすーちゃん」
「つまり犯人は8月23日誕生日の…」

とそこまで来て茉麻の言葉が止まる。8月23日が誕生日の知り合
いなど一人もいなかったからだ。でもそこで諦めないのが茉麻のい
いところ。ヒントはカレンダーにありと睨んだのだ。それにもう一
つの<1a2i3u4e5o>の意味するところも気になってくる。
5つの数字――カレンダーで5つあるのは…週?となると…もしか
して!!
12 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:29
「謎は全て解けた!!」
「なになに?ももに教えて!」
「まあ慌てなさんな。8月は5週あるでしょ。つまり<1a2i3
u4e5o>はその5週の対応表ってわけ」
「対応表?」
「そう。8月23日は週で言えば第五月曜日。つまり5oが当ては
まる。そこに月曜日の頭文字であるMを組み合わせれば…って、あれ?」

そこで茉麻ははじめて桃子の顔がにやついていることに気づいた。

「そう。月曜のMにoを組み合わせて、かける2。正解はもも
(MOMO)でしたー」
13 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:29
何という急展開。まさか犯人はヤスを地でいく話だったとは。茉麻
はゆっくりと床に崩れ落ちる。
まるで燃え尽きた灰のように。

「ど、動機は……」
「ついついおなかが空いちゃって。それに、いい暇つぶしになった
でしょ?」

その言葉に、茉麻は窓から外を見る。すっかり夜、間違いなく夜。
暇つぶしは時間の無駄。
そんなことを学習した須藤茉麻18歳の夏の夜だった。
14 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:30
THE END
15 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:30
16 名前:07 お煎餅と李 投稿日:2010/08/22(日) 02:31

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