12 プラネタリウム
- 1 名前:12 プラネタリウム 投稿日:2007/03/29(木) 20:03
- 12 プラネタリウム
- 2 名前:12 プラネタリウム 投稿日:2007/03/29(木) 20:04
- カーペットの上に寝そべって天井を見上げる。
白く、染み一つない天井が見えるだけだ。
美貴は起き上がるのもしんどかったのでリモコンで照明を落とした。
すぐに部屋が暗くなる。
もう一つのリモコンに持ち替えて、プロジェクタのスイッチを入れる。
天井に星空が広がった。
奥行きを持って感じられる星たちが見え、本当に空が広がったように見えた。
10畳の空間が、いきなり広大な大地になった。
満足した美貴は身体をうんと伸ばして、「くあー」と声を絞り出した。
目を閉じると唇をすぼめてふーっと息を吐く。
ずっと感じていた胃の圧迫が解消されていった。
広がる星空に同期した美貴の身体は、今、自由だった。
この美しい空の下で伸び伸びと転がる。
ようやく生きた心地がした。目を閉じてささやく。
「もー疲れたなー」
そして再び目を開けた。
やはり美しい星空に思わずうっとりしてしまう。
星空は単なる光点の集合ではない。
一つ一つにきちんと色があった。青だったり、緑だったり、黄色だったりした。
オレンジだったり、ピンクだったりした。グレーのものもあった。
煌々と輝くものもあれば、慎ましやかに存在するものもあった。
大きいくせに明かりの弱いもの、小さく強く輝き元気に動き回るものもあった。
美貴は目を細めて星座を結ぼうとするが、どの点とどの点を結んでいいかわからない。
一つのグループにまとめようとすると、そのうち
星が別のグループにも使えそうに思えてきて結局、星座は完成しなかった。
うとうとし始めた美貴の意識が、星空と混ざっていく。
星達をまとめる能力が自分にはない。
そんなことは最初からわかってる。わかっているのに……。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:05
-
「な、何してんの?」
亜弥は部屋の暗いのにまず驚き
そこに白い顔をした美貴が死んだように横たわっていることに驚いた。
慌てて部屋に入った。すると
部屋の中央に浮かんでいる半球体がまぶしくて視界が聞かなくなった。
そんな亜弥を見て、美貴が言った。
「亜弥ちゃんしゃがんで。その傘よりも低くしないと目がおかしくなる」
「はいよ。しゃがむのね……。で、何なの、これ?」
「上見てごらん」
亜弥は言われた通りに天井を見た。
「わぁ」
「すごいっしょ。買っちゃった」
「いくら?」
「80万」
「は、80万円?プラネタリウムってそんなすんの?」
こんなものが、という気持ちで部屋の中央に設置された機械を眺めた。
それは背の高い電気スタンドそっくりだった。
足の部分は丸い円盤状の土台に支えられており
そこから金属のポールがまっすぐ上に伸びている。
ポールのてっぺんに巨大な電球のような器官がついていて
その上に半球状の傘。傘はスイカサイズだった。
その傘の頂点にある小さな穴から、光が放射され天井に星空を映していた。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:05
- 「プラネタリウムじゃないよ。ルーフプロジェクター」
「要するに、プラネタリウムっしょ?」
「ちょっと違うんだなー。ほら、亜弥ちゃんもここに寝て!」
「何得意そうになってんの?」
美貴の隣に亜弥も一緒に寝そべって星空を見上げた。
「だってー、買ったばっかなんだもん!」
美貴がリモコンを操作すると、星空が消えた。
代わりに天井いっぱいにブルースクリーンが投影される。
「まぶしい」
「ちょっと待って、えーっと。えい!」
美貴がボタンを押すと、再び星空になった。
「何よ、さっきと……」
同じじゃないか、と言おうとしたとき
星空がスクロールし始めた。
亜弥は最初、天井が動いているのかと思った。
そして次に、自分たちが動いているかと錯覚した。
まるで宇宙船に乗っているみたいだった。
「あ、今のなに?」
白く四角いものが星空と共に移動していくのが見えた。
「あ、また……」
星空には複数の窓が浮かんでいた。
大小さまざまな四角い窓が、あるものは前に、あるものは遙か遠くにといった感じで
立体的に配置されていた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:05
- ある一つの窓を見た。人が笑いかけてきていた。
他の窓を見てみた。オーロラ状の光が脈打っていた。
文字で埋め尽くされた窓や
有名な建築物の写真が飾られた窓があった。
「世界とつながる窓だよ」
そのとき、窓の1つがオレンジ色に点滅し始めた。
美貴はリモコンを機械の方に向けて操作する。
「宇宙船」はゆっくり旋回し、オレンジに光る窓の正面に回った。
窓の中に文字が見えた。
<新着メールを1件受信しました>
美貴がボタンを押すと、天井いっぱいにメーラー画面が広がった。
亜弥も見慣れた、メールソフトの画面である。
「これ、パソコン?」
「そ。寝ながらできるパソコン」
亜弥はため息をついた。「世界とつながる窓」とは
大げさなんだか、やる気ないんだか……。美貴らしい。
「天井が画面になるってだけでしょう?」
「そ。寝ながらできる」
「美貴たんらしいや。そこまで寝てたいか?」
亜弥はあきれ顔で起き上がろうとしたが腕を美貴に引っ張られた。
バサッ
結局元の位置に、仰向けに倒れてしまった。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:05
-
*
美貴ねぇちゃん。この人は?お姉ちゃんの隣で寝てる人
ああ、亜弥ちゃん。国民的アイドルあやや
この人が、国民的アイドルなんだー。お姉ちゃんは、知り合いなの?
そ、美貴もアイドル。
きゃはは、似合わなーい。オヤジくさいアイドルかよ。
うるせぇな!
美貴がげんこつで小春の頭を叩いた。小春は「きゃあ」とかはしゃぎながら頭をかばう。
ったく、生意気言うならもう見せないよ。
やーだよ。お姉ちゃんのパソコン面白いドラマがいっぱいあるもん。
そう?
さっすが、映画部って感じ。この亜弥ちゃん役も、綺麗な人。
小春は再びフローリングにごろんと仰向けになると
天井でストップしたままの動画の続きを再生させた。
*
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:05
- 「ちょっと美貴たん。文字の向き変よ」
「わかってる。えい!」
亜弥の声はすぐそばで響いてくすぐったかった。
そういえば2人こんな体勢で空を見ているなんてこと、これまでなかった。
リモコンの先を杖のようにくるくる回す。
それにあわせて天井の文字もゆっくりと回転していった。
「酔いそう……。面倒だなこのパソコン」
「寝る向き決めときゃ平気だよ。今日は亜弥ちゃん来るからちょっと動かしたんだ。
それで向きの設定が変わっちゃったみたい。おし、読みやすくなった」
小春です。風邪の具合はどうですか?
今日のラジオは新垣さんが来て、藤本さんの分も盛り上げときました。
番組の人は美貴ちゃんと違ってやかましいってびびってました。
小春と新垣さんだと、スタッフさんも冷や汗だららーって感じ。
放送聞いてました?寝てたかな?
「美貴たん。ずる休みしたの?」
亜弥は、上を向いたまま聞いてきた。
「ずる休みじゃないよ。本当にだるかったんだもん」
「あんたいつもだるいだるい言ってんじゃんよ。
レッスンじゃなくて、仕事だったんでしょ?」
美貴は質問には答えず、空を表示させた。
再びプラネタリウムとなり、美貴を安心させてくれる。
「あー、やっぱ向こうはきれいだなー」
「?」
「これね、地元の星空なんだ。
実家の屋根にWebカメラつけてもらったの」
そういって美貴は目を閉じた。
「なんか、懐かしくってさ」
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:06
- 目を閉じるとすぐに、まどろみの中を漂い始める。
すぐにも寝てしまいそう。自分はこんなに、疲れていたのか。
「懐かしい?子どものころの?」
亜弥が聞いてくるが、もう答えるのがおっくうになってしまった。
質問に答える代わりに、美貴の意識は懐かしい光景を映し出していた。
子どものころ雪は嫌いだった。
家で雪かきを命じられ遊べなくなるから。
雪かきを終えると汗だくになる。
自分がならした更地を眺める達成感と
それを上回る疲労感が身体に充満して、しばらく歩くこともできない。
スコップを放り投げて、できたばかりの更地にそのまま座り込む。
一度座り込んでしまうと、重力と疲労に引っ張られ、そのまま寝転がってしまう。
こうして雪かきの後は、いつも空を見上げていた。
雪の壁によって四角く切り取られた灰色の空から
真っ白な雪が舞い降りて顔にかかる。
やがて汗も引いていく。
寒くて身体が震え始めても、その場を離れたくなくて
じっとしてたら叱られた。
死んじゃうわよあんた!
そう言われた。こんな安らかに死ねるものかと思った。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:06
-
「もー疲れちゃって、何にも動きたくなくてさ。
ずーっと雪ばっか見てるの」
「ん……」
気がつくと美貴は自分の回想を口に出していたらしい。
目を開けると、亜弥がほほえんで美貴をのぞきこんでいた。
「寒くなって手先とかピリピリし始めてくる感じが好きだった。
身体が生きることをやめていく感じ?そういうの……気分よくてさぁ」
亜弥がぐい、と身を乗り出してきた。
仰向けの美貴の顔の真上に覆い被さるように、美貴を見てきた。
垂れた髪が美貴の頬にかかった。
「で、今日なんで仕事さぼったの?」
亜弥の目が大きく、真っ直ぐ美貴を睨みつけていた。
美貴は耐えられず目を閉じる。
「別に、ただ……」
「ただ……?」
「もー忙しくて、わけわかんなくなっちゃってさぁ。
あのコたちいっつもテンション高いし
こっちがへこんでてもおかまいなしだし……」
後輩たちはかわいいし、本当はもっときちんとしたいと思う。
でも仕事は次から次へとやってきた。
かいてもかいても雪は降り続いた。いやになった。
自分に降りかかることだけをこなすので精一杯だった。
これから先、みんなのことも考え、自分のこともやらねばならない。
でもきっと自分の力量じゃ、目の前の課題を片付けているうちに
次の課題が山積みになって大切なことも見失ってしまうに違いない。
本当に嫌になった。ならしたばかりの平地に寝転がって
雪の降るにまかせてしまった。
「それなのに愛ちゃんとガキさん2人から叱られるんだもん」
「なんて?自覚足りないって?」
「……よくわかったね」
「なるほどね。それで子どものときみたく
何もかも投げだして、寝転がってるってわけ?」
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:06
- 「何もかも投げだして」……亜弥に改めてそう言われ、改めて思った。
自分は酷くわがままなことをしている。
「でも自覚って何よ?美貴はいつもどおりなんだけど」
もともと自分は人のために動いたりできない人間なのだ。
藤本美貴はもう、そういうキャラになっている。
簡単には変えられない。今更しっかりさんになれなんて。
もっとやってみたいことがある。
もっと出してみたい自分がいる。
それが「自覚」という言葉1つで押さえつけられてしまう。
だとしたら「自覚」て何なのだろう。自分を捨てて、個性を殺して。
そんなものはいらない。そんなものは欲しくないのに……。
ねぇ、私、選択を間違えたかな?
東京に来なければ……。そんなところまで巻き戻して後悔してる自分がいる。
幼稚な逃避だ。無意味な悔いだとわかっている。
向こうにいたら今頃は、大学卒業してるころか。
のんびり、自分の将来のことだけ考えていればいいころか。
思ってたのと、違った。今更だけど……
美貴は天井を見上げた。きらきら光る星空。都会じゃ見えない星空。
星の様子も、どこか懐かしい。
北海道の空を見上げている自分。
自分は今、この空の下にいる。
この空の下で、大学に通い平凡な日々を過ごしているに違いない。
寒空の下で温かい時間の中で、人と変わらぬ楽しみの中で生活をして……
ずっとこうして、空を見てたいな……
夜の黒と、星の色々がコントラストを為す景色の向こうに
鏡のように自分たちの姿が見えた。
天井に映った自分たちは、同じように寝っ転がってこちらを見上げている。
やがて星空はフェードアウトして、自分たちがはっきり見えるようになってくる。
まるで上向きに鏡を見ているような感じ。
しかし鏡ではなかった。向こうで美貴と一緒にいるのは亜弥ではない。
向こうの2人も、どこか疲れたような表情でじっと
こちらを見ていた。自分と目があったような気がした。
*
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:07
- 小春がリモコンをいじったため、画面が急に暗くなった。
「ねぇ空、暗くなっちゃったよ」
「知らないよ」
「星、見えないの?」
「曇ってるんじゃない?てかこのカメラって小春の家の空でしょ。
向こうの天気がどうなってるか知らない」
「そっかー」
小春はがっかりした様子だったが、起き上がるつもりはないらしい。
「何も見えないね」
「ならどうして寝転がってる?」
「面倒くさい」
まったく、従姉妹というだけでこうも似るものだろうか。
年に数回遊びに来るだけの小春は、だんだん美貴みたいになってくる。
美貴にとってはあまり心地のいいものではない。
自分みたいなダメ学生にはなって欲しくない。
小春が小学生だったころは、もっと元気でテンション高くて
その分意味不明な発言も多く、いろんな意味でミラクルだった小春。
あのころは美貴もまだ高校生ということもあり
2人で一緒に雪をぶつけ合って遊んでいた。
美貴が大学に入っても、小春は変わらず遊びに来ていた。
中学生になってもミラクルはやっぱりミラクルのまま。
遊んで欲しくて美貴の腕を引っ張っていた。
しかし
美貴の方は、その若さについていけない。
機嫌のいいときは遊び相手になってやるが
昔のように一緒に遊ぶ、という感じではなくなっていた。
そのうち、小春もつまらないと気づいたのか
それからは美貴の家に来ても、テレビやビデオばかり見ていた。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:07
- そうしているうちに美貴のダルさ加減まで小春に感染してしまったようだ。
もう雪が降っても小春は騒がない。寒い外に出ようとしない。
そんな小春を見て、ちょっと寂しくなってしまった。
いつからだろう。いろんなことを億劫に感じるようになったのは。
高校生の頃は違った。
自分にもいっちょ前に夢があったし、それなりに一生懸命高校生していた。
それが大学生になってしばらくして
自分の夢のバカさ加減を悟ってしまってからというもの
何をしていいかわからなくなってしまった。
方向を失った者にとって、大学生は自由すぎる。
あまりに自由で、あまりに選択肢が多い。結局、自由に何かを選ぶのも嫌になる。
そうして自由の空しさを知ってしまうと、
自由を歌いたいと必死になるのもバカバカしく、ただ何となく寝転がる日々。
今日もこうして、小春と2人して天井の画面を見上げている。
そこには黒い雲しか映っていないというのに。
いったいいつからこうなってしまったのだろう。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:08
- 「お姉ちゃん。さっきのドラマ、どうやって撮ったの?」」
「?」
「天井からお部屋を見下ろしているみたいだった」
「ああ」
美貴寝たままの姿勢で、プロジェクターの傘の部分を指した。
「ほれ、そこにカメラのレンズがあるでしょ?」
「レンズって、このでっかい電球みたいなの?
これで撮影できるの?」
「てか、今も撮ってるし」
「ええ?小春も映ってる?」
「もちろん」
小春はがばっ、と起き上がってレンズに向かって手を振り始めた。
「こんにちはー」
美貴は吹き出した。
「音、入んないし」
「えーやだぁ。声聞こえないの?」
なんだか嬉しくなった。やはり小春は元気だ。自分とは違う。
「さっきのもそうだったじゃん」
「それで全部、字幕だったんだ」
「あれは亜弥ちゃんが帰ってから、美貴が字幕入れたんだよ。
だから台本もなし……ていうか亜弥ちゃんは演技すらしてない」
「ええ?」
「今の小春と同じだよ。ただ天井見上げて無意味なことをしゃべる。
美貴が後でシーンの意味づけをして、それっぽい字幕をつける」
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:08
- 「お姉ちゃん、映画部って……」
「ん?個人制作だよ。部活かったるいから出てないんだよね最近」
「やだ。そんなのやだよ」
「ほっとけよ。それに……」
美貴の声が無意識に沈んだ。
小春は変化を察したのか、真顔で美貴を振り向いた。
立ちひざの姿勢で、横になった美貴を見下ろす。
「それに、そろそろ就活始めなきゃだしね」
「お姉ちゃん何になるの?」
「知らん。その辺の企業に入れりゃいいかな」
「それでいいの?」
「だって、美貴成績悪いから大したところ入れないし」
小春がひざを動かして美貴の方に移動してくる。
そして、美貴の上にのしかかってきた。
両手を床について、
仰向けの美貴の顔の真上に覆い被さるように、美貴を見てきた。
垂れた髪が美貴の頬にかかった。真っ直ぐ美貴を見下ろしてきた。
「それでいいの?」
「だから、しょうがないんだって。小春ウザい」
「小春覚えてるよ。キャンプのときお姉ちゃんが話したこと」
「キャンプ?……ああ…」
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:08
-
以前、美貴の家族と小春の家族でキャンプをしたとき
コテージに泊まった。
他のみんなは寝てしまい、美貴と小春だけが起きていた。
コテージについていた開閉式の大きな天窓を上げると
そこから星空が見えて面白かった。
2人して寝転がって、四角く切り取られた星空を見上げていた。
キャンプに来ているという状況と
星の美しさに高揚した美貴は、自分の夢について語っていた。
自分はいずれ
東京に出て歌手になるんだと。
小春とは会えなくなるが
東京の星を見ながら、小春に歌を届けると。
そう小春に言ったのだ。
あのころは、実現可能かどうかなんて関係なかった。
ただ、大きな夢を持っているというだけでわくわくできた。
いろんなことに夢中になれた。
小春は星に負けないくらい目を輝かせながら、その話を聞いていた。
お姉ちゃん!大きなことを成し遂げてね!
覚えたての言葉なのだろう。舌足らずに「成し遂げてね」と言われた。
美貴はくすぐったい気分になり、意味もなく小春の頭を叩いたのだった。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:08
- 「キャンプ……ああ、覚えてる。一緒に星を見たよね」
「うん。今日みたく、2人して横になって空を見てた。
あのときのお姉ちゃん、かっこよかったなー」
夢をみるように目を細める表情を一瞬だけ見せて
小春は再び美貴のとなりに仰向けになる。
「歌手になるって言ってたのに……」
「やっぱあんた、若いわ」
「そう?」
「小春も大学生になったらわかるよ。現実は夢じゃない」
小春は身体を転がして美貴に背中を向けてしまった。
「小春?」
「……」
「怒ってるの?」
「怒ってない!」
怒ってるじゃないか。
美貴はため息をついた。
小春をがっかりさせてしまった。
自分はとっくに歌手などあきらめていたのだが
それを小春に話したことはなかった。
そのとき美貴は気がついた。
「そっか……」
あのときから自分は変わったのだ。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:08
-
*
ちょっと美貴たん、何これ?
昨日小春が見舞いに来た。
あんた昨日もさぼったの?
昨日はレッスンだけだよ。
そういう問題じゃないでしょ?それに意味わかんない字幕までつけて……
だって声は入んないんだもん。
2人が従姉妹設定?顔ぜんっぜん似てないから。
いいじゃん、なんかこういうストーリーにしたかったんだよ。
亜弥はため息をついて「就活ねぇ…」とつぶやいた。
美貴たんさぁ……
何?
もっと平凡なことしてればよかったとか、思ってんじゃないでしょうね?
そういうわけじゃないけど……
けど?
ただ、……生きてくの、つらいなって……
*
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:08
- 今でも時々、あのころの夢が頭をよぎる
進学せずに、上京していたら今頃は
普通に進学をして、普通に大学生をやって、普通に就活の時期がきた。
もう、今後の道は見えたも同然だ。
3年くらい仕事をしたら飽き始めて、結婚したいとか言い始めるんだ。
平凡すぎる、子どものころから幾度となく聞いてきた
ごくありきたりの人生。それを人は「幸せ」という。
美貴はそんな普通はいやだった。
当たり前の幸せしか求めなかったら、自分が生きた証を何も残せない。
自分は、いてもいなくても社会に影響ないだけの存在になってしまう。
それは、耐え難いことだった。
もっと自分にしかできないことをしてみたかった。
上京していたら……
もっと大きなことをやっていたかった。
映画を撮って人間の真理を探る真似事もしてみたが
遊びたいだけのサークルメンバーと意見が合わない。
そうこうしているうちに、もう就活。
特別なことなど何もせずに、平凡の中で一生を終えるに違いない。
それは漠然としていたが、動かしがたい不安だった。
不安の根底にある疑問はいつも同じ。
選択を間違えた?
今更な後悔だとわかっていても
就職の話を聞くたびに思い出さずにいられない。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:09
- 「あ、雪……」
小春の声がした。小春は口を半開きにして天井を見ている。
美貴も天井に目を向けてみると、雪が降っていた。
「雲、黒かったもんね。降ったか」
「大丈夫かなー?」
「小春、明日飛行機飛ばなかったらもっと泊まっていきな」
「はーい」
黒い空の中、白く光る雪が次々と舞い降りてくる。
その景色を、仰向けに眺めていた。
「きれい」
「そうだね」
もう少ししたら、きっと雪が空を覆い隠してしまう
アイドルになっていたら
こんな雪に埋もれるような時間を過ごさずにすんだかもしれない。
めまぐるしく忙しい時間の中で
必死に今でも夢を追い続けていたのかもしれない。
無数の雪がひらひらと舞う景色の向こう
鏡のように自分たちがいた。
やがて本当に雪に覆われ画面全体がホワイトアウトしてしまった。
その向こうで、こちらを見上げてくる自分たちの姿が明確になった。
向こうで美貴と一緒にいるのは小春ではない。
向こうの2人も、どこか憧れるような顔でこちらを見ていた。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:09
-
しばらく美貴たちは
見上げた姿勢のまま動くことができずにいたが
やがて身体を起こして部屋を去っていった。
プラネタリウムのスイッチはつけたまま。
向こうの部屋を天井に映したまま。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:09
- END
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:09
-
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/29(木) 20:09
-
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