13 音の速さで

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:31
13 音の速さで
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:34

 深夜の着信音は室内によく響いた。
 握っていた携帯電話は着信イルミネーションの点滅とバイブ機能が先に稼動し、後に音が鳴った。
 ディスプレイには「新垣里沙」からの着信を知らせる文字。
 聞きなれた電子音に私はたっぷり間を置いてから通話ボタンを押した。
 タイミングを計るように私は言葉を飲み込んだ。
 相手の出方を待っていたにも関わらず電話を掛けてきた彼女もなかなか初めの一言を切り出さなかった。
 息遣いすら聞こえなくて、本当に通話中なのか分からなくなるくらい、二人とも押し黙っていた。
 ベッドに寝転がり、私は携帯電話を顔の横に添えたまま、天井を見つめた。

 「メール見たよ」
 長い間の割に、明るい声だった。
 戸惑っているか、私のミスを指摘するかどちらかだと予想していた。
 その予想に反して相手の声は落ち着いたものだった。
 「私がお節介をして、今のメールを吉澤さんに転送するって思った? 」
 私は吉澤さんに向けたメールを里沙ちゃんにわざと送信していた。

 誰かに聞いて欲しくて、でも直接本人に言う勇気はなくて。
 だからメールにした。何度も何度も書き直し、読み直しては書き直し。
 書き直してまた読んで。まるで一昔前のラブレターみたいだ。
 まるでというか、ラブレターだった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:34

 まったくの独りよがりの感情をぶつけられて誰が喜ぶというのだろう。
 送信する際。YES、NOの二択に迫られて私は怖気づいた。
 勝手な思い。でも確かな思い。拒絶されることが怖かった。
 この思いが呆気なく消去されるのも悔しくてクリアボタンを押すことができなかった。
 吉澤さんに直接伝えられない。でも自分で消すこともできない。
 そして、その思いを一人で抱えることすらできなかった。
 里沙ちゃんは被害者だ。

 「違う」
 私は一言答えた。それから、誤って送信した、ととぼける言葉を付け加えた。
 「愛ちゃん」
 彼女のはにかむ様子が目に浮かぶ呼び方だった。
 里沙ちゃんを通して吉澤さんに届く可能性もあると思った。
 それでもいいと思った。直接吉澤さんに渡るのでなく、里沙ちゃん経由で渡るなら私は一人じゃない。
 「ごめんね、メール読んじゃったよ」
 白い天井がやけに遠く見える。携帯電話を反対の手に持ち替えた。
 自由になった手を伸ばして蛍光灯に手のひらをすかしてみる。
 「吉澤さん宛てだって分かってたけど読んじゃった」
 蛍光灯に照らされた手をぎゅっと握り、拳を作った。
 
 握っていた拳を解きながら手のひらを自分の顔に当てる。
 目を瞑り、想像力を働かせて今の里沙ちゃんの様子を慎重に探った。
 「里沙ちゃん」
 私は反応を確かめるため、彼女の名前を呼んだ。
 「なあに? 」
 里沙ちゃんが笑っているのか、泣いているのか分からない。
 「私」
 「うん」
 途切れ途切れの言葉に里沙ちゃんが相槌を打つ。
 先を促すようなせっかちな感じは受けない。
 音楽を聴いているみたいに何でもない様子だ。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:35

 あなたを傷付けたくてメールを送ったのではないと、言えるわけがなかった。
 私の勝手な思いが、私以外の人を傷付けるなんて分からなかった。
 事実か思過ごしか判断できないけれど、里沙ちゃんが泣いていないことを祈った。
 「ばかだね」
 脈絡の無い自虐に、里沙ちゃんは相変わらず「うん」と頷いた。
 「ばかだなぁ、私」
 私が泣いたら、彼女まで泣いてしまう。それは一人よがりの勘違いじゃない。
 経験上の事実から私は里沙ちゃんが泣いてしまうことを心配した。
 自分がどうして泣きたいのか理由も説明できないのに。
 「里沙ちゃん」
 「うん」
 涙を零さないことにだけは慎重だったが、言葉を選んでいる余裕はなかった。
 「潰れてしまいそう」
 私の弱音に里沙ちゃんが黙った。
 相槌を打たれていないのに、どうしてか私は焦燥感を覚えた。
 焦るだけで、言葉が見つからない。
 出口を見つけられない。遠かった天井が迫ってくる感覚に陥り、目を見開く。
 思考は鈍く、ともすれば零れそうになる涙が言い訳を口にすることすら許してくれない。
 この重苦しい沈黙に、私より先に里沙ちゃんが潰れてしまうのではないかと焦った。
 けれど、それは私の杞憂に過ぎなかった。再び訪れた沈黙を破ったのは里沙ちゃんだった。

 「大丈夫だよ」
 里沙ちゃんは電話口で笑っているようだ。
 「愛ちゃんは潰れないよ、大丈夫」
 私が返事をするまで繰り返すつもりか、里沙ちゃんは同じ言葉を言い続けた。
 「泣かないで愛ちゃん。明日も通しのリハーサルがあるし。泣いて、声枯れたら仕事になんない」
 突き放すような口調だった。
 明日もし、声を枯らした状態でリハーサルに臨み、メンバーやスタッフさん達に心配を掛けてしまったら余計に私が凹むことを彼女は見抜いていた。
 「泣くなよ、リーダー」
 「泣いてえんよ」
 ようやく口にした言葉がこれだ。かわい気のない強がり。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:35

 私は深呼吸をして目を堅く閉じた。
 ゆっくりと息を吐き、「ごめん」と私はやっと告げることができた。
 「大丈夫、コンサートの初日が終われば。不安なんて消えるから」
 まるで自分に言い聞かせるみたいに里沙ちゃんが呟いた。
 低く、搾り出されたその声に頭が冷たく痺れるような、嫌な感覚に襲われた。
 ずっと一緒にいたから分かる。里沙ちゃんだって、今回のツアーに不安を抱いていたことぐらい。
 私は甘ったれで、辛くなると彼女を利用した。都合が悪くなったら彼女を責めた。
 今まで、それで場が収まったから。自然なことだった。
 メールを夜中に送りつけることも何一つ不自然なことはない。
 捨て切れない思いを里沙ちゃんへ打ち明けることに躊躇いはなかった。

 「里沙ちゃんは、大丈夫? 」
 今更だ。彼女を心配しているふりをした。
 「大丈夫なのはどっちだよ」
 里沙ちゃんはきっと、笑っている。
 自分の痛みに鈍感な世話焼きほど、都合の良い存在はない。
 皮肉を思っても頭の痺れは治まらなかった。
 「明日もお仕事なんだから、もう寝てよ」
 「そっちから電話掛けてきたんじゃん」
 私は普段を装い、口を尖らせて反抗した。
 甘ったれを責めない、里沙ちゃんが悪いんだ。
 「そーゆーコト言っちゃうんだ」
 ああ、そう。と本気で里沙ちゃんが呆れ果てた。
 今日だけじゃない。里沙ちゃんが私に付き合いきれないと態度に現すことは間々ある。
 それでも懲りずに。懲りないのはどっちだろう。きっと二人ともだ。
 お互いを放っておくことができなかった。
 「じゃあ、切るから」
 「おやすみ」
 「はい、おやすみ」
 「あっ」
 私は気付くと、電話を切る直前で声を上げた。
 何を告げたかったか、直ぐに分かった。
 「何? 」
 心配そうな声を出す里沙ちゃんがおかしくて。
 私は笑いながら「何でもない」と電話を切ってしまった。
 素直にありがとうと口にすることができず。
 里沙ちゃんに送ったメールの内容を反芻した。
 それを、里沙ちゃんがどう受け止めたのか知りたくなった。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:36

***


7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:36


 いつも、里沙ちゃんが先に来ていた。
 楽屋のドアを開けると、見慣れた背中があって台本を広げている姿が見える。
 「おはよう」と声を掛けると、彼女も「おはよう」といかにも朝が似合う笑顔で挨拶を返した。
 今日だって同じだ。
 頑丈そうなドアを開け、ふっと視線を室内に向けても中々里沙ちゃんの背中が見つからない。
 それもそのはずだ。目の前に人が立っていた。
 「おは」
 予想していなかった人物の登場に私は言葉を失った。
 「まあまあ、まず荷物を中に置いて」
 彼女は逃がすものかと私の手を掴み、その反対の手で持っていた鞄をひったくった。
 「じゃ、ガキさん。行って来ます」
 ぽいっと私の鞄を室内にほうり投げた。その後絶対ウィンクをしたに違いない。
 室内には他に里沙ちゃんの気配しかなく、珍客の肩越しに彼女のげんなりとした表情が見えた。
 その珍客が後ろ手で楽屋のドアを閉め、私の利き手を引っ張って歩き出した。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:37

 ジーンズにスニーカー。
 サイズが大きめのパーカを羽織った吉澤さんが私の手を引いて廊下を進む。
 懐かしい背中が朝陽を浴びて、私の視界で揺れている。
 どうして、ここに、吉澤さんが。
 そんな私の疑問を打ち消すように、「ウチだって暇じゃねぇからな」と怒った口調で彼女が言った。
 連れていかれたのは外だった。資材搬入に使う非常口が側にある。朝の時間帯に人影はなかった。

 「里沙ちゃんですか? 」
 ぴたりと止まった背中に私は尋ねた。
 「心当たりあるんだ」
 振り向いた吉澤さんは怒ってなどおらず、むしろ愉快そうだった。
 化粧っ気のない彼女はいつもより幼く見えた。
 昨夜のメールを読まれた可能性が脳裏を過ぎり、不意に焦った気持ちになる。
 「高橋」
 視線を逸らした私に吉澤さんが笑う。
 「ガキさん、別に何も言ってないよ」
 「嘘」
 「嘘じゃないって」
 一つしか歳が違わないのに。
 吉澤さんは隙だらけで、それは余裕の表れの態度だった。
 私はどこから責められても反撃できるように、戦闘態勢の準備をする。
 「ガキさんが夜中電話してきて。吉澤さんも暇じゃないですもんねって初端から決め付けるからさぁ」
 中学生が先生に悪行を指摘されて反抗するみたいな口調だった。
 「んな、決め付けんなよって。暇で文句あるの? って言ったの」
 恐る恐る視線を持ち上げると、穏やかな表情の彼女に会った。
 戦いを挑みに来たのではないと、初めから分かっていたのに。その表情に気抜けしてしまう。
 「それじゃあ明日お待ちしてますって。時間指定してきたから。こっちも暇だって言った手前引くに引けないし。後輩思いの先輩はまんまと現サブリーダーにハメられてこうして姿を現したのです」
 「やっぱり里沙ちゃんや」
 「じゃあ、逆に聞くけど。ガキさんがウチを呼び出すと、高橋は都合悪いワケ? 」
 私は黙った。下手に何か口にしたら自爆するだけだ。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:37

 「嬉しいに決まってます」
 「素直で宜しい」
 眉尻を下げて吉澤さんが笑った。
 「決めたのはワタクシ」
 私の不貞腐れた態度で察したのか、吉澤さんは里沙ちゃんを擁護するみたいな発言をした。
 「ココに来たのは、ウチが来たいから」
 やれやれ、と肩を下げて吉澤さんが息を吐き出した。
 「高橋」
 「何ですか」
 警戒する態度を露にした返事に吉澤さんが苦笑する。
 そして、「いいから、来い」と言って両腕を広げた。
 大きな瞳は笑うと無くなる。垂れた眉が情けない表情を作る。
 柔らかい声が私の名前を呼ぶ。そんなことされたら誰だってその胸に飛び込んでしがみ付きたくなる。
 この人は分かっていてするんだ。抗う要素をすべて排除して。
 抵抗の余地なく優しさを振り撒く。どうしてその腕を拒める。

 「優しくしないで下さい」
 私はやっとの思いで言葉を口にした。
 優しくされたら甘えたくなる。
 甘えてしまったら欲張りになる。
 「だってウチ、高橋に優しくすること以外に何もできない」
 直ぐには理解できない吉澤さんの反論に、私は言葉を飲んだ。
 「前みたいに、側にいることはできないよ」
 吉澤さんの言っていることは当たり前のことだった。
 私だって理解していたつもりだった。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:37


 『前みたいに、側にいることはできないよ』
 一番欲しくなかった言葉だった。


11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:38

 吉澤さんがいなくなったこと。自分がリーダーになったこと。
 どれだけ時間を重ねても受け止め切れずに、他人事みたいだった。
 今、ようやく、目の前に立つ吉澤さんの真っ直ぐな瞳を借りて自分を見つめる。
 吉澤さんが側にいた頃も今も、私は欲張りで甘ったれだ。
 いつだって差し出された優しさに甘えていたい。
 けれど、私が彼女に求めることは叶わないこと。側にいて欲しかった。
 卒業しないで、私の側にいて、からかわれたりはげまされたり。
 同じステージに立っていたかった。

 今になって思い知るなんて。大ばかだ。
 やっと、気付くなんて。そんなこともう、絶対叶わない。
 目の前が真っ白になったみたいに私は立ち尽くした。
 「高橋? 」
 吉澤さんが屈んで私の顔を覗きこんだ。
 あの頃みたいに髪に触れて、頭を撫でてくれる。
 この優しさを受け入れたら、思いを捨てなくてはならない。
 クリアボタンを押して消去しなくちゃ。
 そうしなかったら、前に進めない。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:38

 音もなく息づいて、音もなく消えていく。
 分からない。それが恋と呼べるものか、自分でもはっきりしない。
 でも、確かに息づいていたそれは消えた後にぽっかり穴を残した。
 別のもので隙間を埋めようとしても、上手く行かない。
 余計に穴の形がはっきりしてきて、知りたくなかったことまで見えてくる。

 吉澤さんが好きだった。
 触れる直前は胸が高鳴り。
 触れられると体温が上がった。
 名前を呼ばれただけで嬉しくて。
 笑ってくれると温かい気持ちになった。
 もう、絶対叶わない思い。
 抱えきれなくて、里沙ちゃんを巻き込んだ。
 欲張りで甘ったれの私は一人で消去することができなかった。
 知って欲しかった。本当は吉澤さんに知って欲しかった。
 彼女がいなくなった後に気付き、手遅れだと悟った時。
 するべきことは一つだった。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:38

 「吉澤さん」
 吉澤さんが、深い笑みでこちらを見つめ返す。
 「大好きっ」
 「高橋の"大好き"は聞き飽きました」
 吉澤さんが左手で自分の首を触りながら言った。
 本当に飽き飽きした様子だった。

 私に開いた穴。これ以上広がらないようにきちんと受け入れて大切にしようと思う。
 吉澤さんに私が何か残せるとは思っていない。
 けれど、願わずにはいられなかった。
 私の歌が届いていますように。
 私の歌が少しでも吉澤さんの心を温めますように、と。

 私は顔を思い切り崩して笑った。
 「来て」
 腕を広げて吉澤さんを呼ぶ。
 彼女は困った表情で私に歩み寄り、身体を折り曲げて私の腕の中に収まった。
 「猿みてぇな顔」
 悪態をつく割に、吉澤さんが抱き締め返す感触は優しくて。
 彼女の複雑さが私の理解を超えていると途方に暮れる気持ちになった。
 
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:39
 
***


15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:39

 飲み物を取りに来たふりをして様子を見に来た里沙ちゃんと廊下で出くわした。
 私はその里沙ちゃんの狼狽ぶりに、大笑いした。
 吉澤さんは笑ってはいたものの、どちらかといえば、里沙ちゃんに同情するといった苦笑に近いものだった。
 それから里沙ちゃんと一緒に楽屋に戻ると、れいなと光井が姿を見せていた。
 「おはようございます」
 二人とも既にレッスン着に着替えており、大分リラックスした表情で挨拶をした。
 「おはよう。二人とも早いね」
 「何故かドキドキして、早く起きちゃいました」
 光井が深刻そうな様子で眉間に皺を寄せた。そうかと思うと途端、目を細めてふんわりと笑った。
 「心配せんといて下さい。悪い意味でなく、良い緊張感ですから」
 「若いのに偉いよ、愛佳は」
 れいなが自分の前にあった化粧台に片肘を乗せて、頬杖をついた。
 自分も言うほど歳ではないのに随分年増な発言だった。
 「絵里とさゆには初々しさを少しでも思い出して欲しいくらい」
 「愛佳は、亀井さんも道重さんも、ちょうソンケーしてますよ」 
 光井の発言にれいなは顔を顰めた。
 「もちろん、田中さんもです」
 「みっつぃーは世渡り上手だ」
 私が言うと、光井は「だって本当のコトですもん」と真面目な様子で大袈裟なことを口にした。
 「尊敬するのはいいけど、良い所悪い所は区別して見習ってね」
 「当たり前です」
 末っ子たちは小春も光井もしっかり、というか。ちゃっかりしている。
 れいなと光井が連れ立って飲み物を取りに楽屋を出て行った。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:40

 吉澤さんは仕事があったらしく、他のメンバーに会うことなくあっさり帰ってしまった。
 里沙ちゃんが何度も何度も謝っていた。きっと、本当に謝らなければならないのは私だった。
 けれど、そういう役回りは里沙ちゃんによく似合っているので譲ることにした。
 ツアーが終わったら里沙ちゃんのおごりで中華を食べに行く公約を取り付けていた。
 多分、石川さんも来たがるだろうと吉澤さんが予想を言い。私も行きたい、と立候補した。
 その時の里沙ちゃんの引き攣った表情といったら、絵里のギャグどころでない面白さだった。
 損な役回りでコントをしたら、里沙ちゃんの右に出るのは絵里とさゆの側にいるれいなだろうか。
 彼女も里沙ちゃんに負けず劣らず苦労を背負って頑張っている。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:41

 れいなと光井が楽屋から出て、二人きりになった。
 リハーサルの段取りをチェックしていた里沙ちゃんに私はそろりと近付いた。
 背中にぴったりくっ付いて腰に腕を回す。
 里沙ちゃんは驚いたように、振り返った。
 「何」
 素っ気無い態度。でも、普段と同じ何気ないそれが私の心をくすぐった。
 「ありがとう、里沙ちゃん」
 背中に頬を付け、目を瞑る。
 里沙ちゃんは溜め息をつくみたいに息つぎをした。
 呆れて笑っているのだろうか。
 「それは、ツアーが無事成功してから言って」
 やっぱり呆れているみたいだ。 

 「大丈夫だよ」
 今日は私が、里沙ちゃんの昨日のセリフを奪う。
 「里沙ちゃんがいれば大丈夫」
 「しっかりしてよ、リーダーなんだから」
 「ヨロシク頼むよサブリーダー」
 里沙ちゃんが少し背中を丸めた。頬の位置がずれる。
 いつもの口癖、「もう、ほーんとに」と呟き、彼女は明らかにうんざりしている態度だった。
 苦労性の彼女には私みたいなのが側にいないと人生物足りないに違いないと、勝手に納得する。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:41

 「里沙ちゃん」
 「何ですか」
 私はまだ何も口にしていないのに、その呆れた態度の里沙ちゃんがおかしくて仕方なかった。
 「楽しそうですね」
 「お蔭さまで」
 私は少しだけ腕の力を緩め、彼女を見上げた。
 相変わらず里沙ちゃんは台本に夢中でこちらなど気にもならない様子だ。
 「大好き」
 里沙ちゃんは返事をしなかった。
 けれど、私は彼女の耳朶に赤みが差していることを見逃さなかった。
 騒がしい声が廊下から響いてきた。あの甲高い声は小春に違いない。
 側にジュンジュンでもいるのだろうか。
 二人以上で言い争う、ぎゃあぎゃあと騒ぐ台風が近付いて来た。
 ドアノブが回る音を合図に、私は腕を解いて里沙ちゃんの身体を開放した。

19 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:41

***


20 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:41


 吉澤ひとみさま
 今でも、あなたを想うと胸が苦しくなります。

 あなたは私の憧れです。
 あなたに近付きたくて。
 あなたのようになりたくて。
 いつも、背中を追いかけていました。

 あなたの背中が見えなくなった今、
 私はどうしようもなく不安です。
 ばかだなって笑われても構いません。
 自分の気持ちに素直になります。

 想いの形は変わっても
 想いの温度が変わっても
 ずっと吉澤さんは私の特別です。

 大好きでした。

 大好きです。

 高橋愛


21 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:42

***


22 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:42

***


23 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:42
END.


24 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:42
 
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 09:43
 

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