13 走れ矢口

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:33
13 走れ矢口
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:33
四十分の通学路の間、約三十分を崖のようなこの道を漕ぐことになる。ガードレールを突
き抜けてしまえば、三十メートルくらい転落した挙句、海へとダイブ。幼い頃は近寄らな
いように言われていた場所を、風と共に走り抜ける。大人になったような気分、もうそん
な心配をしてくれないんだという切ない気持ちを織り交ぜながら、足に力を込める。

顔を上げたのは、車道を挟んだ向こう側から自転車が走ってくる気配がしたからだった。
ちょうど斜めに鏡を入れたように、私とその人は、すれ違う瞬間にお互いの顔をうかがい
見るような仕草をする。それは特別なことではなくて、狭いこの町では制服姿だったら知
り合いの可能性が高かったりするからで。

そう、まさにその予感が当たった。背中からの太陽を受け、怪訝な顔をしているその女の
子は、絶対に私の知っている人だった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:34
少し坂になっている道の上から転がり落ちるように下ってきたのは私の学校の先輩だった。
顔も知っているし名前も知っている。
その先輩が誰と仲が良くてどのグループに属しているかも知っている。よく知っている。
もしかしたら先輩も私のことを同じように知っているかもしれない。けれど私はその先輩と一度
も話したことはなく、おそらくこのまま卒業するまで一度も話すことはないだろうって思ってた。
今日この瞬間までは。

先輩は私の顔をチラリと見るや、親の仇のような鬼ブレーキングで自転車を止める。
キキキキキという派手なブレーキ音はなぜかその先輩の存在感とぴたりとマッチしていた。
広く長いこの道には見渡す限り私と先輩の二人しかおらず、なにをどう考えても先輩が
自転車を止めた理由は私の顔を見たからとしか考えられなかった。でもなんで?
先輩が私の顔をじろりと睨む。耳に響くセミの声が一瞬消えたように感じる。
滝のように流れる汗は私の顎をつたい、雫となって落ちてアスファルトをじじっと焦がす。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:34
「おい、お前。1年の菅谷だろ。菅谷商店ちの」

「は・・・・はい」

「あそこの商店街の花屋潰れたじゃん。他に花屋知らない?」

「あ。あそこの花屋だったら・・・・・バスターミナルのとこの東に移転して・・・・」

「あ!?聞こえないんですけどー?」

「バスターミナルの東です。そこに移転したんです」

「行けばわかるわけ?」

「多分すぐに」
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:34
鬼のようだったのはブレーキングだけではなく、先輩の表情も仕草も言葉の端々からも
鬼のような厳しさがにじみ出ていたが、それは先輩がいつも学校で振りまいている雰囲気
とは少し違うもので、私はそんな先輩の態度を見てなぜか嫌な予感が胸をよぎり、
このなだらかな上り坂になっている道の先にある学校へと急いだ。
長く続く坂を上るのはいつものように厳しかったけど先輩の言葉に比べれば大したことは
なかった。学校は門の外から見てもわかるくらいにはっきりとざわついており、校庭の
中央には大きな人だかりができていた。

校庭では一人の先輩が磔の刑に処されようとしていた。
何か問題がある度に校長によって次々と処刑されていくこの学校では、それはそんなに
珍しい光景でもないはずなのに、校庭に集まっている見物人達の雰囲気はいつもとどこか
が違っていた。この握手会の時のような異様な雰囲気はさっきの矢口先輩の鬼のような
形相と関係があると私は直感で思った。私は頭はあんまりよくないけれど、直感にはかなり
自信があった。たかが直感とバカにできないくらいよく当たってしまうのだ。
人だかりの中に同じクラスの桃子を見つけて私は彼女に駆け寄る。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:34
「もも、何があったの?」

「あ、梨沙子じゃん。実はね・・・・・・」

桃子から聞いた話はにわかには信じがたいものだった。
生徒に何か問題がある度に処刑を行い、黒歴史として闇に葬り去るという学校のやり方に
対して矢口先輩がついに激怒して先生達と真正面から対立したらしいのだ。

私はてっきり矢口先輩は学校側にべったりの人間なんだと思っていたんだけど、どうやら
全然違っていたらしく、裏で結構際どいこともたくさんやっていて、それを学校に指摘された
ときに逆切れ?ていうか普通に切れて学校側との対決姿勢を露にしたらしい。矢口先輩は
過去にも一度処刑されかけていて、最近やっと謹慎処分がとけて普段の生活に戻ったところ
だったので今回は最も重い処罰。つまり処刑されることになった。っていうことだった。

でもなんで?なんで磔にされているが矢口先輩じゃなくて安倍先輩なんだろう?
と思ったら桃子曰く「矢口先輩は親類の結婚式があるからそれまで処刑を待ってくれ」と
言ったらしい。式が終わり次第学校に戻ってきて潔く処刑を受けますとか言ったらしいんだ
けど、学校がそんな甘い言い訳を信じるわけもなく先輩はその場で処刑されるはずだった。
でも矢口先輩の口からは流れるようにすらすらと次の台詞が出てきたらしい。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:34
「私には無二の親友がいます。彼女を人質として置いておきます」

「人質だと?」

「私は日没までに必ず帰ってきます。もし帰らなかったら替わりに彼女を処刑してください」

「バカな。そんな人間がこの学校なんかにいるわけがないだろう」

「私は必ず戻ってきます。彼女はそれを信じてくれるはずです」

「そんな誠実な人間はこの学校にはいない。だからこそ重い処罰が必要なんだ」

「います。それがこの学校の教育方針が間違っているという証です」

「面白い」

学校関係者は矢口先輩の言ったことなんてこれっぽっちも信用していなかったらしいんだ
けど、矢口先輩が裏切ったら裏切ったで生徒達に対する教育効果があると計算して矢口
先輩の言う通りにしてみようっていうことになったらしい。さっそく矢口先輩が名前を挙げた
安倍先輩のところに関係者が向かい、安倍先輩にその状況を説明した。そして髪を振り乱し
制服がボロボロに破れるまで激しく抵抗した安倍先輩を縄で縛り校庭に磔にして矢口先輩
の帰りを待つということになったらしい。

「なっち!おいら絶対戻ってくるからね!」

「矢口・・・・・・てめえ・・・・・・」

「信じててね!なっち!」

「信じるってあんた・・・・・」

「絶対!絶対戻ってくるから!信じて待っててね!」
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:34

矢口先輩が帰ってくるか100円賭けない?と言う桃子を無視して私は職員室へと向かう。
もちろん私が抗議してこの処刑が中止になるとは思えなかったけれど、どうしても私は
先生に安倍先輩を助けてくださいと言わずにはいられなかった。
古ぼけた木造の校舎に入り一番奥にある職員室へと向かう。
一歩一歩歩くたびにきしきしと廊下が鳴る。
普通の学校では考えられないくらい高い学費を払っているのに、この学校は一体その学費
を何に使っているのだろう?少しくらい校舎とかを新しくしてもいいのに。
私はきいきいと音の鳴る扉を引いて職員室へと入る。クーラーのかかっていない蒸し暑い
部屋の中には何人かの先生がいた。

「夏休みだな、菅谷」

「登校日だな、菅谷」

「もうすぐ新学期だな、菅谷」

「飴舐めるか?菅谷」

「髪は一人で洗えるようになったのか?菅谷」

「ちょっとこっちへ来なさい、菅谷」
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:35
めいめいに勝手なことを言っているエージェント・スミスのような先生達を無視して私は
処刑担当の先生のところへ向かう。そして私は先生に向かって、学校に来る途中に矢口
先輩に会ったことや先輩が花を買いに言ったことなどを話し、きっと先輩は本当に結婚式に
行ったに違いなく、そして安倍先輩のために戻ってきて処刑を受けるに違いないとかそんな
ことを必死で訴えた。言ってる途中で少し眠たくなったけどなんとか最後まで訴えた。

「それはまずいな、菅谷」

「まずくないです。矢口先輩は約束を守ります」

「どうかな。絶対守らないと思うが念には念を押しておくか、菅谷」

「どうして?どうしてですか?」

「まあ今はそれはいい。とにかくだ、菅谷」

「はい」

「お前は矢口が行くという花屋に行け。そして矢口を日没まで足止めしろ」

「えー、無理ですよ。今からじゃ追いつかないですし」

「タクシーを使え。バスターミナルならまだ間に合う」

「でも足止めって・・・・・・・」

「良い方法を教えてやろうか?確実に足止めできる方法がある」

「そんなのないですよ。絶対」

「絶対?じゃあ矢口を合コンに誘ってみろ。今晩合コンがあるってな」
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:35
普段は男と合コンとかやったら即処刑だぞとか言ってる先生だけど今回は特別らしくて、
先生はご丁寧にも合コンのメンバーと店のセッティングまでしてくれた。イタレリー、ツクセリー。
私は先生からもらったタクシーチケットと、校長のハンコが押してある「合同コンパ特別
許可証明」を胸にタクシーに乗り込む。涼しいクーラーがかかったタクシーの中はまるで
別世界のようで、私が自転車をこいで上ってきたあの長くゆるい坂も、タクシーで下るとあっ
という間に過ぎていった。その時タクシーの窓から見た景色も、私の胸に何の感慨も沸き
上がらせなかった。本当に別の景色みたいだった。タクシーって変な乗り物。

でもこれって本当に私が幼い頃から何度も通ってきた道なんだろうか?

花屋に着いたら矢口先輩はもういなくて、どうやら花は既に買って式場の方へ向かっている
ようだったので、私は携帯で先生に連絡をとって式場の場所を教えてもらい再びタクシーを
飛ばす。式場の駐車場に着いたら丁度そこから矢口先輩が出てくるところだった。
車を降りるときに気づいたんだけど、私は今日さっき先輩に話しかけられるまで一度も
先輩と話したことがなかったわけで、こういう場合にどうやって声をかければいいのか、
ちっともわからなかった。私は先輩と目が合いじっと立ちすくむ。
あの時と同じように先に声をかけてきたのは矢口先輩の方だった。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:35
「なんだ。菅谷じゃねえか。今日はよく会うな。何してんだお前?」

「あの・・・・・先輩に用事が・・・・・・」

「悪いけどおいら急ぐから。大事な用があってこれから学校行くから今は無理」

「今日・・・その・・・・・合コンがあって・・・・メンバーが足りなくて」

「合コン!?ピチレモン関係か?」

「え?いや、あの、その」

「よし行くぞ」

「えとあの、行くってどっちに?」

「バカかお前!そんなの決まってるだろ!」
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:35
居酒屋の狭いボックス席のようなところに男の子がやってきた時にはもう午後5時を過ぎて
いたが、今日の日没が何時になるのかは、実は私も矢口先輩も知らなかった。
矢口先輩の鬼のような形相は完全に消えていて、仏、というよりは乙女になった矢口先輩は
積極的に男の子達とお喋りをしていた。

最初は矢口先輩は安倍先輩のことを覚えているのかな大丈夫かなとか思っていたけどその
ことを忘れたのは矢口先輩より私の方が先だった。矢口先輩は学校で見るときとは見違える
ほどキラキラと輝いていて、次から次へと面白い話をしたりカラオケで上手な歌を歌ったり
して場を盛り上げていた。矢口先輩ってこんなに楽しい人だったんだ。ちょっと尊敬。

すっかり矢口先輩のことを好きになってしまった私は安倍先輩のことも忘れて飲んだり
歌ったりしながら男の子達と楽しい時間を過ごした。
矢口先輩は学校での愚痴とかも面白おかしいエピソードにして男の子達を笑わせたりして、
私に学校の勉強よりも大事なことを教えてくれたりした。

私はそんな矢口先輩と一緒にいると自分がすごく大人になったように感じた。
タバコは苦いだけだったけど初めて飲んだお酒はとてもおいしかったし
合コンの真の楽しみ方なんかをいろいろとレクチャーしてもらったりしているうちに
私はすっかり安倍先輩のことを忘れていた。合コンって楽しい。超楽しい。
先輩達がいっぱいいっぱい処刑されたのはこんな楽しいことをしてたからなのかな。
でももっともっと楽しいことしたいなとか考えているうちにふと矢口先輩の携帯が鳴った。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:35
「はいはもしもし矢口ですけど」

「はいはいはい。わかってます。日没までには戻りますー」

「はい?もう日没?知らねーって。まだ時間あるっしょ?」

「えー、その辺は先生の方でなんとかしてよ?あと5分。あと5分」

「何言ってんの。日本は日没かもしんないけどインドじゃまだ日没じゃないじゃん」

「え?ダメ?今すぐ戻ってこい?・・・・・・・わかったよ」

「はいはい。わかった。わかりましたよ」

矢口先輩はぽかんと見つめる私達をよそに一人携帯に向かってまくし立てる。
先輩は立ち上がるやいなや私の手を引いて店を出た。
せ、先輩。お金は払わなくていいんですか?
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:36
「おい、菅谷。何してる。急げ。学校戻るぞ」

「えー、でも矢口先輩。まだ合コンが途中・・・・・・」

「自然なお持ち帰りのされかたとかはまた次の機会に教えてやるから」

「お持ち帰り?」

「とにかく今日はおいら日没までに学校戻らなきゃなんないのよ」

「先輩、ここのお勘定、払わなくていいんですか?」

「あ?合コンの支払いは男がするもんなんだよ」

「そうゆーもんなんですか?」

「こんなとこで金使ってられっかよ。ただでさえ金ないんだから」

「矢口先輩ってお金持ちなんだと思ってました」

「バカかお前?そんなわけないだろ。あー、空から金降ってこねーかなー」
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:36
そんなことを言いながら矢口先輩は本当に空を見上げながら数秒間じっとしていた。
辺りは日も暮れてすっかりと暗くなってきていた。本当に間に合うんだろうか。
矢口先輩は自転車を式場に置いて私と一緒にタクシーで居酒屋まで来ていた。
「バカかお前?合コンに自転車で行けるわけないだろ?」というのがその理由らしい。
なんでもそうゆーことになっているらしい。よくわかんないけど。

タクシーチケットは使ってしまったし私も矢口先輩もタクシーに乗れるほどのお金を
持ち合わせていなかったので、二人して必死に走りながら学校を目指す。
当たり前だけどタクシーでは一瞬だった道のりも走ると長い。汗かいちゃう。
これ、本当に間に合うんだろうか。安倍先輩はこのまま処刑されちゃうのかなあ。
そうなったら私は先生から言われたことを忠実に守ったことになってしまうが
そうなったらそうなったで多分とても悲しい。安倍先輩は何も悪くないわけだし。
なんとか待ってください先生。あ、そういえば。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:36
「矢口先輩」

「なんだよ」

「さっきの電話なんですけど・・・・・あれは一体」

「あれか?あれは学校の先生からだよ。さっさと戻って来いってさ」

「えー!うそー!」

「嘘じゃねーよ。菅谷、お前案外失礼なやつだな」

「先生は矢口先輩が戻ってこない方が嬉しいって・・・・・言ってたんで」

「あ?それはきっと他の生徒向けのポーズみたいなもんだよ」

「でも戻ったら矢口先輩処刑されちゃう・・・・・」

「されねーよ。おいらとなっちの友情物語に感動して先生も二人を許すっていうラストさ」

「ええー。そうなんですか?」

「そうそう。全部決まってんだよ。菅谷は先生に頼まれておいらの邪魔しに来たんだろ?」

「え、あ、はい」

「それも全部決まってんだよ」

「えー、うそ!」

「でもおいらはその邪魔に負けない。そういうストーリーになってんの」

「じゃあ走らなくてもいいんじゃないですか?」

「お前・・・・・そういうとこだけ妙に頭いいな」

「すみません」

「いいっていいって。おいらそういう子は嫌いじゃないよ」

「ありがとうございます!」

「でも一応必死で走らないとさ、先生もなっちも格好がつかないだろ?」

「はい」

「菅谷もあの学校で生きていこうと思ったら、そういうところに気をつけなよ」
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:36
私と矢口先輩は、はあはあ言いながらゆるい坂を上っていく。
いつも通っているその道のガードレールの向こうには海があるはず。

今はもうすっかり暗くなってしまって海は見えなくなっていたけれど、私はその先にあるはずの
海を頭の中ではっきりとイメージすることができた。
間違いない。この道はいつも私が通ってきた、いつもの道。
冷たい潮風が喉にしみる。合コンではしゃぎすぎた影響だろうか。喉が少し痛い。
今朝通ったときとは少し違う意味で、私は大人になったような気分と、もういつまでも子供では
いられないんだという寂しさを味わう。

坂を走るのは本当にきつかったけど、そんな時は矢口先輩がさりげなく私を励ましてくれた。
矢口先輩は安倍先輩の口調を真似ながら「私・・・・・走る。もう、絶対、逃げない!」とか
言いながらキャハハハハといつも学校でやっているような感じで一人笑い転げていた。
鬼でもなく乙女でもない矢口先輩の口調はどこか嘘くさくて作り物めいていたけれど、きっと
それが本当の矢口先輩なんだって私は直感でそう思った。この学校で生きていくっていうの
はきっとそういう場所でそういう人達に囲まれて生きていくことなんだなって思った。

はあはあはははああはあはあはあはあ
私達二人は吐く息の数を競い合うようにして坂を走り抜ける。その先にはうっすらと校門が
見えた。完全に日も暮れて、とても日没前とは呼べないような暗さになっていたが、矢口
先輩の言う通りまだ安倍先輩は処刑されていなかった。

校庭には相変わらずたくさんの人が集まっていた。たくさんというよりほとんど全部の生徒
がその場にいたんじゃないだろうか。そんな場所に私は矢口先輩と二人で入っていく。
矢口先輩はそこにいる人みんなに聞こえるような大きな声ではっきりと叫ぶ。

「おい!その処刑待った!矢口真里はここにいるぞ!」
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:36
矢口先輩の声が校庭に響き渡るやいなや、安倍先輩を縛っていた縄がこれ以上ないくらい
速やかに解かれる。まるであらかじめ準備をしていたんじゃなかっていうくらい手際良く。
もしかしたら本当に何度かリハーサルをしていたのかもしれない。
矢口先輩を安倍先輩は泣きながらひっしと抱き合う。

「なっち。おいらはなっちに謝らなくちゃいけない」

「矢口。わかってる。わかってるよなっちは」

「ごめんよなっち。おいらを殴れ。おいらは一度ここへ来るのを諦めかけた」

「うんうん」

「なっちが殴ってくれなきゃ、おいらはなっちと抱き合う資格がないんだ」

「わかってる。全部わかってるから」

安倍先輩は矢口先輩を力いっぱい殴った。矢口先輩は思いっきり吹っ飛ばされる。
さっき矢口先輩は私に「なっちもバカじゃないからきっと全部わかってるよ」と言っていた
けど本当のところはどうなんだろう。あのパンチが安倍先輩の演技だとしたらすごい。
矢口先輩の前歯は軒並み全て折れていたけれど、口からこぼれた白い歯もいつの
間にか仕込んだ小道具というか特殊効果なのだろうか。本当に迫真の演技だなあ。

「矢口、なっちは。なっちはね」

「なっひ・・・・ほへえ」

「なっちはね。一度も矢口を疑ったことはなかったよ」

「ふらぁ!!!」
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:37
見ていた生徒達がどっとわき、口々に矢口コールやなっちコールを始める。
先生達は口々に矢口先輩と安倍先輩の友情を褒め称え、今回のことは無罪とする
という決定を全校生徒の前で発表した。それを聞いた全校生徒は再び沸きあがる。

「万歳!UFA万歳!」 「万歳!矢口万歳!」 「万歳!UFA万歳!」 「万歳!なっち万歳!」

「万歳!UFA万歳!」 「万歳!矢口万歳!」 「万歳!UFA万歳!」 「万歳!なっち万歳!」

「万歳!UFA万歳!」 「万歳!矢口万歳!」 「万歳!UFA万歳!」 「万歳!なっち万歳!」

「万歳!UFA万歳!」 「万歳!矢口万歳!」 「万歳!UFA万歳!」 「万歳!なっち万歳!」

「万歳!UFA万歳!」 「万歳!矢口万歳!」 「万歳!UFA万歳!」 「万歳!なっち万歳!」

こんな大きな歓声はこの学校に入学してから一度も聞いたことがなかった。
ふと横を見るとそこにはひときわ大きなアクションで万歳をしている桃子の姿があった。
桃子は私が横にいることに気づいてニヤリとこっち笑いかけてくる。
どことなく矢口先輩に似たその嘘くさい笑顔を見て私は、きっとこの子も合コンの誘惑に
負けずに私のために走ったり殴られたりしてくれるんじゃないかなって、思った。
もしかしたらそういう子だけがこの学校で生き残っていけるのかなって思った。直感で。
理由はよくわからないけど、とにかく私の直感はよく当たるのだ。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:37
End
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:37
  
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:37
  

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