25 光敗

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:53
25 光敗
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:54
 クラスメイトで友人の道重さゆみが一人は不安だと言うので、田中れいなは
U大学のオープンキャンパスについて行った。
 十月のある日のことで、二人は当時高校二年生。U大はさゆみの志望校であり、
彼女は幼児教育学科を志望していた。「保母さんになりたい」そうだ。

 れいなはその当時、特に将来なりたいものもなく、日々を無駄に過ごしていた
無気力な女子高生の典型だった。中学卒業と同時に親の転勤で、愛する故郷の福岡
から本州のこの地へやって来てからというもの、何もかもがうまく行かなくなった。
友達はできたがたまに方言でからかわれることもあったし(もっとも、それですぐに
言葉を改められるほど器用なタイプではなかったので、今でも彼女は福岡弁を
使っている)、何より高校の授業がつまらない。
 そろそろ、親に中途退学を切り出そうか、というところまで来ていた。

 さゆみにしつこく誘われたこともあったが、れいなの目的は別にあった。
同時開催されているという大学祭を見に行くためだ。
 れいなにとって祭といえば、『とりあえず楽しげなイベント』である。
 つまらない日常から束の間抜け出すつもりの軽い気持ちで、さゆみの誘いに
応じたのだった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:54
「え〜れいなも一緒に行こうよ!」
「行かん。さゆ一人で行けって」
 予め別行動を約束していたはずなのに、玄関アーチをくぐって受付前に来た途端
不安になったのか、さゆみがれいなの腕を掴んで、一緒に体験入学に参加しよう、
とごねる。
 彼女がこうなることは想定の範囲内だったので、れいなは冷たくあしらってから、
やや強引にさゆみを受付のテーブル前に立たせた。
 受付係の女性はこの大学の生徒らしい。さゆみが恐る恐る幼児教育学科を希望すると、
途端に満面笑顔になり、
「ようこそ我が学部へ!」
などと言いながら両手でがっちりとさゆみの手をとり、
「逃がさないよ〜」
と、笑顔のまま拘束宣言をされたのだった。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:54
 れいなはそこまで見届けると、すっかり打ち解けた(ように見えた)在校生と
さゆみの傍からそっと離れ、玄関を出、そのままあても無く歩いた。
 敷地内にはたくさんの木々が生い茂っていて、ちょっとした公園のようだ。
 人の流れにのって一、二分。やがて色とりどりの屋台が見え始める。
 本日は日曜日。いつもなら前の晩無意味に夜更かしをして、日曜の昼間はまだ
夢の中だ。
 そう思うと今のこの状況はとても健全なのに、しっくり来なくて落ち着かない。
れいなは途中脇道にそれて、羽織っていたパーカを脱いだ。秋とはいえまだ気温が
高く、紫のTシャツに包まれた背中は、蒸れて少し汗ばんでいる。
 再び人の流れに溶け込む前に空を仰いだ。休日の空は、どうして平日のそれとは
異質に感じるのだろう。

 通り過ぎる屋台からは、威勢のいい客寄せの声があがっている。どこからか歓声も
聞こえた。
 大抵の部外者の目には、今ここに居る在校生たちが心から楽しそうに、幸せそうに
映るだろう。
 そしてそれはこの学校のおかげであるのだ、と勘違いもするだろう。
 なるほど。大学祭とオープンキャンパス『同時開催』の目論見に気付き、
「馬鹿みたいに騒ぎよう」
れいなは鼻で笑った。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:55
 そのままだらだらと屋台を冷やかしながら歩き、屋台群が途切れた頃、何かの
建物にぶつかった。
 れいなの高校には武道場があるのだが、それとよく似た大きさだった。
 周辺にはまばらに人が居り、時々その建物の中に一人二人吸い込まれていく。
 何かイベントが開催されているらしい。れいなは、一先ずの休憩場所にここを
選んだ。

 近づいてみると入口のドアはクリーム色で、目の高さに円形のガラスが
嵌め込まれていて、奥が覗ける。
 さゆみよりは上向いた形をしている小鼻が、ガラスにくっつきそうになるほど迫って
覗き込む。
 暗い室内の奥にスポットライトらしき光。その光の中心で誰かが歌っていた。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:55
「おっ、まーたお客さんがいらっしゃってくれました。ようこそ〜」
 中に入ると即座にステージからマイクを通して歓迎の声があがり、茣蓙に座って
いた観客が一斉にこちらの方を向いたので、れいなは面食らってしまった。
 ステージ上に居た女性は、れいなが入る前「歌っている」と認識したとおり、
曲がまだ演奏されている最中だというのに、歌うことをやめてれいな個人に声をかけて
きたのだ。
 いや、違うのかもしれない。今かかっているのはただのBGMだったのかも
しれないし、自分だけではなく背後にも誰かが……振り返ってみたが、居なかった。
 戸惑いながらも周囲を見渡すと、
「ここ、ここ、ここ空いてますよ」
また壇上から声をかけられた。
 今度こそ自分に向けられたメッセージだと確信して、思わずステージを見る。
女性は自分の足元を指差している。最前列に空きがあるから来い、と誘っているのだ。
 はじめこそ驚いたれいなだったが、今度は違った。勝手にさせろと言わんばかりに
近場で腰を下ろして、両足を投げ出し、ふんぞり返る。
 れいなの耳に、マイクを通して快活な笑い声が届いた。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:56
「途中でやめちゃったんで〜、もう一回歌ってもいいですかね?」
 なかなか笑いが収められずに居たら曲が終了してしまい、女性が嘆願すると、
観客たちから笑い声が起こった。
 ははっと乾いた笑いを漏らしながら頭を掻いていた彼女だったが、急に遠くへ
向かって指でOKサインを出して何かを確認している。
「スタッフさんからオッケー出たから、もっかい歌います。
 ごめんね〜今度はちゃんとやるからさ。あ、んじゃあ曲紹介からビシッと。
 ……え? 自己紹介から? そっからやりますか。OKやりま〜す」
 彼女の名は後藤真希。栄養学科二年生。

「オリビアを聴きながら」
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:56
 ここに来てかられいなは驚かされっぱなしだ。
 真希の歌声は、一小節目から彼女を虜にした。
 途中、微かに振る首の動きでシルバーのピアスが揺れ、ライトに反射して
不規則に光り、それが絶妙のタイミングで歌を彩る。
 マイクを握る左手の爪に塗られたラメも、それを手伝っている。
 間奏中に一旦口元から離れ、腕をだらりと腰の辺りに下げた時の動作で、
流れ星のように光ったのだ。
 それがとても綺麗だった。

 他には、観客の控えめな手拍子。空気を読まない野次や声援もなく、密閉された
この空間で、ひとつの世界ができている。中心には勿論後藤真希がいる。
 視線を彼女から逸らすこともできず、結局、れいなは魅入られたまま曲を聴き終えた。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:56


10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:56
「田中アウト。明日までに穴塞いで、髪は黒に染めて来い」
 四時間目に体育館で全校集会。その後、突発で行われた服装検査。
 れいなは茶髪とピアスで校則に引っかかり、指導教諭から注意を受けた。
 友人のさゆみは全く問題無く検査を終え、先に体育館を出たれいなの小さな背中を
小走りに追いかけ、すぐに追い付く。そして、前を向いたままのれいなに話し掛けた。
「あーあ、2ペナは進学に響くよ」
「うっさい」
「れいなほんとに大学行く気あるの」
「あるって」
「なら集会の時くらいピアスも髪も戻さないと」
「それはできん」
 そんなやりとりしているうちに教室についた。二人はいつも、れいなの席で一緒に
昼食を摂る。机を二つくっつけてテーブルにし、向かい合わせに座って、それでも
さゆみはまだ廊下での話を続けている。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:57
「田中さーん、三年の秋ですよ。もうほんと真面目にやんなきゃ」
「成績は問題なかろーもん」
「素行の話です。頭が良くても駄目なんです」
「もーさゆはうちのママみたいでうるさい」
「うるさくもなるよ。友達なんだから」
「っつかうぜぇ」
「お黙りなさい」
 さゆみが怒った。目に力があるので、睨みをきかされると途端に萎縮してしまう。
怯えを悟られまいと渋々といった風で、わかった、と答えたその時、
「玉子焼きおいしそう。ちょうだい」
さゆみがそう言って、ひょいと弁当箱から四角い玉子焼きを奪っていった。
 不意をつかれたれいなは、泣く泣く玉子焼きを諦めた。
 さゆみに逆らえないところがあるのは、ちょっとした恩を感じているからだ。
 一年前、彼女の付き合いで赴いたU大学のオープンキャンパス兼大学祭。
 れいなはそこで、夢を見つけた。

 後藤真希のように、歌を歌いたい。
 ステージライトを浴びて、身に付けたアクセサリーをも歌の一部にさせられるような、
魅力のある歌を。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:57
 その強い思いはれいなの内面を変えた。まず、アクセサリーに興味を持った。それも、
後藤真希が身に付けていたような、シルバーのアクセサリーだ。去年の秋から集め始め、
今ではピアス、ネックレス、ブレスレット、指輪やドッグタグに至るまで、一通りの
物を所持している。もともと原色の色使いが好きだったれいなにとって、これは革命的な
出会いだった。
 次に歌を歌うことの楽しさを知った。もともとカラオケは好きだったが、今のように
毎日なにかしら歌うほどではなかった。一日一曲歌うこと、を日課にした。
 はじめのうちは、これまた後藤真希が歌っていた古い曲を、なんとか自分のものに
したくて練習していたが、高くて細い自分の声では何度練習しても思い通りにならず、
これは諦めた。今は自宅やカラオケボックスで、流行の歌ばかりを歌っている。

 最大の変化は大学受験を志したことだった。だが、発端になった後藤真希の存在を、
れいなはまだ誰にも明かしていない。とりあえず将来のため、という言い分でも両親には
充分に通った。入学してからやりたいことを探すのでもいいだろう、とまで好意的に
取られた。
 人に憧れ同じ大学に通いたい、という本来の理由は流石に恥ずかしかったので、
これは都合が良かった。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:57
「さゆ、さゆ、来週行くっちゃろ?」
「え、どこに?」
「U大のオープンキャンパス。れいなも行くけん一緒に行こ」
 箸を持ったまま、れいなが急に目を輝かせてそんなことを言ったので、さゆみは
あからさまに驚いた。
「れいなどうしたの、すっごい嬉しそうなんだけど」
「……行きたいとこ行くんやから当たり前と」
「待って待って、今ちょっと言葉詰まったよね。なんかあるでしょ絶対」
「んー? まー、ええやん」
「えー気になる!」
「うっ」
 ぐっと迫られたれいなはついに観念して、初めて他人に胸の内を話した。
 それを聞いたさゆみは大きく頷きながら肯定してくれて、そればかりか、羨ましい、
という軽い嫉妬まで貰ってしまった。意外だった。
「……羨ましいと?」
「さゆみだってできれば、自分より素敵な“誰か”になりたいよ」
「そうやったん。知らんかった」
「れいなになりたいと思ったことだってある」
「それマジ?」
「れいな、ちっちゃくてかわいいもん」
 背の低さを嫌悪していたれいなは一瞬ムッとしたが、確かにさゆみは女子高生
としては高身長の部類で、同じクラスのバレーボール部員に軽く勧誘された過去が
あった。絶望的な運動音痴であったので結局入部までには至らなかったが、当時の
さゆみが、相当ショックを受けていたのを憶えている。何でこんなに大きくなったのか、
と喚きながら自らの頭を叩き出した時は、流石に慌てた。馬鹿になるから止めろ、
と言ってようやく治まったことまで思い出した。
 基本的に彼女は小さくてかわいいものが大好きなのだ。体が大きいことはその間逆を
行く現実で、さゆみのコンプレックスなのである。
 自分がさゆみの憧れの範疇に居たことを知って、れいなはこっそり気を良くした。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:58


15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:58
 一週間後、待ちに待った二度目のオープンキャンパスの日がやって来た。
 学校では校則違反のピアスもネックレスも、ついでに指輪も身に付けて、精一杯の
お洒落をしてれいなは家を出た。待ち合わせ場所のバスターミナルでさゆみに会うと、
気合が入ってるね、と笑われたが、満面笑顔で返してやった。

 あっという間に目的地に辿り着く。今度はさゆみも大学祭の方を先に回ると言って
きたので、二人は一緒に、玄関アーチで配布されたプログラムをその場で覗き込む。
 今年も“音楽堂”で後藤真希が歌うことを知り、れいなはその場で軽くガッツポーズを
した。後藤真希のことをよく知らないさゆみまでもが、つられてポーズをとっていた。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:58
 再び訪れた、当時はその名も知らなかった、音楽堂。
 はやる気持ちを抑えてクリーム色のドアを開けると、
「うわ、すごい人」
中を覗いたさゆみが思わず呟いた。
 大勢の観客が茣蓙には座りきれず、立ち見客が何人もいる。だがステージ上にはまだ
人の姿はない。誰かが、まだ開演前なのに、と言った。彼らも自分と同じように、
後藤真希に魅せられた人々なのだろうか。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:59
「と……とりあえずどっか」
「れいなあっち、あの辺なら空いてる」
 はぐれないようにとさゆみに手を引かれて、二人は壁に沿って奥へと進んだ。
 その途中で何人かの会話を耳にした。

  後藤って人、メインなのに待つのが嫌だから一番最初にしてもらったって……
  オーディション受けて何回か賞とってるらしい……
  だからこんなに混んでる……
  後に出る人、気の毒だねー……

 さゆみが示した場所は観客席の前方で、去年よりステージが近い。
 壁に背をもたれて、かの人を待つ。心臓がドンドンと胸を叩き始めた。
 あれから一年経っている。
 後藤真希は、どういった姿で再び自分の前に現れるのだろう? プログラムには、
去年と同じ曲を歌うと書いてあった。
「わー楽しみだねー……、あ」
 さゆみに話しかけられたところで、全ての照明が落ちた。人々がややざわつく。
 しばらくして場内アナウンスが聞こえた。れいなは緊張していて、アナウンスを
きちんと聞いていなかったが、公演開始の合図であることは間違いなかった。

 暗闇に目が慣れる前に、スポットライトがステージ上を照らした。
 女性が一人、その中心に居た。

「どーもどーも、皆さんこんにちは」

 現れたのは、後藤真希。栄養学科三年生。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:59
 服装は去年見た時とさして変わっていない。寧ろ簡素になっていた。
 アクセサリーは今年も、シルバーのピアス。と、右手首にブレスレット。
 そしてまた去年と同じように、一小節目かられいなの目と耳、そして心を奪っていく。

 が、れいなはそのうち、彼女から目を逸らしてしまった。
 後藤真希が内から出す何かに、気付いてしまったのだ。

 煌きは、最初から最後まで彼女自身が発しているものであり、たまにライトに
照らされるアクセサリーの不規則な光は、ノイズでしかなかった。
 それに気付くことができたのは、今、自分が、まがい物の光をいくつも身に付けて
いたからこそ、であった。

 金属が放つ光は、この目に見えない輝きには敵いやしない。
 れいなはこの一年間、後藤真希に対して、憧れとともにライバル心を抱いていた。
 だが、悟った。
 戦わずして、敗けたのだ。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:59


20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:59
「すごいね……キラキラしてた」
 帰りのバスの中で、さゆみは感嘆の声を漏らした。
 それを黙って聞いていたれいなは、突然、両耳のピアスを外し始める。
 さゆみが危ないとたしなめても、やめなかった。そして、外したそれらを窓から
投げ捨てた。
「ちょっと! れいな何してんの」
「もう要らん」
 続いて指輪も外して捨てようとしたが、さゆみが手首を掴んでそれを止めた。
 制止されたれいなは、こみ上げてくるものを堪えきれず、とうとう泣き出して
しまった。さゆみが慌てるかと思ったが、物言わずさっとハンカチを差し出してくれ、
反射的にそれを受け取った。目元に近づけると、石鹸のやさしい香りが余計にれいなを
悲しませる。
「……捨てちゃ駄目じゃん」
 さゆみのその言葉は、恐らくアクセサリーのことを言っている。
 けれど、れいなは別の意味で受け取った。
 そして、もう駄目だと思った。
 道は閉ざされた。これからどうしていいかわからない。また、目標の無い空っぽの
自分に戻ってしまう……

 悔し涙は、しばらく止まらなかった。
 せめて、みっともなく声を上げずに泣くことだけ。
 れいなに今できることは、それだけだった。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/02(月) 00:00
 嗚咽がようやく治まりかけた頃、唐突にさゆみが呟いた。
「さゆみ受験できなくなっちゃった」
 れいなはうまく理解できず、頬に涙の跡を残したまま彼女の横顔を見た。前を
向いていて表情が無い。見慣れているはずなのに、初めて見る顔だった。
「……なん?」
 友人の隠れていた一面に触れ、恐る恐るれいなが聞き返すと、さゆみはこう続けた。
 父親の仕事で問題が起き、さゆみの学費を工面するのが難しくなったので、進学を
諦めて就職することになった、と。
「うそやろ……」
「これがほんとの話で。れいなに今日のこと誘われた時にはもう決まってたんだ、実は。
 でも断れなくて。
 あ! 誤解しないで欲しいんだけど、断れなかったのはれいなのためじゃないから」
 一気に捲くし立てたさゆみが漸くこちらを向いて、意地悪く笑う。
 虚勢を張っていることは、すぐにわかった。
「最後だからお別れしに来たの。
 他の学校から来た子達が楽しそうで、何か後藤さんとは違ってキラキラだった。
 羨ましかったなー。さゆみ超負け組」
 れいなは眉を顰める。普段の彼女はもっと感情的にものを話すから、淡々と話す
今のさゆみがとても痛々しい。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/02(月) 00:00
「……さゆは、悔しくて泣いたりはせんと?」
「だってれいなが先に泣いちゃったし」
「……泣けや」
「泣かない」
「泣けって」
「我慢がまん」
 れいながどんなに揺さぶっても、さゆみは泣かなかった。
 きっと、強いからではない。頑固なだけだ。いつか、感情を爆発させる時がくる、
れいなは直感で、そう思った。

 バスターミナルが近づいてきた。
 ターミナルは道路と繋がっていない。左折しながら一度歩道に乗り上げるため、
がたん、と大きく揺さぶられる。
 れいなはそのため少し身構えたが、さゆみはそれにすら気付かず、揺れに身を任せて
れいなの方に凭れた。
 バスが曲がりきって車体の傾きが戻っても、降車場に辿り着いても、二人はしばらく、
そのままだった。
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/02(月) 00:00

24 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/02(月) 00:00

25 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/02(月) 00:01

Converted by dat2html.pl v0.2