01 音缶
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/15(水) 20:11
- 01 音缶
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:22
- クビ。
死刑宣告はその二文字で完結に行われた。
田中れいな、18歳、無職。ちょっと前まではフリーターだった。でも無職。東京で一人暮らししてる身にこれはちょっとキツくない?
「つーか、ありえなくないフツーさあ?! だってアタシなにも悪くないんだよ?」
「そだね。なんだっけ? 吹き替え?」
「そそそそそ。あっちが勝手に声壊してんじゃないかよ。もう合わないからキミ、クビってさぁ・・・どんだけー・・・」
「はいはい、あ、つみれと大根とちくわぶ、追加で」
「ちょっとさゆ、真面目に聞いてよ! あ、生中1杯」
「今のはキャンセルで。聞いてる聞いてる」
「ちょ」
「未成年」
「いいじゃんかよー、もう飲まなきゃやってらんないっちゅーの」
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:33
- 「オーダー? キャンセル? どっちスか?」
ダルそうに店員の女が声をかけた。先刻から思っていたけど、ここ、店員の態度サイアク。アタシがムカついてる横で、さゆはへらっと笑って指を2本立てた。
「ウーロン茶ふたつ」
「はーい」
返事までやる気ない。
「れいな機嫌直してよ。ね」
「あーもうムカツクむかつくムカツク。アタシ明日からどーすんのって感じじゃない?」
「あれは? なんかボーカル? 歌ってなかったっけ?」
「こないだ仕事決まったとき辞めた・・・つか、辞めさせられた・・・」
「あー・・・」
「喧嘩別れみたくなっちゃったしさー、なんっつーの? 悪い評判しかないからあのへんで歌うの、当分無理っぽい」
「あ・・・」
さゆがフッと視線を中空に彷徨わせた。店のBGMはタカハシアイ。あたしのバイト先だったアイドル。ゴーストボーカル、声の吹き替えってやつがあたしのバイトだった。忙しい彼女に代わってあたしの声がレコーディングされてCDにプレスされた。払いも悪くなかった。すごく良かった。おいしいバイトのはずだった。
タカハシアイが喉を壊して声質が代わるまでは。
「はい、ウーロン茶、お待ち」
さっきのやる気ない店員がだるそうにウーロン茶ふたつと缶をいっこ、テーブルの上に置いた。
「なに、これ?」
「オンカン」
「おんかん?」
「オマケです」
「はぁ・・・」
店員は大した説明もせずにサッとテーブルから離れた。青い缶で、何も印字されてない。気持ち悪い。かろうじてプルトップになった開け口を除いて、極めて嘘っぽい缶だった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:40
- 「なんでれいなにだけくれたのかな?」
「は?」
さゆがむーっとして言う。確かに二人掛けなのに缶はひとつしかない。それもアタシの前に置かれてる。
「うっわ。なんか気味悪ッ」
「そかな。れいなツイてるんじゃない?」
「なんで?」
「だってオマケだよ? 開けてみなよ」
「ウーロン茶残ってるじゃん」
「いいからさあ、開けてみなよ」
さゆは向かい合った席からあたしの横に移動して強引に座った。一応は4人掛けっぽくなったボックス席だけど、4人で座るにはちょっと無理があるサイズで、つまり狭苦しいっちゅうの。
さゆに急かされて、あたしは表向きは渋々プルタブに手を掛けた。なんて、内心あたしもちょっと、何が入っているのかわくわくしてなかったって言えば嘘だ。
プルタブを引き上げるとパシュッって圧縮された空気が噴出して額にかかった。
ぺらん。
プルタブは綺麗に缶の上面を丸ごと連れて開いた。飲み物の缶じゃなくてツナ缶みたいな感じで開いた。
「あ、れ?」
「なに? なにがはいってんの」
「・・・からっぽ?」
「えー」
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:45
- 「なにそれ」
「なんだろ?」
「空気の缶詰、とか?」
「あー、聞いたことある。牧場の空気とか高原の空気とかハワイの空気とか詰めて売ってるやつ」
「どこの空気?」
「さぁ? なんの匂いもしなかったけど」
「それだけ?」
「それだけっぽい」
「・・・なんだぁ」
さゆはがっかりしたように溜息を吐いて、前の席に戻った。そのあとさゆの通う大学の話とか何かくだらない話とかして、いつもなら絶対行くカラオケにも行かずにさゆと別れた。
なんてことがあったのは、一週間前で。
それからなんか、あたしの人生が、いや性格には人生観が?、変わった。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:46
-
★☆★ 音♪缶 ★☆★
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:50
- 世界は音であふれてる。
比喩ではなく。
様々な雑音が旋律を奏でている。足音、窓を開ける音、ケータイの目覚まし、電車の音、クラクション、踏み切りの警報、ホイッスル、雨音・・・・・
絶対音感を持つ人は、それらが鮮明に聞こえるのだという。映画ダンサーインザダークでは工場のプレス音でワルツを踊り、映画シカゴでは監獄の生活雑音でミュージカルになった。
で。
アタシはと言えば。
音ガ見エルヨウニナッテシマイマシタ。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 23:54
- いやちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。アタシだって気持ちと頭を切り替えて、面接に行こうとしたの。前向きに。履歴書とか書いて。高校中退したけど、卒業とかってごまかして。聞かれたらどうしようって思わないでもなかったけど、たかがバイトでそこまでフツー調べないよねえって開き直って。
で、レンタルショップに行って。
店に足を踏み入れた途端に音が見えた。
なんだろう、実体じゃないというのは理解できた。うっすらと色がついてて重力があって形があって、その、つまり、薬でもキメてしまったんじゃないかと思うような見事な幻覚が、店の上にわだかまっていた。
大概は不定形で、でも形と重力を持っていて。
それがいろんなノイズが干渉しあっていて、気持ち悪いぐちゃぐちゃで。
あたしは180度、踵を返して立ち去っていた。
いやその! 働きたくなかったわけでは決してなくて! 働く気は充分あったけど、でも無理! あれは無理! 見てるだけで気分悪くなるってば!
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 00:01
- 「・・・あたしに誰に言い訳されてもねー」
「う」
さゆが冷たく言って、ずっとオレンジジュースを啜った。この店のBGMはハカセタローで、それもごくごく小さい音量でかかっているのでそんなに気持ち悪くはならない。
「じゃ、ここでバイトしたらいいじゃん」
「今は募集してないんだって」
「もう聞いたんだ」
「うん・・・」
しばらくジュースを啜る音だけになる。この音もちょっと気持ち悪いけど、コップの横に一瞬バチッと弾けるだけですぐ消えるから我慢するのは簡単。
「原因ってやっぱあれだよね? あの、オンカン?」
「れいなさぁ・・・働きたくないからってそれはちょっと突飛すぎない?」
さゆがシラけたように言う。
「だってオンカンってつまり音の缶詰って意味なんじゃないの? あのなかに詰まっていた空気を吸ったから、だから・・・」
「あたし、れいなの横にいたし一緒に空気も吸ったと思うけど、全然見えないし?」
「それはさゆが音痴だから」
「・・・・」
「・・・・:
「れいなさあ、本気でそう思ってるなら先に病院行ったほうがいいよ」
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 00:08
- 「それか、あの居酒屋」
「それだ!」
「え、行くの? 今?」
あたしはダッシュで席を立った。さゆはきょとんとして、それでもおっとりと後ろから着いてきた。
「着いてこなくてもいいのに」
「あたしの勝手でしょ」
コーヒーショップからはそれほど遠くないはずだった。いくつかの通りを抜け、角を曲がり、そして!
「あれえ?」
「・・・ないねぇ?」
居酒屋は、綺麗さっぱり消え失せていた。記憶は確かにこのへんだというシグナルを出しているのに、痕跡さえも見つからない。
「え、嘘ちょっと待って。隣の店なんだっけ?」
「覚えてない・・・でもたしかにこのへんだったよね」
「え、気持ち悪い・・・なにこれ・・・」
「れいな店の名前、思い出せる?」
「・・・無理。覚えてない。さゆは?」
「覚えてるわけないじゃん」
さゆはさらっと当たり前のように答えた。ほんの一瞬、殺意が沸いた。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 00:48
- 「さゆ、なにしに来たの」
「あ、や、れいなが困ってるから、面白いかなぁって・・・」
「うちは見せもんやなか」
「れーな、怒ってる? 方言出てるよ、方言」
「せからし」
「あーっ!」
「なん・・・」
「バイト! あの人! 今いた!」
「はァッ?」
「あの、オンカンもってきた!」
うちは音速の勢いでさゆが指差した方角を向いた。猫背気味に微妙に似合わないひらひらっとした服を着てダルそうに歩いてる風情がそっくりだった。
「待っ」
猛烈ダッシュを掛けて後を追う。女は足を止めて振り返った。間違いない。店員だ。うそくさい笑顔にも見覚えがある。
女は、アタシを見てニヤッと笑った。
「ああ、効いたんだ」
「はいッ?」
「オメデトウゴザイマス」
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 00:57
- 「なにを・・・」
「あなたは35万人に一人のオンカンの持ち主です」
「すごく中途半端な」
「世田谷区に2、3人はいるってことだよね」
「そう! オンカンが効くのはわずかにそれぐらいなのです!」
「それって結構多くない?」
「少なくはないよね」
「つまり、厳正なる審査の結果、あなたは音魔と戦う正義の味方に選ばれたのです」
「審査って適当にオマケをぶつけてただけじゃ・・・」
「オンマ?」
「そう! この世には目に見えない邪悪なものが沢山いるのです。音魔はその不協和音で人々の苛々を最高潮に募らせ悲劇的な事件を起こすのです! 古くはピアノ騒音隣人皆殺し事件! キャッチボールしていた親子ひき殺し事件! 凄惨なる惨殺事件の影には神経を衰弱させる音の魔が常に潜んでいるのです!」
ダルそうなのが吹っ飛んで妙に生き生きしだした。
付き合うのがバカバカしくなったので、あたしはそっとその場から離れようとした。
「あ、ちょっと待って! なんで立ち去るんですか! 音魔の正体について知りたくないですか!」
「ない」
「そんな!」
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 01:02
- 「で、正体は?」
さゆがバカに構った。バカは誇らしげに胸を張った。道のど真ん中で。
「それは私!」
その直後、派手なクラクションを鳴らしてトラックが車道を駆け抜けた。先程まで道のど真ん中に立っていた何かはすでに残ってなかった。
「地球は救われたねー」
「あー」
「めでたしめでたしってことでー」
「れいな就職どうしんのー」
「どうしようかなー」
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 01:02
- -失格orz-
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