10 壊れかけのオレンジ
- 1 名前:10 壊れかけのオレンジ 投稿日:2007/08/30(木) 13:09
- 10 壊れかけのオレンジ
- 2 名前:10 壊れかけのオレンジ 投稿日:2007/08/30(木) 13:17
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四十分の通学路の間、約三十分を崖のようなこの道を漕ぐことになる。ガードレールを突
き抜けてしまえば、三十メートルくらい転落した挙句、海へとダイブ。幼い頃は近寄らな
いように言われていた場所を、風と共に走り抜ける。大人になったような気分、もうそん
な心配をしてくれないんだという切ない気持ちを織り交ぜながら、足に力を込める。
顔を上げたのは、車道を挟んだ向こう側から自転車が走ってくる気配がしたからだった。
ちょうど斜めに鏡を入れたように、私とその人は、すれ違う瞬間にお互いの顔をうかがい
見るような仕草をする。それは特別なことではなくて、狭いこの町では制服姿だったら知
り合いの可能性が高かったりするからで。
そう、まさにその予感が当たった。背中からの太陽を受け、怪訝な顔をしているその女の
子は、絶対に私の知っている人だった。
- 3 名前:10 壊れかけのオレンジ 投稿日:2007/08/31(金) 18:33
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最悪の目覚めだった。
あれからあの時の夢なんて一度も見なかったのに、どうして今になって・・・
5年。
長過ぎず、かと言って短過ぎもしないその年月は確実に人々の記憶からあの
子のことを忘れさせていた。もちろん、私自身にも。
けれど今しがた見た夢が、私にもう一度あの子のことを思い出させた。
寝汗がひどい。確かに普段は自分のかく汗の多さに嫌気すらさしてくるけど、
寝ている時にまでこんなに汗が出るとは。
シャワーとともにあの時の記憶を夜の闇に流そうとしたけれど、それらは消
え去ることなく私の脳裏にくすぶり続けていた。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/01(土) 13:33
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私の学校の通学路の途中にある、通称「心臓破りの坂」の急斜面の道路。
確かにここを自転車で登りきるのはかなりしんどいけれど、登りきった後の気分は最高。
坂の頂上から見下ろす海の眺めは綺麗だし、特に夕方なんて沈んでゆく太陽が海の色を
オレンジに染めてゆく様が最高にロマンチックだ。
冬なら学校帰りにその絶景を楽しめるのだけど、あいにく今は夏。特別な用事でもない
限り、美しい夕陽を拝むことはできない。
ただ、今はその状況に、少しだけ感謝してるけど。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/01(土) 13:43
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「舞美ちゃん」
後ろから、元気な声が聞こえてくる。
自転車を止めて振り返ると髪を二つ結びにした女の子が、顔を真っ赤にして自
転車を漕いでやってくる。
「愛理」
「もう、舞美ちゃん坂登るのすごい速いんだもん。追いつけないよ」
そんなことを言いながらも、愛理の顔は凄くうれしそうだ。きっと、私も同じ
ような顔をしているのだろう。想像して釣られて顔が赤くなった。
それから私と愛理は、何気ない話をしながら学校へ向かった。今度一緒にカッ
パの映画を見ようね、と約束をしてから校門の前で別れた。中学と高校だから
駐輪場の場所も校舎も違うのだ。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/01(土) 14:01
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私は愛理とはもう5年の付き合いになる。
二人で出かけて映画を見たりボーリングをしたりする程度の仲だけど、それ
はそれでけっこう幸せだったりする。
きっかけは愛理のほうから。で、私も満更じゃないって感じで現在に至る。
こういう馴れ初めみたいのを語るのは、ちょっと恥ずかしい。
愛理は、私にはもったいないくらいいい子だ。たまにケッケッケとか変な笑
い声をあげたり急にカッパのポーズとか取ったりするけど、そういうところ
もまた可愛くていいじゃないか、とも思ったりする。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/01(土) 14:05
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校舎に入ろうとした時のことだ。
屋上で男子生徒が手すりに掴まってなにやらふざけ合っている姿が見えた。
どこにでもあるような、ありふれた光景。
けども、私の奥に潜む何かが、訴えかける。思い出せ、思い出せと呼びかけ
てくる。意味が分からない。いったい何を思い出せばいいのか。
誰かに聞きたかったけれど誰にも聞けず、結局諦めて教室に向かうことにし
た。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/01(土) 14:10
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授業中。
ノートの書き間違えを消そうとして、消しゴムを滑らせて机の下に落として
しまう。消しゴムは踊るように、不規則にバウンドして斜め後ろの席のほう
へ転がっていった。
そこで、さっきと同じような感覚がよみがえる。
どこかで見たような、どこかで感じたような。
思い出して。思い出さなきゃ。何で思い出さなきゃいけないの?
かぶりを振って、斜め後ろの子に消しゴムを拾ってくれるようにお願いする。
手のひらに戻った消しゴムは、いつもの見慣れた消しゴムだった。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 01:04
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原因はわかっていた。
全部、五年前のあの時のことに繋がってる。
繋がってるのはわあかるけれども、何かがおかしい。何かが符合する。
思い出して。心の声に素直に耳を傾け、私はあの日のことを追憶する。
大好きだった、あの笑顔。
けれどもあの日を境にその笑顔は二度と見られなくなってしまった。
なぜなら彼女は、私の前から姿を消してしまったから。
梅田えりか。
彼女の、名前だった。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 01:11
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要領のいいクラスメイトに掃除当番を押し付けられ、仕方なく一人で雑務を
こなしていると、何時の間に日は西に傾いていた。
教室の窓から見上げると、一面のオレンジ。その輝きが、まるで大昔の映写
機のように過去を巻き戻してゆく。
「ごめん・・・えり」
「舞美、どうして」
「本当に、ごめん」
「・・・・・・」
言葉の断片が、頭の中に羽毛のように舞い降りる。
私はえりが好きだった。そして彼女も、私のことが好きだった。
でも、掛け違えたボタンのように、いつのまにか何もかもがかみ合わなくな
っていて。気がついたときには、私の側には愛理がいた。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 01:16
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結果的には、私はえりを捨てて愛理を選んだ格好になってしまったのかも知
れない。だけど、えりと一緒に過ごした時間をなかったことにはしたくなく
て。
その思いを伝える前に、えりはいなくなった。そう、「いなくなった」。
夕陽の見える坂の上で会った、あの日から。
誰かに彼女の存在を確かめることも、彼女の家を訪れることもしたくな
かった。純粋に、怖かったのだ。
怖かった。何が。どうして。
記憶の糸がこんがらがる。私はきっと、大事なことを忘れてるんだ。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 01:24
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机の上に無造作に置いていた鞄から、聞きなれたメロディーが。
愛理からのメールだった。
−まだ学校?−
そう言えば彼女には学校に居残る理由を言ってなかった。もしかしたら心配
してるのかもしれない。返事を打ち、ついでに教室から見える夕焼けを写メ
で撮ろうとしたその時だった。
校門の側に立つ、すらりと高い美しい影。
見間違えるはずがなかった。五年前よりずっと綺麗になっていたけれど、あ
れは間違いなくえりだった。
今まで姿も見せずにどこへ行ってたの?
どうして私の前から消えたの?
すぐにでも、そう問いかけたかった。そんな私の気持ちを見透かしたかのよ
うに、えりはゆっくりと校門を出て行った。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 01:29
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追いかけないと!
考えるより先に、体が動いていた。
聞きたいことがたくさんあったし、謝りたかった。そして何よりも、今彼女
を捕まえないと、また姿を消してしまうのではないか、そういった漠然とし
た不安があった。
誰もいない校舎の中を、走る。
廊下を突き抜け、階段を飛び、また走る。
えりに追いつけるのなら、心臓と肺が破裂してもいいとさえ思った。
校舎を出て、校庭を真一文字に突っ切る。校門を抜けた先、美しい夕陽が見
える坂の上に、えりはいた。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 01:35
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夕陽を背にして私の目の前に立っている、えり。
「舞美」
私の名前を呼んで微笑みかけるその表情は、あの日のままだった。
すぐに懐かしさが、あふれ出してくる。
どうして何も言わずに消えてしまったのか。そんなことは今になってはどう
でもいいことだった。ただ、そこにいてさえくれれば。まるで、何かの罪が
贖われたかのような。
罪?
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 01:39
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罪。
何の罪。
えりを捨てて愛理に走った罪?
いや、違う。もっと大事なこと。思い出せない。
そうか。今朝から思い出せと訴えかけていたのは、きっとこのこと。
どうしよう。今すぐにでも彼女に駆け寄りたいのに。
えり。転がる消しゴム。愛理。夕陽。じゃれあう二人。私。
崖のような、坂の上。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 01:44
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「あたし、絶対に許さないから」
「やめてえり、危ない!」
「何で、あたしよりその愛理って子のことがいいの?許さない、絶対に許
さない!!」
「お願い、やめてっ!!」
手が出たのは、本当にそんなつもりじゃなかった。だけど。
スローモーションのように、崖から身を躍らせるえり。
オレンジに染まった海に吸い込まれてゆくのを、私は黙って見ているしかな
かった。
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- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 01:47
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全てを思い出した。
そう、えりは突然消えたんじゃない。
私が。この手で。
「久しぶりだね、舞美」
夕陽に照らされて微笑むえりの顔が、まるで壊れかけのオレンジのように見えた。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 01:48
- だめ
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 01:48
- もとで
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/03(月) 01:48
- 出してみた
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