04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない

1 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 21:38
04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない
2 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 21:43




「教授、これは・・・」
私は、後ろに立っている枯れ木のような年寄りに、そう問いかけた。
しかし、聞こえてくるのは、乾いた空気穴を通り抜けるぼそぼそとした音だけ。
彼が求めていたものが、ここにある。
それを言葉に表せないもどかしさを感じているのは、間違いなく彼自身だろう。
おそらくこの事実を学会に発表すれば、溢れるほどの栄誉が与えられる。
ただ、彼にとってはそんなものは何の価値もない。毛ほどの意味もない。

事実と向き合うこと自体が、彼にとっての意味の全て。
私にはわからないけれど、そうなんだろうと思った。
3 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 21:44


              ◇

4 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 21:51




「門倉君」
廊下で教授にそう呼びかけられたのは、大学の後期がはじまってすぐのことだった。
もうじき9月も終わりだと言うのに、粘る暑さが肌に纏わりついていたのを覚えている。
声に振り返ると、そこには見慣れた老人の姿があった。

唐津教授。私の所属しているゼミの担当教授。

確かにゼミの講義で度々顔を合わせてはいるものの、呼び止められるほどの
理由は持ち合わせてはいなかった。
「どうしました?」
その問いに、彼は歯にものが挟まったような表情でこう切り出すのだった。
「先日の、星穂遺跡に関するレポートについてなんだが」
なるほど。疑問は一瞬にして解けた。
5 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 21:56
唐津教授はもともと、朝結文明について造詣が深く、その道ではプロフェッショナルとも言うべき
実績を持っていた人だった。
しかしある日突然、彼は朝結文明に関する一切の研究をやめてしまった。知り合いの准教授から聞
いた話だと「興味が完全に薄れてしまった」のだという。研究資料や文献、そのほとんどを後進の
人間に譲り渡し、彼自身はまったく新しい研究をスタートさせた。

それが朝結文明が生み出した異端の遺跡、星穂遺跡だった。
6 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 22:02
朝結遺跡を追い出された、原始の6人がその英知を結集させて作り上げた
ストーン・サークル。6本の柱からは人間の手をかたどったようなオブジ
ェが伸びていて、唐津教授はその冷たい石の手を触りにストーン・サーク
ルに日参していたという。

私は彼と星穂遺跡の関係を知っていた。
もともと星穂遺跡について何の興味もなかったが、遺跡について知りうる
限りの情報をまとめ、レポートの課題として提出したのだった。
もちろん、そこにはただ単位が欲しいという浅ましい目的のほかには何も
存在しない。よって、レポートの中身にも大して価値はないはずだった。
ロビン、あっきゃん、はしもん、もろりん、かえぴょん、ごとぅー。
意味のない単語を繋げて適当に文章にしてレポートとしての体をなしてい
るだけのただの紙くずだ。
7 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 22:07
だけど。

「君が提出したレポートは非常に興味深いものがある。今度の日曜
に星穂遺跡に出かけるんだが、君も一緒に来てくれないか」
意味がよくわからなかった。
彼が私のレポートに何を見出したのか、そしてどうして私を星穂遺
跡に連れて行くのか。
しかしながら断る理由も特にはなかった。今付き合っているセック
スレスの彼に気兼ねする必要もなければ、予定もなかった。それに
この年寄りの茶番に付き合うことで、より高い評点を得ることがで
きるかもしれないと言う下心もあった。

私は彼の誘いを、受けることにした。
8 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 22:09


              ◇
9 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 22:18




「それであのジジイの誘いを受けちゃったわけ?真冬絶対にやばいって」
その話をするなり、親友の美沙は非難めいた表情をした。
「そうかな。どうせ暇だし、悪い話じゃないかもとか思ったんだけど」
「真冬知ってる?あのジジイ、自分に中学生くらいの妹がいるとか周囲
に吹いてるらしいよ。誰が信じるかっての」
それなら私も聞いたことがある。何でもクウォーターらしく、名前は忘
れてしまったけれど、少しアフォっぽい名前だったような気がする。
「とにかく、遺跡に連れてくとか言われて途中で襲われたりしないよう
に気をつけなよ!」
おーい、三代。そんな男友達の声に呼ばれ、美沙は隣のテーブルへと移
動していった。確かあれは誉田ゼミの子だったような。そう言えば美沙
は最近になって誉田ゼミへの移籍願いを出しているとか言ってたような
気がする。
10 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 22:27
誉田教授は最近になって頭角を現してきた朝結文明の研究者だ。
唐津教授が抜けた穴を埋めるような形で、学内でも名前を売り始めている。
しかし彼らの間に修復しがたいほどの溝があるという話もあった。
もともと同じ分野の研究者だったからだろうか、理由は良くわからないけれど
誉田教授が教授会に働きかけて、唐津教授への資金援助をストップさせようと
しているらしい。何でもあんな地下分野に金をかけるくらいなら、朝結文明の
研究にその分の資金を投入すべきだ、そのような種の発言をしているとか。
確かに星穂遺跡の研究など、多くの人間が携わってきた朝結文明に比べれば塵
芥ほどの価値しかないのかもしれない。学内においても、唐津教授のほかに星
穂遺跡に興味を示しているのは呑子女史くらいしかいない。でも、数の論理で
マイノリティを弾圧するやり方は私は好きではなかった。
11 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 22:29


              ◇

12 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 22:35




日曜日は生憎の雨模様だった。
私はくせ毛なので、こんな天気の日には頭がくねくねしまうのだけ
れど、何とかドライヤーと格闘してそれなりの体裁で待ち合わせ場
所に向かうことができた。

唐津教授は車で待ち合わせ場所に来ていた。
彼の風貌同様、小さく古びた車の片隅に「mano」と書かれたロゴが
貼り付けられていた。聞いたことのないブランドだ。
待たせたね、さあ、乗りなさい。
彼はそれだけ言うと、さっさと運転席に乗り込んでしまった。私も
それにあわせ、助手席のドアを開けた。
ぎぎぎ、と古びた音がした。
13 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 22:42




遺跡についた時にはすっかり雨は本降りになっていた。
河童でも出てきそうなくらいの雨だった。
子供の頃、河童が本当にいると思っていた。河童が好き過ぎて、河
童の真似をして踊ることもなった。だから、でも嘘なんだよという
河童を否定された一言は今でも忘れることができない。

「門倉君、君が引き合いに出した麻埜衿遺跡の話は本当に参考にな
ったよ」

昔話を中断させたのは、教授のそんな一言だった。
麻埜衿遺跡。かつては無名の遺跡だったが、ある一つの発見が考古
学会を大きく揺るがせた。装置の前で、ジャイアン顔負けの汚い音
を奏でると、遺跡の扉が開かれる。そのことで麻埜衿遺跡は一躍人
気の考古学スポットになった。そのことをレポートに盛り込んだの
だった。

「私が朝結文明に見切りをつけた頃、私の荒んだ心を救ってくれた
のは実は麻埜衿遺跡の研究だったんだよ」
14 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 22:52
懐かしそうに、でも深い悲しみを湛えた表情で彼は言った。

「だが、やがて私の心は麻埜衿遺跡でも満足できなくなっていった。
所詮は朝結文明の傍流。私の思いは朝結を追放された逃亡者たちへ
と馳せることになる」
「なぜ朝結ではダメだったんですか」
「君も誉田に唆された口か?あいつは朝結のことを何もわかっちゃい
ない。確かに私は情熱は失った。だがあいつなんかよりも朝結につい
てはよく知ってるつもりだ」
唐津教授は声を荒げてそう言った。そして自分が取り乱したことに気
づくと、俯きながらすまない、と一言だけ呟いた。
「教授…」
「済まないね。そうそう、なぜ朝結ではダメか、という問いだったね。
きっと君には理解してもらえないかもしれないが、星穂、いや星穂を
含むあの文明には、朝結が失ってしまったものが見えるんだ」
15 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/16(木) 23:05



ついに私たちは例の6本柱のある場所についた。
柱から伸びた6本の手は、天に向かって雨乞いをしているようだった。
「門倉君。君は私に忘れていたことを思い出させてくれた。いや、私
が忘れたふりをしていただけなのかもしれないがね」
「忘れていたこと・・・ですか?」
「ああ。まのえりもポッシボーも、元はと言えばハロプロのエッグだ
ったということをね」
「は?」
16 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/17(金) 05:09
そう言うと、教授は懐から6つのコップを取り出した。
ひょろ長いもの、妙に骨太なものなど実に様々な形をしていた。
「教授、これは一体」
「私の仮説が正しいのなら、これで遺跡の扉は開くはずだ。仮説が
正しいのなら、ね」
そしておもむろに、持ち歩いていた水筒から、6つのコップへと水
を注ぎはじめる。その分量も様々だった。まさか。
柱の根元に置かれたコップ。
教授が持っている音叉。
何が始まろうとしているのか。すぐに答えは出る。
17 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/17(金) 05:15
教授が音叉を叩く。
すると、6本の柱に設置されたコップが、共鳴しはじめた。
音は重なり響きあい、そして。大地が揺れた。
柱が、轟音を上げて沈んでゆく。
それとともに、何もなかったはずの6本の柱の中心部が陥没しはじ
めた。
「教授、これは・・・」
私は後ろの老人に問いかけたが、返事は何もなかった。
毎日のように日参していた握手会から、このような事態が引き起こ
されるとは。未知の発見に対する感情を言葉にできない彼のもどか
しさは背中を通して十分すぎるくらいに伝わっていた。
18 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/17(金) 05:23
大地の揺れがすっかり収まった後には、かつて6本の柱が屹立して
いた場所に、地下へと通じる階段があるのみだった。これが唐津教
授の言っていた「星穂遺跡を包括する、巨大な文明」の足がかりに
なるのだろうか。
「さあ、行こうか。梨沙子も待っている」
先ほどまで押し黙っていた教授は、そう言った。
梨沙子?確かそれは、教授の孫と言ってもおかしくないくらいに年
の離れた妹の名前だったような。その子が本当に教授の妹なのか、
なぜその子が黴臭そうな地下にいるのか。聞きたいことはたくさん
あったけれど、全ては彼の情熱の前に無力化されそうな気がした。
「星穂遺跡。そこには逃亡者6人の、六つの椅子。つまり権力機構
があるとされていた。そのほかの椅子は、ないはずだったんだ。し
かし現実に、ここから先には、道が続いている。ないはずの椅子が、
ある」
19 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/17(金) 05:28
ないはずの椅子が、ある。
ない椅子が、ある…
これ以上はわからなかった。ただこの文明に名前をつける上で、
ない椅子がある文明ではいかにも座りが悪そうなのは確かだった。
教授に手を引かれ、地下の入り口へと歩いてゆく。
逆らえなかった。
ここが教授の夢の中の世界であるような気がした。
おそらく夢の中なら、彼の年の離れた妹は存在するのだろうし、私
も日の差さない地下で暮らしていけるのかもしれない。

止まない雨音の中で、私は教授の夢の中で溺れていた。
20 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/17(金) 05:35
あ:あゆべえ
い:いくっち
う:うっちぃ
え:えり〜な
お:おっきゃん
21 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/17(金) 05:36
み:みっきー
り:りっぽん
お:おがまな
ん:まっちゃん
22 名前:04 あなたはそう思うけど、わたしはそうは言わない 投稿日:2008/10/17(金) 05:37
おぼえやすいですね

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