12 『ホントのじぶん』

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:20
12 『ホントのじぶん』
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:20
四十分の通学路の間、約三十分を崖のようなこの道を漕ぐことになる。
ガードレールを突き抜けてしまえば、三十メートルくらい転落した挙句、
海へとダイブ。幼い頃は近寄らないように言われていた場所を、
風と共に走り抜ける。大人になったような気分、もうそんな心配を
してくれないんだという切ない気持ちを織り交ぜながら、足に力を込める。

顔を上げたのは、車道を挟んだ向こう側から自転車が走ってくる気配が
したからだった。
ちょうど斜めに鏡を入れたように、私とその人は、すれ違う瞬間に
お互いの顔をうかがい見るような仕草をする。
それは特別なことではなくて、狭いこの町では制服姿だったら知り合いの
可能性が高かったりするからで。

そう、まさにその予感が当たった。背中からの太陽を受け、怪訝な顔を
しているその女の子は、絶対に私の知っている人だった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:21
夜。
「ちょっと釣り目のショートカットで」
私は携帯を片手にベッドに寝っ転がる。制服とシャツが皺くちゃだ。
「どこで見たかここまで出かかってる感じ」
「どこ?」
「ここです」
電話向こうの部活の先輩、夏焼雅さんには見えないと解ってるけど
私はのどをとんとん叩いてみる。
「釣り目、ショートカット、逆方向の帰り道――あっ!」
「どうしました?」
「愛理がその人を知ってたのはさ、自分に似てたからだよ」
似てたかな?
「って言うか愛理、それってさぁいわゆるアレだよアレ」
聞き手の雅がくっくっくっと笑い混じりに答えた。
「あれ?」
「『ホントのじぶん』」

小首をかしげる私に、夏焼先輩は意地の悪気な口調で続けてくる。
「言いたい事ややりたい事を胸に抑え込んでいると、
 その気持ちが自分そっくりの姿になって現れるんだって。
 どこから見ても自分なのに、見ても自分だってなんか解らない」
私は見えないのを良いことに唇を尖らせる。
愛理はいつも遠慮ばかりしてるから。センパイは暗にそう言っていた。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:22
「おやすみなさい」
電話を切ると途端に静か。おなか空いた。
一階のダイニングテーブルの上にはメモ書きと夕食がある。でも
わざわざ起きて食べに行く気力は湧かない。

夏焼先輩の言葉が思ったより私の中に響いていた。
言いたい事や、やりたい事。私だってきちんと形にしている!
そう口に出すのは簡単だけど、これだけ気にしてるのは私自身
後ろめたいと思うところがあるから。

プロゴルファーのパパと、社交的なママ。お家も広いし、
おもちゃなんて小さい頃は欲しいと騒げば次の日には家に届いていた。
でもその分、「家庭」と言われるものがなかった気がする。
最新のゲームを持っている私は、家族でトランプをしたこともない。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:22
◇◇◆

また今日も私は崖のような通学路を自転車で帰っていく。
雨の日はちょっとだけ憧れの人と一緒のバスになる嬉しさも
あるけれど、晴れた日に自転車を漕ぐことも楽しい。

パパもママもこの道は危険だからバス通学になさいと言った。
私はそれじゃ友達と寄り道も出来ないからと断った。
ここは私のたったひとつの反抗と、自立の証だ。

だからこそここで出会ったってことなら納得できる。
『ホントのじぶん』に。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:23
来た!
鼓動が速くなる。車道を挟んで向こう。昨日と同じ場所、
同じ時間、同じ方向から同じ制服に身を包んだ彼女が
自転車に乗って。

すれ違い様、私ちらと彼女の怪訝そうな顔を見る。
私は自転車を止めて振り返る。息を吸う。車道の逆側に向かって

「ねぇ!」

大声で叫んだ――つもりだったけれど、彼女は自転車を止めずに
走り去ってしまった。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:23
「振り返らないとか、ますます『ホントのじぶん』っぽい!」
夜。私の報告を聞いて夏焼先輩は笑う。
「言ってご覧、愛理」
「何をですか」
「言いたい事ややりたい事を。人格化する程の熱い夢を」
「ないです」
ないです。今更家族で何かしたいなんて願ってないです。
「髪、切りたいんじゃないの?」
「どうしてですか?」
「『ホントのじぶん』ちゃんはショートカットだったんでしょ?」
「おやすみセンパイ!」
電話を切った。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:23
◇◇◆

雲ひとつない快晴で、私は窓にぶらさげたるてるて主坊を
にらみつける。今日も自転車で行かなきゃいけない。
神様はいじわるね。

部活の後、意味もなく図書室に残っての帰り道。しっかり時間を
ずらした筈なのに、前方からまた、彼女が漕いで来る。
通り過ぎようかとも思ったけどしなかったのは、彼女のほうが
先に自転車を止めたから。だから私も止まった。

釣り目がちの顔は見覚えがある、というよりも初めて見た気が
しない。
ショートカットの前髪は崖下からの風でかすかに揺れる。
「ねぇ!」
車道の向こう。私を睨みながら叫んだ声は、震えていた。
「もしかしてあなた、『ホントのじぶん』ってやつ?」

――えっ?

それは私が聞きたかったことなのに。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:25
夜。
彼女のアルバイト終わりの時間に待ち合わせした私達は
喫茶店で向かい合っていた。彼女は嗣永桃子と名乗った。
似てる、と言われれば似てる、かも知れない。

「桃、すっごい驚いたんだから!」
なんてことはない。同じ学校の生徒で、そうは見えないが
2学年先輩だった。部活が終わって帰る私と、アルバイトに
出かける彼女のタイミングが偶然合っていただけ。

「同じ服で、見た顔だけどなんか思い出せなくってさ」
嗣永先輩はそう笑いながら、手許の水にガムシロップを流し
小指を立ててスプーンでかき混ぜている。
ジュースとか飽きちゃったからと先輩は言っいてるけれど
一度家に帰った嗣永先輩がまた制服で出かけてきた訳が
聞くまでもなく解ってしまった。

「それをさ、友達に話したらさ、
 きっとそれは『ホントのじぶん』ですよとかって言うの!
 桃もう驚いちゃったぁ」
先輩はとても楽しそうに話す。袖の傷んだシャツ、やや
パサついた跳ねた髪、色味の薄い爪と唇。
それでも先輩は、その笑顔は輝いて見えた。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:25
「じゃあまたね、愛理ちゃん!」
「嗣永センパイ、おやすみなさい!」
ぎゅっ、と握られた手には、やけに力が込められていた。

自転車で家に向かいながら思う。嗣永さんは私の『ホントのじぶん』かも。
私の憧れる強さを人の形にしたら、あぁなるんじゃないかってくらいに。

すっかり暗くなってから誰も居ない家に着く。今日は部屋に
こもらないで、居間でお母さんの帰りでも待ってようかな。
そして今日の出会いでも話してみようかな、なんて。
なんにもない場所から、なにかが始まるかも知れないし。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:26
◇◇◆

夏焼雅の携帯が鳴る。着信元表示にはアイリーンちゃんって文字が。

「あ、夏焼先輩? 『ホントのじぶん』の正体、解りましたよ」
「あはは。解った?」
「はい。彼女は本物の『ホントのじぶん』でした」
「えっ? ちょっと愛理。それどういう――」
「あ、お母さん帰って来たから一端切りますね。じゃ!」

雅が携帯を見つめきょとんとしている。
え、どういうこと? 会ったんだよね?

程なくしてもう一度雅の携帯が鳴る。今度は着信ではなく
メールで、画面に映る送信元名にはピーチッチちゃんの文字。

「みーやんの言ってた通り!あの子は『ホントのじぶん』だったよ!
 すっごいキラキラしてて長い髪もきれいで可愛かったぁ。
 ほんと桃が欲しいなってもの全部持ってるんだもん。」

雅はますます混乱する。自分が咄嗟に仕掛けた作戦に果たして
ふたりはひっかかったんだろうか? それとも本当に――?
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:26
州´・ v ・)
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:27
ル*’ー’リ
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 00:27
ノノl∂_∂'ル

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