07 妄想系たんたんたーん!

1 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:20
07 妄想系たんたんたーん!
2 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:20
突然、耳が聞こえなくなって呆然と立ちつくす私。
それはまるでテレビの消音ボタン。
なんの違和感もなくいきなりふっ、と音が消えて
後は何も聞こえなくなってしまったのだった。

―――はてはて?

と、つぶやいては見たけれど
自分の声すらわからない。
何よこれ、何なのよ?
どうして何の前触れもなく耳がおかしくなっちゃうの?
これじゃあ、踊れないじゃない!

……。
ああ……神様はついに私を見放したもうたか。
脳裏に浮かぶ。踊れなくなった私をあざ笑うあいつらの顔が。
さぁや、前歯を剥き出しにして私を指さして笑うんでしょう。
久住さん、へろ〜んとしながら聞こえないのをいいことに私の悪口言いまくるんだわ。

ああ、困った。
ダンスレッスンの直前に突然に私の耳は機能停止。
ストレスとか神経症で、目が見えなくなるって病気があるみたいだけど
そのバリエーションかしら?

ストレス……。

無理だ。こんな耳でダンスなんてできっこないわ。
事情を説明して、今日はそのまま帰らせてもらおう。
ていうか病院!病院よ。いそいで病院に行かなきゃ。
だからうん。やっぱり今日は帰らせてもらおう。
3 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:20
―――おはようございます

自分にも聞こえない挨拶をして入る。
すると先に来ていた久住さんが指さして私に近寄ってくる。

―――きっかー

口がそう動いている……ように見えた。
私は意味もなくびくついて、思わず一歩引いてしまう。
視界の奥ではさぁやが1人、鏡の前にたってタンタンターン!と練習している。

久住さんは何か早口に私に話しかけていた。
でも全然聞き取れないその声は遙かカナタボシ。
私は冷や汗をタラタラ流しながら、ひきつった笑顔でその場を乗り切ろうとする。
たまに、あー、とか、うん、とか相づちっぽいものを打ちながら
しかしどんなふうに会話が進んでいるかまったく分からない。
非常識な程マイペースな久住さんは
私の受け答えなんか意に介さずにペラペラペラペラしゃべりまくっていた。
しかも満点の笑顔。

いいの?私、全然あなたの話、聞こえてませんけど……。
4 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:21
久住さん本当話すの好きだよね。
相手が聞いてなくたって。

さぁやはずっとタンタンターン!だし
きっと久住さん、話し相手が欲しかったに違いない。
話かけられる何かが欲しかったんだ。

……。
私はただ、笑顔をペーストしただけのかかし人形。
久住さんの欲求を満たすためだけの慰み者。
それが私である必要なんかなく、ただ誰かが立っていればいい。

そう
久住さんの隣は誰でもよくって
さぁやの相棒も誰でもよくって
私は誰でもよかったのにどうしてか選ばれた。
誰でもいい私が、2人の足を引っ張っている。
今だって
ほらレッスンはいつまでたっても始まらない。
それは私がトロいせい?きっとそうよ。
5 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:21
久住さんは飽きたのか満足したのか
私の前から立ち去って、部屋の隅で謎の体操をはじめた。
この人いっつも、1人で謎の遊技をしてる。マイペースなんだ。

そして今度は、タンタンターン!を終えたさぁやが私の横に来て
壁を背にしてふーっ、としゃがみこんだ。休憩するのねさぁや。
私も一緒になってしゃがむ。
そしてさぁやはさっきまでの汗を拭きながら晴れがましい表情で
空中に向かって何かをしゃべりだした。
こっちを見てはいない。
ただ、私が隣に座っているから聞いていると思いこんでいる。
基本的にさぁやは空気を読めないから。


私の耳がおかしくたって
この人たちの日常は
ほんの1ミリも変わらない。

さぁやは私を見もしない。
聞いていると思ってる。
それでいいわ。それでいい。
さぁやの時間を、私の耳のせいで止めるなんてしたくないもん。

お願いさぁや、私の方を見ないでちょうだい。
見たらきっと失望する。

―――なんだ聞いてないんじゃん

て、

―――だからきっかじゃ嫌なんだよ

て、

―――だいたい何で一緒なの?

て、
6 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:21
日頃たまった鬱憤が爆発してしまうわ。
だからお願い、さぁや
私を見ないで無視し続けて。



しかし
私の願いは届かなかった。

さぁやは立ち上がると私の肩に手を置いて笑った。

―――やろう!

口がそう動いた。
やろう、って……やろう、って

私が戸惑っているとさぁやはタンバリンを出してタンタンターン!と打った。

聞こえてこないタンバリンを私にはい、と渡してくる。

ああ、さぁや。私に踊れと言うのね。
音楽の女神ミューズから見捨てられた憐れな私に
それでも踊れと言うのね。残酷。
7 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:21
私は必死に首を振って抵抗した。

―――無理……、聞こえない……、

さぁやの顔がぐい、と近づく。

―――どうして?

―――知らない……、けど、聞こえない!

さぁやは、後ろを向いて、久住さんを呼んだ……っぽい。
がに股のままバンザイしていた久住さんがこっちを見た。

2人が心配そうに私をのぞき込んでくる。
そして早口で何かをまくし立ててくる。
私は両手で耳を覆って「聞こえない!」とアピールする。
2人は、うなづいた。ようやく事態がわかってもらえたらしい。

久住さんはジェスチャーで何かを伝えようと派手に身体を動かす。

でも……意味不明だわ。
ったく、この人は……
何を言いたいのかさっぱり分からない。

困っていると、さぁやが親指と小指で電話のジェスチャー。
私はポケットから携帯を取り出すと、ディスプレイが光ってる。

なるほどメールで会話しようってのね。さぁやグッジョブ。
8 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:22
<原因は?>

<わかんない。急に>

<病院行った?>

<まだ>

そのとき、さぁやの後ろで久住さんの口がパクパク動いた。
さぁやは、え?という顔をして久住さんを見る。
久住さんはさぁやに向かって何かを話した。

会話を終えると、さぁやが私に向き直ってメールを打った。

<久住さん曰く、原因はストレス>

<何の?>

さぁやは、もう一度久住さんと顔を見合わせた。
久住さんが口をパクパクする。

その瞬間、さぁやの顔が凍りつくのを私は見逃さなかった。

―――何?何だって?

さぁやは、困ったように笑う。
言いづらい内容だったんだろう。
でも私は再び、何て言ってるの?と聞いた。

さぁやは、1つため息をつくと、メールを打った。
携帯に届いたその内容は



<踊りたくないんでしょう、って>


9 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:22
ええ久住さん。

そうよ。きっと。

そのとき妄想が

今まで以上に大きな妄想が

……。

脳内に見えたそれは、過去の記憶

…………。

そして私は

………………。

聞こえなくなった原因にたどり着いた。

………………………。

10 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:22
ストレス?
ずっと感じてる。

モーニング娘。入るためのオーディションに落っこちてエッグになった。
そのときにはもう開き直っちゃった部分があって
「そんなに甘くないよね」て思いながらトレーニングばかりしていた。

敗北感?
無くはなかった。

でもわりと、エッグのみんな良い子ばっかですぐうち解けられたし
新人公演とかのチャンスもあったから
やっぱり開き直るんじゃなくって、上を目指そうって、デビューしようって思えた。
歌にはわりと自信があった。

劣等感?
ときどき思い出したように怖くなる。

月島きらりとユニットを組む話をもらって、私とさぁやは純粋に喜んだ。
いや……純粋っていうか、
これを踏み台にして、もっと大きなチャンスをって気持ちが正直あった。
歌は久住さんよりもさぁやよりも上手いと思っていたし
誰かはきっと見てくれる。

でも始まってすぐに挫折した。
踊りの速さに全然、ついていけなかった。
久住さんリズム感は抜群でしかもかなりタフで
1日で「アナタボシ」をマスター。
私はダメで、さぁやよりもずっとダメで
私のせいで振り付けが完成しない日もあった。
「遅れてる」「やばい」と言われやがて
「自覚が足りない」「ファンを裏切る」とか
だんだん能力じゃなくて人格を否定する言葉で叱られるようになった。
11 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:22
叱られるのも嫌だったけど
それを久住さんやさぁやの前で言われるのが本当、無理だった。

私は完全に自信を無くしていた。

アニメで私のキャラクターが作られた。花咲こべに。
「はてはて?」が口癖の、トロい子だった。


やっぱりね。




…………。

……。


はっ。

気がつくと私は、久住さんとさぁやに引きずられて
レッスン場のど真ん中にまで移動していた。
久住さんがタンバリンを持たせてくる。
12 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:23
やめて!私は踊れないの!

―――無理です。聞こえないんです。

お願いだから私に踊らせないで。無様な姿を晒すだけよ。

―――リズムなんて取れません!

もうこれ以上私を弄ぶのはやめて。
私にはデビューなんて不相応な願いだったのよ。
身の程も知らないで自信ばっかだった自分の愚かさを呪うわ。
謝れと言われれば謝ります。努力だって足りなかった。
さぁやはあんなに練習してるのに私ったら「はてはて?」だもん。
謝ります。

でも、本当に聞こえないの。
音楽が、メロディーが、リズムが、
私の耳に届いてくれないの。
私、音楽から捨てられたの。
もう歌手なんて夢見るのはやめるしかないの。
私には音楽がわからないの。

私はもう、へたり込んで顔を覆ってわんわんと泣き出していた。

そして絶望した。
2人に惨めな姿を見せてしまった。
きっと呆れられただろう。
忙しいのに大変なのに、こんな私の耳が聞こえないばっかりに迷惑かけてるもん。
もう、ここには私の居場所はないよ。
13 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:23

全身から力が抜ける中、




 タンタンターン

身体の中に、それが響いてきた。

 タンタンターン

背骨を震わすこれは何?もしかして

 タンタンターン

もしかしてリズム?リズムだわ!しかも正確な。

驚いて泣き顔を上げると、すぐ目の前に久住さんの優しい笑顔があった。
久住さんがラジカセを膝に抱えて
私の背中をタンタンターン、とそっと叩いてくれていた。

耳からではなく、背中から伝わるそれは優しさ。

―――久住さんっ!

久住さん、久住さん。私を見捨てないでくれてる。
私にリズムを教えようとしてくれてる。
私は……私は……1人じゃない。
14 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:23
久住さんがボリュームを上げる。
すると空気の振動が直に腹の中まで伝わってくる。
音は聞こえて来ないけど
私の腹に流れ込むそれはリズム。

タンタンターン!タンタンターン!

いち に タン タン ターーーーンッ!!!!!!

いける!
これなら私にもつかめる。
耳で何度聞いても捕まえられなかったものを、私は全身でつかみかけている。
そうなんだ。
音楽って
耳で理解するものじゃない。
身体で感じるものなんだ。

タンタンターン、の振動と同時に流れてきたのは大きな勇気。確かな友情。
そうよ私は Milky Way よ!
1人じゃないわ!

「わたし、踊る!!」

私は勢いよく立ち上がった。

「やったーーーーーーーーーー!」

歓声と同時にパチパチと2人の拍手する音が聞こえてくる。

「よかった。きっかが復活した」

あ!聞こえてる。
15 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:23
もう音楽を聴くのも怖くない。
そして

「ありがとうございます。久住さん」

仲間だって怖くない。

「よかったー」
「久住さんすごいです」

さぁやが感激して言った。

「きっかの病気を一発で当てちゃうなんて」
「ま〜ね。てきとーに言ってみれば当たるもんだよ」

マジ?…………。

「そ、そうなんですか。す、すごい……の、かな?」
「とにかく、きっかが復活して良かった。
 さぁ、タンタンターン!練習するぞ!」
「「はいっ!」」
16 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:24




「さぁや。ラジカセにタンタンターン!入れて」




……………………………………………………。

え?


17 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:24
「ん?どうしたのきっか?」
「だって、今タンタンターン!流れてたじゃないですか」
「?」

ち、違うの?違うのね!!

私は久住さんからラジカセを奪って再生ボタンを押す。


♪だぁ〜ってだってべイベー。アイアイ会いたいわ〜♪


うそ!?これプッチモニじゃん!!

がーん!

私の頭上にずしりと鉛が落ちてきた。
ずっとタンタンターン!だと思ってたのに……
どんだけリズム感無いのよ私。

ってか

「いやぁ。たまたまそれが入ってて。入れ替えるの面倒だったからさ〜」

どんだけ適当なのよ久住!
どんだけ空気読めないのよ北原!

「ひどいっ……私、騙されてた……」
「あ、泣いちゃった」
「あ〜あ。久住さん泣かした」
18 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:24
「ち、ちちちち違うよ。
 ね、きっか。おかげで耳が元に戻ったじゃない」
「そ、そうだよきっか。
 久住さんのおかげで、また踊れるようになったんだよ」
「た、確かに……」
「そういうこと!だから怒っちゃだめだよ」
「そうですね……って
 丸め込まないでください!!」

私が拳を振り上げると2人はキャーと言って走って逃げた。

「こらーっ!待てーーー!よくも騙したな!!」

逃げる2人を追いかけながら私は
仲間の愛情に包まれている幸せを感じていた。

それはかつてデビュー前に夢見てた
幸せとはちょっと形が違うけど
それでも私の脳内には今
ハッピーな音楽が流れ続けているのだった。


19 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:24
FIN
20 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:24
たん
21 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:24
たん
22 名前:07 妄想系たんたんたーん! 投稿日:2008/10/17(金) 21:25
たーん!

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