10 無神経な彼女と神経質な私
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:25
 
-  10 無神経な彼女と神経質な私 
 
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:25
 
-  世の中には二種類の人間がいる。 
 マイブームを持つ人と持たない人。 
  
 ポケモーのQ&Aにも時々そういう質問が出るときがあるけど、 
 今時の女の子が必ず何かのマイブームを持っているなんて幻想だよ。 
 他のメンバーはあることないこと書いてますけどね。 
  
 愛ちゃんは「宝塚」はいはい。 
 ガキさんは「韓国」もうそれ一種の仕事でしょ。 
 れいなは「メール」相手いるんだ? 
 小春は「梅干」ただの好物じゃん。おかずじゃん。 
 みっつぃーの回答は・・・・・忘れた。後輩のことってよくわかんない。 
 ジュンジュン? リンリン? はあ。あとで調べておくね。 
  
 そして絵里の回答は「竹馬?」 
 なんで疑問形なの。誰に訊いてるの。しかも竹馬って。あなた一度も乗ったことないでしょ絶対。 
  
 とにかくきちんとしたマイブームを持ってる女の子なんてそんなにたくさんいないってこと。 
 あたしはきちんと持っているけどね。  
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:25
 
-  あたしのマイブームは全世界を二種類に分類すること。 
 あたしの色と、あたしじゃない色。 
 世界を白と黒にきっちりと塗り分けることはとても楽しい。すっごい爽快。 
 世界征服をたくらむ悪い人の気持ちが、ちょっぴりわかる気がする。 
  
 そして今日もあたしは世界を二つの色にくっきりと塗り分ける。 
 世の中には二種類の人間がいる。 
 可愛い人間とそうじゃない人間。もちろんあたしは可愛い人間。ふふふ。 
  
 「さゆー、今日はなんか化粧のノリが悪いねー」 
  
 世の中には二種類の人間がいる。 
 神経の細やかな人間と無神経な人間。 
 絵里はこれ以上ないくらい無神経な人間。化粧のノリくらいなによもう。 
 人の家に泊まりこんでおきながら、朝一番にその言い草はないでしょう。 
  
 「絵里! ちょっと触らないでよー。それさゆの化粧品だから」 
 「えー、いいじゃんいいじゃんちょっとくらい。試させてよ、さゆちん」 
  
 さゆちんって誰だ。  
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:26
 
-  「今、あたしの中ではちんがマイブームなわけ? わかるちん? だからさゆちん化粧ちん貸して」 
 「じゃあ、愛ちゃんは愛ちんになるわけですか? 絵里ちん」 
 「わーお! これすっごい高そうじゃん。ねえさゆこれいくらくらいしたの?」 
 「え、うん。そんなに高くないけど・・・・・」 
 「いい感じじゃん! 今度これ愛ちゃんにも教えてあげよーよ」 
  
 ちんはどこへ消えたんだ。おい。 
  
 とにかく化粧をのせた絵里はちょっぴりゴージャスな顔になった。 
 世の中には二種類の女がいる。 
 化粧の上手い女と下手な女。 
 あたしは残念ながら下手な方。メイクさんに教えてもらってもちっとも上手くならない。 
 でもいいの。あたしは化粧をしていないすっぴんの状態が一番綺麗な女の子でいい。 
  
 そう。芸能人には二種類の人間がいる。 
 すっぴんが綺麗な人と、化粧を落とすと別人みたいになる人。 
 残念ながら娘。には別人みたいに変わる人はいないけどね。 
 矢口さんも藤本さんも卒業しちゃったし。ふふふ。 
  
 「さあ、張り切って買い物にいきますか!」 
 はいはい。張り切っていきますとも。どこまでもついて行きますとも。 
 世の中には二種類の女がいる。 
 買い物が好きな女と、買い物が大好きな女。あたしと絵里は勿論後者だ。  
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:26
 
-  「ねえ、さゆ! こっちの赤のシャツと青のシャツ、どっちがいい?」 
  
 世の中には二種類の人間がいる。 
 人の意見を訊く人間と訊かない人間だ。 
 でもね。絵里が人の意見を訊く人間だと思ったら大きな間違い。 
  
 「えー、この赤の方が絵里に似合うんじゃない?」 
 「じゃあ、やっぱりこっちのピンクのワンピにする! レジで払ってくるね!」 
  
 あはははは。絵里との付き合いはもう5年を超える。 
 これくらいで驚いてはいけない。 
 世の中には二種類の人間がいる。 
 こんな無神経な絵里と付き合える人と、付き合えない人だ。 
  
 え? 付き合える人間なんているのかって? いますよここに。 
 そしてそんなあたしが少数派だと思ったら、それも大きな間違い。 
 こんな絵里はハロプロの中では結構愛されている存在。 
 みんなわーわーきゃーきゃー言いながら絵里と遊んでる。 
  
 こんなときあたしは、なんだかんだ言ってもハロプロって平和だなーって思う。  
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:26
 
-  「でさー、その店員がすっごいのよ」 
 「絵里、襟が歪んでるよ」 
 「ありがと。でさー、サイズが全然合ってないのにさー」 
 「絵里、クリームがこぼれてるから」 
 「ありがと。これこっちに置くね」 
 「ああ、ダメダメ。伝票が濡れちゃう」 
 「へ?」 
  
 あたしは絵里のことが好きだけど、絵里のことが好きじゃない人の気持ちもわかないではない。 
 たまに訊かれることがある。たまにというかよく訊かれる。どんな人にも一回は訊かれる。 
 「絵里と一緒にいると疲れない?」って。 
  
 疲れる。でも嫌いじゃない。むしろ心地よい。疲れるけど心地よい。 
 あたしはちょっぴり神経質なところがあるけれど、見た目ほどイラついてるわけじゃない。 
 キッチリした状態が好きなんじゃないの。 
 でれーっとだらけた状態を、キッチリとさせていくのが好き。 
 綺麗に整えていく自分に充実感を覚える。こういう気持ち、わかってもらえるかな? 
  
 逆にあたしは、あたしと似た神経質な人間と一緒にいる方がどっと疲れる。  
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:26
 
-  「ねえ、さゆ。あの部屋で一人暮らししてて怖くない?」 
 また急に話が変わった。でもあわてない。動じない。 
 回転の速さでは負けないですよ道重さゆみは。 
  
 「うーん。実はちょっぴり怖い」 
 だから昨晩みたいに、時々絵里には泊まりに来てもらう。 
 でもその怖さがどういうものであるかを、東京者の絵里に説明するのは難しい。 
  
 東京には二種類の人間がいる。 
 東京で生まれ育った人間と、地方から出てきた人間。 
 仕事をしているときはあまり意識しないんだけれど、 
 プライベートで遊んでいる時には、このことを意識させられることが案外多い。 
  
 「あのね。隣に住んでる子はね。受験生なの」 
 「え? 去年もそんなこと言ってなかった?」 
 「どうやらまた落ちたらしいの。噂では浪人生活も三年目とかって」 
  
 セキュリティはしっかりしてるし、住人もきちんとした人ばかり。 
 事務所が探してきてくれたマンションは確かに住み心地がいいけれど、 
 お隣さんの女の人はちょっぴり怖い。 
  
 まあ、身元はきちんとした人らしい。 
 ご両親が時々来てるけど、挨拶とか会話とかちゃんとしてくれる人だし。 
 でも女の子で三年浪人って普通じゃないよね?  
 医大合格を目指して頑張ってるらしいんだけど、やっぱりちょっと怖いなあ。  
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:26
 
-  あたしと絵里は話を切り上げて喫茶店を出る。 
 まだ夕方の6時くらいなのに随分暗くなってきている。風もちょっぴり冷たい。秋だね。 
 買い物した荷物を両手一杯に抱えて街に出る。 
 網の目のように東京中に張り巡らされた電車を使わずにタクシーで移動する。 
  
 渋谷界隈は平日というのにかなり混み合っている。 
 世間は平日だけどあたしたちは連休。三連休。久しぶりのオフ。 
 というわけで昨日も今日も、絵里はあたしの家に泊まることになっている。 
 タクシーは混み合った道をもたもたと進みながらあたしの家に向かう。 
  
 ちょっと変わった形のキーをオートロックのドアに差し込む。 
 「えへへ。そろそろスペアキー作っちゃおうよ、さゆ。そんであたしに一本頂戴」 
 「無理」 
 そんなことができるわけない。たった一晩であそこまで部屋を散らかしたんだから。 
 もしこの部屋に居つくようになっちゃったりしたら・・・・・うわ。鳥肌たった。 
  
 「なんでー。なんでなんでなんで。いいじゃん」 
 「だって無理でしょ」 
 「さゆってあたしのこと嫌い?」 
 「え?」 
 「愛してくれてないんだ?」 
 「絵里ってさあ・・・・・・・本当にそういうとこ無神経だよね・・・・・」  
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:27
 
-  あたしたちが部屋に入ろうとしたら、丁度お隣さんが外に出るところだった。 
 流行遅れの変なメガネをかけた、青白い肌をした神経質そうな女の人。 
 あ、目が合った。怖いなこの人。 
 もしも神経質選手権とかいう全国大会があったら、あたしはこの人に負けちゃいそう。 
  
 「あなた0815室の道重さんよね?」 
 お隣さんは目を逸らさずにあたしに話しかけてきた。目力が凄い。メガネが割れそう。 
  
 「はい」 
 「静かにしてくれる?」 
 「え?」 
 「昨日も、ずっと騒いでたわよね? 迷惑なんです! うるさくてうるさくて!」 
 「すみません・・・・・・・・」 
 「あなた芸能人らしいわね。芸能人だから夜遅くまで騒いでも許されるって思ってる?」 
 「いえ・・・・・違います・・・・・・本当にすみませんでした」 
 「芸能人だからって・・・・・芸能人だからって・・・・・・調子に乗って! 自分が特別だとでも!?」 
  
 確かに昨晩は絵里と二人で夜中まで騒いでいた。ごめんなさい。あたしが悪かったです。 
 でもだからって。芸能人だからって。そんな言い方は酷い。 
  
 世の中には神経質と無神経を兼ね備えた人間もいるらしい。 
 世界を二種類に分けることは難しい。 
 今日はもうダメ。ご飯を食べたら早めに寝よう。 
  
 あたしと絵里は部屋に入り、荷物を置くと夕食の支度に取り掛かった。  
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:27
 
-  世の中には二種類の人間がいる。 
 お酒を飲む人と、お酒に飲まれる人だ。 
 あたしは多分、前者だと思うけど、絵里は間違いなく後者だった。 
  
 昨日の夜もお酒を飲んだからこそあんなに騒いでしまったんだろう。 
 だから今日は絶対飲まないでおこうって思った。 
 よく考えたらあたしも絵里もまだ二十歳前だしね。 
 いくら自宅の中だからってお酒を飲むのは芸能人的にマズイかもしれない。 
  
 でも絵里にはそんなことは全く関係なかった。 
 晩御飯と食べ終わると、なんの断りもなくいきなりワインを開けた。 
 「なんの断りもなく」。それは絵里のためにあるような言葉だ。 
  
 「ちょっと絵里。今日は飲むの止めとこうよー。騒いだらマズイよ」 
 「なんで。せっかくのオフなんだから朝まで派手に騒ごうよ!」 
  
 うん。 
 やっぱりこの女は無神経だ。 
 ああ、もう! やめてやめて! バカ! ストップ! 
 ワインってのはそんなになみなみとグラスに注ぐものじゃないの!  
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:27
 
-  「でっへっへ」 
 絵里は完全にできあがっていた。速いよ。まだ飲み始めて10分なのに。 
 こんなにロマンチックのかけらもない酔い方をする女の子って他に知らない。 
  
 「絵里。お願いだから騒がないでね」 
 「騒ぐ?」 
 「お隣さんに響くから」 
 「うひ。ひっく。要するにー、喋らんなきゃいいわけね」 
 「いや、ひそひそ喋ろうよ」 
 何を思ったのか、絵里はグラスをワインのボトルに叩きつけ始めた。 
 キンキンキンカキンカキンという乾いた音は思った以上に部屋に響いた。 
  
 「ちょっとやめて! そんな大きな音を立てないでって!」 
 あたしがそう言った瞬間、お隣さんの部屋との間の壁が向こう側からドーンと叩かれた。 
 物凄い大きな音がして壁が震える。 
 まずい。怒ってる。お隣さんが怒ってる。メチャクチャ怒ってるよ。 
  
 「ダメ。絵里。飲んでもいいから。でも絶対大きな音を立てないで」 
 「立てちゃダメ? 音出しちゃダメ?」 
 「絶対ダメ」 
 「絶対?」 
 「絶対ダメ」 
  
 世の中には二種類の人間がいる。 
 ダメと言われると大人しく引き下がる人間と、 
 ダメと言われるとむしろ喜んでルールを破る人間だ。  
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:27
 
-  「なんじゃーい!」 
 酔っ払った絵里は立ち上がると、壁をガンガン蹴った。 
 「騒音くらいなんじゃーい!」 
 あたしは必死で絵里の腰にしがみついて止めようとしたけど、無駄だった。 
 絵里の腰はものすごく重かった。びくともしなかった。なんだこの馬鹿力は。 
  
 「絵里! やめて! 静かに!」 
 「隣の騒音なんて関係あるかーい! 大学に落ちたのは、大学に落ちたのは」 
  
 ああ、悲しいかな。あたしと絵里は5年の付き合い。 
 彼女が次に言う言葉が、はっきりと予想できた。そして予想は裏切られなかった。 
 悪い予想が裏切られる確率はサハラ砂漠の降水確率よりも低い。 
  
 「お前の頭が悪いからじゃーい!」 
  
 頭が悪いのはお前だ亀井絵里。 
 無神経にもほどがある。  
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:28
 
-  絵里は最後に一回、思いっ切り壁をドーンと蹴った。 
 蹴った反動でよたよたとふらつき、背中からソファに着地する。 
 頭の上にお尻。でかい尻。そのままぐるりと回転して絵里はソファから半身が落ちた。 
  
 もうおしまいだ。警察を呼ばれる。未成年飲酒で捕まる。報道される。 
 ああ。終わった。明日から始まるさゆと絵里の加護亜依的生活の行方やいかに。 
  
 「いたいいたーい! 足ひねっちゃったよー!」 
 足くらいなによ。もう絵里のバカ。 
 ワインがこぼれてカーペットは台無し。蹴った壁は凹んでるし。もう最悪。 
  
 「お隣さんって医者の卵なんだよね! ちょっとこの足みてもらおうか?」 
 酔ってるんだよね? 酔っているから正常な判断ができなくなっているんだよね? 
 もう騒音がどうとかいうレベルじゃない。無神経もここまでいくとすごいよ亀井さん。 
  
 あたしは警察が来たときに備えて逃げ出す準備をしようと思った。 
 だけどお隣さんの部屋は、絵里が叫んだ後は恐ろしいくらいに静まり返っていた。 
 その静けさが逆に怖い。じ、自殺とかしないですよね? 
  
 もめたからと言って今日明日に引っ越すこわけにもいかないし。 
 あたしは酔っ払った絵里を置いて、お隣さんに謝りに行くことにした。  
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:28
 
-  呼び鈴を押しても、お隣さんはなかなか出てこなかった。 
 まさか本当に自殺してないよね? 管理人さんに連絡した方がいいのかな? 
 とても長い時間に感じられたが、時間にすればほんの1、2分だったのだろう。 
 ドアチェーンをしたまま、隣の部屋のドアが開いた。 
 お隣さんの目は真っ赤だった。 
  
 「お騒がせしてすみません・・・・・・・」 
 「・・・・・・・・・・・・・・」 
 「あの子はすぐに家に帰しますから」 
 「・・・・・・・・・・」 
 「失礼なことを言ってすみません。謝って済むことじゃないですが、本当にすみませんでした。」 
  
 目を合わすことは怖くてできなかった。 
 だけど雰囲気で、お隣さんがそんなに怒っていないことは感じた。 
 怒っていないからこそ、逆に申し訳なかった。 
  
 「酒臭いな」 
 「あ」 
 「飲んでるの?」 
 「いえ、その・・・・・・・・」 
  
 やばい。本当に警察に通報されたらどうしよう。  
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:28
 
-  「飲んでまーす!」 
 あたしの後ろから絵里が叫んだ。 
 振り向くと絵里はあたしのすぐ後ろにいた。酒臭い息がぶわっと降りかかる。 
  
 「ちょっとちょっと。そこのあんた。酒臭いって」 
 「飲んでまーす、酔ってまーす」 
 「こっちは勉強してるんだけど」 
 「ごめんなさい」 
  
 絵里はいきなりバシッと90度のおじぎをした。唐突。 
 頭を下げたまま10秒ほど動かなかった。硬直。 
 絵里なりの誠意を込めていたんだろうけど、どこか嘘くさいお辞儀だった。 
  
 「わかったわかった。もういいよ。わかったから」 
 お隣さんは笑っていた。苦笑いだったけど、確かに笑っていた。 
 「なんか足怪我したとか叫んでなかった? 大丈夫?」 
 「ううううううう。ごべんなさい。お姉さんごべんなざぁぁぁい」 
  
 絵里は泣いていた。鼻水を豪快に垂らしながら泣いていた。 
 隣のお姉さんがどう思ったか知らないけど、絵里は単に泣き上戸なだけなのだ。 
 酔うといつも最後は号泣するんです。  
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:28
 
-  もう謝らなくていいからとっとと寝なさいと言ってお姉さんはドアを閉めた。 
 あたしは酔ってフラフラになった絵里を抱えて自分の部屋に戻った。 
 また騒ぎ出したらどうしようとちょっと心配したけれど、 
 絵里は既にすーすーと寝ていた。なにこの笑顔。ちょっとむかつく。 
  
 次の日の朝には絵里は「えー、そんなことがあったのー、覚えてなーい」と言ったが、 
 これはもちろん嘘だ。 
 絵里はいつもそう言うけれど、酔っている時のこともちゃんと覚えていることは知っている。 
 伊達に5年も付き合ってはいないのだ。 
 けれどあたしはその時はそれ以上追求する気にはならなかった。 
  
 世の中には二種類の人間がいる。 
 他人の過ちを許せる人間と、許せない人間だ。 
  
 あたしは時と場合によって、前者だったり後者だったりするけれど、 
 この場合、許すかどうか決めるのはあたしじゃなくて隣のお姉さんだ。 
  
 隣のお姉さんが許してくれたんだから、あたしがこれ以上絵里を責める必要はなかった。  
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:28
 
-  それから一週間くらい経っただろうか。 
 あたしはドアの前で隣のお姉さんと会った。 
 偶然かなと思ったんだけど、どうやらお姉さんはずっとあたしのことを待っていたようだった。 
  
 「こんにちは」 
 「こんにちは。この間はどうもすみませんでした」 
 「あの子さあ、亀井絵里っていうの?」 
 「え、はい」 
  
 調べたのだろうか。 
 あたしは表札は出していないけれど、お隣さんにはきちんと名乗っている。 
 ネットで調べれば、あたしの名前から絵里の名前を見つけるのは簡単だろう。 
 やばい。なんか示談がどうたらとか言われるのかな。  
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:29
 
-  「その亀井さんからこんなもんが届いたよ」 
 お姉さんが差し出したのは一枚のCDだった。 
 ケースの間にはメッセージカードが挟まっている。絵里の字だ。 
  
   この前の夜は騒いで申し訳ありませんでした。 
   騒いだのはあたし一人です。悪いのは私です。 
   隣の道重さゆみさんを責めてあげないでください。 
   勉強の合間に、心を落ち着けるためにいいかとおもったので送ります。 
   是非聴いてみてください。 
  
 CDは「SEXY 8 BEAT」だった。 
 絵里は無神経というか、ちょっと図々しいところがある。 
 うん? 図々しいことを無神経って言うのかな? 
  
 「まあ、なんだ。確かに大学に落ちたのはあたしの頭が悪いからだよね」 
 「いえ、そんなことは・・・・・・・」 
 気まずい。気まずい空気だ。でもお姉さんの気が晴れたことは間違いなかった。 
 その瞳には以前のような神経質な光はなかった。 
 やれやれ。どうやらあたしは引っ越さずに済んだみたい。  
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:29
 
-  そして今日もあたしは元気に仕事場に出かける。 
 職場にたむろするメンバー達は神経質だったり無神経だったりするが、 
 みんなあたしの仲間。 
 世界を二種類に分けたとしたら、間違いなく「あたしの側」の人間。 
  
 「さゆ! 隣のお姉さんどうなった? 大丈夫?」 
 「うん。もう大丈夫。あのCD、ガンガンかけてるよあの人」 
  
 やっぱり世の中は二種類の人間しかいない。 
 神経の細やかな人間と無神経な人間。 
  
 お隣のお姉さんは神経質ではなく、むしろちょっと無神経な人なんだってわかった。 
 だって次の日からすごいボリュームで「SEXY 8 BEAT」がガンガン流れてくるから。 
 夜中だっておかまいなし。おかげであたしは最近寝不足気味です。 
 誰のせいだ。絵里のせいだ。うん。そうしよう。絵里のバカ。  
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:29
 
-  「へへへ。やっぱりプレゼントは効くね!」 
 「なにそれ。いやらしい言い方」 
 「でね。これはさゆへのプレゼント」 
 「えー!? なにそれ急に」 
 「だって部屋とか汚したし。お隣さんに迷惑かけたし」 
  
 なんて絵里らしくないことをするんだろう! 
 いや、きっとこの紙袋の中にはとんでもないものが入っているんだ。 
 そうだそうだ。そうに決まっている。 
 きっとこの紙袋を開けたらあたしは「いかにも絵里らしい」って思うんだ。 
 あたしには理解不能な変なものが入っているに違いない。 
  
 5年も付き合ってると、あれですよ。よくわかるんです。予感がするんです。 
 そして、こういうときの嫌な予感っていうのは絶対当たるんですよ。 
 まあいいや。この紙袋を開けて、少し派手に驚いてあげよう。 
  
 世の中には二種類の人間がいる。 
 神経の細やかな人間と無神経な人間。 
 だけど今日の絵里はそのどちらでもないような気がした。  
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:30
 
-  END 
 
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:30
 
-  . 
 
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:30
 
-  . 
 
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 23:30
 
-  . 
 
- 25 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 13:39
 
-  すごく感じがいい。 
 さわやかな感じでスラスラ読めますね 
   
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