09 川辺にて
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:47
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09 川辺にて
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:48
- 暖かい日差しが背中をふんわりと包む。
ここ数日で、すっかり春の陽気だ。
私は待ち合わせの場所へ向かっていた。
さらさらと水の流れる音が聞こえてくる。
もうすぐだ。
みんなが待ってる。
さっきまで重かった足取りが急に軽くなる。
土手に沿って、背の高い雑草が生い茂っている。
私は雑草をかき分けながら、水音のほうへと進む。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:48
- 「あ!」
見覚えのある、ピンク色のワンピース。
川の向こう岸で、小学校低学年くらいの女の子が心配そうに手を揉んでいる。
「梨華ちゃーん!」
私が雑草の間から顔を出して叫ぶと、女の子の表情がぱあっと明るくなった。
「ののー! やっと来たぁ!」
私はにっこり笑って、草むらから抜け出した。
帽子を斜めに被った男の子みたいな女の子が、向こう岸からこっちに石を投げてきた。
石は水面を滑ってこっちの岸まで届き、私の足元に転がる。
「ちょっと、よっすぃ〜危ないよ!」
「ふぉー!」
「ののに当たったらどうすんの」
「梨華ちゃん今の見た? 7回くらい跳ねたよ!」
よっちゃんだ。
梨華ちゃんに怒られてるのに、ぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃいでる。
少し離れたところで、幼稚園児くらいの小さな女の子がしゃがんで何かを探していた。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:48
- 「ねーねーあいぼん今の見た? すごくね?」
「見た見た! これは最高新記録やな。 ‥‥おーい、ののー!」
あいぼんが立ち上がり、こっちに向かって叫んだ。
「よっちゃんの水切り見たかー!?」
私も声を張り上げた。
「見たー!!」
「何回跳ねたー!?」
「じゅ、10回くらーい!!!」
「嘘つけー!」
私は嬉しくなって駆け出した。
足の裏で石ころがじゃりじゃり音を立てる。
梨華ちゃん、よっちゃん、あいぼん。
みんな大好きな幼馴染だ。
私はスニーカーと靴下を脱ぎ捨て、川の中にじゃぶじゃぶ入っていった。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:49
- 川の水はひんやりと冷たい。
足を上げるたび、跳ね上がった水の粒がきらきら光る。
向こう岸にたどり着くと、梨華ちゃんがハンカチで私の足を拭いてくれた。
「おおお、さすが梨華ちゃん、用意がいいね」
よっちゃんがそう言うと、梨華ちゃんはぽっと頬を赤らめてにやけた。
うん、相変わらずきしょいな。
「のの、大遅刻だよ」
梨華ちゃんが少し笑って言った。
「あは、ごめんごめん。 予想外に時間かかっちゃって」
川原にしゃがみ込んでいたあいぼんがぴょんと立ち上がって、こっちに駆け寄ってきた。
「よっちゃん、いい石見つけたで」
あいぼんの小さな手には、灰色の平べったい石ころが握られている。
「わお! かっけー!」
よっちゃんは嬉しそうに瞳を輝かせて、あいぼんの石を受け取った。
「あいぼんが選んでくれた石だと、絶対いい記録出るんだよ」
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:49
- よっちゃんは腕まくりをして、無駄にかっこつけながら帽子を被りなおす。
その横では梨華ちゃんが、胸の前で手を組むというキショい乙女ポーズで、よっちゃんを
うっとりと見つめている。
私はあいぼんと顔を見合わせて、うししし、と笑った。
よっちゃんは左足を踏み込んで、右腕を真横に振りぬいた。
石は滑るように水の上を駆け抜ける。
1、2、3、4‥‥
「あー!」
最後にちゃぽんと音を立てて、石は川の中に沈んだ。
「5回かぁ」
「残念」
「さっきのはまぐれやな」
しゅんとしたよっちゃんの肩を叩いて、あいぼんがにんまり笑った。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:50
- 梨華ちゃんは、陽のあたる土手で花を摘み始めた。
石ころに夢中になってるよっちゃんとあいぼんを置いて、私も梨華ちゃんのところへ向かう。
タンポポ、スミレ、ハルジオン。
梨華ちゃんは色とりどりの花を集めてご機嫌だ。
ミツバ、コゴミ、ユキノシタ。
私は、食べられそうな山菜ばかりを取っている。
「このちっちゃい花かわいいよねぇ」
梨華ちゃんの甲高い声がした。
小指の先くらいの大きさの青い花が、土手いっぱいに咲いているのだ。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:50
- 「それ知ってるでー」
後ろからあいぼんの声がした。
あいぼんとよっちゃんが土手を登ってきた。
梨華ちゃんは摘んだ花を手のひらに乗せて、嬉しそうに見つめている。
「なぁ梨華ちゃん、その花、オオイヌノフグリって言うんやで」
「へえ、そうなんだー」
「どういう意味か知ってるか?」
「知らなーい」
あいぼんはにやにやしながら梨華ちゃんを見ている。
よっちゃんが得意げに言った。
「それ、でかい犬の金玉って意味なんだぜ!」
梨華ちゃんは 「きゃあ」 とわざとらしい悲鳴を上げて、
「やだ、よっすぃ〜ったら」
とか言って花をぱらぱらと地面に落とした。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:51
- 「あは、あははは」
私は久しぶりに声を上げて笑った。
楽しくてたまらない。
なんだか長い間、みんなに会ってなかった気がする。
もっと早く来ればよかったな。
美人で女の子らしいけどちょっとキショくて、仕切りたがりの梨華ちゃん。
いつも男の子とばっかり遊んでて、梨華ちゃんのスカートめくりが大好きなよっちゃん。
年下なのに1番頭が良くて、面白い遊びをたくさん教えてくれるあいぼん。
みんな大好きだよ。
これからは、ずっとずっと一緒だよね。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:51
- 「そういえば」
よっちゃんが私のほうを振り向いた。
「のの、遅かったね」
そう、私はいつも1番遅いんだ。
ののはのんびり屋さんやなぁ、ってよくあいぼんに言われてたっけ。
「もう私たち3人とも、待ちくたびれちゃったよ」
梨華ちゃんが言った。
「うちなんか1番最初に来て、ずーっと待ってたんやで」
せっかちなあいぼんが頬を膨らませた。
「あっちはどうだった?」
よっちゃんが指先で鼻をこすりながら言った。
「‥‥楽しかった?」
昔から変わらない、照れたときの癖。
「うん、楽しかったよ」
私は力いっぱいの笑顔で答えた。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:52
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- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:52
- 穏やかな春の昼下がり。
白衣を着た男性と、数人の男女がベッドを取り囲んでいる。
延命措置の中止から10分が経過していた。
「お母さん‥‥」
70代半ばを迎えた希空は、ベッドに横たわっている老女の手を握り締めた。
小さな女の子が、希空の服の裾を引っ張る。
「ねぇ、おばあちゃん。 ののばあちゃん、寝てるの?」
希空は皺だらけの手で、孫の頬を撫でた。
「ののばあちゃんはね、おじいちゃんの所に行くんだよ」
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:52
- 女の子は、眠っている曾祖母の顔を見つめた。
安らかな寝顔だった。
「おばあちゃん」
「なあに」
「ののばあちゃん、笑ってるね」
―――辻希美、2084年3月23日没。 享年96歳。
窓から差し込む春の日差しが、希美の顔を優しく照らし出していた。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:53
- ( ´D`)
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/23(日) 21:54
- ( ^▽^)0´〜`)‘д‘)
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