04 彼女は太陽

1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/26(月) 00:53

04 彼女は太陽

2 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 00:54



最近、ずっと考えていることがあった。
「生きていくために必要なもの」って何だろう。

人間、一度気になったらなかなか忘れないものだ。
私は授業中も、帰りの電車の中でも、ずっと考えていた。そのあとの、恋人との大切な時間でさえ、
頭はそのことでいっぱいだった。でも、私のことを結構よくわかっている恋人は、何も言わない。
私が今、何を考えて、何を悩んでいるかなんて、きっとどうでもいいんだ。そうに決まってる。
自分は自分。他人は他人。それが彼女の哲学だ。
3 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 00:54

「あんた、さっきからずっと何考えてんの?」
ふいに、藤本さんの声がして、私は振り向いた。
ソファに座ってテレビを見ていた彼女が、テーブルの椅子に座ったままの私の所へやってきたのだ。

「何って。知りたいですか?」
「べつに」
興味無さそうに言いながら、藤本さんが私の向かいの席に座った。
ここは、藤本さんが一人で暮らす部屋。私はしばしば、ここへお邪魔する。出かけるのがあまり
好きでない彼女のために、私が足しげく通って『あげてる』のだ。なんて言うと、彼女からものす
ごい非難を浴びそうなので、口には出さない。口喧嘩じゃ、彼女には絶対敵わない。だから、
わざわざ喧嘩は仕掛けない。これが私の哲学。

「ねぇ、生きていくために必要なものって、何だと思います?」
会話が途切れたのを見計らって、私は尋ねてみた。すると、藤本さんは、大きな溜め息を吐き出
して、頬杖をついた。
「あんたまたそんなこと考えてたんだ」
「そんなことって」私はテーブルに両手をつき、少し身を乗り出した。
「こないだは何、『生きてる理由って何だと思います?』って」
「いいじゃないですか。気になったんだから」
「うん。べつにいいけどね。また、よっちゃんにでも相談すれば?」
「もう。そうやってまた、私を吉澤さんに押し付けようとする」
「押し付けようとするとか、そういうんじゃなくてさ」
「じゃあ何なんですか?」
「美貴は、カメちゃんみたいにそんな壮大な悩み、持ったことないから、聞かれてもわっかんない
んだよね。実際」
きっぱりとそう言われて、私は反論のしようがない。
わからないと言う人に無理矢理考えさせるつもりも、ない。
4 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 00:55

「いちおう、いちおう教えてくださいよ。藤本さんにとって、生きていくために必要なもの」
「え?」
でも、好きで一緒に居る人の考えも、少しは聞いておきたいものだ。これが全然好きでもなんでも
ない相手だったら、ここまでしない。彼女だからこそ、だ。今度、吉澤さんに相談するのはもちろん
として、彼女の意見も知りたかった。

「生きていくために必要なもの?」
「はい」
んーとかえーとか唸ったあと、藤本さんは私を見つめて、
「酸素」
「夢が無ーい」
「だってそうじゃん」
「そうですけどぉ。もっと他にもあるじゃないですか」
「たとえば?」
「たとえば……たとえば……」



5 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 00:56

帰りは藤本さんの小さな軽自動車で、家まで送ってもらう。彼女の好きな音楽が、車内に響いている。
ちょうど赤信号で車が停まったとき、ふと私は大事なことを思い出した。

「そうだ。絵里これから放課後忙しくなるんですよ」
「なんで?」
「文化祭です」
「何かやんの?」
「今年は、クラスで劇をするんですよ」
「何の劇?」
「ロミオとジュリエット、です」
「マジで?」
「いいでしょ。藤本さんも見に来てくださいね」
「行く行く。カメちゃんは何やんの?」
「それはまだ秘密です」
「うぜー」
笑いながら言う藤本さんの横顔に、私も笑いかける。車は、あっという間に私の家の近くまで到着し、
彼女はブレーキを踏んだ。今日のところは、これでバイバイ。また、予定が合えば会うし、会えない
ならしょうがない。会いたいけれど。
6 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 00:56

「あ、生きていくために必要なもの。いま一個思いつきました」
「え?」
ハンドルに両手を置いている藤本さんが、私を見る。私は、さっきから彼女をずっと見つめていた。

「さっきは、思いつかなくて答えられなかったけど」
「なに?」
「聞きたいですか?」
「早く言えよ」
助手席から身を乗り出して、私は彼女に近づいた。

「藤本さんがいないと、絵里生きていけない」
心底真面目にそう言うと、藤本さんは静かに微笑んだ。そして、私の方へ、ゆっくり顔を寄せてきて、
やさしいキスをくれた。

「そういう冗談、美貴、嫌いじゃない」
彼女が囁く。私は、頬を膨らませて、
「冗談じゃないですよ?絵里は本気で」
「早く家に帰らないとお母さんに怒られるよ」
「…はい」
「じゃあね」

その言葉を出されると、私はもう車から降りるしかない。もうちょっと、さっきの良いムードを保てればな、
とひとり反省する。照れ屋な恋人は、車を降りてドアを閉めた私に、満面の笑みで手を振ってきた。
手を振り返しながら、私は、次こそはもっと長くキスをしようと、決意した。
7 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 00:57




生きていくために必要なもの。たとえば、友達。
くっだらない話でも、真剣な話でも、本音でぶつかり合える仲間。

「カメ、本当にいいの?」
私は、笑顔で頷いて、隣を歩くガキさんを見た。
ガキさんは、高校に入ってからの友達で、三年間ずっと同じクラス。しっかりしてて、いつも頼りにしている、
私の大事な人のひとりだ。そんなガキさんの手には、台本。本番まで二週間に迫った文化祭で、私たちの
クラスが行う、劇のものだ。今、私たちは演劇部の顧問の先生と話すべく、職員室に向かっている。

「石川先生いらっしゃいますか?」
「新垣さん。どうしたの」
職員室に入ってすぐ、お目当ての先生を見つけられた。私たちは、劇をするときに必要なものについて、
先生と相談しに来たのだ。そのことを先生に伝えると、三階にある演劇部の部室に連れて行かれた。
8 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 00:57

初めて入る場所に、少しドキドキしながら、私とガキさんは石川先生の後をついて行った。部室は、音楽室
と同じくらい大きな部屋で、たくさんの衣装とか小道具、本やビデオが雑然とした感じに置いてある。

「衣装はこれだけあるんだけど、使いたいものがあったら言ってちょうだい。許可さえ得てくれれば、どれでも
使っていいから」
「ありがとうございます。あと、照明のことなんですけど、いちおう照明係に五人を考えてて。多いですかね」
「そうねえ。舞台照明用のライト、ちょうど五台あるし、いいんじゃない?」
「私、照明係になったんですけど、照明って難しいですか?」
石川先生に尋ねてみると、なぜか驚かれた。
「亀井さん、ステージには出ないんだ」
「はい。絵里は、いや、私は裏方で頑張ろうかなって」
「偉いじゃない。だいたい、裏方って地味で人気が無いものだけど」
「そうですよね。でも、私、思ったんですよ。劇って、ステージに立つ人も、もちろん大切なんですけど、裏方も
それと同じか、それ以上に大切なんじゃないかって」
私が力説すると、先生は微笑んで、頷いてくれた。
9 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 00:58

「亀井さんは、自ら太陽になるんだね」
「え?」
それは、理科の石川先生らしい喩えだった。でも、聞いたすぐはよく意味がわからなくて、私はガキさんと顔を
見合わせた。

「ステージは地球。演じる役者は、私たちみたいな、地球で生きる物。そして亀井さんは、太陽。わかる?」
「あ、そういうことですか」
私が納得すると、ふふふ、と先生が笑った。とても可愛らしい笑顔だった。
「月じゃなくて、太陽なんですね」
「そうよ。亀井さんは照明係なんだから」
あ、とガキさんが呟いた。どうやら、彼女はようやく意味がわかったらしい。

「じゃあ、月は観客ですかね」
「え、太陽系の惑星じゃない?」
そんな会話をしながら、私たちは和やかに笑い合った。




10 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 00:58

美味しい食べ物も、必要だ。
食べてるとき、すごく、いま生きてると実感できる。

「いらっしゃい」
吉澤さんは、いつもの笑顔で迎えてくれた。店内には、カレーの良い香りが漂っていて、自然と食欲が湧いてくる。
彼女の働いているお店は、この町で評判のカレー屋さんだ。藤本さんもここのカレーが大好きで、何度か二人で
来たこともある。
私は、空いていたカウンターの席に座り、鞄を床に置いた。すぐにメニューとお水が出てくる。
「今日は学校帰り?」
「はい」
「終わるの遅いんだね」
「今、文化祭の準備してて、いつもより遅いんです」
「そっか。文化祭か。もうそんな時期なんだね。カレー屋で働いてると、季節感なくなっちゃって困るね」
後頭部をかきながら笑う吉澤さんに、インドカレーを注文する。

「今日、美貴さまは?」
「美貴さまは、今日残業だって」
「ふうん。あいつも大変そうだね」
「でも、なぜか忙しい時の方が生き生きしてるんですよね」
「あいつぁ、馬鹿だね。こんな可愛い彼女をほっぽって、一人でカレー食べさせるくらいだから」
「そうですね、馬鹿ですね。あ、こんなこと言ったら美貴さま怒っちゃう」
口元を押さえて笑うと、吉澤さんも声を出して笑った。
11 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 00:59

「吉澤さんは、生きていくために必要なものって、何だと思います?」
「新たなお題?」
「はい」
「生きていくために必要なものかあ。はい、インドカレー」
「ありがとうございます。いただきます」
「一個じゃないよね。もちろん」
「そうですね。それは、人それぞれだと思います」
私は答えて、カレーを一口頂く。ほどよい甘さと辛さで、とても美味しい。

「私はサッカーボールさえあれば、それで十分だけどね」
「サッカーボール!」
考えてもみなかった答えに、私は思わず噴き出した。サッカー好きな、吉澤さんらしい。
「でも、それだけじゃとても生きていくことは出来ないよね。現実的に考えて」
「いいですよ。現実的でも。絵里、一番現実的で夢の無いことを言う人知ってますから」
「それ、美貴?」
「正解」指差した私に、吉澤さんが目を細めて笑った。
「どうせ、空気とか命とか答えたんでしょ?」
「ちょっと違うんですけど、『酸素』って」
「ホント夢が無さすぎるな、あいつ。でも、それも間違いじゃない」
「はい。全然間違ってないです。空気というか、酸素が無いと、人間生きてけないですから」
「カメちゃん、もっと大事なもの忘れてない?これがないと、人間生きてけないよ、っていうもの」
「え?」
12 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 00:59

にやにやしながら私を見つめる吉澤さん。悔しいけれど、すぐに答えは出せそうになかった。
とりあえず全部食べてから、お水を飲んで、落ち着いて考える。
「絵里も知ってるものですよね?」
「もちろん」
「とんち、とかじゃないですよね」
「とんちでもないし、なぞなぞでもないよ」
「これがないと生きていけないもの?絵里も色々考えたんですけど、その中には無いのかな」
「じゃあ、色々言ってみ。当たるかも」
「まずは、藤本さん。それから、学校の友達、美味しい食べ物」
「違う違う。そんな個人的なものじゃなくて、もっと常識的なものだよ」
「常識的なもの?」
「そう」頷く吉澤さんを、私は真剣に見つめた。

「だめだ。降参。わかんない」
「酸素は、どうやって作られる?」
「どうやって作られるんですか?」
「大ヒント。光合成」
「光合成!そっか。植物が光合成しないと、酸素って出来ないんですよね」
「そう。だから、酸素が必要というか、植物が必要で、太陽の光が必要なの」
「太陽の光か。そっかそっか。吉澤さん頭良いですねえ」
「あ、惚れた?」
「いいえ」
調子に乗った吉澤さんに、私は笑顔で即答した。
13 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 01:00




なんとなく石川先生の素敵な喩えが気に入って、私は誰かに話したくなった。
どうやら私には、話し相手も必要みたい。

「全然意味わからんっちゃけど」
隣のれいなは、とても素っ気なかった。彼女に話したの、間違いだったかな。
「れいなは夢が無いよ。夢も無ければ浪漫も無い」
「ちょっと、そこまで言うのはひどくない?」
「ひどくない」
唇を尖らせ、私はステージの方を見た。
今はステージで劇の練習が行われていて、照明係の私たちは二階に上り、それを眺めていた。
まだ、セリフを覚えていない人や、立ち位置が曖昧な人もいるので、まだ照明係の出番は少ない。
ちょうど暇だったから、そのことを話したんだけれど、れいなはなんと完全に否定した。だから私も、
彼女を否定してみたのだ。私は何も悪くない。

「ステージが地球って、どういうことなん?」
「絵里たちが太陽だと考えると、地球はステージじゃん。絵里たちが、ステージを照らすんだから」
「照明係だから?」
「うん。太陽が無かったら、地球は真っ暗闇なんだよ?だから、太陽はとても重要な役割を担ってるの」
「絵里、どうしたと?頭打った?」
「なんでよ」
「なんか真面目なこと言いよるけん。頭おかしくなったんかと思った」
「おかしくないよ。絵里は普通。ごくごく普通」
「うそだ」
14 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 01:00

れいなのさっぱりした返事は、ちょっと藤本さんを思い出させる(顔は全然似てないけれど)。
だかられいなとこうやって仲良くできてるのかな、と思ったりする。

「もしかしてそれってさ、れいなを励ますために言っとうと?」
「励ます?」
「れいな、ジュリエットやりたかったのに、照明係とかになったけん」
「いやあ、どうかな」
「ま、いいや。でも、絵里の言うこと、なんとなくわかってきた気がする。れいな、照明がんばろうかな」
「うん。がんばろうよ。高校最後の文化祭なんだし」
「そやね。良い思い出にしよう」
おでこを合わせ、私たちは微笑み合う。なんだかんだで、れいなは良い話し相手だ。



生きるために何が必要かって、結局はわからない。あまりにも沢山ありすぎるからいけないのだ。
あれもこれも、どれもそれも。私はとても欲張りだ。

「なんだ、ジュリエットじゃないの?」
仕事が休みだったこともあって、藤本さんは文化祭に遊びに来てくれた。午後から、私のクラスの劇がある。
そういえば、私が何をするのか彼女に話してなかったなと思い出したので、照明係なんだと打ち明ければ、
そんな意外そうな返事。どうやら彼女は、私が主役だと思っていたらしい。

「あんだけもったいぶってたのに照明係とか、超がっかりなんだけど」
「絵里の照明、楽しみにしててくださいね。右の方ですから」
「照明の何を楽しみにしてりゃいいのよ」
「そりゃあ、ステージをどれだけ明るく照らせるかに決まってるじゃないですか」
「馬鹿」
15 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 01:01




その日の夜は、藤本さんの部屋にお泊りした。
いつか決意した通りに、もっと長くて、想像以上に甘いキスを交わした。

「藤本さんは、絵里の太陽ですね」
自分でも素晴らしい喩えだと思って、誇らしげに私が彼女を見つめると、彼女は呆れた顔で溜め息を
ついた。無言のその反応は、言葉でばっさり切り捨てられるより、辛いものがある。

「じゃあ、カメちゃんは美貴の月?」
「違いますよ。絵里は地球で暮らす人間です」
「なんで?」
「だって、人間が太陽なしには生きていけないように、絵里は、藤本さんがいないと生きていけないじゃ
ないですか」
「ちょっと言いすぎじゃない?一週間会わなくてもピンピンしてんじゃんあんた」
「会えないときは夜なんですよ」
「じゃあ、今は真昼?」
藤本さんが私の髪を撫でた。くすぐったくて、私は身体をくねらせた。
「そうですね。今、このへんで光合成真っ盛りですよ」
「意味わかんねえ。だいたい、このへんってどこだよ」
「メールとか電話とか、こうやって話してたりとか、キスしたりとか全部、絵里にとっては光合成なんですよ。
そうすることによって酸素を作って、絵里は生きてるんです」
「結局、一番必要なのは酸素なんじゃん」
「だから、それは藤本さんなの。もう、何回言ったらわかるんですか?」
「何回言ってもわかんないものはわかんないから」
16 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 01:01

まったく、わがままな太陽だ。太陽は太陽らしく、光を出し続けてればいいんだ。
でも、人間が、太陽の光なしには何も出来ないように、私は藤本さんのことを、他の何よりも必要としている。
もちろん私は欲張りだから、色々欲しいと思うけれど、それだけは確かな真実だった。




17 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 01:02
終わり
18 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 01:02
从VvV)
19 名前:04 彼女は太陽 投稿日:2007/03/26(月) 01:03
ノノ*´ー`)

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