08 Skywalker
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:28
- 08 Skywalker
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:32
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今となってはもう昔の話でございます。
皆様からは「平安」と呼ばれる御代、都の外れに二人の少女が暮らしておりました。
ともに親はなく、粗末な小屋と小さな畑で、細々と貧しい日々を送っておりました。
同い年の二人は姉妹同然に振舞い、それはそれは仲良く暮らしておりました。
姉のように世話を焼くのが私、里沙。妹のように甘えてくるのが絵里。
厳しい生活も、二人で一緒に過ごしていれば、まったく苦にならないのでございました。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:34
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ある日のことでございます。
竹やぶまで細工に使う竹を取りに行ったところ、見慣れぬ物を目にいたしました。
鈍く輝くそれに恐る恐る近づいてみますと、微かに物の焦げる匂いがいたします。
そっと伸ばした指先が触れるとひやりと冷たく、私は慌てて飛び退きました。
「なにしているのれす」
突如、背中越しに声が聞こえました。
振り向くと、そこにはとても可愛らしい、幼い女の子が立っておりました。
「そこれなにをしているのれす。それにさわっちゃ、いけないのれす」
妙に舌足らずな喋り方をする女の子でした。
しかし声は真剣そのもので、私はすぐに女の子に謝りました。
「ごめんなさい、珍しかったんで、つい」
「へたにさわったら、あぶないのれす。きをつけるのれすよ」
女の子は私の目の前までやって来ますと、目を一杯に細めて笑いました。
それはとても無邪気な笑顔で、そばにいるだけで不思議と暖かな気持ちになってくるのでした。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:36
- 「これはあなたのものなんだ」
「そうれすよ。のんのうちゅうせんなのれす。いまはこしょうちゅうれすけろね。テヘテヘ」
女の子がいったい何を言っているのか、私にはとんと理解ができません。
呆気にとられて突っ立っておりますと、女の子はさらに言いました。
「きのうのよる、ここについらくしてしまったのれす。しゅうりしないといけないのれす」
「それって大変なことなの」
「たいへんれすよ。このままじゃまいごになってしまうのれす。そんなのいやなのれす」
「迷子かあ。お父さんとかお母さんって、いないの」
「のんはひとりぼっちなのれす。たすけてくれるひとをさがしているのれす」
その言葉と同時に、ぐうっとお腹の鳴る音が聞こえました。
女の子は顔を赤らめ、慌てて自分のお腹を押さえてしゃがみこみます。
その様子があまりに可愛らしかったので、私は笑いをこらえることができませんでした。
「し、しつれいれすね。ひとがこまっているというのに」
「あ、ごめんなさい。そうだ、もしよかったら、私たちの家においでよ。
大したものは用意できないけど、困ったときはお互い様だからね」
「わかったのれす。ありがたくおうちにいってあげるからかんしゃするのれす」
「そうそう、どうもありがとう…ってコラー!」
知らず知らずのうちに、私たち二人は打ち解け合っておりました。
そして女の子の手を引いて、私はそのまま家へと戻りました。
家に着くまでの間、女の子はずっと、テヘテヘと朗らかに笑っておりました。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:37
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「つまりれすね、のんはべつのほしからこのちきゅうにやってきたのれす。
のんのふるさとはかしおぺあざなのれす。そこからここまれにげてきたのれす。あ、おかわり」
女の子は小さいくせによく食べました。私たち一週間分の食べ物をあっという間に平らげ、
「つかれたのれす」と一言呟くとさっさと眠って、そのまま次の日の夕方まで起きませんでした。
女の子が寝てしまってから、私は絵里にそっと話し掛けました。
「絵里、大変なことになっちゃったね。この子には行き場がないみたい。
それって私たちと同じだから、世話してあげたい。でもそうすると、暮らしがもっと苦しくなるね」
「そうだけど、でも、私は面倒を見てあげたいな。
だってこの子と一緒にいると、すごく楽しい気持ちになるもの。
どんなに辛くっても暗い顔をしないでいられる、それって素晴らしいことだと思うよ」
満面の笑みを浮かべて絵里は答えました。
こうして、私たち二人の他にもう一人、新しい家族が増えることになったのでございます。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:38
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何日かゆっくり休んで元気が戻ると、女の子は竹やぶへと足繁く通うようになりました。
「てつらってほしいのれす」
やがて女の子に頼まれて、私と絵里も竹やぶへ行くことになりました。
鈍く輝く金物の塊は、相も変わらず土の中に半ば埋もれたままでそこにありました。
女の子の指示に従って土を掘っていくと、そのうちに扉のようなものが見えて参りました。
「やったのれす」
女の子は手のひらをかざしてその扉を開けると、金物の中へと入りました。
暫くすると、金物が突然震え出しました。私と絵里は怖くなり、慌ててその場から逃げました。
何が起きたのかまったく解りません。ただひたすら、夢中で走って逃げたのです。
やがて走り疲れて足が止まり、その場にしゃがみ込んで呼吸を整えておりますと、
聞いたことのない轟音とともに、先程の金物が目の前に現れました。心臓が止まるかと思いました。
しかし、扉が開くといつもの朗らかな笑みを浮かべて、女の子が出て参りました。
「これは、のんのうちゅうせん、『すかいうぉーかー』なのれす。これをしゅうりするのれす」
やはり、彼女がいったい何を言っているのか、とんと理解ができません。
しかしこの金物、いえ宇宙船が女の子にとってはとても大切なものであり、
これを元に戻すことができればいいのだということは、おぼろげながらも解りました。
とりあえず、その日は女の子が乗った宇宙船を家まで引いて帰ったのでございます。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:39
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宇宙船の中には、大量の金が積まれておりました。
女の子は「じゆうにつかっていいのれす」と言い、それを私と絵里に惜しげもなく分けてくれました。
おかげで、私たちの暮らしは、随分と豊かなものになりました。
急に羽振りが良くなりますと、悪い噂が流れるものです。
そのうち、私たちの家について何かと様子を探りに来る者が現れるようになりました。
そして彼らが目にしたものは、とてもとても可愛らしい女の子の姿でした。
貧しかった姉妹の家に、この世の者とは思えないほど愛らしい姫がいる、
気がつけば、いつしか都はそのような話で持ち切りになっておりました。
女の子と親しくなって一番驚いたことは、彼女が私たちより年上ということでした。
そうなると、きちんとした名前で呼ぶ必要がありました。
彼女は自分のことを「のん」と呼んでおりましたが、正しくは「のぞみ」という名であることが解り、
人々からは「のぞみ姫」と呼ばれるようになりました。
のぞみ姫は今や、都に住む人なら知らぬ者はいない程の存在となっておりました。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:40
- 当時、都では、合符倫倶(かっぷりんぐ)というものが流行しておりました。
数多の人々が、ある者とある者が二人でいちゃいちゃする合符倫倶を血眼となって求め、
また、物語作者は合符倫倶として認められると読者がつき、レスが貰えるということで、
需要と供給の激しいやりとりが交わされているのでありました。
当然、のぞみ姫とも合符倫倶になりたいと申し出る者が後を絶ちませんでした。
のぞみ姫はまったく相手にすることなく、私と絵里と宇宙船の修理に追われておりましたが、
最後まで諦めることのなかった五人の者と、不承不承ねるとんパーティーすることと相成りました。
その五人の者とは、
从#~∀~#从<中澤皇子やでー。つじー、こわくないでー、すぐにきもちよくしたるからなー
川`〜`)||<飯田皇子です。のんちゃん、カオリ選んだら膝に乗せてあげるよ
(●´ー`)<右大臣安倍御主人だべさ。のの、今こそマロンメロンでデビューだべさ
( `.∀´)<大納言保田御行よ! 辻と一緒ならバラエティ番組に出まくりのチャンス!
(〜^◇^)<中納言矢口麻呂だい! オイラと組んだ方が絶対に得だぜ、キャハハハハ
――以上の方々でございます。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:41
-
のぞみ姫はあれこれと考えた末、一計を案じました。
五人の者にそれぞれ、非常に貴重な宝物を持参するように言い渡したのでございます。
( ´D`)<なかざわさんは「ほとけのみいしのはち」をもってくるのれす ういー>从#~∀~#从
( ´D`)<いいらさんは「ほうらいのたまのえら」をもってくるのれす 「たまのえだ」だね>||(`〜`川
( ´D`)<なちみは「ひねずみのかわごろも」をもってくるのれす わかったべさ>(´ー`●)
( ´D`)<けめこは「りゅうのくびのたま」をもってくるのれす わかったわよ!>(`.∀´ )
( ´D`)<やぐちさんは「つばめのこやすがい」をもってくるのれす しゃーねーなー>(^◇^〜)
どれも噂話でしか聞かないような珍しい宝物ばかりでございます。
のぞみ姫が五人に無理難題を押し付けたことで、合符倫倶の成立は夢のまた夢と思われました。
しかしながら、そこは歴戦の勇者たちです。
あの手この手の限りを尽くし、なんと五人全員が期限までに本物の宝物を用意してしまいました。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:43
-
从#~∀~#从川`〜`)||(●´ー`)( `.∀´)(〜^◇^)ワクワクドキドキ
こんなもんじゃぜんぜんりょうがたりないのれす!「ごめんなさい」なのれす!>(´D` )
从#~∀~#从( ゜皿゜)(●´ー`)( `.∀´)(〜^◇^)
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:43
- まさかの大どんでん返しに都は大騒ぎとなりました。
五人の者は財力の限りを尽くしてさらにそれぞれ宝物を集め、のぞみ姫に贈ります。
のぞみ姫は受け取ることは受け取りますが、少しも五人の相手をしようといたしません。
私と絵里が「のんつぁん、それは冷たすぎるんじゃないかなあ」と言うと、
「なにをいってるんれすか。これはうちゅうせんのざいりょうになるんれすよ。
らいいち、のんはずっとちきゅうにいるわけじゃないんれすから、きをもたせるほうがざんこくなのれす。
それに、あのごにんならちょっとくらいのんのわがままをいっても、たくましいからもんらいないのれす」
と、小悪魔な笑みを浮かべるのでありました。
こうして、五人の者から掻き集めた宝物を使って、宇宙船の修理は続けられました。
そして機関部の修理が終わろうというその夜、突然の使者が私たちの屋敷までやって参りました。
帝からの使者でございました。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:44
-
時の帝、美貴帝はとても冷酷なお方でした。
この方に背いては命が危ない。
私と絵里は、のぞみ姫に大人しく内裏に入るようにと勧めました。
しかしのぞみ姫は、それを敢然と断ったのでございます。
美貴帝はうろたえられました。
まさか自分の要求を撥ね付ける者がいようとは想像されなかったからです。
そこで今度は、「一度お目にかかりたい」、まずはお友達から始めましょう、との旨を伝えられました。
時の帝に下手に出られたら首を縦に振らないわけには参りません。
のぞみ姫は、美貴帝にお会いすることとなりました。
从VvV)<ねえ、「ののみき」って、けっこうアリだと思わない?
そうれすかねえ? いまいちぴんとこないのれす>(´D` )
从VvV)<ブームになりかけた「ののみき」、もう一度流行らせようよ!
……そんなにのんのことがおきにいりなんれすか?>(´D` )
从;VvV)<か、勘違いしないでよね!
別にあんたなんて好きじゃないんだから!
中途半端が嫌いなだけなんだから!
なんと、美貴帝は実はツンデレだったのです。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:45
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ツンデレな帝を無下にすることもできません。
のぞみ姫は入内をお断りするかわりに、贈り物を帝に差し上げました。
「これは、ふろうふしのおくすりなのれす。これをみかろにさしあげますのれ、かんべんするのれす」
しかし帝は、駿河国にあるという日本で一番高い山でそれを焼くように命じられました。
以来、その山は「藤本の美貴帝が薬を焼いた山」として知られるようになりました。
そして「藤本の山」、やがて「フジヤマ」と呼ばれるようになったのでございます。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:46
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それから暫くいたしまして、遂に宇宙船の修理が完了いたしました。
五人の者に貢いでいただいたおかげで、宇宙船をさらにもう一台、造ることができました。
試験飛行の結果は良好でございました。
何時でも好きな時に、のぞみ姫は宇宙に向けて旅立てるようになったのでございます。
しかしのぞみ姫はなかなか出発しようとしませんでした。
それどころか前より一層、私や絵里に甘えるようになりました。
旅立つ準備がすべて整ったことで、今の暮らしを惜しむ気持ちが芽生えたのでございましょう。
私も絵里も、のぞみ姫と過ごす毎日はとても楽しゅうございました。
そうして旅立つ決意はうやむやとなり、このままずっと三人で生きていけるものと私は思っておりました。
気がつけば、私にとっても絵里にとっても、のぞみ姫のいない毎日など考えられなくなっておりました。
親のない私たち二人は、これまで常にお互いに支え合って生きて参りました。
そこにふらりと突然現れたのぞみ姫は、いつしか、掛け替えのない存在となっていたのでございます。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:47
-
そんなある日、私たちが庭でお花見をしておりますと、一匹の野良猫が屋敷に迷い込んで参りました。
ご馳走の匂いに釣られたのか、隙を窺いながらこちらへと近づいて参ります。
ところがそこは猫よりもすばしこいのぞみ姫。
両手を広げて行く手を阻むと、そのまま野良猫を鮮やかに捕まえてしまったのでございます。
「やめなさいよ、放してあげなさいよ」
自慢げに猫を頭上に掲げるのぞみ姫に、絵里が言いました。
「ろうしてれすか。このねこもここれそらててあげればいいのれす。そのほうがねこもしあわせなのれす」
「でもね、その猫はそう思ってないかもしれないよ。自分の巣に、家族がいるかもしれないよ。
猫の家族がその子を待っているかもしれないんだよ。放してあげないと、家族の猫もかわいそうだよ」
絵里の言葉に、のぞみ姫は急に元気をなくしてしまいました。
猫はするりとのぞみ姫の手から逃れると、一目散に走ってどこかへと消えてしまいました。
しかしのぞみ姫は追いかけようといたしません。
俯いて立ち尽くしたまま、その場から一歩も動こうとしないのでした。
その様子を見て、絵里ははっと息を呑みました。
私も事態の変化に気づき、慌てて言いました。
「ごめんのんちゃん、でも絵里はそういうつもりで言ったんじゃなくって、あの、その」
すると突然、のぞみ姫は顔を上げました。
そこにあったのはいつもと同じ、テヘテヘという朗らかな笑い顔でございました。
「らいじょうぶれすよ。のんはつよいこなのれす。つよいこらから、へいきなのれす」
ほっといたしました。
私も絵里も、お腹の底から大きな大きな溜息をつきました。
のぞみ姫はそんな私たちの様子を少しも気にすることなく、満面の笑みを湛えたまま、
「はやくごはんのつづきをたべるのれす」と私たちの手を引っ張るのでございました。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:48
-
その夜の月は、新月でございました。
夜が更けていくにつれ闇は濃さを増し、都はすっかり黒ただ一色に染め上げられていきました。
部屋の中には私と絵里の二人だけしかおりませんでした。
明かりは灯しているものの薄暗く、風の音も獣たちの声もまったく聞こえて参りません。
まるでこの世を、霧のように細かい無数の墨の粒が包んでしまったかのようでした。
無性に、厭な予感がいたしました。
それは絵里も同じようで、不安げに上目遣いで私のことを見つめております。
やがて音もせず襖が開き、静かにのぞみ姫が部屋の中へと入って参りました。
「おわかれをいいにきました」
のぞみ姫は、落ち着いた声で、そう言いました。
「のんはここをはなれないといけません。ほんとうに、おせわになりました」
時が止まってしまったような沈黙が続きました。
少なくとも、私と絵里の時間は止まっておりました。
ですから時が再び動き出すまでが、一瞬の短さに感じられました。
「本当に行ってしまうの」
絵里が尋ねました。答えなど聞かずともとうに解っております。
されど、聞かずにはいられなかったのでしょう。それは私も同じ気持ちでございました。
「はい。こんや、ここをたちます」
あの竹やぶで初めて彼女に会った日から、この時が来ることはずっと知っておりました。
そして、それは私が想像していた以上に、想像どおりでございました。
唯一想像と異なっておりましたのは、今、私の頬をつたっている涙の感触でございます。
この涙が温もりを持っていることに、私は言い難い悔しさを感じているのでございます。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:49
-
のぞみ姫は蔵の中へと入っていきました。そして庭まで宇宙船を引いて参ります。
物音はすべて暗闇へと吸い込まれていくように思えました。
照らす物が何もない中、のぞみ姫の動きは淀むことなく、静かに作業は続けられました。
やがて二台の宇宙船が出発する準備が整いました。
のぞみ姫はそのうち片方に乗り込むと、透明の板越しに言いました。
「りさちゃん、そっちのうちゅうせんにのって、のんのおともをおねがいします」
私は無言で頷くと、もう一台の宇宙船に乗り込みました。
宇宙船の操り方は、既に教えて貰っていたのでよく解っています。
実際に動かすのは初めてだというのに、もう慣れているということが厭に思えました。
「えりちゃんは、りさちゃんがかえってくるときのめじるしをおねがいします」
絵里も私と同じように無言で頷くと、部屋の中から明かりを持って来ました。
それから台所に回り込んで薪を持ってくると、それに火を移しました。
「それじゃ、じゅんびはおわりましたね」
のぞみ姫は絵里をじっと見つめると、深々と一礼してから宇宙船を動かし始めました。
屋敷の周りには轟音が響きましたが、それを掻き消してしまうように夜の闇が広がっています。
宇宙船は翼を広げると、僅かな助走の後、ふわりと浮き上がり、そのまま勢いよく飛び去りました。
私も屋敷の庭から浮き上がると、風を巻き込みながら彼女の後を追って飛び立ちました。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:49
-
空に近づいていくにつれ、ひとつ、またひとつと星が増えていくように思えました。
やがて星のきらめきを映して銀色に輝く、のぞみ姫の宇宙船が見えて参りました。
「のんのほしは、なくなってしまいました」
くぐもった声が聞こえました。見ると、彼女は宇宙船の中で私に向けて手を振っていました。
その口元が動いています。唇の動きと同じ言葉が、私の宇宙船の中で響いております。
「のんがくらしていたほしは、せんそうのせいでなくなってしまいました。
くらしていたひとたちは、ばらばらにうちゅうへとにげだしました。
またあえるかもしれないし、もうあえないかもしれません。
みんなのんみたいにうちゅうせんにのって、きっとあえるとしんじてたびしています。
のんのだいすきなひとは、どこにいるのかわかりません。
のんは、りさちゃんもすき。えりちゃんもすき。ちきゅうのみんなのこと、だいすき。
でも、のんにはどうしてもあわなくちゃいけないひとがいます。
だから、あの、その、ええと、ごめんなさい」
目の前に浮かんでいる透明な粒が私の涙だと解るまで、少し時間がかかりました。
でも今度の涙の温もりは、明らかに先程とは異なるものでございました。
私はその温もりを、素直に受け止めることができました。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:50
- 「そのうちゅうせんは、のんからのぷれぜんとだから、もらってください。
そして、いつでもすきなときにそらをとんで、のんのことをおもいだしてください。
のんは、りさちゃんとえりちゃんのこと、いっしょうわすれません」
彼女の宇宙船が、角度をぐっと変えました。
私もそれに合わせようとすると、再び声がしました。
「りさちゃんはきちゃだめ。えりちゃんがまっているから。のんはここでおわかれします」
そして、宇宙船はあっという間に遠ざかっていきます。
とても追いつくことなどできません。私は何も考えることができませんでした。
ただ、凄まじい速度で去っていく彼女のことを、茫然と見つめることしかできませんでした。
彼女の声がだんだんと雑音に掻き消されていきます。
気がつけば私は出せる限りの大声で叫んでおりました。
「のんちゃああああああん!」
耳を澄ませました。目を閉じ、息を殺して、返事を待ちました。
「ぁぃぼん…」
雑音は、そう聞こえました。
目を開けると、そこにはもはや何もありませんでした。
視界を埋め尽くすように星だけが輝いておりましたが、私には何もありませんでした。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:51
-
絵里の話から察するに、私は半時ほど宇宙を漂っていたようでございます。
動きを止めた私の宇宙船は、ゆっくりと落下を始めました。
目の前には丸く、青い玉が転がっておりました。それはとても巨大な涙の粒のように思えました。
限りなく広がる闇の中で、一人ぼっちで泣いている姿に、私は深い悲しみを覚えました。
このまま落ち続けて涙の中へと溶けていったとき、それは慰めになるのだろうか、と思いました。
私は宇宙船の椅子に深く腰掛けたまま、窓から見える世界を眺め続けました。
やがて涙の青は夜の闇に侵食され、再び何も見えなくなりました。
かわりに見えてきたものは、現実でした。私が今、地面に向かって落下しているという現実。
感傷に浸っている状況ではないのです。一刻も早く、態勢を立て直さなくてはなりません。
私は急いで両足の間にある棒を手前に引きました。
ややあって、宇宙船の落ちる角度が浅くなってきました。
しかし安心するのも束の間、今度は何処に下りてゆけばよいのか見当がつきません。
そうしている間にも地面がだんだんと近づいて参ります。
背筋を冷たい物が走りました。手が震え出しました。ただ鼓動の音だけが響いております。
頭の中が真っ白になり、口の中が乾いても唾を飲み込むことすらできません。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:51
-
その時、視界の端に何かが見えました。
それは闇という荒波に揉まれてゆらゆら揺れながらも、はっきりとその存在を私に知らしめています。
凍りついた頭を必死で動かし、目にした物が何であるかを思い出します。
それは光でした。
絵里が私の為に灯した炎が、遥かな地上で揺れていたのです。
目印に合わせて高度を下げ、速度を落とし、できるだけ力を抑えて明かりへと近づいていきます。
「翼よ、あれが絵里の灯だ」
のぞみ姫が心の底から望んでいるものを、私は既に手にしていたのです。
帰るべき場所、そこで絵里は私のことを待っておりました。
こんな簡単なことが、こんな当たり前のことが、どうしてこうも幸せで、また難しいことなのでしょうか。
地上に降り立った私は、無言のまま絵里のことを抱き締めました。
絵里は驚いて一瞬身を硬くしましたが、すぐに笑って抱き返してきたのでございます。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:52
-
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:52
-
今も屋敷の蔵の中には、のぞみ姫からいただいた宇宙船が置いてございます。
それを目にするたび、あの楽しかった日々が、つい昨日のことのように思い出されるのです。
あれ以来、私は宇宙船に乗っておりません。
空を飛ぶことは、私にとっては必要のないことなのでございます。
私が大切にしているのは、もっともっと、簡単なことなのでございます。
「すかいうぉーかー、乗らないの」
暖かな日差しに包まれて日向ぼっこしている私に、絵里は尋ねてきます。
私は振り向くと、彼女の目を見つめ、深く頷きます。
絵里は少し残念そうに唇を曲げながら、私の手を取ります。
肌に触れた温もりは、あの時の灯と同じように、私の心を照らします。
そして、ぎゅっと彼女の手を握り返すこと。
それが私にとって、何よりも大切なこと、一番の幸せなのでございます。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:53
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- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:53
-
Skywalker
終 劇
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:53
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- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:53
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- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/27(火) 23:53
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