08 時計仕掛けの…
- 1 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:47
- 08 時計仕掛けの…
- 2 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:48
- 四十分の通学路の間、約三十分を崖のようなこの道を漕ぐことになる。ガードレールを突き抜けてしまえば、三十メートルくらい転落した挙句、海へとダイブ。幼い頃は近寄らないように言われていた場所を、風と共に走り抜ける。大人になったような気分、もうそんな心配をしてくれないんだという切ない気持ちを織り交ぜながら、足に力を込める。
顔を上げたのは、車道を挟んだ向こう側から自転車が走ってくる気配がしたからだった。
ちょうど斜めに鏡を入れたように、私とその人は、すれ違う瞬間にお互いの顔をうかがい見るような仕草をする。それは特別なことではなくて、狭いこの町では制服姿だったら知り合いの可能性が高かったりするからで。
そう、まさにその予感が当たった。背中からの太陽を受け、怪訝な顔をしているその女の子は、絶対に私の知っている人だった。
- 3 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:48
- 以前は毎日のように見ていた顔なのに、認識に手間取ったのは、逆光のせいであって、決して忘れていたからではない。その顔を忘れるはずがなかった。
「まこっ……ちゃん?」
「愛ちゃん!会いたかったぁ……」
「久しぶりぃ。なんでぇこんなとこに」
「ちょっと、今帰ってきたとこだったんだ」
「ほうかぁ……」
まこっちゃんは「愛ちゃんさぁ」と言って、遠い表情になった。何を言うのかと期待して、私の身体が自然、前のめりになった。
「相変わらず訛ってるね」
ガクッと自転車から転げ落ちそうになる。
「ほ、他に言うことないんか?」
「だってさ……」
まこっちゃんは、再び遠い目をすると
「愛ちゃんのこと画面でいつも見てるけど、テレビ画面じゃ普段のしゃべり方までわかんないもん」
「はぁ?」
私は思わず聞き返してしまった。
「おお、そのびっくりしたときの目ん玉!変わってないな」
- 4 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:49
- ったく、本当に……。他に言うことないのだろうか。と言っても私とまこっちゃんは昔っからそうだったけれど。
「私の方はまだいい。愛ちゃんがいくらテレビ見ても、私のことは見えないでしょう」
「そら……」
当然だ。と思った。けどまこっちゃんは私を責めるように言った。
「そういうのって、淋しいよね」
その言葉、なんか胸のなかにジンとなって沁みこんだ。まこっちゃんとは、1年ぶりか。短く感じる。短く感じるけど、その間に、私たちを取り巻く状況はめまぐるしく変化して、もう昔のうちらではなくなっていた。メンバーもたくさん変わった。
「そういや、愛ちゃんリーダーになったんだよね」
私は困った顔をしていたと思う。まこっちゃんが「どうした?」と聞いてきた。
「やってぇ、急にリーダーとか言われてもどうしていいかわからんて」
「ガキさんいるじゃん。一緒に頑張ってるんでしょ?」
「まぁなー」
- 5 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:49
- ◇
私はその晩、里沙ちゃんに電話した。「懐かしかったよ」そう切り出すと「なんだぁ?」と妙に嬉しそうに返してくる。
「今日、まこっちゃんに会った」
「はぁ?どこで?」
と聞かれたので、私は再会の場所を話した。
「まこっちゃん……留学中じゃないの?」
「なんか、戻ってきてるって」
「ふーん……」
里沙ちゃんは腑に落ちないような声を出す。と言っても私にも詳しい事情はよくわからない。復帰するのか、また向こうに戻っていくのか。
「時期が中途半端じゃないか?」
「そうやけど……まあ留学っても、まこっちゃん本人の意志で決まったことやないからな」
「ま、そうだよね。あさ美ちゃんの進学と一緒だったから、うやむやになってたけど」
当時のさわぎを思い出してみると、急に自分の心がしんみりしてしまう。
「なんだかなー」
「どうした愛ちゃん。悲しそうな声して」
「なんで……自分の進路さえも、決められんのかなぁって」
「何よ。愛ちゃん自身がいなくなっちゃうみたいな」
「ほうやないけど」
「びっくりすること言わないでくれる?」
- 6 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:49
- ◇
電話を切った後、私は1年前のことを思い出していた。あのとき、まこっちゃんの留学が一方的に決められたことで、私も里沙ちゃんも相当怒っていたはずだったのに、そのときのことをもう忘れている。たった1年過ぎたというだけなのに。まこっちゃんのいないうちら、というのが当たり前になりつつある。なんだかおかしいな、と私は思った。毎日一緒に踊っていたはずなのに、留学してしまった途端、連絡を取ることもしなくなった。海外では電話も手紙も面倒で、わざわざ出さなかった。ずっと一緒にいたという安心があって、連絡がなくなったくらいで揺らぐ友情ではない、と思いこんでいたのだと思う。でも実際、疎遠になっていた。それを今日の再会で思い知らされた気分だ。
うちらの絆って、簡単に切れちゃうもんだな。
それも自分たちのせいじゃない。本人の意志と関係なく、お別れしなくちゃならなくなって、そのせいで縁遠くなってしまう。自分たちではどうしようもないこと。私とか里沙ちゃんにも、そういう運命が訪れるのだろうか。なんだか、悲しい。
私はふと、お別れのときまこっちゃんからもらった、壁掛け時計に目をやった。時計は図体に不似合いな太い針でカチカチカチカチと、いつもと変わらない音を立てる。こうして時計の針が進むから、私たちのお別れもやってくる。きっと私も、あと1年だ。
タイマー付きの運命が、自分の頭上で止まらないのを祈るような気持ちで、私たちは毎日過ごしているのかな。時限式の友情崩壊。そう思うと、なんだかいろんなことがばかばかしくなった。本当に……
「どうして、戻ってきたん?」
- 7 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:49
- 誰もいない壁に聞いても答えは返ってこない。いや……まこっちゃんに聞いたって答えは返ってこないだろう。だって、復帰だってまこっちゃん1人で決められることじゃないんだから。だけれども、無性にまこっちゃんの声が聞きたくなった。私は携帯でまこっちゃんの番号を調べようとしたが、名前が見つからなかった。
「あ……」
そう言えば、海外に行くから解約するとか言っていた。向こうの住所と電話番号は聞いていたけど、日本に戻ってきてるから連絡は取れない。以前は毎日会っていたのに……、会いたくなくても会っていたのに……。
「本当……ばかばかしい」
- 8 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:49
- それから何日か、まこっちゃんに会わない日が続いた。連絡が取れないのだから仕方ない。しかし、私以外の誰とも会ってないというのがわからなかった。せっかく帰ってきたのだから、当時の仲間や後輩たちとも会いたいだろうに。まこっちゃんの帰りを待っている人はたくさんいるのだ。
でも、まこっちゃんを見たという人は、私しかいなかった。
一体どういうことだろう。なんでまこっちゃんは私にしか会わなかったんだろう?そんな疑問を里沙ちゃんに話すと里沙ちゃんは
「本当にまこっちゃんだったの?」
とか言い出す。
「あたしの見間違いってか?」
「だってー他に誰も見てないなんて」
「ほうやけど、お話もしたで」
里沙ちゃんはあきれ顔で「今度は何に化かされたんだか」と、よく考えると失礼なことを言った。
「化かされた?」
- 9 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:49
- あれが確かにまこっちゃんだったかと言われると、だんだん自信がなくなってくる。夕日と風に包まれた坂道は、確かに幻想的なところはあった。ひょっとして夢でも見ていたのだろうか。夢にしちゃずいぶんしっかり会話できていたけれど。
「あたし、まこっちゃんの幽霊見たんやろか?」
「おいおい、勝手に殺すなよー」
里沙ちゃんが手をひらひらさせて茶化す。けど私は真剣だった。
「あれ夢やない!絶対まこっちゃんと会った」
「ふーん」
里沙ちゃんが腕組みをする。
「だけど帰ってきたんなら、こっちに顔出すんじゃない?」
やっぱり幽霊だ、と思った。姿を現さないし、携帯番号もわからない。そう考えてると里沙ちゃんが恐ろしいことを言った。
「ま、連絡つかない、会うこともないんだから、幽霊みたいなもんか」
「そんな」
「ときどき思い出す、くらいの存在になっちゃったよね。まこっちゃん」
- 10 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:50
- 私は必死に首を振ったが、確かに里沙ちゃんの言う通りだった。里沙ちゃんの言う通り、私たちも、みんなだって、だんだんまこっちゃんの記憶を薄くしていってる。
―――そういうのって、淋しいよね
淋しいよね……か。みんなの記憶の中からまこっちゃんが薄くなっていく。きっとその記憶の中で、まこっちゃんの向こうの景色が、幽霊のように透けて見えるんだ。
「そっか……」
だからまこっちゃんは出てきたの?
- 11 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:50
-
◇
それからしばらく経った夜。里沙ちゃんから電話がかかってきた。
「今日、まこっちゃんが私の家に来たんだけど」
「え?里沙ちゃんとこに?」
やっぱり幽霊じゃなかったみたいだ。
「変わっちゃったね。やせたっていうか、痩けた感じで顔色も悪かったし」
「どんな話した?」
「それがさ……わけわかんないのよ……」
里沙ちゃんが急に声をひそめた。せっぱ詰まったような雰囲気に、私は変な予感がした。何か、大切なものが終わりを告げるような予感。ずっと信じていたものが崩れてしまうような……
「まこっちゃんね『愛ちゃんのことをずっと画面で見てる』って言うんだよ」
「はぁ?」
そう言えば、私と会ったときもそんなようなことを言っていた。あれ、どういう意味だったんだろう。「愛ちゃんさぁ」と里沙ちゃんが改まった口調になる。
「何?」
「なんかテレビに出るような仕事してんの?」
私は誰も見てないのに首を振った。
「あたしまだ学生や!ダンスサークルのリーダーが忙しくってバイトもできん」
「そうだよなぁ……そろそろ就活だもんね」
そう、大学3年生だから就活もしなきゃいけない。時間が刻まれると、もうすぐ私もサークルを引退しなくてはならない。自分の意志はどうであれ。私はふと、まこっちゃんからもらった時計を見た。
- 12 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:50
- 「里沙ちゃん……」
「何?」
嫌な予感に私の全身が緊張した。
「後でかけ直す」
「え?ちょっと……」
私は通話を切り、時計に近づく。図体に似合わない太い針。その真ん中にぽっかりと穴が開いている。いや、穴ではない。この光沢……。血が凍ったように冷たく感じる。喉がからからに乾いていた。
「レンズだ!」
私は震える両手で時計をはずす。なんで今まで気づかなかったのだろう。時計には、カメラが隠してあった。
―――愛ちゃんのこと画面でいつも見てる
こういう意味だったのか。
私の全身に悪寒が走る。まこっちゃんは、留学先から、私の部屋をずっと監視していたのだ。一体……一体何のために?なぜ、私の部屋を盗撮する?
親が一方的に留学を決めた。まこっちゃんはサークルを抜け、私たちの記憶から、徐々に薄くなっていった。
―――そういうのって、淋しいよね
でもまこっちゃんは、一時も忘れちゃいなかった。毎日、私の生活をカメラ越しにのぞき込んでいたのだ。自分が忘れ去られるのを、じっとモニターで監視していたのだ。
「……狂ってる」
私は、救いを求める気持ちで、里沙ちゃんに電話をかけた。しかし、電話はつながらなかった。
- 13 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:50
- 私はじっと、携帯を持って睨みつける。するとすぐに里沙ちゃんからかかってきた。
「里沙ちゃん!隠しカメラがあった。時計に仕掛けられて……」
「愛ちゃん!!」
里沙ちゃんが私よりも数倍悲壮な声をあげたので、私の心臓が苦しくなった。
「まこっちゃんから電話かかってきたぁ」
「え?」
「『お前は邪魔をするな!』って言われた。もう、意味わかんない……それにさ……」
里沙ちゃんの声がどんどん高くなっていく。完全にパニックになっていた。
「まこっちゃんが帰ったの、2時間前なんだけどね」
受話器の向こうで「ぐすっ」と鼻をすする音が聞こえる。
「窓の外見たら、まだいるの!」
「え?」
「ずっと、私の部屋を睨みつけてるの。怖いよ!」
「里沙ちゃん、私すぐにそっち行く!」
「も……もう、電車ないでしょ?」
「……」
そうだ。もう終電はなくなっている。……って、嘘でしょう?
「まこっちゃん。終電すぎてるのにいるの?」
「そう、ずっといるの!」
「里沙ちゃん……」
私の手が震えていた。背筋が寒い。
「警察呼ぼう!」
- 14 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:50
- ◇
しかし、警察は来てくれなかった。昔の友達が外にいると話したって、来てくれるはずもない。里沙ちゃんはじっと、ソファにうずくまって怯えながら一晩を過ごしたという。
でも……この時計に仕掛けられたカメラを見せたら、警察も取り合ってくれるかも知れない。そう思い私は里沙ちゃんの家まで行こうと駅まで来ていた。
私はいつかのように、泣き出してしまいたい感情におそわれていた。狂気にさらされながら、何も気づいていなかった自分に嫌気がさし、ますます喉奥から鳴咽が漏れそうになった。
私の前髪を浮き上がらせ、次に身体を押すような突風を引き連れて、電車がホームに顔を見せる。銀色の車体に歪んで映る自分が、不安をあらわしているようだった。それはするする、するすると流れて、一つの影だけを取り残していく。
- 15 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:51
- ゆっくりとドアが開くと、私は空気で顔を洗うような仕草で二度、顔をこする。端に寄って、電車から下りる人を優先させる。私のすぐ後ろまで来たところで、その人が足を止めたような気配があった。強い力に引っ張られるみたいに、私は顔を上げた。
心臓が鈍く高鳴り、呼吸が重苦しくなる。自然、はっきりと見ていたいものは滲み、その雫は地面に音もなく弾ける。
時間切れ。
私の中で大切な何かが、音を立てて崩れた。
でもそれは、恐怖の幕開けに過ぎない。
- 16 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:52
- THE END
- 17 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:52
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- 18 名前:08 時計仕掛けの… 投稿日:2007/08/28(火) 22:52
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