17 つまらない街

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:36

17 つまらない街

2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:39

今日もこの街では雪が降っていた。
私の嫌いな私の街。
その街の片隅に、追い出されたように本屋があることを私は知っていた。

3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:40
◇ ◇ ◇


別に本を読むのが好きと言うわけではなかった。
でも此処にいたいから読むようになった。
街から隔離されたこの場所ですることは本を読むことしかなかった。

「こんばんはー。」
「おぅ!いらっしゃーい。」

本屋といってもシャッターは降りてしまっている。
本当は営業をしていないのだ。何年も前に閉じたと聞いた。
中には整頓されることを忘れた本達が床を埋め尽くし塔までも作っていた。
私は塔の間を縫って、部屋の隅にある椅子に荷物を置いた。

「今日は何読んでるんですか?」
「この前と同じの。」
「おもしろいですか?」
「おもしろいよ。何度読んでも。」
「カメ、この前ガキさんが言ってくれた本読んだんですよ。」
「どうだった?おもしろかったでしょ?」
「はい。とっても。本読むの苦手なんですけど、スラスラ読めました。」
「それは良かった。まだまだ沢山あるからどんどん読んじゃって良いよ。」

ペラペラと髪が捲れる音と外の雪の降る音が会話が途切れた室内に響く。
ここはエアコンなんて気のきいたものは無くて真ん中にストーブだけ置いてある。
私はいつもその横の椅子に座るんだけど
ここの店の主であるガキさんは、そのちょっと後ろにある机の横に腰掛ける。

「あのガキさん?」
「んー?」
「この本どこに返せば良いですか?」
「良いよそこらへんに置いてといてくれて。」

そこらへんって…置く場所が無いですよ。
壁一面の本棚も
ガキさんの横の机の上も
入り口から此処までにかけての床ですら
本だらけ…
ストーブの匂いと紙の匂い…。
そして白い息。

ここはあまりにも異世界だ。

4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:41
「学校楽しい?」
「楽しいですよ。嘘ですけど。」
「嘘かよー。カメは学校の話をあまりしないね。」
「つまらないんです。学校だけじゃなくてこの街も何もかも。」

本当にこの街は平凡で何もなくて。
凄く小さくて、私も更に小さな小さなものにする。
そんな自分が凄くいやで私は、いつしかこの街の何もかもすべてを嫌いになった。

「そんなにつまらないなら出ていけば良いのに。」
「出ていけと言われても…どこに…」
「そんなんじゃー駄目だね。」
「むー!」

出て行くにはあまりにも漠然としていて。
だけど出て行けるものなら
そんなチカラが私にあるものなら

「ガキさんはなんでこんなことしてるんですか?」
「此処伯父さんがくれたから住んでるって言ったじゃん前に。」

聞きましたけど…。
ここに独りで住んでるって凄いと思うんです。
同い年くらいなのに学校に行かずに、私が此処に来ることすら受け止めて。

「ガキさんは出ていきたくないんですか?」
「此処から?うーん…本があるから良いや。」
「本…?」
「本読むと旅した気がするからそれでいいや。」
「でもガキさんはいつも同じのばかり繰り返し繰り返し。」
「そうだね。そのうちカメに読んだ冊数越されちゃうね。」

だけどガキさんの本のチョイスは胸をワクワクとさせて
本からその世界の空気が流れて、私の胴から頭までを吹き飛ばすほどのチカラ
何度も読むことに疑問を持たないほどの内容…
でも旅がしたいって言うのなら、もっともっと読めば良いのに。

そう思って文字から目を逸らしてガキさんを見ると
ガキさんはいつもどおり下を向いて本を読み旅をしていた。

5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:42

◇ ◇ ◇


学校でも家でも変わり者扱い。
隔離されるなら私は、あの本屋に収納されたい。
だけどそうしたらいつまでもこの街から出られない。

「こんばんはー。」
「ここのところ毎日来るね。」
「ガキさんと一緒にいたくて。」
「ふーん。」
「信じてませんね?」
「信じてないよ。」

薄っぺらな挨拶。
でもいつもの感じで…いつもの感じだから挨拶だ。
今日もまたガキさんは旅に出ていた。
同じ場所に行って、同じように楽しんでいる。
もしかしたら違う場所で楽しさを発見してるかもしれない。

「それ楽しいですか?」
「楽しいよ?」
「あの…どのへんが?」
「光が見える。」
「光?」
「綺麗にキラキラしてるそんな世界から逃げる話。」
「へ?それっておもしろいんですか?」
「さぁ?人それぞれかな。」
「どっちなんですか?」

光から逃げるなんて、なんだかもの凄く不気味だ。
そんな話のどこが楽しいんだろう。
わからないけど、ガキさんが教えてくれた本達にハズレは一度だってなかったから
その本もきっとおもしろいのだろう…。
借りようといつも思うのだが、ガキさんがいつも読んでて手放した隙を狙えない。

「カメも読みたいですそれ。」
「だーめ。読んでるじゃん。読み終わったら貸してあげるよ。」

そう言っていつもいつもそれだけは貸してくれない。
他の本はいくらだって貸してくれるのに、これだけは貸してくれない。

「いつか読めるよ。」

なんて流してしまうんだ。
絵里もまぁいいやなんて思って違う本に手を伸ばす。
寒く冷え切ったこの部屋にある本達は、私が触れると嬉しそうに温まる。
ガキさんの手も他の本達を温めてあげればいいのに。
あの本ばっかり依怙贔屓して可哀想だ。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:43
「本読むのだいぶ好きになってきたみたいだね。」
「はい。おもしろい本って結構あるんですね。」
「気に入ったならあげようか?全部。」
「はい?」
「この本屋ごとあげようか?カメに。」
「いきなりなんですか?!」
「伯父さんもさー、そうやって私にいきなりくれたの。」
「でもカメは親族ってわけでもなんでも…。」
「私と伯父さんって凄く似てて、伯父さんもこの本好きだったの。」
「その…伯父さんは…今どこに?」
「いないよ。死んじゃった。ここ貰ってすぐだったかな。」

あっさり。
だけど視線を本から外すことは無く。私だけがガキさんを見て。
白い息の出る寒い部屋。ストーブから炎の燃える音。
静かに紙が一枚捲れた。

「カメと私は似てないけど。貰ってよ。」
「貰ったらどうなるんですか?」
「んー…特に何も変わらないだろうけど。」

でも伯父さんはいないんでしょ?
ガキさんと伯父さんは似てるんでしょ?

「いやです。貰えません。」
「あらら残念。気に入ってるみたいだから貰ってくれると思ったのに。」
「絵里はガキさんと似てませんから。」
「そうだね…似てないとは思うよ。」

だってガキさんはここに一日中篭ってて
外に出ていく姿も外で歩いてる姿も
こんな小さな街なのにすれ違うことがなくて
絵里がここに来なかったら誰にも
誰にも出会うことがなかったんじゃないかと思ってしまうくらい…

絵里は此処が異世界みたいで…それこそ本の中のようで。
だから惹かれて憧れて。
ガキさんもそんな世界が好きだから此処にいるとばかり思ってたけど。

あんがい簡単に捨てられるものなんだ。

7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:45
「絵里はこの本屋好きですよ。」
「そう言ってもらえると伯父さんも喜ぶよ。」
「もし此処を貰うことになったら私もガキさんのようになっちゃうかもしれません。」
「イヤそうだね。あー、街から出たいんだっけ。」
「出たいですよ…いつかは。」
「じゃあ此処はカメにとって邪魔だね。」

邪魔だなんて。
此処は私の癒しで。
だから此処がないと私は窮屈で苦しくて。
この街の中で唯一の街ではない場所。
此処にいつまで居れたらって思うけど…

「此処があったらいつまでたってもカメは出ていかないね。」
「此処が無くなったらガキさんはどこへ行くんです?」

くすくすと笑い声が響いた。
おかしいところなんて一つも。

「私はそういえばどこへ行くんだろう?考えたこともなかった。」
「此処以外に身寄り無いんですか?」
「無いよ。みんな死んじゃった。」
「ならなんで絵里に此処を渡そうとするんです?」
「伯父さんがそうしたから…かな。」

ガキさんにとって伯父さんがどれだけ大きな存在か知らないけど。
変な人だ…自分も変わり者と言われるけど、よっぽど変だ。
椅子から立ち上がり、本の塔を潜りながら一歩一歩近づいた。
そういえばいつもこの椅子までしか歩いたことはなかった。
ガキさんが座るいつもの席まで私が行くことは無かった。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:46

「なによ?」

足音が近づいてることに驚いたのか、いつもあまり文字から外さない視線を珍しく上げた。

「もう来ません。」
「そう…。私いつでもいるから気が向いたらまた来てよ。」
「聞いてましたか?もう来ません。」
「うん。聞こえてた。」

それでもまたカメなら此処に来そうで。
カメと私は似ていないけど、求めてるものが同じだから。
異世界を旅して、ここには無い違う光を求めて。

ねぇやっぱ此処はいらないと思うんだ…私にもカメにも。
カメに出会ってからずっと思ってはいたんだけどね…。

「この本みたいに光を背に、逃げていければって。」

そんなチカラやタイミングを何度も想い、瞑想して。
頭の中の意識だけを飛ばして、私は旅をするんだ。
この方法が一番最適で、一番私の求めてる外への接触なんじゃないかって。
本以外何も無い世界に篭って、意識だけを飛ばして。

「それカメも連れていってください。」

いつもこの街の痺れる空気を吸って肺がピリピリして痛くて。
冬だって言うのに生温い風が絵里を掠めて擦り傷となって

この小さな街が凄く憎くて。

「何それカケオチ?」
「一人で逃げるのが怖いんです。だから…」
「カッコ悪いなぁ…まるでこの本みたい。」

その本の内容を知らない。
だから勝手にそう言っていれば良い。
逃げれる方法が載っているのかもしれないけれど。
私は読んでいないのだから。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:47
「カメ、この本もう読んだ?」
「はい。どこに返せば…って何してるんですか!!?」
「この本もおもしろかったでしょ?」
「おもしろかったですけど…ガキさん?」

絵里の手から奪った本を破って、ガキさんは燃やしだした。
何ページか契って燃やす。
ハラハラと紙が落ち、ハラハラとストーブから炎が少しだけ顔を出した。

「燃えてるね。私が燃やしてるんだけどね。」

ガキさんの目の中で炎が。
キラキラとオレンジに。
黒い瞳の中でセピアとオレンジが浮き上がり。
それは涙を溜めている時のように光を含んだ瞳。

綺麗な色。

「何?」
「ほぇ?」
「楽しそうな顔してるね珍しく。」
「なんですかね?ちょっと心躍りました。」
「だから目がキラキラしてるわけ?」

ガキさんの黒めがちの瞳とかち合って。
私の思想を見透かしているのかと思ってしまう。
だけど自分でも自分の思想がわからないから
見透かしているのなら口に出して教えてほしいと思った。

わかることは刻まれる音。
体の真ん中を締め付けるいつもとは違う高鳴る鼓動。

ガキさんび厚めで小さな唇は横に広がり、やっと笑った。
そして何ごともなかったように、こう言うんだ。


「いいよ。明日の夜、駅で落ち合おう。」


確証も何も無く。
酷く嘘臭く響く言葉。
それでもこの高鳴りを信じて
私は明日逃げる準備をする。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:48

◇ ◇ ◇


また雪。
この街で見るであろう最後の雪。
そのせいで電車は来ない。

「寒い…。」

吹雪いてる。
視界には真っ暗闇に電灯の僅かな光で見える白。
横に流れて、まるで絵の具を筆につけて勢いよく流したように。

「来ないかも。」

来ないんだよね…きっと。
上っ面だけの口約束。
私を遇うためについた嘘だ。
わかってたけど…わかってたけど。

「でもここまで来たから…本当に逃げれるかも…私。」

この雪の中、電車が来るのだろう。
それに乗って私はどこか遠くへ。
親にも友達にも、さようならなんて告げることなく。
この街にお別れなんて言わずにさようならをするんだ。

ガキさんにはしなくて良いかな…。

もう行かないと決めたけど…挨拶だけでもと。
私がこの街で唯一この街ではないと思った場所にいた住人にさようならを告げたいと思った。

「さようならと言うだけだから…。」

そう言い聞かせて白い地面に灰色の足跡を残しながら駆けた。
電灯がポツポツと連なる雪の道を白い息を吐き出しながら駆けた。

「え…?」

遠くでサイレンの音がする。
徐々に近づいて、それは音を耳に刺しながら絵里を追い越していった。

先を見ると空は赤い。
昨日見た。
ガキさんの瞳の中で見た光。

まさか…いや違うよ…うん。
進む方向がただ同じだったというだけのことだろう。
気にせず走れ、そして私は。
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:49

「あれ?」

目的地に人だかりが出来ている。
こんなに人が此処らへんに来ることなんてめったにないのに。

それもそのはずと言うべきか…。
やっぱり。


黄色く
橙色に
目を焼きつくすように
昨日見たガキさんの瞳の中のように。

「どいてください!!どいて!どいてよ!!」

人を掻きむしるように掻き分けて。
最前まで来て、消防士に押し込まれた。


昇ってる煙が…炎が。
舞ってる灰が…火の粉が。

燃えてるよ?
燃えてるんだけど…ガキさんはどこ?

キラキラ
パチパチ
静かなこの街に響く
奇妙で奇怪な
そして綺麗な。

ガキさん。
絵里感動したよ。
この街でこんなにおもしろいことがあったなんて。
きっと最初で最後なんだろうけど。

これガキさんがやってくれたんでしょ?

「ガキさん…ガキさん。楽しいよガキさん…燃えてる。」

光れ
光れ
もっと光れ

燃えろ
もっと燃えろ

ははは。
あはは。

ねぇガキさん?
みんなが私のこと見始めたよ。
炎見ながら笑って泣いてる変な子だって見始めたよ。

何その視線、気持ち悪い。だからみんな嫌いだった。
おもしろいこと一つも出来なくて。
平凡をどれだけ平凡でいさせようかに必死で。

絵里だって何も出来なかったけど。
出来ないから出て行くけど。

「こら!!カメ!行くぞ!」
「へ?」

後ろから腕を掴まれ、ぐいぐいと人混みから吐き出されるように。
私達避けられてるよ、なんて歩きやすいんだろう。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:50

「あはは。ガキさん何してるんですか?」
「んー?燃やしちゃった全部。」
「すっごい綺麗だった!」
「楽しかった?それなら良いけど。」
「本達あったかそうだなー。」
「寒がってたもんね。」
「伯父さんは良かったんですか?」
「きっと私、伯父さんには似てなかったんだよ。」
「あはは。ガキさんおもしろーい。」

でもこれでわかりましたよ。
ガキさんが好きだったあの本。
何度だって読みたくなるはずですよ。
でもこっちのがよっぽど楽しいですね。

キラキラした光を背に
私たちは笑いながら
暗い中で僅かに光る白の雪を頼りに走って逃げた。


「ガキさん。」
「んー?」
「これってカケオチですかね?」
「さぁね。難しいことはよくわからない。」
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:51

◇ ◇ ◇


今日もいつものように雪が降っていた。
だけどそれは炎のせいでオレンジで。
まるで火の粉のように降り注ぐ。

私の嫌いなつまらない街。
だけどもう…本屋は無い。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:51
end
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:53
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/31(土) 01:53

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