17 そこにある世界

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:50
17 そこにある世界
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:51
目を開けると外の藍色を映して部屋の中は青かった。
朝。
ふと今日は何をするべきなんだっけと思い、見当識が戻ってくる。
夢の残滓が消えていく。
そしてそれと共に胸の痛みが少し起こる。
普段は何も思い出さないのになぜ夢を見るのか。
もう取り戻せない過去を何度も夢見ることに少しの罪悪感と自分への嘲りを感じたが打ち消す。
どこか頼りない現実へ向かい体を起こした。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:52
レッスンにも身が入らない。
「新垣さん。大丈夫ですか」
少しバランスを崩した自分に向けて高めの声が響く。
そのタイミングを受けてレッスンは一時休憩となった。

「がきさんがハロプロのリーダーなんて感慨深いですね」
そう言われて、リーダーになるべき人だった人物を思い出す。
愛ちゃんが失踪して1年以上。
表向きは卒業そして留学となっているがファンだってそんなことは信じていない。
曇った顔でさゆも思い出したのか、言葉を続けた。
「そういえば愛ちゃんて今どこで何してるんでしょうね」
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:52
とっさに返す言葉がない。
それを一番知りたいのは多分自分かもしれない。
もしかしたらこの世に居ない愛ちゃん自身よりも。
さゆはたまに何も考えてないようにただ思った事を口に出しているように見える。
「今はレッスンに集中しましょうよ。後でお茶しましょう」
リーダーの自分の言うべき言葉を取られ、はっとさゆを見るとにっこりと笑った。
さゆってたまに仏像に似てるよね。
本人には絶対に言えないことを思った。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:53

6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:53
お茶。と言ってもどこかに寄るわけでもなく、レッスンの部屋の片隅で自動販売機の紅茶を二人で手に取る。
レッスンの部屋には既に二人しかいない。
妙に固いペットボトルのふたをさゆが開けてくれた。

「新垣さん、愛ちゃんのことが気になってるんですか?」
ふたの開いたペットボトルを渡しながらさゆが言った。
どうも愛ちゃんのこととなると簡単に言葉が出てこない。
代わりにこくりとうなずいた。
「愛ちゃんかあ。うーん。多分元気でやってるんじゃないかなあ」
「新垣さん心配すること多分ないですよ」
夢に見るほどの事を簡単にいなされた気がしてむっとした。
「がきさん。顔に出やすいですね」
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:54
「別にね。心配してないわけじゃないです。自分に言い聞かせてる部分もあるかも知れない」
少しほっとする。段々と係わり合いの少なくなっていた二人。
別に嫌いになっていた訳じゃなかった。
「愛ちゃんよく変なこと言ってたんですよ」
「なんかねー。ない音を聞くとって言うか聞く努力をすると別世界が見えてくるって」
「別世界?!」
突拍子もない事を言い出したさゆに細い声が裏返る。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:55
「あー。違う。努力はしちゃいけないんだった。ない音がそこにあればそこはもう別世界だって言ってた」
「なんか1と0の話をしてて」
「1とゼロ?」
既に話についていけない。
「そう1とゼロ。ゼロを発明したのはインド人でそれまではすべてある世界だったんだって」
「えーと?意味が良くわからないんだけど」
「さゆみも実は意味がよくわからないですよ。言われたままかも」
「うーん。ないと思うからそこにはないのであって、実はある。あ。これも違うか」
「すべてあることに気付けばそれはそこにあるっていうのが一番近いかもしれません」
「なんかうまく言えないですけど」
「愛ちゃんに説明されて少しわかった気がしたんです。でもすぐにその感じは消えちゃった」

一人で思い出しつつ宙を見て話すさゆ。
こっちを見た。
「そして愛ちゃんも消えちゃいました」
混乱してわけが判らない。
「世界を破滅させるよりは自分で幸せになれば良いことって最後の方は呪文みたいに」
「繰り返してた」
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:56
「愛ちゃんが薬やってたの新垣さん知ってますよね」
「あの青い綺麗なキーホルダー」
「あれ、最初は辛い現実からの逃避だったんですけど」


「薬。飲んでね。なんかよく歌を歌ってました。愛ちゃん。わけの判らない歌」
「ない音に同調したらこうなるんやーって」

「高くか細く、いつもとは全然違う歌い方で」
「でも綺麗だった」

「ずっと聞いていたかったんですけどね」
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:57

関わりあいが薄く見えたのはもっとずっと深く繋がりあっていたせい。
普通に関わる必要がないほど。

わけの判らない話より何より。
そこが一番ショックだった。

「なんで」

「なんで」

「なんでそんなに大切なら止めなかったの!」
「薬も世界もやめさせればよかったじゃない」

「そうしたら、ここに愛ちゃんはいたのに!」


さゆはすーっと笑った。慈悲深いとは思えない菩薩の笑みで。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:58
「新垣さんは止めれました?」
「愛ちゃん苦しんでましたよ。会長の愛人であること」
「っていうかペットですね。あれは。強がってはいましたけど」

「頑張りきった先が見えるモーニング娘。入った時の夢とは程遠く」

「努力が好きな人でしたよ?新垣さん知ってますよね」

細めた目でさゆがこっちを見る

「一緒に。一緒に頑張れば何か生み出せたかも知れないじゃない」

そういいながら、自分の言葉の嘘に気が付いていた。
一緒に頑張っても頑張っても先の見えない状態にいつしか慣れてしまった自分。
抜け出そうとはせず。ただ意味なく前へ。進むだけ。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:58
「さゆは楽やなあ。て言ってましたよ」

「頑張らなくてもいいんやなあって」


一気に涙が出てきた。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:58
自分はそんなにも負担だったのか。
そりゃあ、会長のことは薄々気付いてはいたけど、愛ちゃんが隠すので気付かない振りをしてた。
最後の頃はその振りもかなり難しくはなっていたけれど。
愛ちゃんと、同期と頑張って行きたいと言うのも負担だったのだろうか。
それともそういうことに慣れてしまった自分が嫌になったのか。
頭の中をぐるぐる回る。

「新垣さんてほんと素直で可愛いですよね」
「愛ちゃんが言ってたんですよね。いつも。よくやきもち妬いてました」
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:59
少し声が遠くなった気がした。
うつむいて涙をぬぐう。

「ねえ。がきさん」
ドアを開ける音がした。
「わたし、音痴だけど音痴じゃないんです。この意味わかりますか?」
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:59

16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 00:00
はっと顔を上げるとドアが閉まるところだった。
ドアの隙間からひらひら振っていたさゆの白い手がするすると引っ込んでいった。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 00:00
そして
それからさゆを見ることはなかった。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 00:00

19 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 00:01

20 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 00:01


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