05 ユニゾンは少しだけずれていた

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:31
05 ユニゾンは少しだけずれていた
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:31

世界が鮮やかなのは、歌があったからでした。
歌を歌っているそのステージは、まさに原色が渦を巻いているような鮮烈な世界。
涙が出そうなほどに酔いしれて、私は激しく踊り叫ぶように歌いました。
よく喉を潰してしまうこともあったのですが、それでも私は歌うことをやめませんでした。

舞美、とあなたが呼ぶと私は振り返る。
私はえり、と反射的に呼び返しました。
当然のように互いに微笑みあいました。

世界が鮮やかなのはまた、あなたの声があったからでした。
あなたの声は色で言うなら薄いピンクに濃い緑が差し込んで、
その中にやさしい空色が混ざっていました。

3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:31

そして、あなただけじゃなく。

舞美ちゃん。
舞美ちゃん。
みぃたん。
舞美ちゃん。

私のそばにはいつも誰かが様々な色の声を泳がせていて、
それもまた私の世界を構成していて、私の周りは賑やかでした。

私はどこか浮かれていたのかもしれません。
世界があまりに幸福だから、何かを忘れていたのかもしれません。

4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:32

足を滑らせたのは、一瞬。
それからは果てしない闇への穴へ落ちていくように、長く長く。



「舞美――――!!!!」



その叫び声を最後に。
叫んでいるあなたの姿を最後に。

世界は。
ひっくり返って。
一瞬で痛みと共に暗転しました。

5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:32


―――


6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:32

助かったことを奇跡と呼ぶのならば、
私は助からなくて良かったとさえ思いました。
私にとっては奇跡ではなく報いに感じて仕方なかったのです。


世界が鈍く色を失ったのは、歌が歌えなくなったからでした。
聴力を完全に失った私は、もうステージに立って自分の声をメロディに乗せることなど叶わないのです。
叫んでも泣いてもそれすら聞こえないので、もう私はそういった類の抵抗をやめました。

いつも笑っていたはずの私を誰もが憐れむような目で見ていました。
かわいい存在だった年下のメンバー全員がひどく憎らしく思えました。
初めての感情のようで、久しい感情のようで。

世界が鈍く色を失ったのはまた、あなたの声が消えたからでした。
歌を歌っていた私が音を失って、絶望したのは次にあなたの声が聞こえなくなることでした。
あなたの笑顔を見てあなたの声が脳内で再生されて、ほのかに取り戻す色味だけが救いでした。

あなたを呼ぶことすらもう叶わない。
あなたが私を舞美と呼んでいるのが唇の動きで分かっても。
あとは黒と白黒と白、灰色。
何が何だかわからないでわかろうともしないでベッドに潜り込みました。

7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:32

ある日。
そんな私の手を引いて、あなたが外の世界に連れ出してくれました。
外はどこも曇天の如く色褪せて、毎日歩いて見ていたはずの空は漫画の世界のように非現実的でした。
いや、現実ではないのだと私は思うことにしました。

あなたは大きくゆっくりと口を開けて何か話しかけてきます。

ま、い、み
あ、つ、い、ね

あなたは私が忘れた感覚を伝えようと笑っていました。
あなたが汗で額を光らせるほどならば、昔の私は顔全部を汗で光らせていたでしょうか。
今の私は寒いほどで、一筋の汗も浮かびません。

あなたはきっと泣き出したいはずなのに。
あなたがそんなに強くないことを私は知っているのに。
それでもあなたは笑って何かをまた話していました。

あなたが何かを伝えてくれると、一瞬それらが戻ったように感じました。

いいてんき
と言われると、空がほのかに青くなったように。
なんだかねむい
と言われると、なぜかまぶたがとろんと重たく。

私は単純で、隣にいる彼女の感覚がまるで自分の感覚のように感じていました。
何も感じなくなった私の世界では、あなたの唇の動きから紡がれる感覚だけがすべてでした。

8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:33

手を引かれるままに着いたのは海でした。
驚くほどに無臭で無色の浜で、私は呆然と立ち尽くしていました。
舐めてもきっとなんの味もしないのかと思うと、やはり立ち尽くすしかありませんでした。

舞美と呼ぶ声が、私とあなたが笑っている映像が古い映画のように私の脳内で再生されました。
……以前に、あなたとこの場所で遊んだみたいです。
き、れ、い、だ、ね
そう言って無邪気に笑うあなたは覚えているでしょうか。
私だけが、いつまでもこんなに大切な思い出としているのでしょうか。
考えるだけでなぜか胸が痛くなります。


波が押し寄せて、引いていって。押し寄せて、引いていって。
音がするはずの世界はやはり沈黙していました。
………
…聞こえない。
もう何も聞こえない。

知っていても受け入れられなくて。
私は手をずっと握ってくれているあなたを引っ張って、
このヘドロのような海に連れていきました。
くるぶしから、膝の下、腰のあたりまで汚い水が私たちを包みます。

何かをあなたは叫んでいますか?
やめてとか。
離してとか。
けれど私には聞こえない。
だから何もわからないふりをして、あなたを道連れにしようとしている。

9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:33

足が届かなくなりそうなくらいまで深くなると、ふいに抱き寄せられました。
あなたが私を抱きしめていました。
泣きながら、笑っていました。

ま、い、み

と言っているのはわかりました。
それからは固く抱きしめられて、あなたの顔は見えませんでした。
でもあなたの息が肩にかかるたびその部分だけが熱いような気がしました。


私は目を閉じました。
後ろに押される力を感じて、私の世界はゆっくりと角度を変えます。
あなたの意志で私たちは水の中に飛び込んだように感じました。


10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:33


目を開くと、水の中はだんだんとモノクロから明るくなりエメラルドに輝きだして、
あなたの茶色い髪が揺れて、あなたの白い肌が私を包んで、
胎内のような世界は苦しくなどありませんでした。

でもそれは私だけかもしれない。
あなたには苦しいだけかもしれない。
あなたを見るけれど、水の中で目を開いてもよく見えない。
ただ、強く抱きしめあって存在を確かめ合っているだけ。


えり。
えり。
何度も心の中で叫ぶように呼びました。
なぜ呼びたいのかもわからないまま、叫び続けました。


11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:33


―――


12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:34

まぶしい、と思って目を開くと、私は仰向けに寝かされていました。
すこし苦しく感じたけれど、ちゃんと息をしていました。

…生きている。
私は生きている。
息をしている。
心臓が動いている。

急に、今まで希薄だった自分が生きていることをはっきりと感じました。
その瞬間によぎったのは、………あなたでした。

あなたは。
あなたは生きている?
あなたが生きていない世界に生きていく自信がなくて。
今までとは何か違う恐怖が私を支配しました。

13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:34


その時。


ぎゅう。
強く左手を握られていたので見てみると、あなたが私を見て笑っていました。



ま、い、み



そう言って笑っていました。


14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:34

私はたまらない気持ちになって。
これがなんなのかもわからずに泣きました。
あなたの腕の中で泣きました。
私よりも、あなたが生きていることが嬉しくて仕方なかったのです。
嬉しいという感情も久しぶりで、どうしたらいいかわからずにやはり泣きました。


ええと。
こんな時私はどうしていただろう。
一生懸命考えて、考えて、思い出しました。



……ああ、そうだった。
私は歌ったのだ。
嬉しい時、悲しい時、楽しい時、どんな時も。


15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:34

だから、私は歌います。
声を張り上げて、歌うけれど。
自分でもなんて歌っているのかわからないし、
私以外の人にはただ何を言っているかもわからないふにゃふにゃした叫び声なのでしょう。

それでも。
あなたが隣で一緒に歌ってくれました。
その音は、聞こえないけれど聞こえてきました。
あなたの甘い歌声が私の耳に。
記憶という私の耳に。

私の浅い記憶力じゃあ、いつかそれは少しずつ形を変えて
やがて忘れてしまうのかもしれないけれど。
でも今は、かつて私の耳から脳を震わせていた音の記憶をたどって、
あの日のように音が私の中で再生されました。


私の手を強く握って。
あなたが歌います。


16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:35


声が増えた気がしました。
すると、病室のドアの向こうから見覚えのある幼い目が覗きました。
私は笑って手招きしました。

えりと二人で歌っていたのが。
千聖。
なっきぃ。
愛理。
栞菜。
舞。
一人が加わっていくたびに私の記憶の音が厚みを帯びていきます。
何度も何度も聞いた音が。
今、まるで聞こえているかのように。


私は泣きながら笑って歌いました。
みんなも泣きながら笑って歌いました。

17 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:35

この先、私の記憶からみんなの声と歌い続けた歌が消える日が来るとして。
それはきっと何百年も先のことのような気さえ、今はしたのでした。
私の世界にはいつしか嘘のような鮮やかな色がよみがえってきました。
私が声を張り上げるほどにみんなが声を張り上げて、
その度にモノクロの世界を突き破って色がはみ出すようにして。

私は今までもきっとこうやって世界を彩ってきたのだと、こんな耳になって知ったのでした。
もし私の世界に起きたことでひとつだけ奇跡と呼ぶのなら、
私はあの事故で自分が生きていることよりも、
こんなに世界を輝かせる仲間に出会えたことを奇跡としたいです。

18 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:35



歌はいつまでも続きました。
いつまでも、いつまでも、いつまでも、
歌声は私の心の中で鳴り止むことを知らずにメロディとともに流れ続けました。


19 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:35
END
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:36
らららららららら
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:36
うた・うた・うたおう
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 22:36
从・ゥ・从<人間大好きさ!
リl|*´∀`l|<この歌では実に287回「LA」と言っているとかいないとか(♂の声含む)

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