28 可視光線

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:30
28 可視光線
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:37
「さゆ、眩しい。カーテン閉めて」
薄く瞼を開いたれいなが顔をしかめてこっちを見た。
れいなはあまり寝起きが良い方ではない。布団を頭まですっぽりと被って朝日を拒絶している。

「えー、今開けたのに」
「開けなくていいー…」
「そろそろ起きなよ、今日こそ一緒に出かけるって言ってたじゃん」
「………わからんー…」
「もー起きてってば」

小さな体を揺り起こすとそれに合わせてれいなの頭が揺れる。
んー、とくぐもったような呻き声は漏れるけれど全く起きる気配はない。
さゆみが諦めた数分後には静かな寝息が聞こえてきた。
はあっとさゆみは深いため息をつく。

さゆみは手を伸ばすと薄く開いたままのカーテンを閉じて、
それかられいなの細い髪の毛に指を絡めてくしゃくしゃと頭を撫でた。
さゆみとれいなの休日が重なった日に一緒に遊びに行こうという約束はもうずいぶん前から先延ばしにされ続けている。
多分この調子だと一生その約束が果たされる事はないだろうな、とさゆみはこっそり苦笑いした。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:41
さゆみとれいなは、中学生の時に同級生だったことから仲がよくなった。
正直、一年生の頃はさゆみがれいなの少し不良っぽい外見に少し怯えていたのと、
れいなが学校をサボリがちだったという事もあって一度も喋ったことなんてなかったのだけれど、
二年生のあたりで同じクラスになってからものすごく些細なきっかけで少しずつ話し始めたのがキッカケで、
知り合いがクラスメイトになって、クラスメイトがいつの間にか友達になっていた。

そして、中学校の卒業が近づいた頃、さゆみが高校に入学したら一人暮らしをするから少し不安だと言うと
じゃあ一緒に住もうよとれいなが言い出した。さゆみにしてみれば冗談だと思っていいよー、なんて言っていたのが
どうやられいなは本気だったようで気がつけば一緒に暮らすことになっていたのだ。
おかげで思っていたよりは寂しい想いをせずにすんでいる。

それから、さゆみは高校に進学したけれどれいなは進学はしないでフリーターみたいな事をやっている。
生活費は二人で半分ずつだ。

さゆみの方は親にお金を出してもらっているから自分でお金を稼いでいるれいなと比べると不公平なんじゃないかと少し引け目を感じていたが、れいなはそれを馬鹿にすることはなくて、さゆは高校の勉強とか部活とか一生懸命頑張ってるけん、偉いと思う。と焦ったみたいに言ってきた。
だけどさゆみがれいなにそんな事を言われたのは高校に入学して一週間くらいの事で、授業はまだ始まって間も無い頃だったし、部活もどこに入ろうかと考えていた頃だった。

きっとれいななりに気を使ったのだろう。ピントの外れたその気遣いがなんだかおかしかった。
だけどその不器用な気遣いが嬉しかったから、その日からさゆみは勉強にしても部活にしても手を抜くような事はしなくなった。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:45
カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。いつもの朝だ。

さゆみは朝食を食べ終えると、ぱりっと糊の利きすぎたシャツに袖を通す。
張り切りすぎたさゆみがシャツを一枚焦がした日から、制服のアイロンがけは前日にれいながしてくれるようになった。
リボンを結ぶのは得意なのになあと呟きながらさゆみは鏡を見て服装を整える。
そして簡単に髪の毛を整えると、時間が無いことに気づいて慌てて鞄を引っつかんで部屋を後にした。

一度アパートの階段を降りた後に、ふとれいなにいってきますを言ってないことに気づいて、
部屋まで駆け足で戻ると扉だけ開けて玄関かられいなに聞こえるように声を出した。
するとベッドのある方からいってらっしゃいと眠そうな返事が返ってきたので、さゆみはそれに満足すると今度こそ部屋を後にした。

学校に着くと教室の中にはある程度見慣れた顔ぶれが揃っていて、
だけど担任はまだ来ていないようだったから丁度いい時間だったみたいだ。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:47
さゆみは自分の席に着くとほっと安堵のため息を漏らした。
成績の方は必死に頑張っても鳴かず飛ばずの低空飛行だったので、出来たら素行だけでも優等生で通りたかった。
だからこそ、遅刻などは言語道断であった。伊達にやたらパリパリしたシャツを着ているわけではないのだ。

実際、成績自体はあまり芳しくなかったが、
授業態度が真面目なのと変に素直な性格をしていたのとでさゆみは教師に気に入られる事が多かった。
世の中は努力だけではどうにもならないことが多いけれど、努力すればどうにかなることもあるとさゆみは知った。
努力する事を覚えるきっかけを作ったのはれいなだったからさゆみはその点でも常々れいなに感謝している。

授業中、さゆみはごくたまに先生が黒板と向き合って話をしている時に空を見上げる。
窓際の席だから空がよく見えるのだ。青い空と真っ白な雲が眩しくて、大抵いつも目を細めながら見上げているのだけれど、
そのたびに視力が落ちたような気がしてならなくなる。そして、次の春の健康診断が怖いなあとさゆみは毎回思うのだった。
ついでにれいなは今頃寝ているだろうなとも思いながら。

そしてさゆみが家に帰ると案の定、れいなは朝出かけたときに見たままの姿で熟睡していた。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:48
「さーゆー」

白濁した意識の中でゆさゆさと揺り起こされたと思ったら辺りは真っ暗だった。
ぼんやりとした世界で、さっきまで熟睡していたはずのれいなのきらきらとした瞳だけが目に入る。
それを見てさゆみはもう夜か、とぼんやり考えた。いつの間に寝てしまっていたのだろうか。

「…今何時」
「夜の3時」
「ああ…」

目の前のれいなに時間を尋ねると、れいなは悪びれもせずに答えた。
正直、それを聞いたさゆみはそんな半端な時間に起こすなら朝までそっとしてやってくれと思った。

れいなはいつも夜勤のバイトをしているし、夜行性だからこの時間帯が一番元気なのだけれど、
できたら一日中寝ていたいと思っているような人間であるさゆみからしてみればこうやって起こされるのは結構いい迷惑である。
さゆみは眉間に皺を寄せながら左手でごしごしと目元を擦った。れいなの後ろでは、ぼんやりと銀色の月が浮かび上がっていた。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:49
「さゆ」
れいなの顔が近い。
よく見えないけれど、口元はきっと悪戯っぽく笑っているのだろう。

「何」
「散歩行こ」
「えー…」

めんどうくさい、と言おうとするとぐいぐいと腕を引っ張られる。れいなの細くて青白い腕がきしきしと音を立てていた。
いつも昼のうちで外に出たがらないからそんなに青白いんだ、と思った。

れいなの生活は基本的に昼夜が逆転している。
さゆみが昼に起きて夜に寝るのが当たり前のように
れいなは昼に寝て夜に起きるのが当たり前なのだろう。

だからさゆみはそのことをどうこう思ったことはない。
ただ、れいなの背が伸びないのはそのせいもあるんじゃないかなとは思うけれども。

さゆみがしょうがないなーと言いながら起き上がると、れいなが嬉しそうに笑ったのが月明かりに照らされてよく見えた。
月よりも太陽の方がれいなには似合いそうなのになとさゆみはぼんやりと考えた。
れいなにはどこかエネルギーが有り余っているようなところがあるから
穏やかで静かな月の世界に居るのは少し勿体無いなとさゆみはいつも思っている。

れいなと歩いた夜の道は少し肌寒くて、さゆみは歩いている間ずっとぶーぶー文句を垂れていたけれど
丁度ええやん、さゆが寒がりなんやってとれいなはそんなさゆみを見ながら笑っているのだった。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:50
「れいなは吸血鬼みたいだね」
「え? なんで?」
さゆみがお風呂上りの濡れた髪の毛をタオルで拭きながら
れいなの青白くて細い腕を掴んで言うと、れいなは不思議そうな顔をした。

「太陽が嫌いだから」
「まあ確かに嫌いやけど」
吸血鬼なんてそんな大袈裟な、とれいなは笑う。さゆみはそれに少しむっとして唇を尖らせた。
れいながそんな顔せんでよ、とさゆみの頬を軽く引っ張るとさゆみの頬はすぐに緩んだ。
それを見てれいなはさっきよりも面白そうに笑った。

「あーでも太陽の下に出ると消えちゃうっての、ちょっと分かる気ぃする」
「なんで?」
「太陽の光は特に眩しすぎる」
「そんなの、電気やライトだって同じじゃん」
「ぜんぜん違うと。電気はつけなきゃいいしライトだって眩しいのは一瞬やけど太陽はそうもいかんもん」

そう言うとれいなはぐぐっと背筋を反らして伸びをした。さゆみがふざけてその小さな肩を押すと小さな体はそのまま後ろに倒れる。
後ろはベッドだったから、れいなはおーおーと言いながらそのまま布団の海に沈んだ。

さゆみもその隣に寝転がる。
れいなの髪の毛が頬にちくちくとあたって少しくすぐったかった。
こうやってごろごろとじゃれつくのは、さゆみもれいなも嫌いじゃなかった。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:50
なんとなく、この毎日がこのままずっと続けばいいのになと
さゆみはれいなの体温を傍に感じながらそう思っていた。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:51
だから、それはとても突然の事のように感じた。

ある日珍しくれいなが朝早くに起きてきた。
どうしたの珍しいねとさゆみが言うと、れいなはまじめくさった顔をしてうん、と答えた。
いつもと少し違うその雰囲気に、さゆみはオレンジジュースを注ぐ手を止めるとれいなと同じ顔をしてれいなの方に向き直る。
たっぷりと間を置いたあとに、れいなは重々しく口を開いた。

「…さゆには言っとこうと思って」

ぎゅっとれいなの小さな握りこぶしに力が入るのが分かった。
それと同時にさゆみの胸がドクッと大きく跳ねる。
不安と緊張が入り混じってぐるぐる回る。

「れいなアイドルになりたいんやけど」
「…えっ?」
「………そんで、今度、オーディション受けようと思ってて…。」

ぼそぼそと小さく言ったれいなの耳は真っ赤だった。
さゆみは驚きを隠せないままぽかんと口を開けっぱなしにしていた。

まず、れいなの夢がアイドルだったということからしてさゆみには初耳だった。
どうりで夕ご飯の時間帯に放送される音楽番組によくかじりついていたわけだ。
そして、れいなはその夢を夢だけでとどめる気は無かったということ。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:52
きっとこれがれいなじゃなくて、他の誰かだったら所詮は夢物語だと思っただろう。

だけど、さゆみにはれいながこのオーディションを受けたらきっと合格してしまうんだろうと確信めいた予感がしていた。
それが余計さゆみに焦燥感を与えていた。どういう形であれ別れは必ず来ると覚悟していたはずなのにジリジリと圧迫感が胸を強く締め付ける。
れいなは少し目を伏せて再びゆっくりと口を開く。いつもの悪戯っぽい瞳は睫毛に隠れて見えなかった。

「さゆが頑張っとるの、分かるから」

「れいなもこのままじゃダメやけんってずっと思っとった」

「だから、まずは受けるだけでもいい機会だって思って」

そこから先の言葉をさゆみは覚えていない。
聞こえなかったのか、聞かないようにしていたのか。
気づけばもう夜になっていて、隣ではれいなが小さな寝息を立てて寝ていた。
体を起こしてれいなの髪の毛に指を絡める。こういうことができるのもあと少しなんだろうか。

別に永遠の別れというわけでもないし、これでれいなとの縁が切れてしまうほど大袈裟なものでもないということは知っていた。
だけどきっとそうなったらもうこの生活を続けることはできない。
これからの事やれいなの気持ちなんて本当は全く何も考えていなかった事に気づいて、
ツンと海の潮に似た匂いを鼻先に感じながらさゆみは泣き出しそうになるのを堪えていた。


それから数ヶ月して、れいなの肩書きはフリーターからアイドルになった。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:53
さらにもうしばらくすると、今住んでいるところから仕事場に通うのは不便だという理由でれいなは引越しした。
引っ越すときに、れいなはさゆも一緒に住もうと言ったが、さゆみはそれをやんわりと拒否した。
さゆみも今までと同じ生活ができたら良かったと思うけれどそれ以前にれいなの邪魔にはなりたくなかった。

れいなはそれからもさゆみに連絡を入れる事だけはやめなかった。
だんだん連絡がつく回数は少なくなっていって、さゆみの方から連絡を取ることは無かったけど、
それでもれいなはさゆみとの音信を途絶えさせようとはしなかったから、なんとか関係は切れずに済んでいた。

ただ、縁というものが目に見えていたら昔は絶対的に切れそうにもないほどしっかりしていたものが、
今はとても細くてたよりの無いものになっていく過程がよく分かっただろうとさゆみは思った。


そして、さゆみとれいなが会う回数が少なくなるにつれて、れいなをテレビで見かけることが多くなった。
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:54
「あっつー」

小さく呟きながらじわりと額に滲んだ汗を拭うと、
さゆみの声が聞こえたのか傍に居た後輩が今日蒸し暑いですよねと言ってきた。
うん、とさゆみは頷く。

ギラギラと太陽が照り付けていた。
コートに反射する紫外線がさゆみの白い肌を突き刺してくる。
日焼け止めは一応塗ったけれどこれはやっぱり少し日焼けしてしまうかもしれない。

昨日の夜に窓を開けて寝たときはひやりとした風が頬を撫でてきてとても気持ちよかったのに、
今日のこの蒸し暑さはなんだろうとさゆみは心の中で愚痴を零した。

手の中の汗がラケットのグリップに吸い込まれていく。
ゴムが手のひらの中で擦れる感覚が少し気持ち悪かった。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:54
休憩の間、さゆみは後輩が練習をするのを見ていた。
だけど、あまりにも強すぎる太陽光線に目を細めて見たその姿は眩しくてほとんど見えなかった。

結局この二年でテニスは上達しなかった。
あと二、三ヶ月くらい後のインターハイが終わったら三年生はもう引退だ。
向き不向きがあるとすればさゆみはテニスには向いていなかったのかもしれない。
それでもさゆみは部活が好きだったし、後輩に技術面で抜かされても何とも思わなかった。
それは良いことではないと思うけれどさゆみは一度もやめたいと思った事はなかった。
高校生活の中で、これだけは頑張ったというものが欲しかったのだ。

コートにはれいなの大嫌いだった太陽光線がギラギラと溢れている。
さゆみは下を向いたままぼんやりと立ち尽くした。
色濃く落とされた影の中にぽたぽたと汗の跡が浮かんでいく。

部活をした後の手のひらの匂いはいつもどこか潮の匂いに似ていると思う。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:55
この間の休日に、さゆみはれいなのコンサートを初めて見に行った。
これまでも何度かコンサートには誘われていたのだけど、どうにも行く気になれなかったのだ。

光の中に居るれいなはとても綺麗だった。
だけどさゆみには眩しすぎて何も見えなかった。
それこそ光に目を潰されてしまうかと思うくらいに。

恋は盲目という言葉があった。
その言葉の意味をはっきりと理解しては居なかったけど素敵な言葉だと思っていた。
やっぱりあの時の自分はその言葉の意味を理解していなかったのかもしれない。
あれは確かに恋ではなかったけれど、それとよく似たものだったと思う。
強すぎる光は視力を奪ってしまうのだとさゆみはその時、初めて知ったのだった。

ステージの上では熱を持って興奮したライトがれいなを照らしていた。
眩い光の中にいるれいなは何を思っているのだろうか。

さゆみはその時ようやく、昔れいなが光を苦手だと言った理由が少しだけわかったような気がした。
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:55

次にれいなに会った時、どんな顔をして会おうかと
ぼんやり考えながらさゆみはゆっくり目を閉じる。
瞼の裏には赤と青と緑の色をした残像が残っていた。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:58
从*・ 。.・)
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:59
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19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 23:59
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