14 CCR

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:30
14 CCR
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:32
始業前の体育館には人影がなかった。
いつもはバスケ部やバレー部が朝練に励んでいるのだが、試験前とあってか今日は人っ子一人いなかった。

「なんか新鮮」

佐紀は一人呟いて、大股で体育館の真ん中を歩いていく。
シューズが床に擦れる音がいつもより大きく響いた。
佐紀がこんな朝早くから体育館にいることに特別な理由はない。
別に何か用事があったわけではなく、何かを企んでいるわけでも勿論ない。
今朝は妙に早く目が覚めてしまい、家でぼんやりしているのももてあまし、ただなんとなく登校してしまっただけのことだ。
校舎にまだ生徒の姿はなく、教室でじっとしているのも退屈で、誰か来ていないかと体育館を伺いに来た、というわけだ。

「よっ、こらせっ、と」

体育館の舞台の上に立ってみる。
左右に備え付けてある階段は使わず、真ん中からよじ登ってみた。
ガラン、という音が聞こえるような静寂。
まだ閉められている黒いカーテンから、幾筋かの光の糸がスポットライトのように差し込む。
少しだけ忘れかけていた感覚が身体に湧き上がってくるのを覚えた。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:32
トン、とおそるおそる、けれど跳ねるように最初のステップを踏む。
つま先からじわりと喜びが駆け上がってくる。
あとは笑えるくらいに身体が動いた。
背骨はしなやかに滑り、肩は軽やかに揺れた。
腰を焦らすようにくねらせ、膝が―――

「あ、っつぅ」

膝が痛かった。
佐紀は苦笑いをしながら左膝をさする。
ギブスがとれたばかりの膝は、サポーターに包まれて不細工にふくらんでいた。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:32






5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:33
夕食を終えると、お気に入りのジャージに着替えて自転車で街に飛び出す。
それが少し前までの佐紀の日課だった。

「夜遊びはやめなさい」
「遊びじゃないよ!自主練だよ!」

母親とそんなやりとりを繰り返しながら、佐紀は毎晩の練習を欠かさなかった。

自転車を加速させる。
ショートカットの耳元を切る夜風が心地良い。
シャカシャカとジャージが擦れる音が鼓動を速くした。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:33
テナント募集をしているビルの1F。
ショーウィンドゥは夜になると街灯に照らされて佐紀の姿を映し出す。
店舗が決まるまでそこは、格好の練習場だった。

自転車を立てかけ、ショーウィンドゥの前に立つ。
あたりには佐紀と同じ目的の連中が、既に何人か来て汗を流している。
顔見知りの仲間に軽く手を振って挨拶をし、佐紀も自分の場所を見つける。
軽くストレッチをし、立ち位置を決めると、スゥと深く息を吸い込んだ。

頭の中でビートを打ちリズムを刻む。
自分が心地良いと思える角度で身体を揺らし、小柄な身体をめいっぱいに拡げる。

視線の先でもう一人の自分が踊っている。
時折、街灯の光がキラキラと反射する。
ショーウィンドゥに映る自分はいつしか、佐紀を無視して勝手に動き始める。

佐紀は踊る。
踊っていなければ何かを失くしてしまいそうだ。
伸ばした指先の向こうに誰かが待っている気がしていた。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:34







8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:35

「この膝では無理だねぇ」

佐紀は友人らとチームを組んで、ダンスコンテストに出場することになっていた。
コンテスト、といってもそんなに大それたものではなく、町のダンススタジオが主催したこじんまりとしたイベントだった。
それでもちゃんと人前で踊ったことがなかった佐紀にとっては、大袈裟ではなく人生の初舞台ともなる場所になるはずだった。
放課後も休日もダンスに費やした。
コンテストという明確な目標のためでもあったが、何より踊ることが楽しかった。幸せだった。

けれどある日、佐紀は怪我をした。
もともと左膝にちょっとした違和感はあった。
たいしたことない、とたかをくくって踊り続けていたある日、軽く足を滑らせた拍子に左膝に激痛が走った。
病院に行き、診察をしてもらい、わけのわからないうちに手術が行われた。
靭帯だとかなんとか筋だとか骨の一部がどーたらこーたらとか、ピンとこない言葉をいろいろ言われたが、
要は佐紀の左膝はあまりよろしくないってことらしかった。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:36
ダンスコンテストに出たい、と言ってみた。
とても開催日までに怪我が治るとは思っていなかったが、言ってみた。
小太りの医者から返ってきた言葉は、ちょっと理解に苦しむものだった。

「・・・まぁコンテストは無理だねぇ。それ以前に医者としてダンスはあまり勧められないなぁ。
 君の膝は骨が少し変形していて小さな爆弾を抱えているようなものなんだ。激しく膝を使うような運動をすると、
 また壊れてしまうかもしれないんだよ?」

踊るな、ってことなんだろうか。
壊れてもいいなら踊りな、ってことなんだろうか。
どっちにしろダンスへの向き合い方が今までとは変わってくるみたいだ。
ギブスで固定されて可愛げのなくなった左膝に視線を落とす。

―――あたし、振られちゃったのかなぁダンスに

佐紀はおどけたように笑って、少し泣いた。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:37







11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:37
音は胸の奥の方から湧き上がってくる。
ステップひとつで身体中に流れ出す。

ヘッドフォンの音が大きいのは外の音を聞きたくないから。
本当の音は佐紀の中にあり、佐紀を躍らせる。

「佐紀ちゃん、耳痛くならないの?」

いつだったか下校途中のバスの中でクラスメイトに言われた。

「あ、ゴメン、うるさかった?」

慌ててヘッドフォンを片方の耳から引き抜き、プレイヤーのボリュームを絞る。

「あ、ううん、でもだいぶ音が漏れてたから、耳大丈夫なのかなぁって思って」

混んでたら迷惑だったかもね、と笑われた。
ばつが悪そうに佐紀も笑い返したのを覚えている。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:38
佐紀のヘッドフォンから放たれる音量はかなり大きい。
何度も注意されたし自覚もある。
けれど気づくとついボリュームを上げていた。
ただ、佐紀がその音楽が好きで聞いていたかというと、そうではない。

―――毎日が騒がしすぎるから

ヘッドフォンから流れる音楽は、佐紀にとっては聞くためのものでも、ましてや踊るためのものではなかった。
慌しい日常に耳を塞ぐために。
騒がしい街並に目を伏せるために。
佐紀は知らず、そんな思いでボリュームを上げていた。

音はふいに湧き上がるもの。
水溜りをよけようと軽くステップを踏んだ時、友人に呼ばれてクルリと振り返った時、
思いがけずに佐紀の小さな身体の奥から音が響きだす。溢れだす。
それは軽やかに、時には激しく。
そして、もう後は踊るだけ。
佐紀を踊らせる音は、確かに佐紀の中にある。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:38







14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:39

「あれぇ、キャプテン何やってんのぉ?」

しばらく体育館の舞台の上でぼんやりとしていると、静寂を蹴散らすように甲高い声が響いた。
不意を突かれて佐紀の肩がピクリと揺れる。
気づくとさっきまでの静寂は消え失せ、嬌声やら怒声やらが混じり合った、
いつもの学校の姿があたりを包んでいた。

声の方に顔を向けると扉の脇に人影が見える。
佐紀と変わらぬ小さなシルエットでよく知る友人だと判る。

「もうすぐ始まっちゃうよぉ!先生来ちゃうよぉ!」
「うん、わかった!」
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:40
ストン、とフロアに降りる。
降り立った感触が心地良かったのか、胸の奥がリズムを刻みだす。
ふふ、と思わず笑みをこぼす。

「待って!一緒に行こう!」

友人にそう声をかけながら、軽やかに体育館を横切っていく。
それはまるで踊るように。

「早くしないと置いてくよ!」
「待ってってば!」


―――私はきっと、踊ることをやめない


制服のスカートの裾を翻しながら、少し埃っぽい体育館を佐紀は駆けていった。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:40




17 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:42


||リ・_・`川 キャプテン・クリアウォーター・リバイバル


18 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 15:42








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